事情聴取
オルガ嬢が目を覚ました二日後、宣言通りブラク騎士団の中隊長ことイーゼル・リデルトが面会にきた。
コテージの一階にあるリビングルームに令嬢とイーゼルが向かい合い、重苦しい空気が流れていた。テーブルに置かれた紅茶の香りが場違いではないかと湯気を細らせていく。令嬢の小さな背中を見守るようにメイドと若騎士は並んで壁際に下がっていた。
オルガ嬢はベールだけ身につけており、通常よりは軽装になっている。「別になくてもいい」とイーゼルは言っていたがベールはないと不安なようだ。
いつもならばメイドを介して話すのだが、タイミングの良いことに令嬢はいま話すことのできる状態である。イーゼルにも確認をとったうえで、今回はメイドが介さずに事情聴取を受けることとなった。
「さて、さっそく始めていきましょうか」
テーブルの上で指を組み、上体を軽く乗り出した。黒い制服のせいか目が鋭く光って見えた。プレッシャーに令嬢の肩が強ばる。
「まず、どうしてあの小屋にいたのか教えて頂けますか」
優しい顔つきをしているのに、いまの彼は目つきは鋭いし声だってまったく優しくない。尋問だ、とラヴィールは固唾を呑む。
「はい わたしたちも捕まってあの小屋へ行ったのです」
令嬢の声は震えていた。無理もない、とイーゼルを見やる。同じ騎士でも、いまの彼に背中を任せられるかといえばそんなことはできない。なにを考えているのかまったく読めない目をしている。
「捕まった?騎士がいたのにですか?」
視線を向けられ背筋が伸びる。手足の先の感覚がだんだんと奪われていくような妙な感覚だ。
「子どもがひとり抜け出していて、声をかけたんです。そのときに不意をつかれて捕まりました」
「……なるほど」
なるほど、とうなずいた割に納得していなさそうな表情をする。
「では質問を変えますね。令嬢が呪われていることは貴族の間では有名な話ですので、それを前提で話を進めます。令嬢は悪魔の呪いの力を使えるのですか?」
有名なのか、とラヴィールは初耳の情報に驚く。だから初めて会ったとき「喋れないほうがいいことない」と言われたことに驚いていたのか、と合点がいく。令嬢はあの時点で自分が悪魔の加護を受けていると当然知られていると思っていたのだろう。けれどそうではなかった。初めて「悪魔憑きではない令嬢」として見られていたと知っていたから、彼女は嬉しくて世話を焼いてくれていたのかもしれない。
今さら確かめることなどできないが、そのときの令嬢の気持ちを想像するだけで胸が締めつけられる。
「……使える、という問いに対しては肯定できます。しかしコントロールができるのかと問われれば返答に困ります」
正直に答えた令嬢にイーゼルは目をすがめる。
「なぜコントロールできない力を使ったんです?被害が大きくなるとは思わなかったのですか?」
と容赦なく切り込まれた。令嬢は
「そこに関しては、浅はかだったと思います。最悪な事態こそ免れましたがわたしの考えが甘いものだったことは言い訳のしようもありません。……申し訳あ──」
「お待ちください。お嬢様がこの騎士に対して謝罪をする必要はありません」
頭を下げかけた令嬢を静止したのはメイドだった。青筋を立てたメイドは壁際から一歩踏み出し令嬢の隣に立った。イーゼルを睨みつけるように見下ろしながら、
「現にこの騎士はなにも被害を受けていないのですから。それどころか本来の任務であった子どもたちの救出をしたのはお嬢様とその専属騎士です。そうですよね?」と同意を求めた。
怒りのせいか、メイドは常より威圧的な態度になっている。とてもメイドの態度とは思えない。
イーゼルも面食らったようで、目を軽く見開きながらメイドをまじまじと見る。
「……そこのメイドの言う通りです。謝罪は一切求めていません。ただ強すぎる力は安易に使うものではないと忠告しようとしただけです。誘拐された子どもたちの件ですが、我々は突入の準備を整えて頃合を見計らっておりました。描いていたシナリオというのがこちらにもあったのだということ、ご理解ください」
イーゼルの説明に、メイドは釈然としないと書かれた顔のまま「そうでしたか」と言う。
「……ですが、令嬢が巻き込まれてしまった点につきましては、誘拐事件の被害が拡大してしまったと言わざるを得ません。早々に対処できていなかったこちらの落ち度です。申し訳ありません」
令嬢に向かって頭を垂れた騎士に、メイドが軽く息を呑むのがわかった。
「……今回の件に関わっていないメイドが口を出してしまいましたこと、お詫び申し上げます」
とメイドは一礼して再び壁まで下がった。
「話を戻します。以上の話をまとめますと、令嬢は事件に巻き込まれてしまい、やむなく加護の力を使ってしまったということでよろしいですね」
「……力を使ってしまったことは、どこかにご報告されますか」硬い声で令嬢が訊く。
「言う必要があると判断した場合は上官や機関に報告します」
「えっ」
声を漏らしたラヴィールに視線が集まる。
「……なにか?専属騎士殿」
イーゼルに促され、ラヴィールは仕方なく「はい」と続ける。
「あの……その報告する機関というのは教会も入りますか」
ラヴィールの言わんとすることがわかったのか、イーゼルは「ああ」と合点がいったように上体を戻した。
「そういえば君が騒動を収めたんだったね。君ほどの力があれば教会から熱烈な勧誘がありそうなものだが……むしろ見つかりたくないのかな」
ラヴィールの事情を把握しているかのように要点を突かれた。
「はい 教会側には見つかりたくないです、絶対に」
拳をつくるラヴィールに、イーゼルは「まぁわかるよ」と同意した。
「あそこは、なんとなく見えない淀みが渦巻いている感じがする。とは言うが、なにせ皇室との癒着が強固で踏み出せないんだよな……じゃなくて、わかった。加護のことはたぶん必要にならないだろうし伏せておこう」
そう言うなり、今までの報告内容が書かれていたのだろう紙をビリッと破った。唖然とする令嬢に破った紙を渡し、
「ただ君たちの力を俺の小隊の団員は見ている。俺が報告しなくとも、ほかの団員が話してしまうかもしれない。そこは肝に銘じておいてほしい」と告げた。
「それと最後に……『ディル』とは面識がありますか?」
イーゼルは令嬢に向かって訊く。令嬢は首を捻り、
「でぃる……?申し訳ありません、存じ上げません」と困惑気味に答えた。
「よかったです。ディルは今回の主犯の呼び名ですから」
とんでもない事実をさらりと告げられ、その場にいた者は言葉を失った。イーゼルは気にした様子もなく続ける。
「とはいえ今回の証言だけで終われるほど単純な話でもないので、しばらく通わせてもらうことになると思います。同じような話を何回もさせてしまうことになるかもしれませんが、ご了承ください」
「わかりました」
令嬢がうなずくのを確認し「それでは」とようやく席を立った。
「あ、これは事件とは関係ないのですが」と留まる。
まだ帰らないのか、とメイドが半目になる。鉄仮面というより笑うことが少ないだけのようだ。不快な感情はわりと表にだしている。
「メイドの君、『アゼル』を知ってるとフュリスから聞いたんですが」
イーゼルの発言にメイドの目が見たことないほどに見開かれた。メイドの眼には夜空のような輝きが秘められており、ラヴィールはなぜだか心がざわめくのを感じた。
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