4. ブラク騎士団の中隊長

上官の血縁

 これは、どうするべきだ。

 気絶した令嬢をおとなしくこの中隊長に預けてもよいものだろうか。騎士団員というだけで信頼することはできない。ましてこの男はブラク騎士団の団員のみならず団長までも鬼才と言わしめた人物で、馴れ合いや家の力などには一切頼らずに実力で中隊長の地位を得た。

 ラヴィールからすれば憧れの存在だが、この状況下では関係ない。むしろ立場的には敵対してるといえる。


──立場!


 ラヴィールは慌てて一礼する。目上の人相手にぼけっと突っ立っているのは命知らずか自分に相当自信のある馬鹿くらいだ。

「無礼をお許しください、リデルト中隊長」

 頭を下げたまま謝罪する。だがイーゼルはあまりそういった礼式を気にしていないようだ。とくに咎めることなく「ああ、そういうのいいよ」とあっさりしている。

「……ん?リヨクの団員か」

 腰に挿した剣を目に留めたイーゼル・リデルトが馬から降りる。ひらりと華麗に舞い降りるあたり、たしかにフュリス上官の血筋だと関係ないことをぼんやり考える。

「君か?専属騎士になったっていうのは」

「そうです」

 イーゼルと令嬢の間に立ちさりげなく庇う。

「あの、なぜオルガ様をそちらに預けなければならないのですか」

 ラヴィールの問いに、イーゼルは「ああ」とふところから丸められた書類を取り出した。

「最近誘拐事件が多発してることは聞いてるだろ?その令嬢がたくさんの子どもたちを連れ出しているところを見たものだから追ってきたんだよ。どうして張ってたところに居たのかって事情聴取をするためだ……とはいえ、いまは話を聞ける状況じゃないのはわかった。出直してくるけど追い払わないでくれとだけアランジュ家の人に伝えてくれ」

 と言うなり令嬢の首に手を差し込んだ。

「ちょっ!リデルト中隊長なにを」

「君が運ぶのはさすがに無理があるだろう。代わりに俺が運ぶ。安心しろ、攫ったりはしないから」

 いとも簡単に持ち上げたイーゼルは馬の手網を引きながら先導する。ラヴィールは仕方なく後をついていく。実際令嬢を持ち上げることはできてもコテージまで運ぶのはなかなかしんどいというのは事実だった。

 会話もなにもなく、ただ草を踏みしめる音だけが耳に残る。

 この人が最年少で入隊したと話題になった伝説級の騎士か、とイーゼルを盗み見る。騎士という言葉が似合う、端正ながら凛々しい顔立ち。戦場ではいくつもの戦績を上げながら、未だ五体満足で存在しているという敵国からすれば化け物のような存在。

「……質問してもいいですか」

 とラヴィールが遠慮がちに口を開く。

「どうぞ」と促される。

「リデルト中隊長は、……どうして騎士になったんですか」

 イーゼルは懐かしむように目を細め、

「俺はもともと家督を継ぐ身じゃなかったから、兄を支えようと思って騎士になったんだ。新しい団でもつくろうかと思ってたな」

 とどこか楽しそうにいった。

「けど、……兄は、よく下町に降りていってしまう困ったヤツでさ。せめて護衛をつけてくれればよかったのに、それすらしなかった。だから金目当てのゴロツキに殺されてしまったんだ。俺はなんのために騎士になったのかわからなくなったよ。……その犯人はまだ捕まってないから、俺はずっと探し続けてる。騎士はそういった捜査も仕事のひとつだからさ。でももし見つかったら、そのときは本当に目的もなく生きていくんだろうな」

 想像よりずっと重い話をされたラヴィールは返答に困る。

「ああ もうひとつあったな。兄が惚れた下町の人間がだれだったのかも知りたい。あの人、好きな人がいるだかなんだかで婚約話蹴ってたからな……」

「……自由な方だったんですね」

 貴族同士の結婚は家の結び付きもあるだろうに、その話を「他に好きな人がいる」という理由で蹴るとは、その兄とやらはなかなか異端児だったらしい。

「そういえばフュリスが上司だったな。アイツをもうちょっと奔放にした奴が俺の兄だな」

「それは大変ですね」

 素直な感想がこぼれる。苦い顔で同調すると「お前も苦労人か」と苦笑を返された。

「けど、憎めないんだよ。なんだかんだで兄のことは好きだったんだ。構ってくれなくて拗ねてた部分もあるから、その好きな人ってやつに会って文句を言いたかった時期もあったな。兄を独占するなって、ただそれだけを言いに下町へ降りようとしたことがあって止められたっけ」

「そりゃ止められますよ」

 上司といいイーゼルといい、この血筋の人間は型を壊していく人生しか歩めないらしい。

「……憎めないし、なんだかんだで好きだっていうのはわかります」

 控えめに同意すると、

「やっぱり似てるな」と笑われた。

 勝手な印象だが、イーゼル・リデルトという人間はもっと冷酷な人物だとばかり思っていた。まず通り名が「戦場の鬼」だし、目はキリッとしているし、会話し始める前までは息をするのも勇気がいるような緊張感が漂っていた。

 だがさすが中隊長というべきか、部下とのコミュニケーションはとれるようだ。

「中隊長の団に入ればよかったって思いました」

「そう?君なら大歓迎だけどやめておいた方がいい」

 ぶるるっと馬が鼻息を荒くした。馬の心がわかるわけではないが、なんとなくわかった。目の前の中隊長の瞳がいつの間にか氷のように冷えていたからだろう。


「君のことは、駒として扱いたくないから」


 にこ、と薄く微笑む。背筋が凍りそうになる笑顔とはこのことを指すのだろう。再び歩き出そうと手網を引きかけた手が止まる。

「お嬢様!」

 息を乱しながらメイドが駆け寄ってくるのが見えた。

 走ってきたメイドはイーゼルに向かって一礼する。

「お嬢様をお運び頂きありがとうございます。あとはお任せ下さい」

「女の子が運ぶのはキツいと思うけど」

「女の子?」

 怪訝な顔でメイドが顔を上げた。なぜその言葉に引っかかったのか。生物学的性別では女子だろうに──と一瞬思ったが、メイドくらいの年齢の女性を「女の子」と呼ぶのはたしかにあまりしないかもしれない。

 眉間を険しくしていたメイドだが、ハッと軽く目を見開き軽く首を横に振った。

「……失礼しました。知人に同じようなことを言う人がいたものですから、驚いて」

「別に気にしなくていいです。それより、後日事情聴取に伺うのでそのつもりで」

 事務的に要件を伝えたイーゼルはメイドに令嬢を預けるなり、すぐに馬を引いていってしまった。

 後ろ姿をいつまでも目で追うラヴィールに、

「帰ったら私にも事情を説明してくださいね、ラヴィール殿」と怒りを固めたような声でメイドが言った。

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