誘拐された子どもたち
「おとなしくしとけよ」
と小屋に閉じ込められる。
中には森で見かけた子どもと同年代の子が十人ほどいた。皆不安と恐怖にべそをかいている。
「ああ、剣はもちろん預からせてもらうからな」
男は乱雑にラヴィールの剣を奪い取り、小屋の扉を閉めて鍵をかけた。
令嬢とラヴィールは小屋を見渡す。小さな窓がひとつと、木のテーブルに椅子、キッチンらしき台以外はなにもない。敵も見当たらないことを確認し、ラヴィールは腰あたりを探り小刀を取りだす。手を拘束しているロープに刃を入れ、ロープを切る。同様に子どもらと令嬢のロープも切った。
『持ってたのね』とオルガ嬢が言う。
「さすがに剣とられて死ぬことになったら笑えないので」
自由になった手をぐるぐる回し、
クローゼットは、と扉を開けると、案の定なにもない。鉄の棒が一本刺さっているだけで、ハンガーの一本もない。
「ねぇ……あの子はどうなったの?」
恐怖に濡れた瞳で子どもが言う。
「逃がしたよ。たぶん無事だ」
と伝えると、その子どもは「じゃあついて行けばよかった」とまたぐずり始めた。
「ところで……君たちはどこの子?」
一応確認がてら問うと、
「ダルダンだよ。ダルダンのパン屋」
ダルダンといえば、たしか誘拐事件が多発していたはずだ。上司のフュリスからそのように情報が回ってきていた。
ということは、この小屋にいる子たちはその誘拐事件の当事者と考えた方がよいだろう。
「ここには、男の人ひとりに連れてこられた?」
「ううん 二人。でもここの小屋でだれかと待ち合わせみたいなこと言ってたよ。新しいご主人様が……って、よくわかんない話ししてた」
敵は最低二人。多いとどの程度かわからないが、考えるべき最悪の状況は「ご主人様」とやらが貴族だった場合だ。そしたら私兵を連れているだろうし、どの程度の富裕層かも分からない以上、数を予測するのは難しい。
「そういえばあの子は縛られてなかったけど」
どうして皆は縛られているんだ、との若騎士の問いに、子どもは部屋の隅を指した。
「あそこの尖ってる木片で、ロープを削って縄を解いてた」
子どもの言う方向にはたしかに木片と切れたロープが転がっている。
「君らは残ったんだね」
「怖くて、逃げれなかったの」
ふぇ、と再び子どもが泣き出してしまう。これ以上はもうなにも聞けそうになかった。
ラヴィールは令嬢を振り返り、
「そっちはなにかありましたか」と訊く。
『小さな穴があったわ。けど人が通れる大きさではないかな』
令嬢の言う通り、人が通るには小さすぎる穴だ。兎くらいなら通れるかもしれないが。
「出てった子は、この扉から外へ出たのか?」
「ううん 窓からだよ」
とガラスの割れた窓を指した。たしかにひとりが逃げれるくらいの大きさに割れている。しかし小屋にいるのは十数人だ。この人数が外へ出ればさすがに監視の目をすり抜けるのは不可能に近い。
どうしたものか。この絶望的な状況に頭が痛くなる。剣も取り返さなければならないというのに。
兎が通れそうな穴から外を窺う。幸い監視はひとり。それも酒を飲んで顔が真っ赤だ。
「お嬢様、……子どもたちと一緒に、壁に寄っててください」
ラヴィールの申し出にオルガ嬢はうなずいた。
「……ねぇ、どうしてお姉ちゃんはしゃべらないの?」
「しゃべれないからだよ。さぁおしゃべりはここまでだ。おとなしくお嬢様……お姉さんについていって」
と子どもたちを壁際に促す。
すぅ、と大きく息を吸った次の瞬間。
ドン、と鍵のかかった扉に体当たりをして壊した。
大きな音に見張りの男が緩慢に振り返った。大股五歩で届く距離を瞬時に詰め、状況が把握できていない男の顎めがけて大きく拳を振り上げた。
鈍い音の後、男はぐたりとその場に倒れ込む。傍らにぞんざいに置かれていた剣を取り返し腰に挿し、
「オルガ様、今のうちです」
男か気絶したのを確認し、ラヴィールは再び令嬢の元へ駆けつける。うなずいた令嬢は先人をきって走り始める。
普段運動をしていないせいかあまり早くない。もし見つかればあっという間に捕まってしまうだろう。
『……もし』
フードがとれないようつまみながら走る令嬢がラヴィールに声をかけた。息を切らしながら視線を投げ、
『もし見つかったら、わたしを置いていってください』
主人とは思えぬ発言にラヴィールは目を見開く。
「なに馬鹿なこと言ってるんですか!オレは令嬢を守ることが仕事なんです。優先すべきは子どもじゃない」
『声が大きい』
令嬢に諭され我に返る。
令嬢の声は子どもたちには聞こえない。しかしラヴィールの声は聞こえているのだ。今の会話の一部分だけを聞いたら、必然的に子どもたちの間に不安と動揺が広がっていく。
「……失言でした。失礼しました」
詫びを口にするラヴィールに、令嬢は『ううん』と短く言う。もうだいぶ走るのが苦しそうだ。
だがそれもおかしい話ではない。彼女が着ているのはワンピースとはいえ走るのに適さない。ブーツも底があるため走りにくいはずだ。
『けど本当に、置いていって。それでソフィを呼んできて』
「え、メイドですか」
なぜ、と言いかけた口を閉ざす。なぜもなにも、あのメイドが戦闘に長けていることは身をもって知っている。
ラヴィールはおとなしく「わかりました」とうなずく。
『うん。……戻ってこないでね、絶対に』
そう告げた令嬢は口元を緩めた。
なぜそこで微笑むのか、ラヴィールはわからなかった。けれど嫌な予感が背中に走った。
「いたぞ!あそこだ!」
男の低い怒鳴り声が後ろからした。肩越しに振り返ると、銃を持った男がこちらを見ていた。
「……っオルガ様、コテージまであとどのくらいですか」
『あとは道なりに真っ直ぐ。わたしが足止めするから、子どもたちをお願いね』
は?とラヴィールは口を開くも遅かった。ズッと地面に向かってブレーキを踏み、令嬢はその場にとどまった。体力的にも限界だったのかもしれない。だが。
(このやろ……っ)
相手は銃を持っている。にも関わらず武器をなにひとつ持たずに特攻するのはただの馬鹿野郎だ。まして令嬢は対人戦などしたことがないだろう。
足を止めたそのとき。
見てはいけないものを、目にしていた。
いつの間にかフードを取り、仮面を取った令嬢の背中から真っ黒な手のようななにかが伸びている。ゆらりゆらりと宙に浮いているそれを前に言葉を失う。化け物、というよりもあれは、
「あ、悪魔っ!悪魔の呪いだ!」
子どものうちのだれかが叫んだ。
令嬢がちらりと振り返る。その右目は悲しげに伏せられていた。
気にはなったが、いまは場を離れた方がいいらしい。子どもと一緒に、令嬢に背を向けて走り続けた。
一分走らないうちにコテージが見えた。
「……おい、ガキども。小屋があるの見えるな?そこにいる黒髪のメイドに伝えろ。遊水池にこい、と」
わかったな、と早口で子どもに言うなり、ラヴィールはコテージと反対方向に駆けた。
遊水池の、令嬢が残った現場まで戻るもラヴィールは唖然とした。
ライフルをもった男は黒い手に捕まり、ぐったりうなだれている。おそらくもう気を失っているのだろう。しかし開放される気配がまったくない。それどころかミシミシと男の体を握り潰さんとしている。
「オルガ様!もうそいつは気を失ってます!」
ラヴィールの叫びに令嬢がゆったり振り返る。その目を見たラヴィールの体が竦む。
物々しい空気に包まれていることもそうだが、なによりも容姿が変化していることに絶句する。
あの青緑の優しげな瞳が、毒々しい紫に染まっていた。
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