好条件の意図

「……なぜ私なのでしょうか」

 このアランジュ家は貴族の中でも富豪だ。そのお嬢様ともなれば、優秀な騎士が選ばれることだろう。

 それがなぜ、平民出の若輩にお鉢が回ってきたのか、罠か罰かとしか考えられない。

「君が、娘と普通に会話できたからだね」

「か、……いわ?ですか」

 どういう基準だ。

 普段寡黙で気難しい性格のお嬢様だとでもいうのか。いやそもそも、貴族の娘と会話したことなど──、

「あ、庭の令嬢」

 心当たりが思わず漏れた。

「そうそう、その子。名前はオルガ。彼女はアランジュ家の第二子なんだけど、人と会話するのが難しくてね。家族でさえ話をすることができないんだ。あの子とコミュニケーションが成り立つのは専属のメイドしかいなかったんだけど、今日、もう一人増えた」

 君だよ、とツェルンは微笑む。

「あの子はとても用心深く、なかなか人を信用しなくってね。既に5人の有能な騎士を追い返してしまっているんだ。しかし今回は君ならってことだったから──報酬はそれなりのものを用意するけど、どう?」

 報酬の確約、そして貴族の専属騎士。好条件としか言いようがない。


──こういう場合、なにかしら裏があると考えるのが普通だ。


「これくらいでどうだろう?」

 サラサラと契約書に金額が書かれた。予想を上回る高給に、ラヴィールは目を見張る。

 その紙を引き寄せた少年は、満面の笑みを浮かべた。


「ぜひとも、よろしくお願いします」



***



 まずは正式に顔合わせをしてこい、とラヴィールは応接間を追われる。

 残されたフュリスは紅茶を口に運び、

「うまく隠しましたね。これ法に触れるレベルの隠し事ですよ」

「うん。まぁでも、彼は平民だからきっと大丈夫」ツェルンも自身のカップに口をつけた。

「……それは、いい意味で?」

 フュリスの目が細められる。

 屋敷の主は物珍しげに目を見開き、次いで笑みをこぼした。

「部下を溺愛してるっていう噂は本当なんだね」

「いえ、その噂は肯定しかねます」

 即座に否定した騎士は、居心地悪そうにソーサーにカップを戻す。

「そうじゃないです。……ただのエゴです」

「ほう エゴか。君がそんなことを言う日がくるとは、ますます面白い」

 愉しげに笑うアランジュ当主に、騎士は渋い表情を返した。


「エゴでもなんでもいいんだよ。君が、彼の救いになってやれるならね」


 凪いだ瞳が紅茶の水面に映る。

「……そもそも、平民を毛嫌いする家ならは雇ってないと思うよ」

「ああ、たしかにそうでした。あのメイド、ときどきなにかを探るような視線を投げてくるんでちょっと怖いんですよね……」

 フュリスは苦笑を浮かべながら言う。

 ツェルンは垂れた瞳を細めながら、

「君を震え上がらせるとは、あの子はやはりすごいな」と笑った。

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