専属騎士の受難

貴族は嫌いだが

 真っ白な街道が巡り、夜暗くなってからも街道の明かりが絶えない都市、ダルダン。そこでは髪が黄色い人間は朗らかに笑みながら街を歩く。しかし髪の色が黒、焦茶色の人間は、俯き、顔を上げることを良しとされない。

 これでも規制が緩くなった方で、かつて最悪の時代と謳われたときは、髪が黒であるが故に殺されることもあった。

 なぜ髪の色だけでこんなにも差別されるのかというと、背景にはとある魔女の存在があった。


『髪が黒く、目は月の色を宿すその女は、夜な夜な人を攫っては人体実験をするのだ。そうして怪しい薬を作っては、欲に惑わされた人間を唆して高値で売りつける恐ろしい存在である』


 ダルダンで生まれた子どもたちは、皆そのように親から、祖父母から、養親から教えられる。だからこうも言われる。


「いい?髪の色が暗い人間には近づくんじゃないよ。ましてや仲良くだなんてとんでもないからね」


 親からそう言われては、子どもはそれに従う。そうして迫害の歴史は紡がれる。ダルダンに生きる大人は誰しも、自分たちが避けているモノを同じ「人」だなんて思っていない。それが、この都市の現状だった。



***



「──今日は僕の婚約者のとこへ行くぞ」

 珍しく午前のうちに訓練が終わった日、突拍子もなく上官が言った。

 上官の命令は絶対──騎士たちの間では当たり前とされる暗黙の#了解__ルール__#だが、誘われた後輩のラヴィールは露骨に顔をしかめた。

です」

「残念だが決定事項だ。シャワー浴びたらすぐ出るからな」

 拒否の言葉をバッサリ切られ、ラヴィールはますます不機嫌顔になる。

「そもそも、どうしてオレ──私が小隊長の婚約者の家に行かなきゃいけないんです」

「あれ?言ってなかったっけか。婚約者ってのはリヨク団の太パイプ──じゃなくて、投資してくれてるお偉いさんの長女なんだよ。っていうのと、僕のペアになったわけだから面会の機会も増えるだろうってことで挨拶しておけ」

「…………これだから貴族は」

 チッと高らかに舌を打つラヴィールに、上官はにやりと好戦的な目を向ける。

「それを変えるんだろう?」

「そうですね。やってやりますよ」

 キッと睨み返す部下を前に、上官は少し困ったように笑う。まだ自分の胸にも満たない頭を見下ろし、ぐしゃぐしゃと掻き回した。

 ボサボサになったブラウンの髪をおさえながら、ラヴィールは「なにすんですか」と怒りを口にする。

「いや?若いなぁと」

「若いって……あんたまだ18だろ!」

「僕からしたら13歳の奴は若く見えるんだよ」

 さて、と呟いた上官は腕を空へと伸ばし、

「お前はどこまで行けるんだろなぁ」と低く零した。

 その声は部下の耳には届かず、眉間のしわをそのままに、

「なんですかじっと見て……あっ オレはまだ成長中なんですからね!ずっと低いままじゃないですから!」

 と、気にしているらしい事柄を口走っている。

「なんでもねぇよ。ほら、早く着替えるぞ」

 まだ弁明を続ける部下の背を押しながら、二人は騎士団の宿舎へ入っていった。



──それが昼前のこと。



「……この花たちはなんですか」

 馬車にこれでもかと積まれた色とりどりの花に、ラヴィールは白けた目で上官へ視線を投げる。

 そこら辺の野で詰んだ花ではなく、御用達の花屋で買い込んだものだった。値段にすると平民の家一軒なら余裕で買える額らしい。


(この花のどこにそんな価値があるんだか)


 所詮花は花だろうとしか思えないラヴィールには、上官のこの行動はただの散財にしか見えなかった。


 だが上官──フュリスは、

「婚約者に贈るものだ。随分期間を開けてしまったからすっかり拗ねてしまってな、ご機嫌とりだ」

 と言った。だがその表情は苦笑いではなく、でれっと顔が緩みきっている。

「……噂通り、ゾッコンなんですね」

「まぁなぁ 僕もここまで相手に気を向けることになるとは思わなかったよ」

 照れる様子もなく笑うフュリスに、部下は「はぁ」と理解できないと言いたげに曖昧にうなずく。

「だってお前……最初はにこにこ愛想良くして、付かず離れず、みたいな上手い距離保ってた彼女がだんだん心開いてくれて最近では連絡がしばらくないと拗ねてくれるとかご褒美以外のなにものでもないだろ」

 熱を持った力説を「そーっすね」と軽くいなしたラヴィールは、花を一本抜き取り、指でくるくると回す。


(やっぱ、貴族様の考えることは平民じゃ理解できそうもないな)


 平民の、所得が少ない方の人間たちは、こういった花を買う余裕があるものなら畑の種を買い込むものだ。そうして生活をなんとか豊かにしようと必死になるが、どうやったって抜け出せない。突出した才能がない限り、一生を畑仕事で終えることになる。


 出自だけで、髪の色だけで一生が決められてしまうこの都市を、ラヴィールは酷く嫌っていた。だから彼は文字通り血のにじむ努力をし、最年少で、そして平民出自からは初の「騎士」という称号を手に入れた。騎士団団長にのし上がり、王族に進言する権利を勝ち取るという野望を胸に、彼は現在邁進している。

 しかし騎士団は貴族ばかりで、実際は白い目を向けられたり馬鹿にされたり、はたまた嫌がらせを受けたりと現実は酷だ。元々貴族そのものを嫌っていたラヴィールの貴族への印象が悪化したことは言うまでもない。


──ただ一人を除いて。


 ん?と微笑む上官に、ラヴィールは「女って面倒だなって思っただけです」と顔をそむけながら言った。

 それを受けたフュリスの「女性はいいぞ」という説得が目的地に着くまで披露されたことで、ラヴィールは「やっぱこの上司めんどくせぇ」とげんなりしたことは言うまでもない。

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