04 神龍の輝き


 エイスとエミーナはアムルカに乗り、銀華竜二体とともに別の場所に移動中。

 そのアムルカはエブラムの棲む遺跡から離れ、森の奥へと向かう。


 一分ほどしてアムルカが空中静止した。

 そして、そこからゆっくりと降下し始めた。


 だが、そこは深い森の上空。眼下には木々と枝葉しか見えない。

 エミーナはその状況に少し戸惑いを覚える。

 それでも、涼し気なエイスの表情を一瞥し、下の景色をあえて見ないことにする。


 アムルカの体が森の中へと沈んでいく。

 いかにアムルカが超電磁気飛行できるとはいえ、それは危険極まりない行為。

 ところが、襲ってくる木々や枝葉が体に触れるようなことはなく、それらがそのまま体の中をすり抜けていく。

 アムルカの頭部や胴体が巨木の樹幹の中に消えたり、抜け現れたりする。

 エミーナにとって、それは非現実的で、奇怪な光景だった。


(間違いない

 ──ここは三日前に来た遺跡の真上だ)


 エイスは俯瞰視術の阻害パターンの解析を既に終え、周辺状況を把握できるようになっていた。幻影に惑わされることはない。


 突然、一面の森が消え、視界に古代遺跡が飛び込んでくる。

 一瞬で森が消え失せた。

 ここでエミーナもそれが幻影であったことに気づいた。



 アムルカは宮殿前に広がる石畳の広場へと静かに降下していく。

 そして、広場の中心部にふわりと着地した。


 エイスにとって、そこは一度訪れたことのある場所。

 前回ここに来た時、彼はこの広場にまでは降りられなかった。

 だが、不思議なことに、今回防衛機能やトラップ等は作動しなかった。


 アムルカの背から降り立ったエイスは、その場から周囲を窺う。


「アムルカ、おれはつい先日偶然ここに馬で来た。

 いや……正しくは、乗った馬がおれをここに連れてきてくれた。

 だが、その時には防衛機能が働いていて、ここまで降りてこられなかった」


 エイスが先にここを訪れていたと聞き、アムルカの二本の髭が楽しそうに踊る。


「ほほぉー、ここにたまたまおいでになられましたのか。

 それはそれは。

 試しにこの広場まで降りてみられれば、よかったものを」

「いや、黒焦げにされたくはなかったからな」


 エイスがそう答えると、アムルカが意味深げな微笑みを浮かべる。


 エミーナはここに初めて来た。

 彼女は成人するまでこの島で育った。

 それでも、今日までこの場所の存在を知らなかった。


「島のこの場所にこのような遺跡があるとは……。

 私は今日まで知りませんでした」

「エイス殿はこの島に来られて、わずか数日でここに既に来られたそうじゃぞ。

 エミーナよ。

 馬ではなく、本来はお主がエイス殿をここにお連れすべきだったのかもしれん」

「私が……でございますか?」

「そうだ。

 馬ではなく、本来これはおまえさんの役目だったのかもしれんぞ」


 それは少し含みのある言い方だった。

 残念ながら、エミーナはそのアムルカの真意にまでは思い至れなかった。

 ただ、「役目」という言葉が彼女の頭に強烈に響いた。


 アムルカは広場の中央で蜷局を巻きながら、頭部だけを起こした。

 そして、エイスに静かな声で問いかける。


「エイス殿はなぜ龍人のオーラをいつも隠しておられるのか?」


 それは唐突な問いだった。


「それを聞いてどうする?

 それにその理由はアムルカも知っているはずだ。

 この社会では、……龍人はあまりにも生き難い」


 それは誰もが知ること。

 だが、相手はアムルカ。

 その建前的な口上はあまり上手い返しとは言えなかった。


「よろしければそう考えておられる理由を教えてもらえませぬかな」


 アムルカの言葉遣いが急に丁寧になった。

 いつもの独特の言い回しが消え、一部には敬語も交えている。

 それがじわりと空気を重くし、エイスへの圧をより強めた。


『さーてと、これはなかなかに微妙な空気だな。

 う~ん……

 アルス、これはどこまで話すべきだと思う?』


 エイスにアムルカを欺く気はない。

 とは言っても、決して明かせない事情もある。

 加えて、この一連の流れはアルスの血脈に全く無関係とも考えづらい。


『判断が難しいところではあるな……。

 とは言っても、おれとおまえの件以外は話しても特に支障ないだろう。

 調べれば分かることについては話してもいいんじゃないか』

『それは確かにそうなんだが。

 まぁ……、聖殿が知っている範囲までなら話しても構わないかな』


 エイスは先にエミーナにこれからの話す内容について秘密にするように求めた。

 彼女は静かに、そして小さく頷き、その場に腰を下ろした。


 それから、エイスは簡単にこれまでの経過について話した。

 ──二世紀の間、クレム聖泉の底に封印され、記憶を完全に失った。

 今は、過去の全てのしがらみを捨てて、自由に生きると決めた、と。


「なんと! 190年もクレム聖泉の底に封印されて生きていたとは……。

 奇跡ですな、それは」

「ああ、ほぼ奇跡だ。

 39歳から二世紀も休眠していたが、その間は肉体も完全休眠状態だった。

 おかげで、再覚醒した時には17歳くらいに若返っていた」


 そう話してからエイスは一人笑った。

 状況的に、その大筋は本当の話である

 ──アルスからエイスへの入れ替わりがあったことを除けば。

 そして、イストアールとも話して、失った記憶に執着せず、別人として生きることに決めた、と話した。


 その話を聞いて、エミーナの目が潤む。

 アムルカもエイスが目立たないようにあの駆除作戦に加わった理由をようやく理解できた。


「おれは一度死んだ。

 ──事実上、そうだと思っている。

 だから、これは二度目の人生。

 今は、可能な限り戦いと政治から遠い場所、そしてそういう仕事で生きていこうと考えている」


 実際にエイスは一度死んだのだ。

 そこから現在に至る経過は、運命の悪戯と言ってもいいものだろう。


 エミーナがその言葉を聞いて、大粒の涙をボロボロと零す。

 だが、アムルカと銀華竜の表情は曇った。


「エイス殿、その話を聞いたうえで、申し訳ないのですが……。

 この老竜の願いを一つ聞いてくださらぬか」


 エイスはそのアムルカの話し方が少し気になった。

 妙に低姿勢だ。


「その尋ね方だと、おれにとってあまり楽しそうな話には思えないな。

 悪いが、おれはオトラバスの一件でもうお腹一杯だ。

 これ以上、面倒事には係わらないぞ」

「面倒事──でございますかぁ。

 それほど大したことではないのですが……。

 事実確認だけさせてもらえませぬかな」


「──事実確認?」

「広場のこの場所で龍人のオーラを開放していただきたいのです」


 アムルカの二本の髭がひょこっと向きを変え、その場所を指し示す。


「そこで……か?」


 エイスにもアムルカの狙いが多少なり見えてきた。

 彼が立っているのは広場の中央。古代文字と竜の姿が彫り込まれたサークルのほぼ中心部。なにか仕掛けが隠されていてもおかしくない場所である。


「アムルカ、もしかしてこの故宮はおれと何か関係があるのか?」

「あるかもしれませぬし、ないかもしれませんぬ。

 我らはそれを確認したいのです」


 やはりそうきたか

 ──エイスにしては珍しく、少し慌てながらアルスに確認する。


『これはマズいな。嫌な予感が当たった。

 アルス、アムルカがあんなことを言っているぞ』

『いやぁー、これはおれにもさっぱり心当たりがない!!

 爺さんや大爺らの話にも、ここと関係していたような事実はなかったと思う』

『でもそんな感じじゃないぞ』

『──だな。

 これは、おれもお手上げだ。

 悪いが、全く分からん!

 おまえに関わることだ。最後はおまえが決めろ!!』


 アルスも突然の話にやや困惑気味だ。判断をエイスに丸投げしてきた。

 少なくともアルスやその親族にこことの接点はないようだ。


 「面倒事には係わりたくない」と思ったものの、その逆の考えも浮かんできた。


(ただ……だ。

 ここの管理を引き受けろとか、ここに住めとか……

 そういう話でなければいいわけだよな。

 この際そこを尋ねてみるか)


 ここまで連れてこられて、この状況である。

 グダグダぼやいてみても話は先に進まない。

 興味が湧く、あるいは面白そうな話題でもなければ、断ることにしよう。

 とりあえずエイスはそう考えることにした。

 そう考えないことには、ここでの会話そのものが面倒になってくる。


「アムルカ、まさかとは思うが……

 おれにここの管理をしろとか、そういう話ではないよな?」


 エイスはそう直球を投げてみた。

 またしてもアムルカの二本の髭がピョコンと踊った。


「ほぇ……管理と!?

 それは絶対にありませんぞ。

 それこそ我らの役目ですからのぉ」


 ハァーーー

 ──エイスは深く長い溜息をついた。

 とりあえず直接的な面倒事に巻き込まれる可能性は低くなった。

 前向きに考えるようにしたものの、それでも彼はあまり気乗りしなかった。


「分かった。

 正直、あまり気乗りはしないんだが、そうしてみよう」

「おおっ‼ 感謝いたします」


 なにが起こるのか。エイスもそれを見てみることにした。


 エイスが普段体内に抑え込んでいるオーラを開放する。

 凄まじいオーラがエイスから吹き出してくる。


 それに合わせたかのように、エミーナの体が輝きだした。

 彼女はこれまで自分の輝きを見ることができなかった。

 ところが、この日は自らの輝きを初めて視認できた。


 すると、エイスの立っている場所のサークルが数秒ほど眩く白色に輝いた。

 直後に、広場の中心部からその輝きが周辺へと駆け抜けていった。


 ズ、ズズッ

 ──広場周辺が微かに揺れる。

 それと同時に広場の周囲の建造物が青白く輝きだした。


 その輝きは少しずつ強まっていく。

 エイスだけでなく、エミーナもその輝きに注目する。


 その時だった。

 突然、宮殿横にあるシンボル的な竜の巨石像が口から噴水する。

 その流水は美しい薄蒼色。微かに輝いている。

 エイスはクレム聖泉でみた聖泉水を思い出した。

 周辺の水溝にも同様の蒼水が流れだした。


 広場の一角にある数体の竜像の下にその蒼水が流れ込み、貯水槽が泉へと姿を変えていく。

 まるでトレビの泉のように美しい景観を呈される。


 エイスらはしばし茫然とその光景を眺めていた。



 エイスは俯瞰視からこの故宮全体が稼働し始めたことを確認した。

 これはおそらくエイスのオーラが鍵になったのだろう。

 それは彼にも容易に分かった

 ──問題はその理由だ。


「アムルカ、この状況を簡単に説明してくれないか?」


 ところが、三竜から返事がない。

 呆然と眺めている三竜に、仕方なくエイスはまた尋ねる。


「これはどういうことだ?

 この故宮はなんなんだ?」


 そう尋ねてから、エイスは三竜の方へ厳しい視線を送る。

 アムルカと銀華竜の瞳が少し潤んでいるようにも見える。


「ここは聖龍人の故宮にございます。

 私はここが機能するのを初めて見ました。

 ──感動です」


 そう答えたのはエイスの横に座り、頭部だけを起こしている銀華竜ルミアス。

 それを補足するかのように、アムルカがようやく口を開いた。


「この宮殿が機能停止してから、既に百世紀以上が経っておりました。

 これは私も忘れかけていた光景です」


 竜たちは感無量といった面持ちだ。

 当然のことだが、エイスはその話を基に謎解きを始めた。


「──ということは、おれはその『聖龍人』の末裔というわけか?」

「この現状を見る限り、そうなります。

 ただ、その血脈は十四世紀前に完全に絶たれたはずなのです」


 エイスはエブラムが「聖女の輝き」について話した時のことを思い出した。

 エブラムもその時に「十四世紀前」と口にしていた。


「龍人にも能力格差があって、古代期には明確な序列があったと聞く。

 その聖龍人とは、最上位の龍人を意味するのか?」


 この社会とここまで一連の流れを踏まえれば、そう推察するのが順当だろう。


「いえ、そうではございません。

 本来、最上位の龍人は『龍司人りゅうしじん』と呼ばれておりました。

 聖守族の序列中で最上位の力を持つ者たちです。

 龍司人とは、聖龍と聖龍人を祀る民を意味しました」

「祀る民?

 つまり、聖龍人と龍人は異種族ということなのか」

「はい。その通りでございます。

 聖龍人族は龍人族とは別の種族です。

 聖龍人は竜子とともに生まれし、特別な『龍神』にござります」


 アムルカの話が急に難しくなってきた。

 聞き慣れない語も使われでした。


「竜子とは?」

「聖龍人は左腕の中に竜子を抱き、生まれてまいります。

 そして、寿命を迎える時、その命は竜子に移り、聖龍に生まれ変わるのです」

「はっ!? 聖龍に生まれ変わる?」

「はい。文字通りの意味にございます。

 私は元聖龍人にございます」


 これには、エイスとエミーナも仰天した。

 昇竜アムルカは元聖龍人。元は聖龍人族だった。


 それから、アムルカはさらに説明を続けた。

 龍人の聖龍腕輪は、単なる竜眼の腕輪にすぎない。

 そのため、龍人の死とともに腕輪も土に帰る。

 それは竜眼の力を持つ腕輪であって、そもそも竜子ではない、と。


 これに対して、聖龍人は生誕時に竜子を既に左腕中に抱いていて、その肉体の終焉とともにその命は聖龍へと移る。

 そして、聖龍人は、男女のいずれかが聖龍人でなければ生まれない、とも話した。


「つまり、竜族であっても、竜種は二分類されるのか。

 竜子から成長する聖龍。そして、竜から生まれる竜」

「そういうことです。

 特別な力を持つ竜たちは、聖龍人が変化へんげした者たちにございます。

 他の竜たちとは竜格も能力も異なるのです」

「デュカリオは?」

「デュカリオもそうでございます。

 そしてそこにいるルミアスとサリアスが最後の聖龍です」


 エイスにも古からの経過的な概略は掴めてきた。

 ただ、これはエイスにとってもかなり衝撃的な話だった。


「聖龍人の血脈は絶えたのだろう……。

 おれは突然変異ということなのか?」

「そういうことになります。

 ですが、これは我らにとって僥倖……、いえ……至宝にございます」


 ここまで黙って聞いていたエミーナが突然口を開いた。


「それでは、エイス様はいずれ神龍様になられるのでしょうか?」

「その通りじゃ……。

 だが、我らとは竜格が異なる。

 この神殿が機能したということは最上位格の聖龍人なのだ。

 最上位の神龍様が誕生することになろう」


 それを聞いたエイスは驚きを通り越して、笑ってしまいそうになる。

 あまりに度の過ぎる冗談にしか聞こえなかったのだ。

 死んだら竜に変わると言われても、半信半疑の心境は急には解消されない。

 彼は心中で自虐的に嘲笑するしかなかった。


「ただ、エイス様は(半)龍人ラフィルなのではございませんか?」

「エイス様の左腕には竜子様がおいでになるはずじゃ」


 アムルカらには元聖龍腕輪が左腕にいることもバレているようだ。

 しかも、それがどうやら竜子になってしまったようなのだ。

 実は、エイスにも聖龍腕輪とのつながりが日々変化している感覚はあった。

 ただ、その変化の実態については解析不能な謎だった。


 エイスは腕輪の有無について肯定も否定もしなかった。

 そのエイスの反応だけで、アムルカ、エミーナ、銀華竜たちにはその答を察することができた。


 そして、この時点で、エイスにはこの事態に至った原因を特定できていた。


『アルス、おれはどうやら聖龍腕輪を隠す際に下手を打ったようだ』

『おまえが肉体を最適化した時のあれが引鉄だな』

『ああ、あれしかないだろう。

 古の聖守族に最適化したつもりだったが、聖龍人化してしまったようだ』


 エイスは、アルスへの転生に際して肉体の最適化を図った。

 それが可能なのは、アルスの肉体への転生時の一度きり。

 彼は肉体を古の聖守族に最適化したつもりだった。

 ところが、聖龍腕輪を左腕中に隠すために、聖守族の領域を超えて変化させてしまった。

 リスクはあったが、その時にそれ以外の方法を見つけられなかったからだ。


 エイスは自らの手で突然変異の聖龍人を誕生させてしまったのだ。

 そう思い至り、エイスは軽い眩暈を覚えた。


 だが、それでも彼が基本方針を変えることはなかった。


「アムルカ、ルミアス、サリアス、おまえたちに悪いが、そうだとしてもおれは普通に生きるぞ。

 この先も『(半)龍人ラフィルのエイス』として生きる」


 エイスは覚悟をもってそう話した。

 彼の最優先は、アルスに普通の社会生活を経験させることだ。

 アルスが精神体を維持できる期間は限られている。

 その間はできるだけ普通の社会生活を送ると決めている。


 だが、当然ながら、三竜はそれに異を唱えるだろう。

 彼はそう思ったのだが

 ──意外や意外。


「そのようなお考えでしたら、我らはそれを受け入れて、従います。

 我らはエイス様をここに閉じ込めようなどとは一切考えておりません」

「えっ!?

 ──いいのか、それで?」

「構いませぬ」


 それは予想だにしない返答だった。

 しかし、竜たちがここで嘘をつくとも思えない。

 それを聞いてエイスはまた考え込み始めた。


 その一方で、アルスは意外なほどこの新事実を冷静に受けとめていた。

 いや、それ以上に……だった。


(はぁーっはははっは。

 あははっ。これは面白すぎだろう。

 おれはおかしいと思ってたんだ。

 へっ、道理でだ……。

 エイスには悪いが、すっきりしたぜ!

 ──それにしても、これは笑える)


 エイスとは逆に、アルスはアムルカらの話にすっかり得心していた。

 アルスはエイスに気づかれないようにして、しばし一人で爆笑していた。



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