03 大竜雷神刀と小旋雷


 駆除作戦から四日後の午前。

 この日、エイスは昇竜アムルカと再び会う約束をしていた。


 予定時刻に合わせて島に飛んできているアムルカと二体の銀華竜の姿をエイスの俯瞰視が捉えた。

 いつもとは違い、この日の三竜は透明化せずに飛んでくる。

 アムルカらが透明化していないのは、どうやら竜系人ヴァラオたちを先導しているためのようだ。竜系人ヴァラオたちがその後方を追うようにして飛んできている。ただ、竜たちについていくのはやはり大変そうだ。


 この直後に、銀華竜ルミアスがアムルカたちから突然離れ、ロワールの町へと進路を変えた。

 ルミアスだけがサロース邸に向かってくる。


        *


 数分でサロース邸に着いたルミアスが庭に降りてきた。

 エイスとの間で特にそういう段取りが決められていたわけではない。

 こういう事の進め方はいかにも竜族らしい。

 エイスとエミーナの二人が少し呆れ気味な笑顔を浮かべている。


 エイスはそのルミアスと二言三言言葉を交わしてから背に乗った。

 銀華竜の背に乗ったのはエイスとエミーナだけ。

 エンリカとヨニュマは居残りだ。


 ルミアスは二人を乗せて飛び立つと、東へ向かった。

 とは言っても、この日ルミアスが向かったのはいつもの丘ではなく、小湖近くの古代遺跡の一角。エブラムの棲み処になっている場所だ。


 小湖近くの森の上空に到着すると、ルミアスが高度を下げていく。

 この時、エイスは俯瞰視術を阻害する仕掛けがあることに気づいた。


(道理で、この前湖で雷弾爆雨ラゾルマを試した時に、この遺跡周辺の詳細情報が得られなかったわけだ。

 でも、この阻害パターンなら解析さえ終われば対処は可能だな)


 解析を終えたエイスは、すぐに遺跡周辺の状況を分析する。


 ルミアスが着地した場所は、古代期には街の中心地だったと思われる。

 数百m四方の広場と道路には美しい石畳が敷かれている。

 その奥には巨大な神殿と宮殿のような建造物も見える。

 その他にも五つほどの巨大建造物が並び立つ。


 驚かされるのは建造物のその高さである。

 石造建築物であるにもかかわらず、エトワール凱旋門よりも高い。

 その高さは優に70mを超える。


(これは凄いな。

 三日前に見た宮殿とは別の構造の建築物のようだ。

 ただ、この街は上空から見た時の眺めとも少し違う。

 これはどういうことだ……。

 ──まさかここの上空には幻影が展開されている?)


 エブラムはその建造物の一つを棲み処にしているようだ。

 その前でエブラムと蜷局とぐろを巻いたアムルカが話している。

 五人の竜系人ヴァラオたちもその傍で話している。


 ルミアスの背から降りたエイスとエミーナはそこへと歩いていく。

 そこでちょっとした驚きがあった。

 なんと、エイスと目が合った竜系人ヴァラオたちが軽く頭を下げて挨拶してきたのだ。

 ──あの竜系人ヴァラオたちが会釈した。

 前回とは明らかに異なる態度。

 エイスも会釈し、右手をサッと小さく上げて挨拶した。


 その後にエイスはエブラムとアムルカにも話しかけて、挨拶を交わした。

 無論、それはエイスだけ。エミーナは平伏して挨拶をする。


 エイスから見ても、エブラム、アムルカ、竜系人ヴァラオたちは機嫌が良いようだ。

 話していくと、実際にかなり上機嫌だった。

 その理由は、やはり先日の駆除作戦の成功だった。

 本土側では湖岸の警戒網をまだ解除していない。だが、これまでにオトラバスは本土側では一体も確認されていない。

 それどころか、本土側の湖岸には死骸さえ漂着していない。


 事実上、駆除作戦は完遂されたのだ。

 だが、エイスから言わせれば、それは出来過ぎの結果。

 そうであったとしても、これはやはり幸運なこと。


 その作戦の中核を担った者たちを本土の竜族も高く評価したようだ。

 アムルカ、エブラム、銀華竜はそうでもないのだが、二体の雷竜と炎竜は鼻高々。あちこちで自慢話をしているらしい。

 無論、エイスのことは秘密にされているため、公にはアムルカが大活躍した話になっている。


 作戦に参加していた竜系人ヴァラオたちも仲間からかなり高く評価されたようだ。

 竜系人ヴァラオの頭目によると、大規模な駆除部隊を組織しながら、オトラバスの群れを取り逃がしたリキスタバル共和国の守人族の面目は丸潰れらしい。ただ、エイスから言わせると、西の守人族にその役割を与えたことがそもそもの誤りだ。

 これに対して、ミシリアン島では、竜族と竜系人の増援だけで島民たちがオトラバスの群れを殲滅した。

 オペル湖の竜族と竜系人ヴァラオの面目躍如、と言ったところだ。


(然もありなん……か。

 竜族の社会もなかなか面倒だな)


 ただ、それはエイスにとっても幸運だった。

 これに竜系人ヴァラオの族長が甚く気分を良くしたからだ。

 殲滅作戦でのエイスの働きの報告を頭目から聞き、族長は彼に特別な宝刀を贈ることにしたそうだ。

 ただし、条件付きなのだが──。


 竜系人ヴァラオたちはエイスに複数の太刀を運んできていた。

 なかなかに上質な革製のショルダーから、豪華な二つの木箱が取り出された。

 その箱から美麗な鞘に収められた太刀が現れた。


 ──大太刀は「大竜雷神刀エルシィオ」。

 ──小太刀は「小旋雷シャリファ」。


 その二刀はともに非常に美しい太刀。そして銘刀。

 鞘に収められた状態でも既に特異な存在感を醸し出している。

 エイスはその鞘の湾曲線を見ただけで特別な刀であることを認識できた。

 そして、どちらも旧日本軍の軍刀のようなサーベル型の護拳形状の柄を持つ。

 

 エイスはその大太刀を鞘から抜いた瞬間にその刀身に目を奪われた。

 その刀身は、まるで鏡のように光り輝いている。

 一見して分かるほど、特別な刀身だ。

 その湾曲線は見惚れてしまうほどに美しい。


 エイスがその大太刀を構えると、珍しく戸惑いの表情を浮かべた。

 重量的にはかなり重い太刀なのだが、エイスがそれを構えると、その重さをほとんど感じられなくなったのだ。


「なんだ、この刀は……。

 途中から重さを感じなくなった」


 彼の口から思わずそう声が漏れた。

 それを聞いた竜系人ヴァラオの頭目の目が大きく見開いた。


大竜雷神刀エルシィオがエイス殿を認めた……」


 その頭目の言葉に他の竜系人ヴァラオたちも騒めいた。


「それはどういう意味だ?」

「その刀は古刀の中でも特別な一振りです。

 竜系人ヴァラオの叩いたその次元の刀は、使い手を自ら選ぶのです」

「では……おれはこの使い手として認められた、と?」

「そういうことです。

 これは、正直、……驚きました。

 族長から『その刀が認めなければ、別の刀を渡せ』との指示を受けておりました」


 ──どうせ扱えないだろうから、とりあえず渡すだけ渡してみろ。

 視点を変えれば、そういう話だったのかもしれない。

 いや、おそらくそうなのだろう。


「いいのか、その名刀をおれに渡しても?」

竜系人ヴァラオに二言はありません。

 その刀がエイス殿を認めた以上、その刀は既に貴殿のものです。

 ただ、……その刀に認められた者は、三世紀の間一人もいませんでした」


 アムルカとエブラムがその話を聞いて笑いだした。

 どうやらこの類の話にも二竜は精通しているようだ。

 アムルカはその大太刀を知っているようだ。


「その大太刀は大竜雷神刀エルシィオじゃったのか……。

 エイス殿は武芸の才も相当のようですのぉー」

「この刀はそんなに有名なのか?」

「悪い意味で有名な刀ですかのぉ。

 その刀鍛冶はかなりの変わり者で有名でしたからな。

 名刀を作るが、その刀があまりに使い手を選び過ぎる。

 その最たる刀がその大竜雷神刀エルシィオですぞ」


 その刀鍛冶はかなりの曲者だったらしい。


 エイスは中段半身に構えて、その大太刀を振ってみる。

 そのあまりの剣速に刀身が消えて、両腕が透けて見える。

 驚異的な視力を持つ竜系人ヴァラオでも刃を目視で捉えられない。

 エイスが刀を振る度に、竜系人たちは身動きがとれなくなり、固まってしまった。


(な、なんなんだ、この刀は……。

 まるで鞭がしなるような感覚で刀を振れるのに、刃は細い芯のように繊細で鋭い。

 これは今までに経験したことのない感覚だ)


 長命な竜系人ヴァラオの刀鍛冶の叩いた太刀は、他の種族の打つ刀とは全くの別物。

 五百年以上も刀を叩いてきた名匠の太刀はやはり特別。

 エイスはそれを実感した。


 アムルカがその剣技を見ながら呟いた。


「わしからはまるで鞭を振っているように見えるのぉ……」


 その声を聞いて、エイスが太刀をとめて、納刀する。

 アムルカの声が聞こえなければ、彼はそのまま一時間くらい試し振りを続けてしまいそうだった。

 ちょうどいいタイミングでその声が聞こえた。


 刀身が鞘に吸い込まれるように入っていく。

 音もなく、刀のはばきまで吸い込まれるように鞘に収まった。

 鞘も見事な出来だ。安物の鞘のように、納刀時に鎺の打音が響いたりしない。


「アムルカ、正にそんな感じだ。

 普通の刀剣とはかなり性質が異なるようだ。

 以前の使い手はどう扱っていたんだろうか」


 それがエイスの率直な感想だった。

 どのような使い手のために作られた刀なのか、と。


「おい、エイス殿から質問じゃぞ!

 この刀は過去に誰が使っておったのじゃ?」

「は、……はい。

 過去にはお使いになられたのはベリオス様唯お一人です。

 元々は逝去されたベリオス様のお師匠様のために作られた刀でした」

「ベリオス……!?

 ベリオス・ランダードのことか?」

「はい、そのベリオス様です」


 べリオス・ランダートは竜系人ヴァラオ最強の武人。

 大陸三強剣士の一人として名高い。


「ほぉー、ベリオスか……。

 それで、やつはなぜこの刀に封をしたんだ?」

「刀身が硬すぎて、深く斬れない……とのことでした」


 それを聞いて、今度はエイスが仰天する。

 それはエイスの感覚からあまりにかけ離れていた。


「この刀身が硬い……のか!?

 おれは反対に柔らか過ぎて、アムルカが言ったように、まるで鞭のように感じる。

 刃を相手に巻きつけるようにして斬る感覚だ」

「はぁ!?

 その刀が……ですか!?

 私も一度振りましたが、まるでただの重い棒剣を振っているように感じました。

 刀身の湾曲感がまるで伝わってきませんでした」


 それは奇妙なほどの所感の不一致。

 ただ、少なくともその感触は、エイスにとって嫌なものではない。

 その長短は脇に置いておいても、彼にとって嫌いな類の刀ではなかった。

 癖の強い個性的な刀であることは間違いないのだが──。



 騒がしくなった竜系人ヴァラオたちを無視して、エイスは次に小太刀を手にした。

 彼は先に左腰の小太刀と入れ替えて、その装備感を確認する。

 普段、常時佩刀するのは小太刀の方だからだ。

 尤も、2m近いエイスにとっての小太刀であるため、サイズ的には日本の中太刀に相当する。


 小太刀を装備してエイスがゆっくりと歩きだした。

 ──周囲の者たちがそう思った瞬間に、エイスの姿が霞んでいく。

 次の瞬間には、エイスの姿が別の場所に現れた。

 あまりの高速移動に、そこにいる者たちには瞬間移動したようにしか見えない。


 エイスはすぐに元の場所に戻ってきた。

 その小太刀の装備感を確認できたようだ。

 そこで足を止めて、ようやく小太刀を鞘から抜いた。

 その刀身もやはり美しい。


「こちらは、秀作……といった感じかな」


 エイスはそう呟いてから、その場でいきなり逆袈裟を斬った。

 超武闘派種族の竜系人ヴァラオも目を奪われるほど、美しい逆袈裟の残身。

 とは言って、残身から逆袈裟と分かっただけのこと。

 太刀筋や一連の動きが見えたわけではない。


 エイスはその秀作的な出来栄えに感心することしきり。

 かなりに気に入ったようだ。

 だが、その小太刀に微かな違和感も覚えた。


「この小太刀は素晴らしくよくできている。

 完成度が本当に高い。

 そうなんだが、刀身の中に微かに違和感を覚える。

 中に極細の線状のなにかが入っているような……

 そんな、微かな違和感がある」


 その小太刀は別の竜系人の名匠作。

 刀として優れていないわけがなかった。

 竜系人ヴァラオの頭目がその疑問に答える。


「これは凄いですな。

 それに気づかれますか……。

 その刀は術刀なのです」


 エイスはそれを聞いてハッとした。

 そして、その小太刀の刀身をまるで肉眼で透視スキャンするかのように凝視する。


 十秒ほどしてから、エイスは小太刀を中段半身で構えた。

 小太刀の刀身が雷光色の強烈な輝きを発し始めた。

 ──それは雷撃剣。


 その刀身が美しい雷光色に光り輝いている。

 が、スパークを迸散ほうさんしてはいない。

 雷撃剣特有のスパークが見られない。


 さらにエイスはその刀身の輝きをレーザーブレードのように切先からさらに伸長させていく。

 ──雷光の刃がぐんぐんと伸びていく。

 この小太刀の刀身長は約68cm。

 だが、その雷光刃は3.6m近いサイズに達した。

 エイスなら4m圏内にいる敵を全て一刀で斬ることができる。

 その小太刀はまるで「大太刀など不要」とでも言っているかのようだ。


「これは……また凄いな。

 雷光の刃で斬ることもできるわけか」


 竜系人ヴァラオの頭目の目がまたもや大きく見開いた。

 エイスも頭目が驚いていることに気づいた。


「んっ!? こう発動して使うんじゃないのか?」

「あっ、あー、その小太刀では電撃剣しか使えないはずなのですが……」

「そうなのか?

 いや、そんなことはないはずだ。

 術発動の仕組みは単純だから、そこに雷撃系術を応用的に使えばこうなる」


 これを聞いてアムルカとエブラムが笑いだした。

 この事態を理解できない竜系人ヴァラオにエブラムが話しかける。


「エイス殿とおまえたちでは基礎術力の桁が違うのだ。

 おまえたちの雷撃術力では雷撃ザリオまでが限度だろう?

 その術力では電撃剣までしか発動できない。

 そういうことなのだろう」


 このエブラムの説明は的確だ。

 竜系人ヴァラオの使える雷電撃術は、電撃バリオ雷撃ザリオの二種まで。

 エイスはそれよりもさらに上位の多数の雷撃系術を発動できる。

 彼は雷芯撃ザイドに近い術力を小太刀の気構に送り、雷光刃を発動した。


 もはや頭目以外の竜系人ヴァラオたちは声も出なくなっていた。

 驚きを通り越して、エイスのその常識外れな力に呆れ始めた。

 呆れながらも、彼らは先日の作戦で見た雷弾爆雨ラゾルマを思い出した。

 ミシリアン島を救ったあの攻撃術を。

 あの攻撃を思い出せば、彼なら雷光刃くらい発動できても不思議ではなかった。


 エブラムの説明に納得したのか、頭目が一人で笑いだした。

 すぐに残る四人の竜系人ヴァラオたちも一斉に笑いだした。


        *


 エイスは報奨として二刀を受け取った。

 それは彼にとって全くの予定外のこと。そして、想定外のことだった。

 町からは報奨として高級フラットも貰った。

 彼はこの島の記録や記憶にさえ残らなければ、助力することもやぶさかではなかった。

 その対価や報奨などは考えてもいなかった。


 今度はエブラムが竜系人ヴァラオたちに指示を出した。

 すると、竜系人ヴァラオたちが重そうな二つの革製鞄を運んできた。

 そして、その鞄をエイスの前に置いた。


「この遺跡周辺が特別な場所である事には既に気づいるであろう?」

「そのようだな。

 乗せてもらってここに来た時にも、上空からは普通の遺跡にしか見えなかった。

 上空には幻影が展開されているようだな」

「そういうことだ。

 それは何を意味する?」

「この島の歴史を知るわけではないから、これは推察にすぎないが……。

 おそらく過去に今よりも高度な文明が存在していた。

 そして、これは単なる古代遺跡ではない。

 なにか隠すべき理由があって隠されている──そういうことではないか」


 エブラムの顔が一瞬ピクリと動いた。

 アムルカも少し表情が強張った。


「これは驚いたな……。

 そこまで読めるのか」

「そうか……。

 当たっていたか。

 では、もし島全体が焼失していたとしても、ここだけは無事だった。

 ──おそらくそういうことだろう」

「むぅーそこまで……。

 エイス殿、それが真実だとして、それを知ってどうする?」

「はぁ!? どうするもなにもないだろう。

 おれは単なる観光客だ。

 別にその古代文明に特別な興味はない。

 秘密にしろと言うなら、他言はしない」


 それを聞いて、エブラム、アムルカ、銀華竜たちが大笑いしだした。

 竜系人ヴァラオたちも笑っている。

 エイスとエミーナにはその笑いが何を意味するのか、分からなかった。


「エイス殿、あまりに予想通りの返答だったもので笑ってしまったのだ。

 それにしても欲のない御仁だ。

 我らからの報奨にもあまり喜びそうにはないな……」

「大太刀と小太刀を貰った。

 それに街中に別荘まで貰ったしな」


 竜たちと竜系人ヴァラオたちがまた笑いだした。

 アムルカは笑いを堪えるようにして口を開いた。


「あれだけの貢献をした者にその報奨では、我らが笑われてしまいますからのぉ。

 それに、この島が焼失していたら、その別荘も瓦礫になっていたはず。

 別荘程度ならオマケほどの価値しかないでしょうぞ。

 その鞄はデュカリオと我からの礼と思ってくだされ」


 アムルカによると、二つの鞄の中には三神龍からの報奨が入っているとのこと。

 デュカリオが竜殿に転がっていたガラクタを従者に詰めさせたものと伝えられた。


「なぜデュカリオがおれに報奨を?」


 ふふん、とアムルカが一度鼻で笑ってから話しだした。


「昔のオペル湖は今とは形状が違っておりましたのじゃ。

 あやつは遠い昔にこの島で生まれ育ちましてのぉ。

 その実、あやつもここを焼かずにすんで喜んでおるのじゃよ」


 デュカリオは全く躊躇することなく島を全焼させようとしていた。

 目的のために個の感情を排したということだ。

 それが飛龍デュカリオ。


「遠慮せずに持っていってくだされ。

 別に大したものは入っておらからのぉ。

 我らには用のないものばかりじゃ。

 ただし、鞄を開けるのはお主の家に帰ってからにしてくれまいか。

 ここで開けられても、我は何も答えられんしのぉ」


 エイスはそう言われて、足元に置かれた二つの鞄を見る。

 その鞄は透視術スキャンでも中を窺うことができない。


透視術スキャンでも中を覗けないって……。

 まさか、鞄を開けたら、竜の卵。

 とかは、さすがにないだろうけど、竜たちには用のないガラクタを詰めたって

 ──中身はなんなんだ?)


 少なくとも危険物ではないらしい。

 エブラムとアムルカがその鞄を持ち帰るように何度も押しつけてきた。

 結局、断り切れず、また後日島を離れる際にエイスはそれを受けとることにした。


 その報奨の話が終わったところで、アムルカの二本の髭がピョコンと上を向いた。


「さて、それではわしの用向きの方にも付き合ってもらいますかのぉ。

 先ずはそれに相応しい場所へ移るとしよう。

 わしの背に乗ってくれますかのぉ」

「わざわざ移動するのか?」

「まぁそういうことになるかのぉ。

 そこの方が単純に説明の時間を省けるのじゃよ。

 他意があるわけではない」


 アムルカはそれだけ話し、二人を背に乗せると、静かに浮かび上がった。

 そして、そこからさらに森の奥の方へとゆっくりと流れるように飛んでいく。

 二体の銀華竜もその後に続く。


 エブラムと竜系人たちはその場に残り、三竜を見送った。







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