02 森の古代遺跡


 駆除作戦決行の翌日。

 この日も早朝から島民たちが島中を駆け回っている。

 夜目の効く獣人たちは昨日から交代でオトラバスの捜索を続けてきた。

 また、オトラバスの死骸の回収と焼却作業も夜通しで行われた。

 そのせいか、島のあちこちで転がるようにして眠る獣人たちを見かける。



 朝までに崖や岩陰の地中に潜るようにして隠れていたオトラバスが八体。

 また、狭い樹洞や岩の隙間等に入り込んでいたオトラバスも五体発見された。


 島の湖岸から10km内の湖面を船、竜系人ヴァラオ、鳥人らが徹底的に捜索した。

 湖面から回収されたオトラバスの死骸は三十八体。

 この大多数が空中の包囲網により邀撃ようげきされ、湖面に落ちたオトラバスたちだ。

 湖面に落ちたオトラバスは他にも多数いたのだが、大型の鳥や魚たちに襲われたようだ。その数は推定50。

 

 さらに、昨夜は守人たちが十分間隔で十数か所から空中へ探索術ビュラを発し、空へ逃げるオトラバスを見張った。

 オトラバスに夜を待ってから高空へ逃亡を図るほどの知能はないが、念のための対策だ。


 この日の朝までに回収され、確認できたオトラバスの死骸の数は、11,963体。

 未確認数は373体。


 実は、未確認数が三百を超えているのには理由があった。

 竜たちが踏みつぶしたオトラバスの全てをまだ掘り出せていないのだ。

 何しろ竜たちは群れのいた場所を広範囲に踏み均していった。

 それこそ地面がカチカチになるくらいに、だ。

 おかげで、まだかなりの数があちこちに埋まったままになっている。

 これからそれらを掘り出して確認作業を進める。

 それらの数を含めると、仮にまだ生き残りがいるとしても、一桁の数だろう。


 この日も日の出とともに追跡隊がオトラバスの生き残りの捜索に出かけた。

 もちろん、本土側からも多数の鳥人たちがミシリアン島に向けて飛び立った。


 その探索と併行的に、守人族が群れのいた2kmエリアの電磁殺虫クラム作業を開始した。

 普段は害虫、害獣、寄生虫等を駆除するためにその守人術を用いる。

 だが、今回は少し事情が異なる。広範囲に土中殺虫が行われる。

 これは、地中産卵したオトラバスの雌がいたかもしれないからだ。

 可能性は低いが、その対処である。

 死骸回収のために掘り起こされた土も含め、広範囲に電磁殺虫クラムが行われる。



 エイスが昨日確認した12,336体の全ての死骸を確認するのはさすがに無理だろう。

 もちろん、島民たちもそれは分かっている。

 それでも、島民たちは群れの99.8%を島とその周辺で駆除できたと考えている。

 ただ、どうしても不確定要素が残る。それがその残る0.2%。

 島民はさらに数日を使い、それがさらにゼロに近づくように努力するだろう。


 本土側も、完全駆除に成功したと考えている。

 それでも、念のためにこの一週間は大規模な捜索が続けられる。

 そして、その後に「駆除の成功」が宣言される予定だ。


 まだ島内は騒々しいが、この日の夕方くらいには落ち着きを取り戻すだろう。

 明日の夕方には物資を積んだ貨物船が入港してくる。

 しばらく事後処理は続くだろうが、早々に観光客の受け入れ態勢も整うだろう。



        *


 駆除作戦では島民にも負傷者が出た。

 幸いに死者は出なかったが、オトラバスに咬まれ、二人の重傷者が出た。

 腕と足をオトラバスの強靭な上顎で咬み切られたのだ。

 すぐに搬送され、ミサーナが接合したが、それでも簡単に癒合するわけではない。

 その他にも咬みつかれて傷を負った島民が数十人いる。

 そして、龍人スタイルを真似て失神したままの獣人がまだ残っている。

 この治療のためにミサーナ、エミーナ、エンリカ、ヨニュマの四人は揃って馬車で出かけていった。


 一方で、エイスは駆除作戦とは無関係の体を装うために、竜族と龍人たちとの約束通り、この日から観光客に戻った。

 とは言っても、この日、島民たちはまだ駆除作戦の残作業にかかり切りだ。

 今日一杯は島民総出の作業が続く。

 エイス一人だけが気ままに島を観光するというわけにもいかなかった。


 そこで、彼は一人でも活動できる別の予定を入れることにした。

 ──それは馬の練習。


 実は、エイスはまだ馬に上手く乗れない。

 これまでに、コンフィオルで半日ほど乗馬の練習をしただけ。

 いかに彼が驚異的な運動能力を持つとはいっても、他の動物に乗るのは一朝一夕にはいかない。

 常歩、速歩、停止は普通にできるようになったが、そこまでだった。

 それでも十分に凄いことなのだが、この世界ではまだ「乗れない」の段階だ。

 もう少し乗りこなすためには、とにかく騎乗時間を増やすしかない。


『──自分で走る方が速いんだけどな』


 この話題になると、アルスはいつもこの冗談を言う。

 これは事実なのだが、正しいとは言い難い。だからこそのジョークだ。

 それを聞いて、エイスもまたいつものように笑顔で応じる。


『そうだけど……。

 まともに走ると、靴や鞄がすぐに壊れるしな。

 それに服もだ。擦り切れて、あっという間にダメになる』

『あははっ、服と靴はあっという間だな』

『アルスは何かあって走る時はどうしてたんだ?』

『さすがに大人になってから長距離を走るようなことはまずなかったが……。

 子供の頃は、靴を脱いで裸足で走ったりしてたぞ。

 それでも服がもたなかったな』


 エイスはその話を聞いて、その光景が目に浮かび、笑ってしまう。

 子供の頃、アルスはよく服をボロボロにして、怒られていたそうだ。

 いかに龍人が超人的な肉体を持っていても、肉体以外がその負荷と衝撃に耐えられない。つまり、長時間本気で走るのなら、「素裸」というジョークなのだ。


 そんな事情もあって、エイスは乗馬の機会を探していた。

 都合の良いことに、このサロース家には二頭の馬がいる。

 半分冗談で尋ねみたところ、その馬に乗っていいことになったのだ。


 そこでエイスは町から離れた場所を馬で散策することにした。

 町から離れるのは、島の若い女性たちへの対策でもあった。

 エイスが町に出かけるには、エンリカ、ヨニュマ、エミーナのいずれかにガード役を務めてもらう必要がある。

 医術師不足の現状で、エイスのガード役についてもらうのはあまりに非効率だ。

 それもあって、エイスはサロース邸に居残りになったのだった。

 結局、エイスは軽度の変装をして、町の外を馬で散策することにした。


       *


 エイスはギロンドの愛馬に乗り、帽子と眼鏡をかけて、一人で出かけた。

 お手製のサンドイッチと水筒も持ってだ。


 ギロンドの馬は性格も頭も良い。

 エイスの念話に反応するほど賢い。

 もちろん、馬と念話で会話できるわけではないが、最低限のコミュニケーションを図れる。

 おかげで彼はわりとすぐに馬と仲良くなれた。

 多忙なギロンドが乗っていなかったこともあり、馬も外に出られて嬉しそうだ。

 島の東側に限定して、エイスは馬の行きたい場所に行かせてみることにした。



 エイスを乗せた馬は速歩で東の森の小湖が見える川縁に向かった。

 そこはエブラムの棲み処までもう2kmほどの距離。

 川の周辺には古代遺跡が点在する。

 馬はその古代遺跡の一つへ直行し、その近くの水辺の草地で足を止めた。


 エイスはそこで馬から降りて、馬に水を飲ませる。

 念話で呼べば馬はこちらに来るので、エイスは手綱を放し、そこで自由にした。

 周辺には上質な草が生えていて、馬はそれが食べたくてここにやって来たようだ。

 馬はそこへと向かうと、夢中で草を頬張りだした。


 エイスの方は、馬のいる草地を抜けて、古代遺跡の中に踏み入った。

 エブラムによると、その一帯は聖守族の町だったとのこと。

 一部には百世紀以上前の建造物もあるらしい。

 だが、それでも状態はかなり良い。天井部もほぼ完全な状態で残っている。

 地球の古代遺跡とは状態が根本的に異なる。

 外観的にはかなり地球似の石造建築物だが、石材と建造法が全く異なるようだ。

 エイスは手で触れたり、俯瞰視を用いたりしながら、その建造物を解析していく。


『アルス、この建造物は聖守族が作ったものなんだよな?』

『ああ、そのはずだ。

 だが、これは手作業とは思えない精度だな』

『そうなんだ。

 石材の強度と精度が手作業の域を超えている』

『それに数十世紀を経てもなお十分な強度を保っている……。

 これは凄いな。

 古代期の方が、建築技術の水準が高かったってことなのか?』

『それはさすがにないはずだが……。

 ただ、これを見るとそうなるなぁ。

 天然石材でないことは確かだし……。

 特別な製造技術を持っていたということか。

 うーん、考えられるのは──』

『なんだよ、話せよ』

『あ、ああっ……、アムルカなら何か知っているかもしれないと思って、な。

 あの超電磁気飛行と似た次元のことができれば、これも不可能ではないかもしれない』

『って、……おおいっ!

 術技でこの石材を造ったって?

 古代期の聖守族はその類の術を使えていた──ということか?』

『それは分からないが、そうとでも考えてみないことには……なぁ。

 この石材と建造技術に説明がつかないだろう』


 エイスとアルスはそんな会話をしながら、その周辺の古代遺跡を見て回った。

 そして、それは二人にとって貴重な体験になった。

 実は、この東の湖周辺は島民でさえ進入禁止のエリア。

 街道の途中には検問所があり、一般人は近寄れないようになっている。

 馬が裏道を抜けてエイスをここに連れてきてくれたのだ。


        *


 エイスはまた馬に乗り、さらに森の奥へと進んでいった。

 しばらく進んだところでエイスは別の巨大遺跡を見つけ、そこで馬を降りた。


 それはまるで丘上の巨大な城郭。

 ただし、エイスの場所からそう見えるだけで、お城が見えているわけではない。

 聳え立つ白色の外壁により、その場から壁内を窺うことができない。


(これは驚いた……。

 探索術ビュラが全く効かないじゃないか。

 おまけに、俯瞰施術を使ってもこの内部を鮮明には見通せない。

 まるで靄が覆っているみたいに霞んで映る。

 これだと、大雑把にしか内部を捉えられない)


 エイスは俯瞰施術を使って地中深くまで見通すことができる。

 その強力な俯瞰施術を使っても、外壁に阻害され、内部を窺うことができない。

 エイスにとって、これは初めてのこと。

 驚くエイスは先にこの外壁の分析を試みる。


(えっ!? この外壁には石積みの痕跡も継ぎ目もない……)

 

 小丘をぐるりと囲むその外壁の内部面積は約45ヘクタール。

 東京ディズニーランド級の広大な敷地の全周を高さ22mの高壁が囲っている。

 それにもかかわらず、外壁のどこにも加工痕や継ぎ目を見つけられない。


(なんだこの外壁は?

 どうやったら、こんな壁が造れるんだ……)


 正門と思われる入口の前には巨大な階段が設置されている。

 エイスはその内部を見るため、その階段へ向かった。

 そして、エイスは一人その階段を上がっていった。


 階段を上りきったところで、エイスの目にその遺跡の全貌が飛び込んできた。

 エイスの足が思わず止まるほど、それは衝撃的だった。


(これって……まるで巨大なハドリアヌス別荘のような……。

 いや、これはおそらく宮殿じゃないかな。

 しかもほぼ完璧な状態で残っている──のか?)


 エイスが驚くのも無理なかった。

 眼下には広場と多数の巨大石造建築物が並んでいる。

 ──そこはまるでクイリナーレの丘。


 門内に一歩踏み入ったところで、俯瞰視術が普通に使えるようになった。

 俯瞰視を阻害していたのは、やはりこの外壁だったようだ。


 その巨大建造物群の前は広大な石畳の円形広場になっている。

 その広場は直径400m近くありそうだ。

 そこには、水枯れしているがトレビの泉によく似た噴水のような場所もある。


 イタリアやギリシャの遺跡と大きな違いがあるとすれば、こちらは完全な状態で残っていること。ギリシャのように無残に崩れ、大気汚染と酸性雨により石材が浸食されたりしていない。

 おそらく他の古代遺跡と同様の石材、そして建造技術が用いられたのだろう。

 それは正に壮観な光景。

 エイスは思わずその光景に見入ってしまう。

 アルスも黙り込んでしまっていて、いつものお喋りが全く聞こえてこない。



 この場所は小丘の上にあり、この広大な敷地全域を20m級級の高壁が囲っている。

 壁内への入口は二か所。エイスはその正門の階段を上ってきた。


 エイスが正門から階段を降りて、下の広場に向かおうとした時だった。

 その一歩目を踏み出した時に、ビリビリと痺れるような感覚が頭を過った。

 直後に、彼の頭に三秒ほどの映像が映し出された。

 広場とその周辺から強烈なスパークが迸り、電撃の沼が広がるのが見えた。

 彼は二歩目を止め、それ以上先に進まなかった。


『アルス、ここには侵入者撃退用の対策が施してある』

『あぁ、そのようだ。

 ヤバいところだったな。

 あの感じだと龍人でも無事ではすまないだろう。

 それにしても、この仕掛けは今でも作動しているってことか……。

 これってすごくないか?』

『そうだな。

 数十世紀以上前の古代建造物や仕掛けがほぼ完全な状態で残っている。

 すごい技術だ』

『エイス、それでどうする?』

『どうするもなにもないだろう。

 入るな、と言ってるわけだから、それに従うさ』

『まぁーそれはそうか……。

 少し中を覗いてみたい気もするけどなぁ』

『おれたちは遺跡荒しじゃないんだ。

 それはやめとこう』


 こういう時も、エイスはやはりエイスだ。

 エイスとアルスは階段の上からその遺跡を眺めるだけにとどめた。

 好奇心を抑えて、その情景を楽しむことに徹した。



 エイスはギロンドの愛馬のおかげでなかなかの観光気分を味わえた。

 馬に感謝しながら、この日は帰途に就いた。



        **


 その翌日から二日間、エイスはエミーナの案内でロワールの町と周辺の観光地を回った。他の観光客がいないおかげで観光地を堪能できた。

 ただ、定期船が再開するまで街のお店は閉店しているため、食事を楽しむことはできなかった。

 それでも、エンリカとヨニュマの二人も楽しそうだった。



 その夜、サロース邸にギアヌスとデューサが現れた。

 夕食後に、ギロンドから島長としてエイスに報奨を渡したいと伝えられた。

 今度はミシリアン島からの報奨とのこと。


 ギロンドからエイスに渡されたのは、鍵と居住権書だった。

 いつの間にかエイスは名誉島民扱いにされていた。

 そして、街外れの高級住宅地に立つ五階建ての高級フラットの一戸が贈呈された。


 ここは移住希望者を拒む特別な島。

 その島がエイスにコンドミニアム的な別荘を報奨として贈る。

 これはミシリアン島の長い歴史においても初めてのことだ。

 

 それでも、そこはエイス。彼はこれを受けるかどうかで少し悩んだ。

 ただ、アルスはこの島が気に入ったようで「年イチくらいでここに来よう」と言いだした。

 確かに、ここは美しく過ごしやすい島。別荘を持つには最適な場所だろう。

 エイスも、ここの古代遺跡に興味が湧いたため、また来ようと思っていた。

 そこで、今回はあまり深く考えるのはやめて、この報奨を受け取ることにした。

 何か不都合が生じたら、島に返還すればすむことだ。

 これで次からはホテルを予約する必要もなくなる。


『──まさか家より先に別荘を持つとはな。

 アルスは自分の持ち家に住んでたのか?』

『いや、爺さんの家を離れてからはほとんどが官宅や宿舎にいたし……。

 戦争中はそんなこと考えもしなかった』

『悪いな、アルス。

 いきなり、まさかの家無し、別荘持ちだ』

『なに言ってるんだ!

 いずれ家探しもするんだよ。

 楽しそうじゃないか!』


 アルスは大真面目にそう話した。

 それはどうやら彼のやってみたいことリストの上位にランクインするようだ。

 

(──家探しがしたい……か。

 今さらアルスの不遇を嘆いても仕方ないんだが……。

 本当に普通のことがしてみたいんだなぁ)


 そのあまりに庶民的な希望を聞いて、エイスは少し複雑な表情を浮かべる。


 エイスもいずれ住居を探すことになるだろう。

 だが、彼はそれに関してあまり自信がなかった。

 どのような世界であれ、都市部の住宅事情は似たようなもののはずだからだ。


 ──お財布事情で住居は決まる。

 自らのお財布事情を鑑みて、エイスは苦笑するしかなかった。




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