23 飛踊


 幸いなことに、今朝もオトラバスの群れに目立った動きはなかった。

 特に大型個体に全く動きがない

 ──不気味なほどに。


 ミシリアン島に降り立ったこの群れは、傷つき、消耗した体の回復を待っている。

 最低限の餌だけを口にして、約2km²の範囲内に密集しているのは生存本能に従っているだけのこと。

 本能的に密集し、群れることで個の生存率を上げようとしているのだ。

 だが、群れはいずれ動き出す。

 それが、この日の午前でなかったことは、実に幸運だった。


        *


 そのオトラバスの群れから300mほど離れた場所には大勢の獣人たちが既に待機している。

 群れのいる約2km²の範囲を六方面に分け、その各方面に三百人隊が配置された。

 さらに、その三百人隊は三十人単位の班に分けられた。

 各班は十五人を二列にして、等間隔に並び伏せ、待機している。

 その各班の後ろには雷撃・電撃担当の守人が配置されている。

 班と班の間隔は15mほど。

 最後尾には三百人隊の隊長、十人の獣人、五人の守人、三人の鳥人。


 ただし、ギアヌスとデューサの二人は隊長でありながら、その先頭にいる。

 作戦の指揮を獣人族長と守人族長に任せて、先頭で突入するつもりだ。

 1.5m級の両手持ちの大剣を抱え、金属籠手(手甲)と脛当を装備している。

 剣だけでなく、両手と両足でオトラバスを殴打するつもりのようだ。

 背には予備の大剣と通常剣も見える。



 作戦開始時刻が近づくにつれて、現場では緊張感が高まっていく。

 島民にとっては島の未来をかけた戦いだ。緊張もするだろう。



 ──討伐隊の全員の頭に念話が響く。


『 <<作戦開始十五分前!>> 』



 透き通るようなエイスの声が頭の中を抜けていった。

 それに反応したかのように、気の早い者たちは防磁マントを広げた。

 そして、その下に隠れるように潜り込む。

 これは各家庭に配備されている非常時用の防護マント。巨躯の獣人でもすっぽりとくるまれるほど大きい。火炎や電撃を短時間なら防いでくれる優れものである。


 この作戦では、龍人二人を除き、全員が二つの指示を遵守しなければならない。

 一つは、防御姿勢の指示が出された間は防磁マントで全身を覆い隠すこと。特に頭部を守るように注意された。

 そして、鼻栓か耳栓のどちらかを選択して着用し、一時的に目耳鼻口を完全に閉じること。

 完全防御姿勢の指示の間は、完全に呼吸を止めることになる。

 これは時間にして約二十秒間。

 この二つを疎かにした場合には、危機的な状態に陥るかもしれない、との厳重注意がなされた。

 防御姿勢解除のタイミングも指示が出される。

 エイスの念話は防御姿勢中でも問題なく聞こえる。


 エンリカとヨニュマの二人は耳栓を選択した。

 そして、指示に合わせて、目と口を閉じて、鼻をつまむつもりだ。


 耳の良い獣人族にはかなり強力な耳栓が必要になる。

 それを準備できなかった獣人は、鼻栓をして、耳を手で強烈に押さえ込むように指示された。

 現場ではその準備と練習に早速取り掛かる者たちもいる。

 防磁マントの下で必死にお手製の耳栓や鼻栓を詰める獣人たちの姿は、どこか微笑ましい。


 ギアヌスとデューサの二人も立ち姿勢のままで防磁マントをはおった。

 念のため、合図に合わせて、目と口を閉じて、手で耳も軽く塞ぐつもりだ。


 ただ、その龍人の姿を見て、それを真似ようとする獣人もいる。

 見られていなくとも、目耳鼻口を完全に閉じるのが恥ずかしいようなのだ。

 班長から厳重な注意を受けるが、鼻栓と耳栓の装着のいずれも拒否した。


 どこの世界にもこの類の面倒な輩はいるもの。

 「死んでも知らんぞ」と警告されても、意に介さない。

 兵士なら厳罰ものだが、一般人はこういう時に説得する術がない。

 その獣人たちはあくまで龍人スタイルを気取るつもりのようだ。



        **


 東の丘でも出発の時刻が近づいてきた。

 昇竜アムルカがエイスとエミーナを乗せるために、頭を地面に下ろした。

 エイスは軽くジャンプしてアムルカの背に上がった。

 エミーナも軽々と跳び上がってきた。

 二人はアムルカの後頭部に片膝をつくようにして座り、角の根元を掴む。


「予定時刻だ」


 エイスのその言葉を合図にして、五体の竜たちが飛び上がった。

 アムルカ以外はオトラバスの群れの死角へと回り込みながら、上空へ向かう。

 アムルカはステルスモードに入り、姿を消した。

 その効果でエミーナの姿も見えなくなった。

 ただし、エイスの方は自術で姿を消した。


 そして、東の丘には炎竜グレアだけが残った。

 残念ながら、この作戦にこの炎竜の出番はない。


(わしの役目もここまでだな。

 ふぅー、こんな面倒な事件と役目は二度と御免だ)


 炎竜グレアは大きな溜息をついた。


(ここまで来たら、作戦が上手くいくことを願うしかあるまい。

 ただ……これが成功したら、あの男には何か褒美でもやらないとな。

 まぁーそれは全てが終わってから考えることにしよう)


 この炎竜の仕事振りも評価すべきだろう。

 無茶振りのデュカリオとの間に入り、竜族との調整役を果たしてくれたのだ。

 人間と同様に、それなりの心労もあったはずだ。



 そして、現場周辺と上空にいる竜たちにも念話が響く。


『 <<三分前!>> 』



 それを聞いてから炎竜も翼を広げて、飛び上がっていく。

 これから現場での作戦の進行状況を監視するのも、この炎竜の役目。

 炎竜も島から離れて、上空へと昇っていった。



        **


 リキスタバル共和国の最南部は熱帯気候。

 そこと比較すると、地形と標高の恩恵により、ミクリアム神聖国は温暖で非常に過ごし易い気候。

 オペル湖周辺の空はこの日も抜けるように青い。

 ミシリアン島にはいつものように心地良い微風が吹いている。



『 <<一分前!>> 』



 その念話を聞いて、防磁マントに包まりながら、獣人と鳥人たちが最後の準備に入った。

 大多数は何が起こるかの詳細は知らされていないが、必死に防御姿勢に備える。

 守人たちの一部はマントの下で簡易防御術を発動する。


 緊張感がピークを迎える。



『 <<五秒前! 4、3、2

     ──防御姿勢!>> 』



 龍人の二人も目と口を閉じ、呼吸を止める。

 両耳を手で押さえて、防御姿勢をとる。

 獣人族と守人族はさらに慎重な防御姿勢をとる。

 愚かな例外もいるのだが──。



        *


 昇竜アムルカは既に初撃の位置に到着し、そこで静止している。

 ステルスモードであるうえに、エイスがさらに電磁波透過術をかけている。

 オトラバスに気づかれるようなことはない。


 そこは、オトラバスの群れの湖岸側、その最前部から約100mの距離。

 そこがアムルカの受け持ち場所。高度約180mで静止している。

 無論、ステルス飛行の状態。エイスとエミーナの姿も下からは見えない。

 そして、そこからはオトラバスの群れ全体が視界に入る。


 エイスのこの作戦にとっての最重要点は、実はこのアムルカの空中静止だった。

 アムルカは超電磁気を操り、翼なしで高速飛行する能力を持つ。

 ──空中でも完全静止できる。

 この作戦はアムルカ不在では成立しない。

 換言すれば、このアムルカの飛行能力こそがエイスからこの作戦を引き出した。


 エイスはアムルカの鼻の手前に立ち、オトラバスの群れを分析している。

 アムルカの空中静止のおかげで、エイスの体は微動だにしない。

 エミーナはその3m後ろで剣を手に立っている。

 そこはアムルカの両目の前。


 エイスは常時発動術やシミュレータ等の全てを停止し、脳力をこの次の作業のために空けていく。

 全脳力をこれからの仕事に割り振るためだ。


 エイスから隠されていたオーラが解き放たれる。

 彼の全身から凄まじいオーラが吹き出す。

 それに応じるかのように、エミーナの体が薄っすらと輝きだした。



『 <<五秒前! 4、3、2

     ──防御姿勢!>> 』



 エイスが防御姿勢をとるように一斉念話を発した。

 同時に、彼の両手が胸の高さに上げられた。

 普段は優しい彼の眼差しが、この直後に鋭くなった。



( <<< 【脅鳴波ラーダム】 >>> )



 エイスはレベル8の脅鳴波ラーダム(タイプA)を上空から発した。

 ターゲット範囲はオトラバスの群れ全体。約2km²の範囲。

 地上からでは群れ全体を狙えないが、この上空からならそれも可能だ。


 各方面の三百人隊に群れから距離をとらせているのも、脅鳴波ラーダムを使うためだ。


 エイスから強い波動が放たれ、瞬間的に空気が割れるような波動が周辺にも走る。

 タイプAの脅鳴波ラーダムとはいえ、レベル8にもなるとその波動は強烈。

 エリア外に伝わるその余波だけでも危険だ。

 防磁マントの下で防御姿勢をとっていても、獣人たちの体を強烈な波動のうねりが通り抜けていく。

 少しでも防御姿勢に緩みがあった者たちに猛烈な吐き気と眩暈が襲う。鼻血が噴き出す者もいる。


 アムルカとエミーナにもその余波が襲う。

 エミーナは背筋と肌にビリビリするような軽い痺れを感じる。

 アムルカの全身を覆っていたステルス術がその影響で解けていく。

 地上からも空中に静止しているアムルカの姿が見えるようになった。



『 <<防御姿勢解除。討伐準備!>> 』



 この念話を合図に上空で待機していた竜たちが第二次攻撃のために降下してきた。


 同時に、エイスのこの念話に即応して、防磁マントの下に隠れていた臨時兵たちも一斉に立ち上がる。

 だが、なかなか起き上がれない獣人もいる。

 眩暈や足に力が入らない等の症状が表れている。

 防御姿勢と準備が十分ではなかったのだ。


 他に、泡を吹いて失神している獣人が十人ほどいる。

 主には龍人スタイルを気取っていた無謀な獣人たちだ。


 無事に脅鳴波ラーダムの余波に耐えた獣人たちは、オトラバスの群れへの突入準備を整える。

 同時に、目の良い獣人たちはオトラバスの群れに大きな変化が起こっていることに気づく。


 多数のオトラバスが痙攣しているかのように硬直し、プルプルと震えている。

 地面を這いずるようにして微かに動いているオトラバスもいる。

 その多くは痺れのために、動こうにも動けず、飛び上がろうにも翅を開けない。

 群れの約半数は身動きさえできず、完全に硬直している。

 森の中では木の幹にとまっていた大型オトラバスたちが地面に落ち、腹を上にしたままの状態で硬直している。


 低知能過ぎる昆虫類等がその対象となる場合、脅鳴波ラーダムでは、倒すことも、大きなダメージを与えることもできない。その効果は、せいぜいその小さな脳を一時的に痺れさせて、動きを止めるか、鈍らせる程度。

 しかも、その効果時間はわずか数分。個体にもよるが、最短では80秒ほど。

 その後、痺れは消えていき、動けるようになっていく。



        *


 地上では、獣人族主体の臨時兵たちの視線が上空の昇竜アムルカへ向かう。


 アムルカの鼻先から斜め上方約5mの位置に、一辺約2mの大きさの巨大な雷光体のキューブが二つ浮かんでいる。

 エイスが同時発動した二つの雷光体キューブがそこに浮かんでいるのだ。

 その巨大な雷光体キューブに地上からの注目が集まる。


 エイスの透明化術はまだ解けていない。

 このため、アムルカがその二つの巨大キューブを発動しているように、地上からは見える。臨時兵たちがその見たこともない二つの大型雷光体キューブを凝視する。


 それはエイスの最上位攻撃術の一つ

 ────【雷弾爆雨ラゾルマ】。


 エイスはキューブの分割を行いながら、同時に全ての雷光弾に軌道設定していく。

 シミュレータ演習を繰り返してきたが、それでもこの軌道設定には時間がかかる。

 何しろ、二十分割体の雷光体キューブを二つも発動しているのだ。

 一つが20×20×20、合計8000弾。

 8000×2で総合計は、16,000弾。


 しかも、開発初期時よりも、雷針弾の威力と射程距離が大幅に増強されている。

 エイスは並列思考の脳力の残分の全てをこの制御と弾道設定に割り当てている。

 並列思考に時分割多重処理を重ねて、猛烈な速度で軌道設定が行われていく。

 ただ、それでもこの数の弾道設定ともなると、一分強を要する。

 脅鳴波ラーダムにより動きを封じているオトラバスの群れの硬直時間との競争だ。


『エミーナよ。

 エイス殿は今無防備な状態だ。

 わしも動くことができん。

 おまえならこの状況で特別な力が出せるはずだ。

 剣を構えろ!!』


 エイスのこの16,000弾の軌道設定は、アムルカの完全静止が大前提だ。

 アムルカが少しでも動けば、弾道(軌道)を全て再設定しなければならなくなる。


 アムルカからそう指示されて、彼女は反射的に両手で剣を構えた。

 すると、彼女の剣の剣身が輝きだした。

 剣身が強烈に輝き、多数の小さなスパークが迸る。

 それは【雷撃剣らいげきけん】。


 彼女はこれまでに雷撃剣など発動したことがなかった。

 それは最上位級の剣の攻撃術

 ──彼女はその存在を噂レベルで知るだけだった。

 普段、彼女が発動できる次元の術技ではない。


 不思議なことに、彼女はこの場でそれを初めて発動し、しかも制御できている。

 さらに、彼女はエイスの俯瞰視の情報も捉えていた。

 それら全てが初めてのものばかり──それでも違和感なく、それらを扱えている。

 もしオトラバスや不審者がここに飛んできたら、それらを発見し、倒すのは彼女の役目。不思議に彼女は迷いなくそう考えることができた。



 五体の竜たちが第二次攻撃に備えて、アムルカの高度にまで降下してきた。

 アムルカに先んじて五竜はさらに降下していく。


 脅鳴波ラーダムの発動から57秒が経過した。


『エイス、もうすぐ60秒だ! 急げ!』


 アルスの激が飛ぶ。


 アムルカの顔の前方50mの位置に、雷光体から分割された各雷光弾が水平方向に並べられていく。

 そして、横に800個が並ぶと、間隔を空けて、その真下にまた弾が並べられていく。

 信じられないような速度で雷光弾がアムルカの前に帯のように並んでいく。

 その総数は、間もなく16,000弾。


 脅鳴波ラーダムの発動から65秒が経過した。

 最後の一個が配置された瞬間に、全ての雷光弾の形が一斉に球体に変化した。

 この攻撃術が開発された当時には、雷光弾はミニキューブ形状だった。

 この球体への変形こそが雷弾爆雨ラゾルマの進化。

 この術の開発後から、エイスはシミュレータで射程距離と軌道制御を向上させてきた。それが「巨大キューブ→ミニキューブ→球形」という三段階の変化である。


 脅鳴波ラーダムの発動から68秒。

 エイスがアルスに聞こえるように発したのは、この龍人語だった。



『 <<< 飛踊ドゥラッシェ >>> 』



 球体だった全雷光弾が銃弾のような形状の雷針弾へと一瞬で変化した。

 それと同時に、16,000個の雷針弾が一斉に発射された。


 光り輝く雷針弾が弧を描くようにして猛速で飛んでいく。

 16,000個が見事な放物線を描き、一度拡散してから集束するようにしてオトラバスの群れへと向かう。

 16,000個が衝突することなく、かつ外方向から包み込むようにして群れに向かっていく。

 それはまるで歌舞伎の千筋の糸のように美しく猛速で空を駆ける。


 オトラバスの逃げる方向を打ち消すようにして、雷針弾の雨が群れを襲う。


「どはっ‼」「ぐおぉぉ」


 その攻撃を初めて見る二体の雷竜は思わずそう声を発した。

 それは、16,000発の雷弾クラスター攻撃。


 バババ、バシ、バババババババババビュ

 ──雷針弾の着弾音が一面に響き渡る。


 約2km²の範囲に密集する群れ全体をそれ超える数の雷針弾が襲う。

 オトラバスの「数の暴威」を雷針弾の数で上書きしていく。


 直後に、凄まじい数の小スパークが地面を覆い隠すかのように包み込んでいく。

 オトラバスの群れのいる一面が瞬間的に輝くように明るくなった。


 その光景を見ながら、それを追うようにして竜たちが地上へと降りていった。


 地上から見ていた者たちからは、それはさらに刺激的な光景だった。

 アムルカの顔の前に横長の光の帯ができていったのだ。

 直後に、その帯が無数のビームへと変わり、囲い込むようして、シャワーの如く降り注いだ。

 そして、その雷針弾の雨が地上にいるオトラバスたちを攻撃していった。


 雷針弾は甲冑を突き破る威力を持つ。

 被弾したオトラバスは、直撃箇所に大穴が空き、感電死した。

 この雷針弾は肉体的と電気的、二つのダメージを与える。

 脚部への被弾やかすっただけでも、強烈に感電して深刻なダメージが残る。



 そこに、予定通りに五体の竜たちが各々の攻撃地点に降り立った。

 アムルカも高度30mまで降下していく。

 エイスは透明化を解き、エミーナとともにアムルカの後頭部付近に座っている。


 竜たちからオトラバスの群れまでは約50mから80mほど。

 そして、段取り通りに、各竜の後方50mの位置にまで三百人隊が前進してきた。



 地上に降りた竜たちの目の前に驚愕の光景が映った。


 そこは、被弾し、屍と化したオトラバスたちに埋め尽くされていた。

 それでも、即死を回避し、逃げ出そうとするオトラバスたちが蠢いている。

 その多くは身体の一部に穴が空いたり、欠損したりしている。

 翅に被弾したオトラバスは生きていても、もう飛ぶことはできない。

 飛行力を残している個体はさらに少数。

 無傷のオトラバスは少数しかいない。


 エイスの雷弾爆雨ラゾルマは、一万弱を一瞬で屍、あるいは飛行不能にしていた。


 攻撃直前に、エイスが広範囲俯瞰視を用いて計測したオトラバスの数は12,336体。

 その大多数に何らかのダメージを与えた。



『 <<第二次攻撃、開始‼>> 』



 その念話の声を合図に、六体の竜たちが口から拡散雷撃を噴き出した。


 特に二体の雷竜とアムルカの吹く拡散雷撃は強烈だ。

 わずか30秒ほどの時間で300m圏内を雷撃の沼に沈めていく。

 森の中で辛うじて生き残っていた大型オトラバスたちも容赦なく感電させていく。

 それでも、岩などの障害物の陰にいて、直撃を回避するオトラバスもいる。

 また、周囲に散乱する多数の屍が避雷針代わりになり、直撃を逃れるものもいる。


 六体の竜たちは、約三分を使い、ほぼ群れ全体への攻撃を終えた。

 直後に竜たちは翼を広げて、羽ばたきながら斜め後方へと飛び上がっていく。

 


 竜たちが十分な高度に上がり、風が静まってきたところで、次の念話が響いた。



『 <<討伐開始!>> 』 



 それを合図にして、六方向から三百人隊が一斉に群れへと走りだした。

 一部の興奮気味な獣人たちが咆哮をあげながら群れに突入していく。


 幸運にも生き残ったオトラバスたちに獣人たちが容赦なくとどめを刺していく。

 十五人の二列で突入した三十人班は、その前衛が活動状態の個体を優先的に潰しながら先を急ぐ。

 後衛の十五人は、もう動いていない個体も含め、全てのオトラバスの頭部を確実に潰していく。


 運良く無傷や軽傷のオトラバスは、痺れが薄れて、動きだした。

 脅鳴波ラーダムの影響でフラつきながらも空へと向かう。

 だが、その飛行速度は遅く、それほど高く飛べない。

 それを主に守人たちが電撃や雷撃で撃ち落としていく。

 落下してきたオトラバスの頭部を獣人たちが容赦なく叩き潰す。


 現場周辺の上空には、竜系人ヴァラオと鳥人が既に集まっていた。

 時々飛んでくるオトラバスを撃墜する。

 ただ、オトラバスはフラフラの状態であまりにも力なく飛んでくる。

 とどめを刺すか、翅を奪うか、それだけの単純な仕事になっていた。


 気づけば、いつの間にか島の周囲に二十体以上の竜たちも集まってきていた。

 エイスからの念話で、第二次攻撃後に飛行可能な個体はもう五百ほどしか残っていないと知らされたからだ。

 そうであるなら、島周辺での殲滅が最善手。

 勝手にそう判断して、竜たちが島の近くにまで寄ってきたのだ。


        *


 討伐隊は弱体化したオトラバスの群れを速攻で攻略し、数分で群れの中央付近にまで迫ろうとしていた。


 その先頭を走るのはギアヌスとデューサの二人。

 阿修羅か鬼神の如く、猛烈な勢いで動いているオトラバスを倒していく。

 剣で切りながら、殴り、蹴り、電撃……。もう何でもありの破壊神状態だ。



 ここで、作戦にはなかった予定外の事態が起こった。

 浅瀬に竜たちが次々と降り立ち、島に上陸してきたのだ。

 これはデュカリオの指示のようだ。

 上陸した十四体の竜たちがオトラバスの生き残りを見つけては踏みつぶしていく。

 飛んでくれば、大きな手で地面に叩きつけ、さらに踏みつける。


 オトラバスの群れは休息していた密集地とその周辺の全てを食い尽くしていた。

 おかげでその一面は隅々までクリアに見通せる。

 竜たちは面倒な攻撃はせずに、地面に少しでも動く箇所があれば、そこを念入りに踏んでいく。

 場所によっては、獣人たちに「どけ!」と指示して追い払い、一面を入念に踏んでいく。

 単純だが、恐るべき攻撃だ。

 武器が壊れてしまった獣人たちの多い場所へ移動しながら、竜たちがオトラバスを掃討していく。


 竜たちが加わったことで、現場は完全な掃討戦のフェーズへと移行していた。

 上空にいるエイスたちはその竜たちの行動を見ながら笑っている。


 現場上空では竜系人ヴァラオたちがやや暇そうにし始めた。

 オトラバスが上空にほとんど飛んでこなくなったのだ。

 鳥人たちは念のために森の奥に逃げたオトラバスがいないかを調べに向かった。



        *


 アムルカは現場上空に静止して、周辺を観察している。

 エイスも広範囲俯瞰視から現場での掃討戦の終わりが近いことを知っていた。


 一部の現場には既に馬車が到着し、オトラバスの死骸の回収を開始した。

 予定時刻よりもかなり早い。

 死骸の数を慎重に集計しながら、馬車に積んでいく。

 船での水上に落ちたオトラバスの回収も始まった。


 結局、町まで逃げきたオトラバスはわずか三体のみ。

 フラフラで飛んできたところを弓矢と電撃で落とされ、とどめを刺された。


 掃討戦に参加していた竜たちも二十分ほどで仕事がなくなってしまった。

 一面を踏み均して、綺麗に整地してしまったのだ。

 残作業(確認作業)を獣人族と守人族に任せて、竜たちは帰っていった。


 町からも遠目に現場の状況が窺える。

 作戦開始から四十分後には、街の通りはお祭り騒ぎになっていた。



        **


 オトラバス殲滅作戦は昼前には事実上終わりを迎えた。

 そこからは虱潰し的な完全駆除フェーズに移行した。


 エイスはアムルカに乗って島を巡回しながら、オトラバスの生き残りがいないかを捜した。

 十人の竜系人ヴァラオとともにアムルカと島を三周したが、発見できたのはわずかに二体のみ。

 竜系人ヴァラオたちがそこへ急行して止めを刺し、死骸も回収した。

 オトラバスも単体であれば、竜系人ヴァラオたちの敵ではない。

 それ以降はエイスの俯瞰視でも生きているオトラバスを発見できなくなった。


 それでも、午後には特に嗅覚に優れる獣人たちの追跡隊が編成された。

 十人一組の十班がオトラバスの追跡を開始した。

 島での生活を失いかけた島民たちは、追跡の手を緩めたりしない。

 完全駆除を目指し、「12336」の全てが確認されるまで捜索を続けると意気込む。



 ──エイスとアムルカ、そしてエミーナは全ての仕事を終えた。

 長かったこの数日も区切りを迎え、アムルカは東の丘へ向かう。

 竜系人ヴァラオたちも現場を離れ、東の丘へと戻っていく。





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