22 龍王級術師


 オトラバス駆除作戦決行の日、ミシリアン島の町ロワールでは早朝から多数の島民たちが慌ただしく動き回っていた。

 守人族と獣人族の二千弱の島民がこの作戦に加わる。

 町はその準備に追われていた。


 昨晩、町の数か所でオトラバスの死骸が公開された。

 それを初めて見た島民たちはその大きさと脅威に青ざめた。

 それでも、この殲滅作戦にかける島民たちの思いは強い。

 昨夕まで、島は事実上焼失し、島民は全てを失うことを覚悟していた。

 それを回避できたのだ。嬉しくないわけがなかった。

 オトラバスを倒す力を持つと判断された者たちの全員がこの動員を了承した。

 その他の者たちも町や周辺地に立ち、逃げてきたオトラバスと戦うつもりだ。


 この作戦は、段取りと配置等が非常に綿密。

 作戦上、初撃と第二次攻撃のみをエイスと竜たちが受け持つ。

 それ以降は、島民たちの包囲網による掃討戦に移行する。

 その後の竜たちとその他の増援の役割は、空中に逃げたオトラバスの対処だ。


 龍人親子とギロンドらは、部隊編成、班長選定作業、段取り、そして説明等に奔走した。

 島民には作戦開始から本日夕方までの間に全てのオトラバスを討伐するように指示が出された。惨い話ではあるが、一匹たりとも逃がしてはならない。全ての息の根を確実に止め、全ての死骸を回収しろ、と。

 自然界の昆虫ではあるが、ミクリアム神聖国の固有種ではない。

 オトラバスは超大型害虫として完全駆除の対象に指定されたのだ。


 夜明け前から百台近い馬車が既に作戦現場へ向かった。

 その他にも百台以上の馬車が島内全域に配備されていく。

 これはオトラバスの死骸を即時回収し、焼却処分するためだ。

 昆虫は動かなくなっていても絶命していないことがある。

 雌の卵も含め、丸ごと完全焼却するためにも、全ての死骸の回収が必要になる。

 水上に落下したオトラバスも船で回収して焼却される。



        **


 この作戦では、オトラバスの群れが休息している約2km²の範囲を討伐隊が六方向から攻める。

 つまり、約二千人が六隊に分かれる。

 獣人族三百人超に電撃・雷撃の使い手(守人)が十人。そこに各三人の鳥人。

 町から最も遠い西側の森の奥にはデューサの率いる三百人隊。

 その隣の大型個体が最も多い森の奥をギアヌスの率いる三百人隊。

 そして、その隣の三百人隊にはエンリカとヨニュマの二人が加わっている。

 守人族には、火炎攻撃厳禁、電撃か雷撃のみを用いるように指示が出された。


 大型個体の犇めく森周辺に向かう三百人隊には、獣人族の精鋭たちが配置されている。

 獣人族には強い弓矢と折れない剣、またはクロー等の武器の装備が指示された。

 大型金属槍、大斧、巨大ハンマー等々の重量級武器を持つ者も少なくない。

 ギアヌスとデューサも両手持ちの大剣と予備、さらに三本の剣を装備している。

 潜入調査時の経験から、剣が途中で壊れることも想定済み。そのための装備だ。

 二人は各々最低三百体を倒すつもりでいる。


 各三百人隊はオトラバスの群れから250m、または300mの距離に陣取った。

 森側の隊は300mの距離。

 その詳細は後に分かるが、この距離は二重の意味での安全マージンだ。


 初撃に合わせて、群れと隊の間には竜たちが降下してくる。

 直後に竜たちは六方向から第二次攻撃の雷撃を吹き、その後に竜たちは上空後方へ移動する。

 攻撃から逃れたオトラバスがいても、翼の風圧で可能な限り外に逃がさない。

 それを合図にして、各三百人隊が討伐を開始する。


 現地に到着した各三百人隊は、作戦の最終打ち合わせと準備を開始した。

 三百人隊はさらに班単位に分けれ、班長からの詳細な説明と指示を受ける。



        **


 エイスはこの島に到着した日にこのオトラバス騒動に巻き込まれた。

 やや寝不足気味だったこともあり、昨晩は早めに就寝した。

 おかげで、彼は十分に睡眠をとり、早朝に起床した。

 エンリカとヨニュマはさらに早く起床し、現場に向けて既に出立していた。


 ミサーナは医術師として現場へと向かう。

 二千人弱が動員された作戦だが、ミサーナを含めても医術師は五人のみ。

 町に一人が残るため、たった四人で現場での負傷者救護を担う。

 明らかに人員不足ではあるが、仕方ない。

 念のために、各班に応急処置キットが配備されている。


 庭ではエミーナが一人で極太の大剣を振っている。

 彼女は超絶スリムな体形だが、準龍人級の剛力の持ち主。

 その大剣を片手で軽々扱う。

 地球人視点であれば、それは非常に不自然な光景だろう。

 彼女はミサーナ譲りの医系術以外には、中の上レベルの守人術しか使えない。

 頭は切れるのだが、彼女は意外に武人肌の半冠守人ハーフロラン

 実は、剣なら父ギロンドよりも確実に強い。


 7時半の集合に合わせて、銀華竜ルミアスが庭に現れた。

 エイスを迎えにきたのだ。

 彼がルミアスに乗ると、その後ろに帯剣したエミーナも乗ってきた。

 作戦中のエイスの護衛役をアムルカとエブラムから指示されたらしいのだ。

 それを聞いてエイスは苦笑している。



 この日の作戦開始時刻は9時。

 エイスは7時半に東の丘に予定通りに到着した。


 東の丘には、エイスとエミーナ、これに双竜、昇竜、銀華竜二体、炎竜。

 さらに、この日の作戦に加わる雷竜が二体。

 雷竜ギレオンは23m級(全長44m級)。

 雷竜サイオスは22m級(全長42m級)。

 長い翼と尾を持ち、頭には後方に伸びる一本の角。

 二体の雷竜はともに拡散雷撃と雷禍撃ザムを吹く。

 鋭い両目がちょっといかつい。それでも、話してみると陽気な竜たちだ。


 これに、竜系人ヴァラオと鳥人が五十人ずつ。

 この合計百人は予定外だ。

 この殲滅作戦での空中戦向けの迎撃増援として、竜族から急遽投入された。

 作戦直後に上空から降下し、飛んでくるオトラバスがいれば、この百人が迎撃する。


 エイスから詳細な作戦指示が再度行われた。

 第二次攻撃の森側の三面(三方向)をギレオン、エブラム、サイオスが担う。

 湖岸側の三面は銀華竜サリアス、昇竜アムルカ、銀華竜ルミアスの担当。

 第二次攻撃のタイミング、さらに討伐隊との役割交代についての説明と指示が行われた。


        *


 8時を過ぎた頃、エイスの広範囲俯瞰視が島の周囲に続々と竜たちが集まってきているのを捉えた。

 二十体を超える大型飛竜たちが島に近づいてきた。

 最終的に、島から約3~5km離れた上空を三十四体もの竜たちが取り囲んだ。

 島の周囲をぐるりと囲むようにして上空で待機している。

 その中には全長115m級のデュカリオまでいる。

 その巨竜が器用にホバリングしながら上空で待機している。


 この殲滅作戦は竜たちにとっても非常に興味深い対象になっていた。

 その理由の一つは、デュカリオ案をアムルカが中止し、別案に置き換えたことだ。

 最古竜のアムルカが表舞台に出てくることは滅多にない。

 珍しくその賢竜が動いた。

 多くの竜たちがこのアムルカの動きに注目した。


 また、一万匹以上の超大型昆虫の殲滅策にもやはり注目が集まっていた。

 デュカリオでさえも、それをアムルカと(半)龍人ラフィルが共同で行うと聞いて興味を持った。大陸最大級の飛竜もわざわざそれを見に来たのだ。


 最後の理由は、戻ってきた炎竜が殲滅可能な作戦と伝えたこと。

 もしそうであるなら、本土側の迎撃態勢を薄くしてでも、島の周囲での迎撃を優先する。

 いつ来るか分からないオトラバスを本土側で待つよりも、その方が効率的だと判断したのだ。

 竜族は基本的に超合理的思考。勝手に島外での迎撃策に増援を加えていた。

 合計百人の竜系人ヴァラオと鳥人を追加派遣したのもその判断からだ。

 その外層にはさらに三十四体の竜たちが見物も兼ねて、迎撃役を務める。


 ミシリアン島の周辺は、昨日までとは状況が一変した。

 三十四体もの竜たちによる一大包囲網が構築されていった。



        **


 東の丘ではエイスと竜たちが最後の打ち合わせを終えた。

 念のために、エイスは竜たちに電磁波透過術をかけていく。

 なのだが、竜たちは巨体だ。これがなかなかに大変な作業だった。

 それでも、この術をかけておけば、少なくともオトラバスに体熱を感知されることはなくなる。


 その術をかけられたアムルカがその発動法を解析していく。


「この術は我らが使う隠密飛行術に近いな……。

 これは後で少し練習をしてみるかのぉ」


 エイスはこのアムルカの呟きを聞き逃さなかった。

 逆に言えば、アムルカのステルス術をエイスも使える、ということ。


「どちらにしても後でその隠密飛行術で飛んでもらうことになるんだが……。

 発動法はやはり似ているのか?」

「そうだのぉー。

 ちょっとした違いじゃ。

 ほれっ‼ こんな感じだ」


 そう話してから、アムルカはステルス術を発動し、姿を消した。

 ただし、銀華竜とは発動方法が少し異なる。

 だが、飛行時とは違い、完全に消えることができない。

 非常に透明度の高いガラスのような状態にはなっているが、竜の外形を何となく視認できる。


「背景が複雑だと、あまり上手くは消えられないわけか」

「まぁーそういうものだ。

 わりと適当に発動しても、相手が空を見上げる状態なら、見つけることはできんはずじゃ。

 どうじゃな。お主の使った術と似ておろう?」


 傍らで同様に話を聞いていたエミーナは、その会話に全くついていけない。

 だが、エイスはその術を間近で見ながら、猛速で解析を進めていく。

 彼はすぐにこの発動法の要所を掴んだ。


「なるほど……、そういうことか。

 いやいや、この発動方法はなかなか高次元だな。

 ただ、確かに欠点もあるな。

 地上で使うには電磁波透過の応用術と組み合わせる方が良さそうだ。

 三つの術を同時発動しながら、調整すれば……いけるか」


 三つの術の同時発動──事も無げにそう話すのがエイスだ。

 そして、そう話したエイスはいきなりそれを試しだした。


 エイスの体が揺らめきながら透明化していく。

 アムルカと似たようなガラスに近い透明度になった。


 それを見て、エミーナと他の竜たちが仰天する。

 エイスは初見でほぼアムルカのステルス術を再現した。


「おお! 一回で成功してみせるか……。

 これは大したものじゃ」


 その状態でエイスはさらに電磁波透過の応用術を追加発動した。

 エイスの透明度がさらに上がり、ほとんど見えなくなった。

 99.6%の透明度だ。

 ただ、……残念だが、移動する際に微かにその存在を視認できる。


「これには驚かされたわい……。

 もうわしよりも上手く消えられるようになるとはのぉ」


 これにはアムルカも目を白黒させる。

 その底知れぬ解析力と術応用力にアムルカは驚嘆した。

 そして、それは傍にいた二体の銀華竜も同様だった。

 最上位級の龍人とはいえ、三体の竜たちは竜族以外でこの術を使える者に初めて出会った。

 しかも、初見でコピーして、さらに改良まで加えた。


(これはちょっとした発見じゃぞ。

 ミクリス龍王国以外にも龍王級がいたとは……。

 いや、これは……それを超えるかもしれんぞ。

 もしそうなら──)


 アムルカは心中でそう呟いた。


 エイスは術を解いて姿を現した。

 彼は顎に手を添え、少し思案する。


「これはまだ調整が必要だな……。

 ただ、活用度が高そうだから、完全に消えられるようになりたい」

「ほぉー完全に消えられるとな?」

「おそらくだが……可能なはずだ。

 だが、かなり工夫と調整が必要そうだ」

「そうか‼

 お主にはそれができるとな」


 そこまで話してから、アムルカは何かを察したようだ。


「うん!? おおーっ、そういう話か!

 大聖殿や聖堂には知られたくないという話も腑に落ちたぞ。

 それで、エイス殿はここで観光客に徹したかったわけじゃな」


 アムルカはエイスの事情を勝手に自己解釈して、悦に入る。


「それは誤りではないが、正しくもない。

 おれがこの件に手を貸したくなかったのは、この作戦の成功率が低かったことも理由の一つだ。

 その成功率で実行すべきではなかった。

 そう判断したからだ」

「ほう……、それでは何がその判断を変えたのじゃ?」

「それはアムルカ、おまえが現れたことだ」

「わしがか!? それはどういう理由でなのかのぉ」

「簡単な話だ。

 アムルカ、ルミアス、サリアスが現れたからこそ、この作戦の成功率が上がった」


 エブラムも一連の話を聞いて、エイスの真意を理解した。


「確かにその通りだな。

 アムルカ様が不在の際には、初撃までの一連の流れに確実性がともなわなかった」

「なるほど、……そういうことか。

 まぁ、確かに強引に仕掛けるにはあやつらの数が多過ぎるしのぉー。

 わしは別の楽しみを目的にここにきたのじゃが、これはこれで興味深い。

 ただ、こんな面倒な騒動はさっさと片付けてしまおう。

 お楽しみはその後じゃ!」

「お楽しみ……でございますか?」


 そうエブラムに問われて、アムルカは一瞬表情が変化した。


「エブラム、まぁ―それは置いておけ。

 先に面倒事を片付けてしまおうぞ」


 アムルカはこれから始まる作戦をさも簡単そうに話した。

 昨日とは打って変わり、作戦によほどの自信があるようだ。

 エイスはそのアムルカに少々呆れながら、竜たちに状況確認をする。


「島の周囲3~5kmの位置に三十四体の竜たちを確認できた。

 デュカリオも来ている。

 目的はなんだ?」


 これにはこの場にいる竜たちの方が驚いた。

 事前にそのような話は聞いていなかったからだ。

 炎竜グレアが少し考えてから話しだした。


「おそらく本土側での駆除よりも、こちらでの作戦を優先したのだろう。

 予定通りに初撃で八千以上を飛行不能にできるなら、ここを固める方が効率的だ」

「確かにそれはそうだろうのぉ。

 だが、結局のところ、見物したいのが本音だろうよ。

 わしでも見物に来たわい」


 そのアムルカの話を聞いて、竜たちが大笑いする。

 エブラムは笑いながらも、その見物気分が少し気になった。


「それはいいが、三十以上も何の打ち合わせもなしにそこにいて大丈夫なのか?

 竜系人ヴァラオや鳥人との距離は保ってもらわんとな」


 それは確かにそうだ。

 逃げるオトラバスを撃ち落とすための攻撃が味方に当たらないとも限らない。

 その心配は不要だと思うものの、エイスは一応その対策もとることにした。


「分かった。

 おれの念話で周辺に来ている全ての竜たちにも最低限の指示はしておこう」


 エイスは何気にそう話したが、これにその場の全員が驚く。

 電波式念話の場合、一般的な到達距離は障害物なしでもせいぜい1km程度までだ。

 だが、エイスの使う念話は電波系ではなく、思念波の一種だ。


「エイス殿、そなたの念話はどのくらいまで届くのかな?」

「念話可能な距離のことか?

 試したことがないし、相手にもよりけりだからな……。

 ここからならおそらく30kmくらいは余裕で届くだろう」

「……30kmとな。

 それはまた驚異的じゃな。

 相手によってはもっと距離が伸びるというのか?」

「相手側の能力が高いほど、距離を伸ばせる。

 ただ、基本的によく知る人物でなければ、あまり距離は伸びないと思う。

 今回作戦で使うような一斉念話となると、20kmくらいが限界だろうな」


 そう話してから、エイスはミシリアン島を取り囲むように上空で待機している竜たちに指示を出す。


 突然頭の中に響く念話に上空の竜たちが驚き、少し動揺する。

 これは無理もない。遠くに見える島からいきなり話しかけられたのだ。


 エイスもメッセージを簡潔なものにして、上空での同士討ちだけには注意してほしいと呼びかけた。

 そして、作戦開始時には強烈な思念波が一度島を包む。

 それを合図に島の周囲1kmまで近づいて構わない。

 ただし、単体のオトラバスが逃げてきたら、可能な限りブレスではなく、物理攻撃を用いてほしい。万が一、包囲網を抜けたオトラバスがいたら、ブレスで迎撃してほしい。エイスはそう伝えてから念話を終えた。


 そのエイスからの念話を聞いた古竜の何体かが不気味に微笑んだ。

 その中でも最も怪しく微笑んだのは、デュカリオだった。



『 <<作戦開始二十分前>> 』



 ──直後に、エイスの一斉念話が島の内外にそう知らせた。



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