21 龍血の巫女
エブラムがアムルカにエイスを紹介しながら、その場の雰囲気の改善に努める。
なんとも気配り上手な守護竜様である。
昇竜アムルカの方は「陽気な仙人」的な古竜で、なぜか愛想が良い。
なかなかお茶目な竜だ。
「わしは別に難しい話がしたいわけではない。
エイス殿、この初撃はデュカリオでも難しいと思われるかのぉ?」
「いや、竜族ならデュカリオが最も高い攻撃力を持つのだろう?
そう聞いているが……。
それでも、同時にかなりの数のオトラバスが空中に逃げるだろう」
「その口ぶりでは……、デュカリオでも初撃で六千くらいまでかのぉ?」
「それはデュカリオがどの距離まで気づかれずに接近できるかにもよるだろう。
デュカリオは垂直降下で着地してから攻撃するつもりなのか?」
「着地せずに空中からでも炎は吹けるが、それでは威力をかなり抑えなければならんじゃろう。
広範囲の灼熱火炎を吹くなら、群れから少し離れた所に着地しないとならんな。
まぁその距離感がちっと難しいんじゃが、やつなら何とかするだろう」
デュカリオが初撃を担う場合、それが最大の難所だ。
超巨大竜の接近にオトラバスの群れが反応しないわけがない。
「視界の悪い夜襲はあの数の殲滅作戦には向かない。
だが、日中にやつらを攻めるのは容易ではない。
やつらの目はほぼ上空全域を捉えるうえに、動体感知がとにかく早い。
それに、頭部と長い触角は熱源を鋭敏に感知する。
それが厄介だ」
エイスは群れへの潜入調査時に夜襲の可能性ももちろん探った。
そのために、現場でオトラバスの電磁気や熱に対する反応等も調査していた。
その後の解剖結果も含め、オトラバスの熱源への反応速度を推定していた。
炎竜グレアがこの点について疑問を抱いた。
「それでは火炎攻撃にも素早い反応を示すということか?」
「それについては是非がある。
非常に素早い反応を示す。それは間違いない。
だが、知能が低いため、火炎攻撃への回避法を選択するようなことはない。
おそらく本能的に高熱を避け、熱源の逆方向へと向かうだけだろう」
その説明を聞いて、アムルカの目が大きく開いた。
「なんということじゃ……。
それではデュカリオの火炎であっても想定より逃れる数が多くなるではないか」
「そっちでどう想定をしていたかは知らないが、だから電撃を使えと助言したんだ」
「そういう話か……。
これはちとマズいのぉー」
炎竜グレアもそのアムルカとエイスの会話から要点を掴んだ。
「地上で拡がる炎に対して本能的に逆方向に飛ぶということか。
それに対して、地面を這うようにして進む炎の足はそれほど速くない……」
火炎は足の遅い攻撃だ。
加えて、一度地面に届いてそこから放射状に拡がっていく炎の足はさらに遅い。しかも、その距離が伸びるほど速度は大きく低下していく。
オトラバスは本能的に反対方向へ飛ぶ──それがここでの問題点だ。
──強烈な火炎ブレスの引き起こす追い風と上昇気流に乗り、直撃を逃れたオトラバスたちは一気に高度と飛行速度を上げるだろう。
これに対して、周辺上空で待ち伏せる
オトラバスとの飛行速度差が大きくなるため、その迎撃は容易ではないだろう。
「それでは島を犠牲にしても、かなりの数が本土に向かうことになるではないか」
「だから、我らは最初にそう言ったではないか!」
エブラムやギアヌスらは、それ見たことか的な表情を浮かべた。
昇竜と炎竜はそこでようやく認識を改めた。
炎竜グレアがエイスに確認するかのように問いかけた。
「つまり、火炎攻撃だけで殲滅するには全方向から囲い込んで一度に攻撃しなければならないのか?」
「まぁ理屈の上では、そうだ。
だが、電撃と違って火炎による多方向からの包囲攻撃は難しいぞ。
それに、それでも殲滅できる保証はない」
「分かっておる。
だから、デュカリオ様の初撃の直後にそうする予定だったのだ。
だが、それでは確実に一手遅れるということか……。
島をほぼ全焼させても、数千が逃げるかもしれないわけか」
そこで、昇竜アムルカが急に高笑いしだした。
「はぁっほっほほっー! これは参ったのぉー‼
お手上げじゃぞ。
──おい、グレアよ。
火炎攻撃での殲滅が無理なら、空中包囲戦に切り替えんか?」
「島内での殲滅ではなく、逃げるオトラバスを空中で撃ち落とすのでしょうか?」
「そういう話だ。
対岸に逃げようとするやつらをとにかく減らしていく方が現実的ではないか」
「まぁー確かにそれはそうですが……。
ただ、飛行速度差を考えますと、二重三重に包囲陣を組む必要があります。
そのためには五千近いの鳥人が必要になると思われます。
それに……、それではデュカリオ様が納得されないでしょう」
「そうじゃったな……。
よほどの対案でなければ、あの頑固者を説得しきれんだろうからのぉ」
*
話し合いはまた振り出しに戻った。
結局、手持ちのカードをどう並べ替えてみても、初撃前後に綻びが生じる。
その綻びの箇所で数千のオトラバスが上空へと逃げる。
さすがに、雰囲気的にも「殲滅」を半ば諦めかけていた。
(話が堂々巡りだ。
このままでは結局明日の船に乗ることになりそうだな)
その場にいる者たちは解けないパズルに四苦八苦する。
エイスがこれまで何度も見てきた光景だ。
そこからの進展がない。
(いくら竜族が最終決断を下すとは言っても、さすがにこうなるとなぁ。
この場での話し合いもここまでかな)
エイスからすれば、この日に昇竜と二体の銀華竜が現れたのは新要素だった。
しかし、新たなカードはそれだけだ。
とは言っても、この三体の竜は超電磁気を飛行時に操る力を持つ竜たちだ。
なのだが、三竜は破壊的な攻撃力を持たない。
35m級の昇竜アムルカでも電撃系攻撃での攻撃範囲はせいぜい300m圏内。
雷竜とほぼ変わらない。
(──ただ、この三竜はステルス飛行できる)
アムルカを解析した結果を踏まえて、エイスの脳内シミュレータはそこからさらに新たな分析結果を弾き出した。
(これは……このアムルカは空中で完全静止できるかもしれない。
もしそうなら──
あれの成功率を65%まで引き上げられるわけか)
さらに、エイスは猛速で新たなシミュレーションを開始した。
(うーん……最終的には一度試してみるしかない。
雷竜六体の初撃よりも効果的だし、計算上ではいけそうだけど……。
やってみる価値は十分にある。……のか?
──それで、どうするんだ)
エイスは自問しながらも、その間にいくつもの別の解を導き出す。
だが、いくつ解を導出しようとも、最終決断を下すのは己の意思。
(これ以上傍観してもいられないか。
結果的におれが変えてしまった未来でもあるわけだし──。
今回は、おれの方から先に条件提示してみるか)
そう。これはエイスが間接的に招いた状況でもあるのだ。
島が全焼し、多数のオトラバスに逃げられてはあの未来視を変えた意味がない。
エイスは憂鬱そうに小さな溜息をついた。
直後にエイスが念話で話しだした。
ただし、それを聞くことができたのは、そこにいる竜たちと龍人親子、そして
エイスはこれが対象者限定の念話であることを伝えた。
これにアムルカが即応した。
『お主はこの類の念話が使えるのか……。
ほぉーこれはこれは‼
ここまでわざわざ来た甲斐があったわい』
エイスにはそのアムルカの陽気なノリがどこぞの爺様に思えた。
──ただ、その人物をどこで見たのかまでは思い出せなかった。
丘の上の現場に奇妙な空気が流れた。
メンバー限定での念話が始まり、竜たちが沈黙したからだ。
そこで、エブラムが「しばらく検討する時間をとる」と伝えて、とりあえず誤魔化してみる。
そのエブラムが少し嬉しそうに話しだした。
『エイスよ。
おまえは最初から何か策を持っていたのだろう。
我はそう思っていたのだ。
なぜ出し惜しみをする?』
『別に出し惜しみをしていたわけではない。
何度も言っているように、おれはここにたまたま観光で来ただけだ。
おれは部外者だ。
それを忘れないでくれ』
アムルカがそのエイスの話にまた反応する。
『エイス殿、それはお主がそう思っているだけかもしれんぞ。
そもそもわしがここに来たのは聖女の念を感知したからだしのぉ。
オトラバス退治の話を聞いたのはここに来てからだ』
銀華竜以外の念話参加者たちが、この話に驚く。
オペル三大神龍の昇竜アムルカは別件でここにやって来ていた。
実は、昇竜はここに来るまでオトラバスの群れの話を知らなかったのだ。
その件についてエブラムが説明を始めた。
『アムルカ様、それはあそこにいるエミーナという娘がこの男に平伏した時のことでした。
我も聖女の輝きを見たのは随分と久しぶりのことでした』
『お、おい、ちょっと待て……。
それはどういう話なんだ。
おれとその「聖女の輝き」がどう関係するというんだ?』
これにアムルカが愉快そうな表情で答える。
『ほはっ、エイス殿は……ご存じないのか。
エミーナという娘はそなたの巫女ということじゃ』
『はぁ!? 巫女?』
エイスもこれには面食らった。
いきなり「巫女」と告げられた。
無論、その話は龍人親子も知らなかった。
二人の孫娘が「エイスの巫女」と告げられたのだ。
その全容はエブラムも知らない。
その詳細を知るのは昇竜アムルカを含む数体の古竜だけ。
どうやら、エイスはかなり上位の龍人の血筋ということらしいのだ。
そして、エミーナは龍血の巫女の潜在能力者。
一部の竜たちはそれを知り、心中でニヤリとほくそ笑む。
エイスはその話を聞いて軽い眩暈を覚えた。
彼はそういう面倒そうな
彼はどうにも嫌な予感がしてきた。
ただ、ここではその話が本題ではない。
『この話の詳細についてはアムルカに後で詳しく聞くことにする。
それよりも、話を戻そう。
──ここでおれがもう少し協力するには条件がある』
『ほぉほほぉー、条件という話ですか。
これはまた面白い。
どんな条件でしょうかな?』
アムルカは目を輝かせながら、エイスを注視する。
『殲滅できるかもしれない策がある』
『おおっ‼』『なんと……』『ほっほぉー!』『なにぃ!?』
それはいきなりの朗報だった。
それと同時に、それこそが竜たちが期待していたことだ。
『ただし、おれがその策を実行する際には、表向きには補完者として働く。
おれがどのような術を使い、どのような仕事をしたとしても、それらを全て秘密にしてくれ。
おれは手助けをしただけ──ということにしてほしい。
記録等にも一切残さないでくれ。
他言無用。
それが条件だ』
エブラムやグレアはその条件の真意を掴みかねた。
どうやら何かをしてくれるようだが、それを表沙汰にするな。そういう話らしい。
『どういう意味だ……。
おまえのすることを隠して、わしらがやったことにしろとでも?』
『まぁー簡単に言えば、そういうことだ』
『おーっほっほほっ‼ それはまた……愉快じゃな。
その理由をぜひとも聞きたいものですのぉ』
『おれはできれば、普通に静かな生活を送りたいんだ。
大聖殿や聖堂とも距離を置いておきたい。
特に政治や信仰とは係わりたくない。
だから、この件に係わったこともあまり知られたくないんだ』
エイスはこの理由を簡単には理解してもらえないと考えていた。
ところが、意外や意外……。竜たちと龍人親子は、実にあっさり理解してくれた。
竜たちにも面倒な
龍人二人は大聖殿と聖堂の話を出した時点で、かなり共感してくれていた。
エイスのその条件をアムルカが代表となり、全責任を負うと約束した。
『それで、その策とはどのようなものなのかのぉー?』
他の竜たちも目を輝かせながら、早く教えろと急かす。
そこでエイスは最初の段取りを伝えた。
──それは、この場にいる他の者たちにもその詳細を知られないこと。
その意味を察したアムルカがその場にいるその他の者たちに話しだした。
「急にポーンと妙策を思いついたわい。
我ら竜族であっても各々の単独の力だけでは力不足だ。
それでのぉ、エイス殿の術とわしの力を組み合わせることを思いついたのじゃ。
別に難しいことをするわけではない。
エイス殿なら支援術を使えるはずじゃからな。
可能じゃろう?」
それを聞いて、エイスの目が笑った。
彼はアムルカの意図をすぐに察した。
「まぁー簡単な支援術なら使えるが、竜族に試したことはないぞ」
「それは我らとて同様ですぞ。
それが上手くいけば、突破口になるやもしれん。
それでは、それをぜひ試してみようではないか。
エブラムよ、良い場所はないか?」
「それでしたら、湖の奥がよろしいかと思います」
かなり強引な展開だが、エイスらはとりあえずそう三文芝居を打った。
そして、念話参加メンバーだけに厳選して、湖へと向かった。
他の者たちもそこに同行しようとしたが、そこは竜系人たちが強面で押し切ってくれた。エミーナが執拗に食い下がっていたが、エイスから待機を指示されると、大人しく引き下がった。
そう話がまとまったところで、竜たちは揃って湖の奥へと飛んでいった。
それから竜たちが丘に戻ってくるまでに小一時間を要した。
その途中で一度奇妙な雷撃音が湖の方から響いてきた。
*
日が傾きだした頃に竜たちがようやく丘に戻ってきた。
エイスは昇竜アムルカの背に乗っている。
オペル湖三神龍の最古竜、昇竜アムルカが背に人を乗せたのは十五世紀ぶり。
アムルカは百五十世紀以上を生きてきた古竜だが、それでもその総数は十人にも満たない。
もちろん、エイスがそれを知る由もなかった。
戻ってきた昇竜アムルカ、双竜エブラム、炎竜グレア、銀華竜の顔がどこか楽し気だ。厳つい顔の竜たちが楽し気に見えるのであれば、よほど機嫌が良いのだろう。
ただ、エイスに対する態度が明らかに違う。
──急に腰が低くなった。
そして、明らかにご機嫌な顔をしているのがギアヌスとデューサの二人。
エブラムから降りると、二人はすぐに話し合いを再開した。
その話し合いの冒頭、炎竜グレアから昇竜アムルカの指示で明日の作戦が全面撤回されたと伝えられた。
デュカリオは明日この島にはやってこない。
明日殲滅作戦は予定通り行われるが、島民の退避指示は取り消された。
別案を基にした作戦が採用され、それ合わせて二体の雷竜が島にやって来る。
炎竜グレアは本土に戻る前にそう伝えた。
それを聞いて、ギロンドと族長たち、ミサーナ、エミーナらは抱き合って喜んだ。
それから、ギアヌスとデューサの二人が約一時間を使って、明日の作戦の説明を行った。
エイスはそこに参加することなく、後方から昇竜と静観していた。
その後に、今晩中に作戦に加わる人員の配置と準備等の指示も出された。
ギロンド、守人族長、獣人族長らがその指示について細かく確認を取っていく。
エイスも昇竜、双竜、銀華竜、炎竜、竜系人らと龍語で何やら打ち合わせを行っている。失神していた三人の竜系人たちもミサーナらの医術で既に回復し、そこに加わっている。
エイスが銀華竜ルミアスに乗り、サロース邸に戻った時には20時を回っていた。
その後もサロース邸では明日に向けた作業等が進められた。
その後、ギロンドと族長らは島民兵たちの装備や段取りを行うために管理局へと向かった。
その一方で、明日の作戦に備えてエイス、エミーナ、エンリカ、ヨニュマは自室に戻った。
連日連れ回されたエイスはさすがに疲れていた。
シャワーを浴び終えると、食事だけ済ませて、眠りについた。
──ついにオペル湖周辺地域と島の未来を左右する一大作戦の幕が上がる。
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