20 竜系人の太刀


 サロース邸ではエイス、エンリカ、ヨニュマの三人も持ち出し用の荷物の整理を手伝っていた。

 エイスはミサーナの医務室から持ち出す必要品の選別を担う。

 地球とは異なり、医療用具や機器が多いわけではないが、歯科治療用器具はやはり必要らしい。獣人族用の歯の矯正具等もあり、エイスはそれらを手に取ったりしてみながら、必需品を選別していく。


 エイスが珍しい手術器具の一つを動かしてみていた時だ。

 ──彼の俯瞰視がこちらに向かってくる飛行体を捉えた。


「なんだ……?

 小型の竜がこちらに来ているな」


 それを聞いて、ミサーナとエミーナの手がピタリと止まった。

 二人がエイスの方へ歩いてくる。


「小型の竜様ですか?」

「これはおそらく昇竜と一緒に飛んできた二体のいずれかだろう。

 飛行速度が速いな。

 うーんっ……。やはり目的地はここのようだ」


 エイスはこれにあまり良い予感がしなかった。


「おれに用なのか?」


 他に該当者はいないでしょう

 ──的に、ミサーナとエミーナの二人がほぼ同時に頷いた。

 二人はエイスを外へ誘導するように、手で庭の方を指し示した。

 エイスはほんの少しだけ眉をひそめながら、庭へ向かった。


 外に出て上空を見上げても、そこには青空が広がるだけ。竜の姿は見えない。

 だが、サロース邸のほぼ真上辺りで竜がステルス術を解き、突然姿を現わした。

 そして、サロース邸の庭の上空で静止し、垂直降下してきた。


(この竜は翼を動かさずに空中で静止できるのか。

 すごいな……)


 庭に降りてきたのは12m級の飛竜。

 美しい銀青色の四足の竜である。

 竜種としては「銀華竜」と呼ばれる超希少種。

 まるで工芸作品のように美しい竜だ。

 それほど大きな竜ではないが、広いはずの庭がさすがに狭く感じる。


「エイスとやらは……、おまえだな」


 その竜はいきなり守人語でそう話した。

 オーラは消しているはずなのだが、エイスはいきなり特定されてしまった。


「確かにおれがエイスだ。

 それでおまえは?」

「我はルミアス。

 アムルカ様の命によりここに来た」

「それで、おれに何の用だ?

 それよりも、どうやってこの家を見つけた?」


 エイスの質問は当然だった。

 この竜がこの町を熟知しているように思えないからだ。


「この場所はエブラム様とアムルカ様がお教えくださった。

 エブラム様がご用だそうだ。

 一緒に来い」


 この世界では竜族は最上位格の存在。

 だが、それにしてもかなり偉そうだ。

 言葉遣いについてはエイスもルミアスのことを言えないのだが、彼は誰にでもこの口調だ。単に言葉に上下関係が現れるのを嫌ってそうしているだけだ。

 その彼でも、いきなり「一緒に来い」ではさすがに無礼に感じた。


「悪いが、エブラムとは後で話すことにする。

 おまえと一緒に行く理由がない」


 そのエイスの返答にルミアスはひっくり返りそうになるほど驚いた。

 後ろに立っているミサーナとエミーナは失神しそうになるほど仰天している。

 この世界の守人族や獣人族で竜族の命令に背く者などいないからだ。


「おれも暇ではないんだ。

 他を当たってくれないか」


 エイスはそう話して、邸内へと戻ろうとする。


「お、おい!

 待て‼

 これは神龍アムルカ様の命ぞ。

 それを何故に断る」


 ルミアスは慌てた様子でエイスを呼び止めてそう話した。


「だから……、おれにはついて行く理由がないと言っているだろう。

 おれはここの住人ではない。

 単なる観光客だぞ。

 誰かに命令される立場にない」


「──貴様……無礼な‼

 灰にしてやろうか」


 竜の目が鋭くなり、威嚇的な姿勢に変わる。

 竜の喉の奥深く辺りに電撃塊(超電磁気の発動点)の光がうっすらと現れる。


 その時だ。エイスの耳が半龍に戻った。

 目付きが鋭くなり、隠されていたオーラが1/3ほど解放された。

 右手がルミアスの方へ向けられた。


「おまえが先に灰になるぞ」


 ルミアスはエイスの体から強烈な攻撃術の気配を感知した。

 それに反応する前に、本能的な恐怖で体が硬直した。

 それは竜炎バロム以上……。


(こいつは最上位龍人だったのか!?

 しかも、これは竜炎バロム以上の……

 ま、まさか……この感じは白炎バイアなのか)


 白炎バイアとは、別名「白光炎」。

 神龍級の最上位竜のみが吹くとされるもの。

 それは火炎の領域を超える超高周波数の放射線攻撃。

 もしそうなら、ルミアスの超高電圧雷撃など、ルミアスごと消し飛ばされる。

 ルミアスはその瞬間に死を覚悟した。


 ──だが、エイスはそこで右手を下した。

 そして、苦笑いしながらルミアスに声をかける。


「いかんな……。

 悪かった。

 大人気ないことをした。

 単なる威嚇なのは分かっていた」


 エイスはルミアスの超高電圧雷撃の予備動作に反応したのだ。

 普段は温和で争いを好まないエイスだが、相手が攻撃してくるなら、容赦なく反撃する。それは相手が竜族であれ、何も変わらない。

 この世界では、その判断を誤れば、命を失うことになる。


 ルミアスは顔にこそその心境が表れていないが、人族なら失神寸前か、心神喪失寸前だ。

 この竜は生まれて初めて死の恐怖を覚えた。


「わ、われも悪かった……。

 ついカッとなった」


 これにはミサーナとエミーナ、そしてさらに後方にいるエンリカとヨニュマも顎が落ちそうになるほど驚かされた。

 竜族が詫びを口にしたのだ。

 四人は竜族が詫びた話などは聞いたこともなかった。


「おれを呼んでいる理由くらいは簡単に話せ。

 それが筋ではないか?」


 エイスからそう言われて、ルミアスは丘の上での話し合いの概略を伝えた。

 エブラムは初撃の難題を解くために、エイスを呼びたいとアムルカに話した。

 それで、ルミアスがここにエイスを迎えにきた。


 だが、エイスはその理由を聞いてもなお気乗りしない様子だ。

 依然として彼は単なる観光客の立場を崩さない。


「エイスよ、周りをよく見るがいい」


 実際にエイスの立場はそうなのだが、彼の周囲がそれを許さなくなってきていた。

 ルミアスにそう言われて振り向くと、サロース邸内の全員が平伏している。

 竜を見るために外に出てきた周辺宅の人たちも、その話を聞いて平伏している。

 三十人以上の人たちがエイスの方に平伏している。

 みんな、島をこの現状から救ってほしいのだ。


「──やれやれ、分かった。

 ちょっと待っててくれ」


 エイスはそう話してから一度邸内に消えた。

 彼が庭に再度姿を現した時には、背には大太刀が装備されていた。

 普段、エイスがショルダーケースから大太刀を出すことはまずない。

 これは非常に珍しいことだ。


 実は、これはアルスのアドバイスだった。

 彼は竜系人ヴァラオがいるなら、念のためにそうした方がいいと伝えた。


        *


 エイスは庭で不思議な光景を見た。

 ルミアスの背に、なぜかミサーナとエミーナが既に乗っている。

 エイスはそれに苦笑しながらも、二人に対して理由を尋ねたりはしなかった。

 二人の顔が「絶対に降りません」と語っていた──似た者母子だ。


 エイスは仕方なく、一足跳びで二人の前に乗り込んだ。

 竜の背には、鐙も、手綱もない。それでも、ルミアスの背中は乗りやすく、握れるコブもある。エイスの脚力であれば、振り落とされることはないだろう。

 エミーナとミサーナの二人も半冠守人ハーフロラン。龍人の血を引く。

 驚異的に細長い脚であっても、途轍もない脚力を持つ。

 二人は乗馬も得意だ。空中で振り落とされることはないだろう。


 三人を乗せたルミアスは少し迷惑そうな顔をした。

 ただ、エイスと揉めるのだけはご免だった。

 仕方なく、そのまま翼を大きく開くと、垂直上昇していく。

 40m上空まで昇ると、ステルス状態になり、一気に加速した。

 銀華竜ルミアスはエイスらを乗せて東の丘へと向かった。



        *


 エイスの後ろにはエミーナと彼女の母ミサーナもいて、なぜかその母がエイスの腰に手を回している。

 エミーナはその後ろ……。どこか不思議な光景だ。


 エイスもそうだが、ミサーナとエミーナの二人ともに竜の背に乗るのは初めて。

 三人は少し感動していた。

 ミサーナとエミーナは敬虔な聖竜神信者。竜の背に乗れたことは特別な意味と価値を持つ。

 一方のエイスは、……単なる竜好き。


 エイスはルミアスが飛行を始めてすぐに違和感を覚え、解析を始めた。

 ──乗り心地が快適過ぎるのだ。

 風圧が明らかに低い。飛行速度比での風量が明らかに低いのだ。

 エイスはそれを認識し、ルミアスの飛行の解析を進めた。


(前方に特殊な超電磁気を発生させて、気流を変化させている。

 それが風切りとして働き、飛行高度の維持と空気抵抗を減らしているわけか。

 これって……すごいな。

 これならかなりの飛行速度で飛べるだろう)


 エイスの推定では、その最高飛行速度は時速700km以上。


 竜族の中でも、昇竜と銀華竜は特殊な超電磁気術能力を持つ。

 特に昇竜はこの能力に長ける。

 何しろ翼がないにもかかわらず、超高速飛行できるのだ。

 エイスはそれが不思議だったが、銀華竜の背に乗り、その謎を解くためのヒントを得た。



        **


 銀華竜ルミアスは瞬く間に東の丘に到着した。

 エイスら三人が背から降りる。

 三人とも3.5mほどの高さから飛び降り、軽快に着地した。

 ミサーナとエミーナも龍人の血を引く者。造作も無いことだ。


 ルミアスはエイスを迎えに行ったはず。

 なのだが、さらに二人も。しかも、なぜかミサーナとエミーナである。

 ギロンドは軽い眩暈を覚えた。

 二人はそのまま笑顔でギロンドのところへと向かい、三人で話しだした。


 エイスは、と言うと……。ギアヌスの話を聞きながらも、既に現況を知っているため、並行的に周辺の状況調査も進める。

 そこにいる見知らぬ竜たち、そして竜系人ヴァラオらの解析が主だ。

 彼が特に注目したのは、昇竜と竜系人ヴァラオの頭目だった。

 そこではこの二者が突出したオーラを発している。


(アルスの言う通り、竜系人ヴァラオはかなり強いな……。

 特に年長の二人はヤバそうだ。

 身体能力は龍人親子の方が高いが、剣技では竜系人ヴァラオの方がかなり上のようだな。

 それにしても……、竜系人ヴァラオは五人全員、相当に業物わざものの刀を持っている。


 イストアールによると、剣職人はほとんどが人族だが、刀鍛冶は人族か竜系人。

 人族にも少数だが高名な刀鍛冶がいる。

 だが、太刀の名匠のほぼ全員が竜系人ヴァラオとのこと。

 この理由は単純だ。

 竜系人ヴァラオは上位級の守人族に近い寿命の種族。

 その平均寿命は、人族のざっと十倍。

 また、頭も切れ、超高次元の五感と身体能力を持ち、高温環境も苦にしない。

 人族よりも、刀鍛冶としての基礎体力、技術力、熟練度、経験値が別次元に高い。

 結果的に、人族の刀鍛冶の打つ刀とは別次元の出来の刀になるそうだ。


 ただし、竜系人ヴァラオの太刀は非常に入手し難い。

 町で購入できる刀剣類は、基本的に人族の刀鍛冶が製作したもの。

 竜系人ヴァラオの業物は、最低でもその十倍以上の重量の金が必要になるらしい。

 エイスはこのイストアールの話を思い出した。


        *


 エイスはギアヌスのこの場での話し合いの概説を聞き終えた。

 そのタイミングでエブラムがエイスに話しかける。


「この島の命運は初撃次第ということだ。

 おまえは初撃だけで八千以上を飛行不能にできると思うか?」


 エイスはこのエブラムの質問にはあまり答えたくなかった。

 理由の一つは、これまでと変わらないものだ。

 彼はこの島とは縁もゆかりもない。ただの観光客。単なる部外者。

 関わりたくないのではなく、深く関わるべきではない。

 それが大前提にある。

 ただ、そこにはまた別の思いも重なっていた。


 その理由を脇に置いても、エブラムの質問が的外れなものだった。

 その質問を聞いて、彼は思わず失笑してしまう。


 それに気づいた竜系人ヴァラオが明らかに不機嫌な表情に変わった。

 竜系人ヴァラオは竜族に仕えてきた竜の民。

 竜族に対する無礼を許さない。


「貴様、なにがおかしいのか!」


 だが、エイスはとりあえず竜系人ヴァラオの存在を無視することにした。

 相手にすると、話がややこしくなりそうだからだ。


「エブラム、それをおれに問うのは少し筋違いじゃないか」

「筋違い……?」

「可能だと思っているなら、そちらでとっくに話を進めているはずだ。

 自分たちがほとんど不可能と思っていることを、おれに尋ねてみるのもなぁ。

 それに、島の一大事について部外者がこれ以上口を挟むのも筋違いじゃないか」


 エイスはエブラムの無茶ぶりに応える気はなかった。

 横からまたしても声が響く。


「おまえ、エブラム様に対してその口振りはなんだ!!

 無礼にも程がある!」


 エイスはその竜系人ヴァラオをまたも無視する。

 エブラムも同様だ。


「エイスよ。……まぁーおまえの言う通りだ。

 初撃だけで八千以上を何とかしようというのは、不可能に近いことなのだろう。

 それはデュカリオ様でも難しい。

 だが、それでもまだ我は諦めたくはないのだ」

「だから、何度も言ったように、おれは単なる観光客だ。

 それに、これまでにもう十分に手助けをしたと思──」


 そこまで話した直後に、エイスの体が透けるように一歩後方に移動した。

 揺らめく残像。

 一人の竜系人ヴァラオの刀身がその残像の中央を貫いた。

 だが、直後にその腕を取られ、体が空中を3/4回転して、地面に叩きつけられた。

 「グゲェ‼」という声が響いた。

 エイスが片腕を軽く振っただけで、その竜系人ヴァラオの体が宙を舞った。


 次の瞬間、新たに二人がエイスに猛速で斬りかかってきた。

 動きが猛烈に速い。竜系人は下位級龍人に近い身体能力を持つ。

 しかし、エイスは先に斬りかかってきた相手へと瞬間的に移動しながら、小太刀に右手をかけた。

 竜系人ヴァラオの二人は、そのあまり速い移動速度に反応が遅れる。

 二人はともに太刀筋を読まれてその狭間から裏へ移動された。

 二人の連携攻撃は完全に読み切られていた。


(マズい‼ 連携の裏に入られた……)


 二人は本能的に相手の小太刀の一刀に反応しようとする。

 だが、その小太刀は抜かれなかった。

 それはフェイント。


 ──エイスの左腕がその瞬間に消えた。

 それに気づいた直後に、二人は意識を失い、その場に倒れ込んだ。


 エイスは左腰の小太刀ではなく、左手で大太刀を抜いていた。

 二人を倒したのは大太刀の峰での急所打ち。


「愚か者どもがやめんか!!」


 炎竜グレアが吠えるように一喝した。

 竜系人ヴァラオの頭目は微動だにしなかったが、配下を止めもしなかった。

 もう一人も既に剣を構えていたが、炎竜の声で柄から手を離した。


 アルスが話していたようにかなり好戦的な種族のようだ。

 いきなり本気で斬りかかってきた。

 ギアヌスらもその軽率かつ野蛮な行動に、さすがに憤慨した。

 炎竜と竜系人に対して怒りの抗議を始めた。


「悪いが静かにしてくれ。

 おれとエブラムが話しているのを邪魔する方が無礼ではないか」


 エイスはそう話したが、今さら無礼もなにもない状況だ。

 彼の足元には竜系人三人が失神している。

 ここで止められても、竜系人ヴァラオ側は収まらないかもしれない。

 ただ、エイスからすると、突然斬りかかってきたのは相手の方だ。

 残る二人も襲ってくるなら、また静かになっていただくしかない。

 この世界では、降りかかる火の粉は払って構わない。

 ギアヌスとデューサも剣に手を置いた。

 それ以上に、エミーナとミサーナの二人が怒り、電撃の発動体勢に入っている。

 一触即発。


「ほぉーい。無礼ついでにわしも話に混ぜてくれんかのぉ」


 そこに、このタイミングでいきなり昇竜アムルカが話に参加しようとする。

 なんとも絶妙な割り込み方だった。

 竜系人ヴァラオの頭目からプッと笑い声が聞こえた。


 だが、これにホッとしたのはエブラムと炎竜グレアだ。

 一触即発の緊張感は、アムルカによって見事に解かれた。



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