11 丘上の会議
ミシリアン島東部は基本的に観光客の立ち入り禁止地区。
さらに、この東部の約半分のエリアには島民でさえ近づけない。
その立入禁止エリアには広く深い森と美しい小湖がある。
その森の中を進んでいくと、石畳の舗装路が突然現れる。
そこは深い森の奥だが、その先には嘗ての町がほぼそのままの状態で残る。
島民でさえ見ることのできない、古の町がそこにある。
その町には古代建造物が立ち並び、その中心部には大神殿が厳かに佇む。
五十世紀以上も前の建造物でありながら、その状態は今も良好。
天井部等も完全な状態を保ち、老朽化した箇所さえ見当たらない。
とても古代期の建造物とは思えない。
そして、その古代建造物の一つが双竜エブラムの棲み処になっている。
*
ギロンドらの一行が湖畔にほど近い草原地に到着したのは午後三時過ぎ。
そこには小丘があり、その丘上の広場のような場所に人が集まっている。
その数、三十人以上。
丘上の広場には背の低い大きな岩が多数散置されている。
椅子代わりにするために誰かが運んできたようなのだが、適当に放り投げられたようなかなりいい加減な並びだ。
十人ほどがその岩に腰かけて話している。
ギロンドらの一行が到着すると、先に到着していた者たちがそこに近寄ってくる。
エイス、エミーナ、エンリカ、ヨニュマの四人が部外者だからだ。
エミーナはまだしも、「誰だ?」的な目がエイスらに向けられる。
その場所が場所だけに、そうなるのも当然だろう。
居心地の悪そうな顔のエイスら四人にギロンドが声をかけてきた。
「父と祖父を紹介いたしましょう」
ギロンドは龍人直系子の
──その父と祖父とは、つまり龍人。
もちろん、エイスはそこに二人の龍人が座っていることを既に知っていた。
そして、近くの森の中に双竜がいることも既に分かっている。
デューサ・ディー・フェルンは372歳の龍人。
ギロンドの父。そして、エミーナの祖父。
そして、もう一人はギアヌス・ディー・フェルン、671歳。
無論、彼も龍人。エミーナの曾祖父だ。
デューサには五人の配偶者がいて、ギロンドの母は守人。
フェルンは龍人族の家名。
実は、もう一人龍人がいるのだが、まだ七歳。
ギロンドの108歳の下の弟。この弟の母は龍人。
フェルンの家名はその子が継承する。
ギロンドがエイスを父と祖父に紹介し、簡単な挨拶を交わした。
ギロンドがエイスを
さすがにエイスから別の何かを感じ取ったようだ。
だが、そこで特に質問等はしてこなかった。
エイスが龍人に会うのは、これが初めて。
彼はすぐに二人の肉体とオーラを解析したが、その結果に疑問が生じた。
『なぁーアルス。
あの二人なんだが……。龍人にしてはそれほど力を感じないんだが?』
『はいっ!?
なにを言ってるんだ。普通はあれくらいのものだぞ。
龍人は能力差が大きいんだ。
どうだろう……。肉体の能力的にはお前の1/8くらいか』
『──いや、それよりもっと低いようだ』
『ふーん、なら……そうなのかもしれないな。
まぁギアヌスの方が能力が高いのは一目瞭然だとしても……。
息子の方はその半分くらいだろう』
『普通でもそんなに差があるものなのか?』
『あぁ、まぁそんなものだ。
それでも、息子のデューサの方でも
中の下か……、いや下の上くらいだな』
『
『下位級の龍人と
そいつらは龍人とさほど変わらない。
あっ……言っておくが、おまえと同次元で考えるなよ!
お前は規格外なんだ。
普通はな……、聖龍腕輪のおかげで死なないから龍人は特別扱いされるんだ。
あの親子も十分に驚異的な能力者なんだぞ』
『まぁーそれはそうだろう。
ただ、あの二人はどうも
『そうなのか?
うーん……。血脈的に防御系術が不得意ってことかもな。
よくあることさ』
『そうか……そういうものなのか。
なにしろおれは初めて龍人に会ったからな。
よく分かったよ。ありがとう』
アルスにそう返してから、エイスは自嘲めいた微笑みを浮かべた。
龍人ペアからしか生まれないはずの龍人が他の龍人に会ったことがない。
それは、ありえないはずの馬鹿げたジョークでしかないからだ。
丘上の広場に集まっているのは、龍人二人、ギロンド、各族長、守人二十人、獣人族十人ほど。ただし、人族は族長一人だけ。
人族はそもそも戦力としてカウントされていないようだ。
そこに、エイス、エミーナ、エンリカ、ヨニュマの四人が参加している。
(おれたちが参加する空気じゃないな。
それに……なぜこの場所なんだ。
こんな丘の上が話し合いの会場なのか?)
部外者感丸出しのエイスたちは非常に居心地の悪い思いをしていた。
エミーナが小声でエイスたちに何度も謝罪する。
その時、エイスの広範囲俯瞰視がある動きを察知した。
──森の中の建造物から双竜が出てきた。
「そういう話か……。
ここは双竜エブラムと話すための場所なんだな」
エイスが小声でそう呟いたのを聞いて、エミーナが少し驚いている。
「ここはエブラム様とお話しする場所なのでございますか?」
「そのようだ。
森の中でエブラムが動きだした」
そう話してからエイスは森の方向を小さく指差した。
エミーナ、エンリカ、ヨニュマの三人がその森の方を見つめる。
近くいた他の守人たちもそれにつられて森の方を見る。
直後に、森の中央から双竜が大きく羽ばたきながら、垂直上昇する姿が見えた。
全員がエブラムの方を向いて、こちらへと向かってくる姿を見つめる。
大きく、そしてゆったり羽ばたきながら、双竜がこちらに向かってくる。
二つの細長い首、そして双頭。
艶消しの暗青銅色の巨体をそれよりさらに大きな翼が空中に浮かせている。
竜好きのエイスにはたまらない姿と光景だ。
さすがに大きい。全長は55m級。
それがぐんぐんと近づいてくる。
双竜はゆっくりと着地姿勢をとり、エイスたちのいる小丘の傍に降りてくる。
ズゥーン
──やや鈍重な音と軽い地響きが周囲に広がる。
エミーナは近づいてくるエブラムの様子を見て、さっきエイスが話していた意味を理解した。
エイスの目算では、エブラムは立ち姿勢で35m級。
高層マンション級の大きさだ。
この丘と崖下との距離がちょうどよい高さ調整をしてくれるのだ。
丘上の広場にいる者たちにとって、双首の途中から上がちょうどよく見える状況。
見上げることなく双竜と話すことができる。
龍人二人がエブラムの前へと向かい、その場で話しだした
──龍語での会話。
この場でそれを理解できる者は限られる。
エイスはその一人だが、理解できない風を装う。
ギロンドは
成人するまではフェルン家の一人だったのだから、当然と言えば当然だろう。
この事前会談は十五分ほど続いた。
途中でギロンドがオトラバスの解剖から分かった話を伝えた。
それを聞いた龍人二人の表情が曇る。
エイスは双竜エブラムが「それは想定外だ」と言ったのを聞き逃さなかった。
*
この事前会談が終わったと同時に、全員が双竜の近くに集められた。
ギロンドが守人語で簡単な状況説明を始めた。
そして、オトラバスの解剖結果からの脅威についての概説が終わると、場の雰囲気が一気に暗くなった。
それから十五分ほどその場で意見交換が行われた。
事前にオトラバスの解剖結果を聞いていた獣人族長が自分なりの最善策を語る。
「菜園や果樹園がどうのこうのとはもう言っていられないと思うんだ。
守人様にオトラバスの群れを山側から包囲してもらい、風上から焼くしかない。
ただ、島外に逃がしてしまって、どこかで繁殖でもされたら大惨事になる。
エブラム様、ギアヌス様、デューサ様に上空に逃げるオトラバスを焼き落としていただこう。
数は少ないが、鳥人たちにも手伝ってもらって、弓矢と槍で落としてもらう。
もうそれ以外に方法はないように思う。
無論、我々獣人族も弓、剣、槍でできる限りのことはする」
正に定番的な対処策。
商業的な損失を無視して、風術か山からの吹きおろしの風を用いて、上方から湖岸に向けて一斉に火炎攻撃を行う。
炎から逃れようとするオトラバスを獣人族の弓矢と守人の火炎や電撃の攻撃で落として、切り倒すか焼く。
上空へ逃げようとするオトラバスを双竜、龍人、鳥人の攻撃で可能な限り落とす。
これはエクレムスト連邦とリキスタバル共和国の二国とほぼ同様の作戦だろう。
だが、それでも火炎の包囲網を抜かれ、群れを殲滅できなかった。
それをこの島で実行して、果たして上手くいくかどうか。
島民全員を動員したとしても、戦力たる人員は十分とは言えない。
多く見積もっても、動員できるのは守人族の約二百人と獣人族の約二千人。
この戦力だけで、飛行能力を持つ1.2万匹のオトラバスを殲滅できる保証はどこにもない。頼みの綱は、やはり双竜エブラムと二人の龍人。
そこから、この案についての様々な意見が出された。
だが、最終的に決断を下すのは、双竜エブラム、ギアヌス、デューサの三者だ。
龍人二人は自らの考えを話したが、基本策に対して異を唱えたりはしなかった。
なのだが、双竜エブラムがいきなりそこに割って入った。
「おい……そこの四人の者たち。
なにか意見はないのか」
エブラムの鋭い眼が四人を睨みつける。
エイスが目を逸らすようなことはなかったが、口を開くこともなかった。
仕方なくエミーナが短く返事をした。
だが、エイス、エンリカ、ヨニュマは沈黙を貫いた。
エブラムはその対応が気に食わなかったようだが、エイスらにさらに話しかけたりはしなかった。
日が少し傾きだしたところで、会議は締められた。
双竜エブラム、ギアヌス、デューサはその提案に全面賛成したわけではない。
ただ、時間的な猶予がない。
島民総動員の作戦準備を進めるにはあまりにも時間が足りないのだ。
獣人族長の提案した基本策が採用され、早速準備を進めることになった。
今すぐにでも動きださなければ、間に合わない。
作戦決行は明後日の午前。
準備時間は、ほぼ明日一日だけ。あってないようなものだ。
島民たちはミシリアン島の五分の一を焼失する作戦の準備に取り掛かった。
*
こうして丘の上の会議は終了し、散会した。
参加者たちはすぐに町へと戻っていった。
その場に残ったのは、双竜エブラム、ギアヌス、デューサ、ギロンド。
四者は再度龍語で話し合いを始めた。
ギロンドと一緒の馬車でやってきたエイスたちは、ギロンドらの話が終わるのを待つしかなかった。
四人は岩に腰かけて、小声で話すことくらいしかすることがなかった。
『なぁエイス……。
あの作戦をどう思う?
おれはそんな都合良く運ばないと思うんだが』
『それはそうだろう。
穴だらけの策だ。
作戦という次元のものじゃない』
『──だよな!
そこそこの飛行能力を持つ万の数を相手にするんだろう。
それなりの数は削れるかもしれないが、かなりの数が逃げるはずだ』
『だから、それでいいんだろう』
『やっぱりそういう話か。
やれることはやりました。最善を尽くしました。
──そういう結びか』
『時間的な猶予を作戦の言い訳にしているくらいだ。
自分たちもその結末を分かったうえで進めるんだろう』
話し合いは「完全駆除」として進められたが、その実は最善策の確認だけ。
島民たちはある程度の成果を上げられれば、それで十分と考えているようだった。
『どれくらいの数がここから逃げると思う?』
『そうだな……。
見込みがあまりにも楽観的だからなぁ。
戦力の詳細が不明だが、対処できるのはせいぜい半分までかな。
最悪なら八割くらいが逃げるだろう』
『そういうことか……。納得した。
それがあの夜に見た光景ということだな。
逃げるオトラバスを双竜が必死に焼き落そうとしていたわけか』
『おそらくそういうことになるんだろう』
『打開策はあると思うか』
『いや、ない』
エイスはあっさりそう答えた。
これには尋ねたアルスの方が驚かされた。
『おっ……おい、即答かよ!
でもまぁ、あの数のうえに、飛行能力が鳥並みときたら……
打つ手は限られるよな』
『──いや。
アルス、殲滅する方法は一つしかない』
『たった一つ?』
『そうだ。一つしかない。
飛ばれないことだ。あるいは飛ばさせないこと。
だが、それが本当に難しい。
攻撃をしかければ、それこそ一斉に飛び上がるだろう。
あの数で一斉に飛び上がられたら、殲滅は絶対に不可能だ』
『地上に釘付けにしろと?
確かにそれなら殲滅できるかもしれないが……
それは無理だろう!』
『だから、そう言ったんだ』
その群れは警戒しつつ体力の回復をじっと待っている。
そこに迂闊に近づけば、オトラバスの群れは一斉に飛び立つだろう。
『──そうだ!
『昆虫類ほど知能が低くなると、
『あぁーっと、そうかぁ。そうだったな』
『それにあの群れ全体を
だが、このケースでは、オトラバスの数が多く、群れ全体がキロメートル幅のエリアにいる。
このため、地上からでは群れ全体を狙うことができない。
『双竜に乗せてもらえばいいじゃないか』
『アルス、なにを言ってるんだ……。
双竜の姿を見つけたら、それこそその瞬間に一斉に飛び上がるさ。
鳥人だけでも、上空から迂闊に近づけば、一斉に動き出すかもしれない』
『おおぅ……。そりゃーそうか。
ははっ……。これは本当に打つ手がないな。
どうやったところで殲滅は難しいわけか』
『そういうことだ。
零にするのでなければ、やりようはある。
だが、たった一体逃がしただけでも──』
『そいつが雌で、受精卵を抱えていたら……か』
『そういうことだ』
エクレムスト連邦とリキスタバル共和国の二国。これに対してミクリアム神聖国とではオトラバスに対する対処目標が根本的に異なるのだ。
先の二国はその数を予定数まで減らすことが目標だった。
この二国には元々オトラバスが生息しているため、被害予防的な対処だけで済む。
要は、その数を減らせればいいだけのこと。それで目標は達成される。
一方で、ミクリアム神聖国にとって、このオトラバスは完全な外来種。
つい数日前までその生息数はゼロだったのだ。
もし外敵の少ないこの国の環境にオトラバスが適応してしまうと、取り返しのつかない事態に発展するかもしれない。
そして、それを防ぐためにはこのオトラバスの群れを完全駆除するしかない。
──つまり、文字通り一匹残らず駆除しなければならない。
それがどれだけ困難なことか。
解剖検体を精査したエイスは、ここにいる誰よりもそれを知っていた。
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