12 聖女の輝き


 丘の上では、双竜エブラム、ギアヌス、デューサ、ギロンドの四者による龍語での話し合いが続いていた。

 この話し合いが長引いていたのは、以下のような理由からだ。


 エブラムは「この戦力で完全駆除は無理だ」と断言した。

 また、双竜の巨体ではオトラバスの群れに近づくタイミングが難しいと語った。

 不用意に双竜が姿を現わせば、群れ全体が一斉に逃げ出すだろう。

 これを可能な限り遅らせるには、高空からタイミングを見計らって急降下する以外に方法がない。

 ただ、それはたとえエブラムであっても簡単なことではない。


「我に鳥のような急降下をしろと?

 それは土台無理な注文だ。

 我の重量でそんな動きはできん」


 全長55m級のエブラムであっても急降下は可能だ。落下しながら加速し、姿勢を維持すればいいだけのこと。

 だが、急減速はまた別の話。そちらが大問題になる。

 これは大型飛竜に共通する特徴的な弱点でもある。

 しかも地上間近から火炎を吹きながらの着地

 ──論外の要求だ。

 つまり、エブラムに初撃の役割は担えないということだ。

 それこそ群れごと逃げてくださいと言っているようなものだ。


 そして、完全駆除が不可能という点については、龍人二人も同意見だった。

 定石的な作戦以外の選択肢がないため、その案でいくことになっただけのこと。

 だが、龍人二人にとっても、オトラバスが独力で高空飛行能力を持つことは完全に想定外だった。

 地球のバッタは高く飛び上がり、その後は風に乗って飛行距離を伸ばす。

 ところが、このオトラバスはより高次の飛行能力を持つ。逆風であっても飛べる。

 つまり、風を味方につけての包囲と火炎攻撃という基本攻略策には大きな穴があるということだ。


「逃げたオトラバスを本土側で対処してもらうしかあるまい」


 ギアヌスはやや諦め気味にそう結んだ。


 四者の話し合いは、それから本土への要請に移った。

 本土へと向かうオトラバスの数を約1800体(約15%)と想定しての対策である。

 とは言っても、湖周辺の竜族と鳥人族を主力として、可能な限り湖上で倒す。

 本土には渡らせない、という単純な対策。

 これは、一旦本土に渡られてしまい、岩陰や木の茂みにでも隠れられてしまうと、捜索が難航するのは必至だからだ。

 


 それでもなお、ギロンド、ギアヌス、デューサの三者の話し合いは続く。


「守人族の攻撃術ではおそらく高空のオトラバスを撃ち落とせないでしょう」

「うむ、それは間違いないだろう。

 守人らに攻撃されれば、やつらはさらに飛行高度を上げるだろう。

 都合良く低空飛行してきてくれるならいいが、それを期待するのものぉ」

「そんなことよりも、広大なオペル湖の湖岸を全て監視できるかどうかです。

 この島から逃げられたら、全滅させるのは難しいかもしれません」

「この広大な湖ですから、そう簡単には事は運ばないでしょうな」


 それでも、バラバラにならず、いくつかの群れに分かれて逃げると三人は予想し、対岸での対処は可能と結論付けた。

 ただ、オペル湖は広大だ。いつどこから飛んでくるか分からない二千のオトラバスを駆除するには、本土側に万に近い数の鳥人族を動員しなければならない。

 それでも100%発見・駆除できる保証はどこにもない。


        *


 エイスはエミーナに乞われて、ギロンドらの一行に同行した。

 だが、彼はここまで一度も意見することなく、沈黙を守っている。

 彼はそもそも無用な話をするタイプではないが、ここに着いてからエミーナらとしか話していなかった。

 エブラムから意見を求められた際にも、一切返答することなく、無言を貫いた。


 エイスはこの丘に着き、エブラムを初めて見て確信した。

 帆船の中で見た短いシーンは、明後日の出来事のワンシーンだと。

 それは能力とは別の予示──未来視。


 最初の未来視の後、彼はメイラとロサンを救出した。

 ただ、その未来視は二人が窮地に陥ったシーンだった。

 彼はその事後に介入したが、少なくともその時点に介入したわけではなかった。


 しかし、それが未来視であるなら、見たシーンまで変えてしまってもよいものか。

 エイスは今回の未来視について、アルスとともにこの未来の分岐点について話し合った。

 もしこの未来視が何らかの意思と関わるものであるなら、両極のメッセージのどちらかなのだろう、と。

 その未来への「介入」と「非介入」。

 その意志はどちらを望み、エイスにそのシーンを見せたのか。

 そこに触れてほしくないのかもしれない──その警告。

 はたまた、そこに触れてほしいのかもしれない。


 無論、この未来視は全く偶然的なものかもしれない。

 いずれにしろエイスはこれについて熟慮しないわけにはいかなかった。

 そのワンシーンさえ見ていなければ、もっと自由な言動をとれていただろう。

 それこそが、彼の沈黙の理由だった。


 ただ、エイスも、アルスも、過去に未来視を一度経験したことで、その答を既に出していた。

 自らが信じる「さらなる先」の未来を選択するしかない、と。

 そして、この答を後押ししてくれたのは、アルスの一言だった。


『その時は、おまえが信じる最善の道を選択すればいいのさ!

  それが嫌なら、未来なんて気分の悪いものを見せたりはしないはずだ』


 このアルスの話は、エイスの腑に落ちた。

 それでも、彼に全く迷いがないわけではなかった。

 未来を知った上で、そこに干渉するには勇気と覚悟が必要だ。


        *


 四者の話し合いは一応の結論に達した。

 ただ、それでもこの作戦への不安を拭えてはいなかった。

 エブラムの二つの頭も、瞬きはしているが、沈黙し考え込んでいる。


 エイスはできるだけ気配を消して、その場をやり過ごそうと努めていた。

 だが、そこにギアヌスが龍語で突然話しかけてきた。


「エイス殿、だったかな……。

 龍人のオーラを消していても、全てを消せるわけではないのだぞ。

 ──我々の話を聞いていたのだろう?」


 ギアヌスからいきなり直球を投げつけられた。

 その声にデューサとギロンドが驚きの表情を浮かべた。

 だが、エブラムの顔付きに変化はない。四つの目だけがエイスの方を見ている。


 難しい状況だ。鎌を掛けられたのかもしれない。

 エイスも一瞬だが、判断に迷った。


「──バレていたか。

 最後までこのままで行きたかったんだけどな。

 これは気配の消し方を練習し直さないといけないようだ」


 どうやらエブラムとギアヌスはエイスのオーラから守人ではないと読んだようだ。

 エブラムの右頭が「フンッ‼」と鼻で笑った。

 エミーナはカタコトだが、少しだけ龍語もできる。

 エミーナは仰天しながら、エンリカとヨニュマにもその話を伝えた。


「「ええっ!?」」


 特にエンリカはエイスを冠守人ロランと確信していた。


「──うそ……でしょう。

 エイス様のお耳は私たちと同様なのに……」


 二人が仰天したことは言うまでないだろう。

 ただ、それはギロンドも同様だ。

 デューサは何となく違和感を感じていたようだ。

 だが、年の功なのか、ギアヌスはほぼ直感的に看破していた。


「腕輪がないところを見ると、(半)龍人ラフィルなのかな?」

「ご明察だ。

 悪いが話すなら守人語で話そう。

 龍語で話すと、エミーナ、エンリカ、ヨニュマに内緒の話をしている気がする」


 エイスはそう答えてから、長耳の偽装を解き、半龍耳に戻した。

 それを見たエミーナ、エンリカ、ヨニュマの三人が唖然とする。

 その耳の変化を見たエブラムの表情が少し変化した。

 この双竜は守人語も話せる。


「エイス……という名の(半)龍人ラフィルか。

 それは顔形変術ミモークの応用術だな?」

「ほぉ……、これは驚いたな。

 この術がその応用なのも分かるのか」

「はんっ!!

 昔、おまえが使っていたその術で、同じことをしていたやつがいた」

「おれ以外にも守人の姿で旅をしていた者がいたのか?」

「──あぁ、いたぞ」


 アルスから「長耳変装なんて誰もやらない」といつも言われてきた。

 どうやらそうではなかったようだ。

 エイスはアルスにちょっとだけ自慢したくなってきた。


「それで、おまえはなぜ我の質問に答えなかった?

 なぜ寡黙を装ったか」


 今さら、そこか……、とエイスは心中で苦笑した。

 ただ、この状況ではなにか答えないわけにもいかないようだ。


「答えるべきではないと判断しただけのことだ。

 それ以上でも、それ以下でもない」

「なぁ!? なんだ、それは……」

「おれは今日初めてこの島に来たんだ。

 単に観光目的で、だ!

 エンリカとヨニュマの二人以外は初対面の者ばかり。

 正直、なぜここでおまえたちと話しているのかも、よく分からない」

「お、おまえは今日初めてこの島に来た……と?」


 エイスが頷くと同時に、傍でエンリカとヨニュマの二人も頷いた。

 エミーナが彼の傍で申し訳なさそうな顔をしている。


「事情をよく知らんということか……。

 その状況でオトラバスの解剖も手伝ったのか?」

「あぁ、まぁーそういうことだ。

 ホテルの予約に不手際があって、エミーナの家に泊めてもらうことになったんだ。

 解剖は、成り行きで手伝うことになった。

 その後は……、気づいたら、ここだ」


 それを聞いて、エブラムとギアヌスが爆笑しだした。

 ギロンドとエミーナは苦笑している。


「──それで、エイス殿、申し訳ないがこの現状をどう考えている?」

「できれば、あまり介入したくないのだが」


 すかさずギアヌスがそう問いかけてきた。

 ただ、身分がバレたからといって、それが協力する理由になるわけではない。


「まぁーわしがエイス殿の立場でもそうなのだが。

 ただ、それはそれ。参考意見だけでも聞かせてもらえんかな」

「そうだ。

 けち臭いことを言うでない。

 おまえはおそらく我らとは異なる考えを持っておるのだろう?

 そうでなければ、話すのを拒否する理由がない」


 ギアヌスも、双竜エブラムも、さすがに老獪。

 「介入したくない」と伝えても、チクチクと追い打ちをかけてくる。

 エブラムとギアヌスは、その「介入」が「未来への干渉」を意味するとは思ってもいないし、知る由もない。

 そこから、さらに執拗にエイスに所見を述べるように圧してきた。


 普段クールなエイスもさすがに困り顔になっている。

 たかだが(半)龍人ラフィル一人に双竜と龍人が詰め寄る様は少し奇妙ではあった。

 だが、エブラムとギアヌスはエイスからただならぬ気配を感じ取っていた。


 その時だった。

 エイスの前でエミーナが片膝をついて、頭を下げた。


「エイス様、真に申し訳ございません。

 私がご無理を申し上げたために、この件に御身を巻き込んでしまいました。

 勝手を申しております曾祖父の無礼をお許しください」

「いや、まぁーエミーナが謝ることではない。

 ただ、おれにはこの件に関わる理由がない。

 責任の持てないことはしない主義なんだ」


 すると、エミーナは少し瞳を潤ませて、エイスを見つめた。

 そして、両膝をついてひれ伏した。


「それでは、私から伏してお願い申し上げます。

 我々はエイス様にとって見知らぬ民ではございます。

 ですが……、この危機から脱するためのご助言をいただけないでしょうか」


 彼女は帆船で初めてエイスを見た時から彼に特別な何かを感じ取っていた。

 この島の命運に関わる重大な何かをエイスに感じ、無理を言ってでも彼をここに連れてきたのだ。


 これにはエイスよりも、ギロンドとデューサが驚いていた。

 二人にエイスの能力を見通すほどの力はない。

 エブラムとギアヌスに続いて、エミーナまでもがエイスに協力させようと動いた。


 エイスは急いで彼女を立たせようと、平伏している彼女の腕をとった。

 すると、エミーナの身体が薄らと輝き出した。

 エイスは彼女を立たせたようとするが、それでも彼女は姿勢を崩さない。

 彼女の纏う白光はさらに輝きを増していく。

 しかも、それは彼女自身には見えない光のようだ。


「エイスよ。

 それは、聖女の輝きだ」


 エブラムの左頭が突然そう話した。

 そして、今度は右頭の口が開いた。


「我でさえ、その輝きを見るのは十四世紀ぶりだ。

 ふふふっ……、これはまた全く予想外のことが起こりよった」


 エブラムの二つの頭が不気味な笑みを浮かべる。


「エブラム様、聖女の輝きとはどのようなものなのでございますか?」


 最年長のギアヌスもそれについては知らないようだ。

 ただ、エブラムはその質問には答えず、エイスに話しかける。


「エイス、おまえが迷う時、聖女の輝きはおまえの道を照らす。

 この女の輝きを信じよ」

「おれの道を彼女の輝きが照らすと──」


 それは偶然にしては出来過ぎだ。

 だが、何かの術でエミーナの体が輝いているわけではなかった。

 エブラムたちに少し都合の良すぎる話に思えなくもない。


『いや……、エイス、その話はおれも聞いたことがある』

『えっ!? お、おい……マジか?』

『マジだ。

  爺さんの知り合いがそんな伝説があると話していた』

『はぁーっ、なんなんだ、それ……

  ここでいきなり伝説とか言われてもなぁ』

『どうせ最後のところで迷ってたんだろう。

  エミーナが輝いたのを理由にするのも一つの手だ』


 そう言われて、エイスは思わず小さく微笑んだ。

 確かにアルスの言う通りだった。

 探していたのは、このタイミングで動くための最後の「理由」。

 彼女を理由にするのも悪くないように思えた。


 フゥーとエイスが息を吐いた。


「エブラムがそこまで言うのなら、そういう話にしておこうか。

 ──分かった。それでは、少し話そう」


 エイスがそう話した時だ。

 強く輝いていたエミーナの身体から光が薄らいでいく。

 それでも、エミーナの表情が何かを訴えかけている。


「分かったよ。

 少し協力しよう」


 エイスはエミーナにそう声をかけ、伏せたままの彼女の腕を持ち、少し強引に立ち上がらせた。

 だが、彼女はエイスの腕にもたれかかるような姿勢になり、エイスに軽く抱きついてしまう。

 その時、これまで経験したことのない胸の高鳴りと痺れるような感覚がエミーナの全身を走り抜けた。

 彼女の顔が一気に赤らみ、長耳の先まで真っ赤になる。


 それを見ていたエブラムの表情が微かに変わった。


(ほほぉー。

 これはまた予想外の状況になってきたわい。

 もしかすると……もしかするかもしれんのぉ。

 この女が真の巫女であるなら、奇跡が起こるやもしれぬな……。

 この地がこの男を呼び寄せたと考えるべきかのぉ。

 それとも──)


 双竜は大声で笑いだしそうになるのを我慢し、平静を装った。

 とは言っても、いかつい竜の顏の表情変化に気づけるような者はそうそういないのだが。





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