08 謎の掲示


 改札ゲートを抜けたエイスたちは港内の建造物内に入った。

 この建造物にはお店等も入っているが、街に出るための通路にもなっている。

 街方向に大きな正面出入口が見えるが、そこまでは70m近くもある。

 先に降りた観光客たちが人垣を作っていて、まだ外の様子を窺うことはできない。


 エイスらは荷物を抱えながらその建物を抜け、港の外へ出た。

 そこで三人はようやくロワールの街を見通すことができた。


 ──予想通り、そこには輝くような白亜の街並みが広がっていた。

 建造物も、広場も、道も、一面が白色の超硬質大理石。

 ドアや窓枠等以外は基本的に全て白色。

 それも塗料の白色ではなく、透き通るように美しい無垢の白石壁。


『これはすごいな。

  ここまでの美しさとは……。

  ──どうだ、アルス?』


 しばし返事を待つが、一向に返事がない。

 反応どころか、そもそも気配が感じられない。

 アルスまでその景色に溶け込んでいるようだ。


 俯瞰視から予め周辺状況を掌握していたエイスでさえ、この美しさに驚かされた。

 そして、そこで固まってしまったのはアルス、エンリカ、ヨニュマだけではなかった。多くの人たちが港前の広場で立ち止まり、その白亜の街並みの中に浸っている。

 ──ただ一人、エミーナを除いて。


「皆様、よろしければ朝食にいたしませんか?

 美味しいお店にお連れいたしますわ」


 エイスの傍に移動してきたエミーナがそうエイスに尋ねてきた。

 無論、それをお断りする理由はない。

 朝食はまだ。むしろお願いしたいくらいだった。


「それはありがたい。

 ぜひともお願いしたい」


 エミーナは三人を連れて、100mほど進むと、その道の脇から階段を下りていく。

 下は歩道のある水路。四人はゴンドラに乗り、水路で移動した。


        *


 水路での移動時間はわずか十分ほどだった。

 その間もエイスたち三人は街の美しさに感心することしきり。

 町全体が映し出す白亜の世界。加えて、お洒落でカラフルな屋外装飾品、ドア、窓枠等々とのコントラストが素晴らしく映える。

 美しい水路沿いの景観に見惚れている間に目的の店に到着した。


 そこは、パスタのような麺と魚介類の料理店。

 店内もやはり一面が超硬質大理石。

 そうは言っても、三人もさすがに慣れてきたようで、特に驚きはしなかった。

 空腹のエイスたちは目を輝かせながら朝食を選んでいく。


 食事を終えて四人が落ち着いたところで、エミーナが自己紹介を始めた。

 そこでエイスたちは目の前に座る女性についてようやく知ることができた。


 彼女のフルネームは、エミーナ・ミィ・サロース。

 明るく、しっかりと丁寧に話す。好感度の高い女性だ。

 女性に対してやや冷めたエイスから見ても、彼女は超絶美女。

 美しいブルーの瞳と黒髪。180cm近い身長に、足長超細のスーパーボディ。

 地球的な〇〇コンテストにでも出場すれば、優勝は間違いないだろう。


 彼女はエイスと同様に、シルバーの身分証を持つ。

 医専修了者だが、生業にはしていないそうだ。

 彼女はこの町の出身。父親は今もこの町で働いている。

 エミーナは特に隠すことなく、両親が冠守人ロラン半冠守人ハーフロランであると伝えた。

 エミーナは半冠守人ハーフロラン。だが、冠守人ロラン同士の子は最上位級または上位級の守人術師であることが多い。

 だが、エイスだけは彼女が守龍人ファルアに近い特徴を有していることに気づいていた。



 エイスはインバルで仕事の面談があるとだけ話し、それ以上は話さなかった。

 ただ、エミーナは頭の回転が速い。それだけで勝手に察してくれた。


(佩刀されている神官様となると最上位の武官職かしら……。

 国防関係の高位職者と考えるのが合理的かしら)


 エイスは高位神官の身分証を持ち、おまけにイストアールの関係者。

 彼女は、エイスがインバル大聖殿の高位神官職に就くものと勝手に考えた。

 守龍人ファルアは最上位能力者の守人。しかも、聖殿勤務の守龍人ファルアは非常に少数。

 そう考えるのが非常に常識的だ。


 エイスがミシリアン島には観光目的だと話すと、エミーナの目がキラリと光った。

 彼女はミシリアン島出身者で島に詳しい。

 父親の仕事を手伝いながら、ストルフォーク、ファミル、インバルを行き来する生活を送っている。

 これから一か月間は休暇も兼ねてミシリアン島に滞在予定とのこと。

 そう話してから、彼女は島での案内役を買って出た。


 それはエイスたちにとってありがたい話。

 何か裏があるような雰囲気でもなかったため、お願いすることにした。


 四人は観光の予定について話しだした。

 ところが、エイスたちの滞在予定のホテルを聞いてエミーナの表情が曇った。

 ストルフォークでミシリアン島でのホテルを手配したのはエンリカだった。


「なぜそのホテルを予約されたのですか?」

「いえ、そこともう一軒しか空いていませんでしたので。

 他に選択肢がありませんでした」


 それを聞いたエミーナはすぐに獣人店員の一人と話しだした。

 すると、その店員が外に出て、急いでどこかに向かった。


 実は、エイスたちは重大なミスを犯していた。

 観光客が優良ホテルを自ら手配するのは簡単なことではないのだ。

 ここはこの世界でも有数の観光地。

 宿泊施設込みの船旅行であれば、切符を購入するだけで済む。

 だが、エイスたちはストルフォークで宿を手配し、帆船でここにきた。

 ところが、デジタル通信回線のない世界では、ホテルの予約にも時間がかかる。

 通信回線の代わりに使われるのは、翼竜便か伝書鳥だ。


「──予約が間に合っていない可能性もあるのか」

「はい。

 ぎりぎりで予約されますと、滞在延長客が優先されてしまうことがございます。

 それに優良ホテルは予約でかなり先まで埋まっていますので、空室はありません」


 エンリカが予約したホテルは、少なくとも「優良」とは言えないようだ。

 ここを気に入り、滞在延長しようとする観光客も少なくない。そういった観光客たちとわずかな空室を奪い合うことになる。

 その応対もホテルの担当者次第になるそうだ。

 しかも、伝書鳥を利用した場合には、ロスト率が高いらしいのだ。

 ストルフォークからミシリアン島までの距離を伝書鳥は一気に飛ぶことになる。

 強風や肉食鳥等にも影響されるし、その間は休息をとることもできない。


 予約トラブルが起こると、最悪、観光案内所の隅で雑魚寝になる。

 加えて、宿泊施設が確保できていないと、滞在許可まで取り消されるそうだ。

 エミーナはそれを懸念して、確認のために店員をホテルに向かわせてくれた。


 すぐに店員が店に戻ってきた。さすがは獣人。

 だが、残念ながらエミーナの悪い予感が当たっていた。

 そのホテルにエイスらの予約が入っていなかった。あるいは、勝手に取り消されたか。いずれにしたところで、三人は突然宿なしになってしまった。


 エンリカとヨニュマの二人が申し訳なさそうな顔をして、途方に暮れる。

 ただ、これについてはエイスにも責任がある。二人が悪いわけではない。


(これは、さっさとここから離れろという啓示かもしれない。

 昨晩の予示のこともあるからなぁ。

 ただ……)


 この島の観光を楽しみにしていたアルスのことを思うと、エイスは珍しく即断できなかった。

 エイスはいつもアルスを最優先に考えて行動してきた。

 ここではそれがエイスの決断の遅れを招く原因になった。

 いずれにしても、今日のファミル行きの船にはもう出港してしまった。

 どちらにしたところで、一泊する施設を確保しなければならない。

 エイスがエンリカとヨニュマにそう話そうとした時だった。


「エイス様、よろしければ私の家においでになりませんか?

 五日間程度でしたら、ぜひとも我が家にご滞在ください」


 このエミーナからの提案に三人とも仰天した。

 渡りに船だが、そこまでしてもらう理由がない。

 ただ、どうしたところで今晩の宿だけは必要だ。

 エイス一人だけなら何とでもなるが、エンリカとヨニュマに観光地で野宿させるわけにもいかない。


 結局、とりあえずエミーナ宅に一泊させてもらうことで話は落ち着いた。

 エミーナの父の職場が近いということなので、そこに挨拶に向かうことになった。


        *


 エミーナに先導され、エイスたちは彼女の父親の仕事場へと向かった。

 徒歩で十分ほどの距離とのことだ。


 四人で歩いていると、お店が立ち並ぶ通りのど真ん中に掲示板が置かれていた。

 美しい街並みに似つかわしくない無粋な掲示板である。


「なぜ、こんなところに掲示が……

 景観を損なうのに」


 訝しむエミーナはその掲示板の文面に目を移した。

 「島西部地区への立入禁止」、そして「夜間外出禁止」と太字で記されている。

 その詳細や理由等については一切記載されていない。


 しばらく歩くとも、同様の掲示が今度は建物の壁にも取り付けられていた。

 これにはこの島出身のエミーナでさえ、首を傾げた。

 それも当然だった。

 過去、ロワールの町に夜間外出禁止が発令されたことは一度もなかったからだ。


 エイスはその掲示文の「島西部地区への立入禁止」が気になり、その方向に目を向けた。

 視界からの情報と広範囲3D俯瞰視を用いて猛速で現状分析を試みる。

 そして、彼はその分析結果からいくつか気になる点を見つけた。

 三人の女性たちも足を止めてエイスを見ている。

 彼が急に足を止め、その場で考え込んでいるからだ。


「エイス様、何かございましたか?」


 エイスの言動にも多少なり慣れてきたエンリカがエイスにそう話しかけた。

 それに応じるかのように、彼は山の西の山の麓辺りを指さした。


「あの辺りの山肌に不自然な空き地がいくつかできているのが見えるか?」


 エンリカ、ヨニュマ、エミーナが目を凝らして、その地点を見つめる。

 エイスもそうだが、龍人族や守人族は驚異的な視力を持つ。

 地球人とは視力の桁が違う。


「そう言われてみますと、最近伐採されたような空き地が見えます」

「そうだ。その辺りだ。

 ただ、その状態が非常に不自然だ。

 草や葉、それに木々の樹皮だけが消えている。

 木の枝や幹はそのまま残って、丸裸にされている」

「ええっ!?

 私にはさすがにそこまでは見えません」


 エンリカにはさすがにそこまでは見えないようだ。

 エミーナとヨニュマの二人はそれを何とか視認できるようだ。

 特にエミーナは龍人の血を濃く受け継ぐだけに、かなり高次の肉体を持つ。


「私にも見えます。

 それに、森林の一部に焼けた場所も見えます」

「ああ、それもだ。

 あれは人為的なものだ。

 おそらく強火炎ミロムが何度か使われたようだな」

「えっ!? あの場所で強火炎ミロムでございますか。

 そんなことをすれば、大規模火災になりかねません」

「そこなんだ──。

 守人がそんな暴挙に及ぶことは、普通では考え難い」

「では一体あそこで何が……」

「それが、おそらくあの掲示に関係しているのだろう」


 「島の西部への立ち入りを禁ずる」

 ──四人は嫌な予感がしてきた。


「これは……、父に聞いてみましょう。

 あそこで働いていますので、急いでまいりましょう」


 そう話してからエミーナが指さしたのは、八階建ての白亜の大型石造建築物。

 そこには「ミシリアン島自治管理局」の銘板が見える。



        **


 エイスたち四人は100m²以上ありそうな広い室内に通された。

 四人は高級応接椅子に座りながら、この部屋の主と話している。

 ただ、話しているのは基本的にサロース親子なのだが。


 ギロンド・ジァ・サロース。エミーナの父。

 115歳の守人。より正確には、冠守人ロラン

 ミシリアン島の島長。


 道理で港の入管担当者がエミーナを特別扱いしたわけだ。

 エイスたちにもその謎が解けた。


 高次並列思考の冠守人ロランがこの類の仕事に就くのは、よくあること。

 特に珍しいわけではない。

 ギロンドは115歳。冠守人ロランとしてはまだ若い。

 今後、少なくとも三百年くらいはこのまま現職を続けるだろう。


 エミーナがエイスを自宅に招き、ここに連れてきたのには、実は理由があった。

 ギロンドはイストアールの知り合いだったのだ。


 ギロンドは可燃性物質広範囲起爆術エクルアミストの使い手。

 神聖国内の上位級守人の多くが可燃性物質広範囲起爆術エクルアミストの習得者である。

 各地域の拠点にはその指導者がいて、地域単位での可燃性物質広範囲起爆術エクルアミストの使い手の育成を行ってきた。

 ギロンドは冠守人ロラン。14歳の時に可燃性物質広範囲起爆術エクルアミストを習得した。

 ちなみに、可燃性物質広範囲起爆術エクルアミスト習得の最年少記録は12歳。やはり冠守人ロランだ。

 ギロンドも相当優秀な守人術師ということになる。

 彼はインバルに招かれ、わずか半年で可燃性物質広範囲起爆術エクルアミストを習得した。

 この時の術技指導者がイストアールだったのだ。


 ギロンドは懐かしそうに当時を振り返った。

 そして、彼はサロース邸に快く招いてくれた。

 また、この日、ギロンドは数人を自宅での昼食に招いていた。

 エイスたちもそこに同席することになり、先に邸宅に向かうことになった。


 エイスら四人は掲示板に記された外出禁止令等の真相について、その昼食時に知ることになる。



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