05 超脳力者
炎竜とのニアミスを回避できたエイスらは船員たちとしばらく話してから、にこやかな顔で船上のテラスに戻ってきた。
船員たちによると、この度のような炎竜とのニアミスは、通常では考えられないとのこと。
知能の高い竜たちはジャビュルが船を牽引していることを認識している。
このため、河川を通過する際にはジャビュルが驚かないように、いつもは飛行高度を高くとってくれるそうなのだ。
それが、今回は船の真上を低空飛行で通過していった。
炎竜がよほど急いでいたか、なにか考え事でもしていたか。いずれにしろ、かなりイレギュラーなケースだったようだ。
──オペル湖周辺でなにかが起こった?
*
エイスだけでなく、エンリカとヨニュマの二人も、炎竜を見られたことが嬉しかったのか、しばらくその話題で盛り上がっていた。
ここは竜族と龍人族を崇める国。飛竜との遭遇は
ヨルグは大陸諸国を巡ったことがあるだけに、竜族にも詳しかった。
「エイス様、先ほどの炎竜はググルア様でございます」
「よく知られた竜なのか?」
「ググルア様はミクレストアム共和国に棲み処がございます。
共和国では神竜的な存在です。
おそらく食事から戻ってこられたのでしょう」
竜族は基本的に堅果食。
オペル湖周辺地に多く自生する大型の堅果植物の実が主食だ。
それらは主に三種類で、実の大きさは30~50cmほどのもの。
別に1m近い巨大な
これらの実(堅果実)は高エネルギーで非常に腹持ちがいいとのこと。
また、竜族の強烈なブレス攻撃のエネルギー源でもある。
竜族の食事は半年から年に一度ほど。竜種によっては数年に一度とのことだ。
ただし、これらの堅果実は猛毒。竜族と数種の大型獣以外は食べない。
ヨルグは竜族について説明している時に、急にある事を思い出した。
「エイス様、先ほどの炎竜様の件なのですが……
3km以上もの距離でも接近を察知できたのでしょうか?
そのヨルグの質問にエンリカとヨニュマの二人も頷いた。
どうやら二人もそれについて知りたかったようだ。
「あぁ、あれのことか……。
特に難しいことをしたわけではない。
大気の状態を読んだだけのことだ」
「大気の状態を読むのでございますか?
では、やはり
「おれは基本的に
あの術は自分の存在と居場所を知らせるための術だと思っている」
エイスの返答の半分は事実だ。
彼が常時発動している広範囲俯瞰視は超電磁気術と思念体術を融合させたもの。
周辺の大気の状態等も知ることができる。
だから、あながち嘘でもない。
俯瞰視は龍人術の一つ。だが、通常は数百メートルが最大圏の術。
エイスの広範囲俯瞰視と三次元俯瞰視はその規格外品のようなもの。
その二つを統合した広範囲の三次元俯瞰視は、龍人術の範疇から既にかけ離れた術技。エイスもそんな術について説明しようとは思わなかった。
ヨルグ、エンリカ、ヨニュマらはエイスを
そのためにエイスが龍人術を使えるとは考えてもいない。
(半)
ヨルグでさえ過去に会ったことがあるのは、わずか一人。
おまけに、エイスは耳も体形も守人似にしている。
最上位級術師の
旅のしやすさを考えれば、あえてその誤認を正す必要はない。
その状況のままの方がエイスにとって都合が良い。
そしてなにより、その(半)
ただ、
ヨニュマがエイスに持論を述べる。
「エイス様、私は
確かに、守人からは発動地点を読まれてしまいますが、それは守人に対してだけでございます。
他の種族や鳥獣等に対しては十分に有効な術だと考えます」
「うーん、それはそれでどうだろうか……。
獣人たちは
探索用と考えていると、逆手に取られるらしいからな」
そのエイスの返答にヨニュマは少し驚いた顔をした。エンリカも同様だ。
二人にはまだ実戦経験が欠けているようだ。
これについてはヨルグが代わりに解説してくれた。
「お二人はまだ少しだけ実戦経験が不足しておられるのかもしれません。
これはエイス様のお話の通りでございます。
獣人族の多くが
それに蝙蝠人や蜥蜴人はビュラを常時発動しますし、偽装にも使ってきます」
電磁波応用術は、言わばアナログ電波活用術。
逆探知や盗聴もされてしまう。
エイスはそのヨルグの説明の仕方に興味を持った。
「それでヨルグならどう使うんだ?」
「私はビュラを半分は探索目的。
半分は心理戦に用います」
「ふぅーん、それはまた愉快な使い方だな。
わざと居場所を教えて、心理戦を仕掛けるわけか……。
面白いな。その使い方は」
「さすがはエイス様!
私は
こちらの居場所をあえて教えると、不思議なもので、相手の足が必ず止まります。
居場所をわざわざ教えるように使うと、相手の方が罠を警戒いたします」
「
逃走前提で
──これは参考にさせてもらうかな」
そう話したエイスとヨルグは一緒に笑いだした。
実は、アルスも同時に笑っていた。
この話題と笑いのおかげで、エイスは俯瞰視の話題から離れることができた。
ただ、今度はエンリカがエイスの念話について質問してきた。
これは単純に相手の居場所の特定方法と声質の違いについてだ。
逆にこれに興味を持ったのはヨルグだ。
「エイス様、念話にそのような特別な使い方があるのでございますか?」
エイスは少し意味深な微笑みを浮かべる。
『この念話についてのことだな』
いきなりエイスはそれを実践してみせた。
これに戸惑ったのはヨルグだ。
『はぁ!? こ、これは……
他の者にも聞こえているのでしょうか?』
すると、エンリカとヨニュマだけが小さく手を挙げた。
『四人で会話もできるぞ』
『ええっ!?』『うそっ……』『はっ!?』
『これは雑音が全く聞こえないではないですか……』
『そうなのでございます。
それにこちらが待機状態でなくとも、いきなり声が聞こえてまいります』
『おおっ……、そう言われてみれば、今もいきなりこの状態になりましたな』
エイスが何も話さなくとも、三人は念話でそのまま話している。
そこでエイスは念話を打ち切った。
「これにはタネも仕掛けもある。
この術は独自のものだ。
人に教えたりはしないけど、真似てみるのは自由だ」
エイスの念話は電磁波応用術でない。
──思念体交信術。
アルスに召喚され、思念体として辛うじて存在していた時に習得したものだ。
エイスは龍人として脳力を得るまでの間に、思念体のあらゆる可能性を探った。
その時に発見した力(術)の一つだ。
彼はこの念話術の存在を特に隠すつもりはない。
その原理を紐解いて、自力で習得できるのなら、この術を使えばいい。
だが、エイスの方から思念体術について解説するつもりはない。
また、通常体が思念体術を使うには高次の脳力が求められる。
ヨルグ、エンリカ、ヨニュマにとって、エイスの念話術は衝撃的な驚きだった。
しかし、三人はそのエイスの短い説明の中の別の語に、より驚かされていた。
大陸を巡り歩いたヨルグでさえ、その語に驚かされた。
「エイス様……
独自術なのでございますか?」
「んっ!?
あぁ、独自術だが、何か変か?」
「はぁ、い、いえ……そういうわけでございませんが。
一つの術の開発には相当の年月が必要になると聞きますので」
エンリカとヨニュマもそのヨルグの話に何度も相槌を打つ。
普通、新術技を一つ開発するのでさえ、数十年から数世紀の時間を要する。
エイスもアルスとイストアールから確かにそう聞いていた。
インバル聖守術修学院の正教授エイケルは、戦争を終結させるために
無論、短期間とは言っても、数十年の歳月を要したのだが。
そして、この術の開発には多数の最上位級術師が集結して協力した。
その協力がなければ、天才エイケルでさえその開発には数世紀を要しただろう。
それにもかかわらず、エイスは事も無げに「独自術」と語ったのだ。
エイスの脳力は龍人の中でも卓絶している。
上位級の龍人だったアルスは十以上もの並列思考力を有していた。
それでも、完全並列同時思考数は六だった。
しかも、その中の一つは聖龍腕輪との結び付きに占有されるため、他の目的では利用できなかった。
ところが、エイスは最低でもその五倍もの脳力を持つ。
しかも、アルスとは違い、エイスはさらにそれらを多重化して用いている。
気づけば、脳内に戦闘や術のシミュレーターを複数持つほどの異次元の超脳力者になっていた。
エイスは脳内シミュレーターを用いて、様々な研究や実験を日夜続けている。
おかげで、発動可能な術種と術幅は日々増している。
独自術の数だけでも既に三百を優に超える。
「そう言われれば、そうだが……。
複数術を統合したりとかはしないか?」
「はぁ……統合でございますか?
──い、いえ。
普通はしない、……いえ、できないはずですが。
複数の術を統合するのでございますか?」
どうやら普通はしないとのこと。
と言うか、先に触れたように普通はできない。
そんなことができるのはエイスだけなのだが、当人にはその自覚が欠けている。
実は、それが不可能な理由は極めて単純だ。
複数術を統合するためには、先ずその数の術技を同時発動できなければならない。
また、それらとは別に様々な分析や解析を担う思考ユニットが必要になる。
最上位級の
中位級と上位級の守人術は、基本的に二系統術の組み合わせとその制御から成る。
つまり、
エイスのように、難易度の高い複合術を単一術化して発動するなど、そもそもあり得ない次元の話なのだ。
ちなみに、下位級の守人やケイロンの完全並列同時思考数は、最低の二。
このため、術発動時には他になにもできなくなる。
人族については触れるまでもないだろう。
稀に(半)
実は、これにも歴とした理由がある。
聖龍腕輪を持たない(半)
そして、この一つの違いが決定的な術能力差を生むことになるのだ。
エイスとヨルグのこの会話を聞いていたエンリカとヨニュマの表情も硬くなった。
二人にとって、それは聞いたこともない次元の話だった。
医専を目指すヨニュマがエイスに恐る恐る質問する。
「先の事件を解決なさった際に、特別な透視術をお使いになられたと聞いています。
それは神官長様も見たことのなかった超高次術だとお聞きしました。
その術も独自のものなのでしょうか?」
「今度はあの術の話か……。
そうだが、あれも元は聖守術だ。
ただ、別術を少し加えて、より扱い易くしたものだ」
エイスは医系術について、発動法等の解説はしないが、特に隠したりもしない。
薬学の知識のように封印はしていない。
医専志望のヨニュマにはその術が参考になるかもしれない。
「ヨニュマは医専志望だったな。
実際に見てみたいか?」
「は、はい!
見せていただけるのですか!?
ぜ、ぜひともお願いいたします」
ヨニュマが満面の笑みを浮かべて、大きく頷いた。
エイスはヨニュマに右手のブラウスの袖を少し捲らせて、手指と前腕が見えるようにさせる。
その腕を見て、テーブルに座る三人の人族女性たちが一瞬息を呑んだ。
守人の腕脚、そして手足首は信じられないほどに細い。
守人族と人族の二種族は、骨質も含め、生命体として細胞レベルから異なる。
ヨニュマの手指は輝くよう白く、そして芸術的に美しい。
人族女性たちからの羨望の眼差しが彼女の腕と手指に向けられた。
エイスは【
彼女の右手腕が内から輝きだし、表皮、肉、脂肪等だけが見えなくなっていく。
ヨニュマの腕の中がほぼ完全に透けて見える状態になった。
人族女性たちはその光景に驚くと同時に、生まれて初めて手骨の造形美に魅入られた。
細く、美しく伸びた指骨は、正に芸術。
ヨニュマは外見だけでなく、骨まで美しい。
彼女にも自らの右手腕の内部がリアルに見えている。
テーブルに座る全員が彼女の右の手腕を食い入るように見つめる。
ヨニュマは自らの手腕であることも忘れて、懸命に手指の内部を医術書の情報と照らし合わせる。
ヨニュマとエンリカの使える
それも十分に有用な術だが、この
彼女はその被術感覚を必死に探り、
そして、その被術感覚を絶対に忘れないように記憶に刻み込もうとする。
この世界では、超高次術を実見できるだけでも幸運。
それを実体験させてもらえるなど、普通はあり得ないこと。
たとえ土下座して懇願しても、普通その機会は与えられない。
一分ほどしてから、エイスは術を解いた。
「聖守術の奥は深い。
習うだけでなく、いずれ新たな術を求める時が必ずくる。
今日見た術をその時の参考にでもしてくれ」
ヨニュマとエンリカが椅子から立ち上がり、片膝をついて頭を下げた。
守人が上位医術技は見せるのは、縁者か弟子等の身内だけ。
それが守人族社会の常識。
ところが、学校実習レベルの術ならまだしも、エイスは惜しげもなく
二人は丁寧に謝意を述べてから、顔を上げた。
(二人とも良い笑顔じゃないか!
イストアールは人を見る目があるようだな。
どうやらエイスは修学院での指導者としての才もありそうだ)
アルスはエンリカとヨニュマの笑顔を見て、そう考えた。
そして、エイスを選んだ自分の眼力を少しだけ自慢したくなった。
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