02 獅子人ハーフの守人


 エイスはエンリカとヨニュマと昼食時に話したことで、二人の人となりを多少なりとも知ることができた。

 とは言っても、それはあくまで二人の表層にすぎないのだが──。

 それでも二人の印象は総じて良かった。

 二人が誠実な守人であることが分かり、エイスは少し安心した。


『なぁーアルス、従者ってなにをするんだ?』


 いきなりエイスらしくない質問がアルスに投げかけられた。

 とは言っても、それは彼にとって率直な疑問だった。

 なにしろ、微かに残る元地球人の記憶の中に該当するものはない。

 あるのは漠然としたその語意と絵画的なイメージくらい。

 欧州には現在も王族や貴族家が残るが、日本人だったエイスには無縁な話題だ。


『はぁーっ、そうかぁ……。

  おまえは知らないのか。

  うーん、ただ、なにをどこまでやってくれるかは人によって異なるからな。

  とりあえず、なにかしてもらいたいことがあれば、二人に言ってみろ』

『はぁ……、いや、そんなものはないんだが』

『だからなにか言ってみろと言ってるんだ。

  あーっ、そうだった……。

  おまえの場合はそうだったな。

  おまえは人になにかをさせるのが嫌いだったな)


 エイスは、自分でやれることは自分でやるタイプ。

 組織的な動きが必要にならない限り、他人に極力頼まない。

 そう再認識したアルスはただただ笑うしかなかった。


        *

 

 片や、エンリカとヨニュマの二人は二人で、エイスとは逆にやる気満々。

 昨晩も、そして今朝も二人は時間が許す限り話し合った。


 ただ、二人がエイスについて知っていることはそれほど多くない。

 わずかと言った方が正しいだろう。


 ゴードウィク大聖殿の医専神官は、彼を「怪物級の医術師」と話した。

 そして、かのイストアール・エン・ケ・オルカタスの知人であり、インバルに向かうこと等は聞いている。

 また、ゴードウィク滞在中に重大犯罪を発見し、同時に数日で解決したことも聞いている。

 ただ、その事件についてはまだ捜査中であるため、概要程度しか教えてもらえなかった。とは言っても、その事件の概要だけでも二人を驚かせるには十分だった。


 エイスは彼の素性について公にしないようにゴードウィク大聖殿に要請した。

 このおかげで、彼が巷で噂になっていた「コンフィオルで覚醒した(半)龍人ラフィル」と知る者は少ない。

 当然、エンリカとヨニュマにもそのことは知らされていない。

 オーラを抑え、長耳にしているエイスを龍人と認識できるわけがなかった。


 だが、彼を見送るためにゴードウィク大聖殿の重鎮たちが港に勢揃いした。

 二人はあのような仰々しい壮行を過去に一度も見たことがなかった。

 さらに、二人はいきなり大金を持たされ、エイスのインバルまでの諸経費の全てを支払うように命じられた。


 状況的にも、二人はエイスがただ者でないことだけは認識している。

 ゆえに、エイスに対して詮索的な質問をするようなことは差し控えた。


 乗船後も、二人は自室で話し、エイスを最上位級術師の冠守人ロランと結論付けた。

 これは簡単な理由からだ。


「あのお姿で龍人様はありえないし……

 守龍人ファルア様は基本的に武人だしねぇ。

 それに、もしそうならそもそも一人旅はありえないわ。

 ねぇ、ヨニュマ、医術師の守龍人ファルア様って聞いたことある?」

「ないわ。

 絶対とは言わないけど、その可能性は低いと思うわ」

「となると、エイス様は冠守人ロラン

「そうね。

 ──それもおそらくは龍人様の直系子」


 そこで二人はともに小さく頷いた。

 共通認識を持ったようだ。

 彼女たちがこれまでに出会ったことのある最上位神官はロラン。

 二人の見立てではエイスはその次元の神官級か、それよりも上位者。

 現状と手持ちの情報、そしてエイスの印象やオーラから総合的に勘案し、彼女たちは自らの果たすべき役割について考えるしかなかった。


 今日初めて会ったエイスについて推察できることは限られる。

 それでも二人は、知恵を絞り、彼がインバルに向かう事情についても考えた。


 二人はエイスの身分証が銀色であることを知っている。

 だが、インバルに到着すれば、エイスの身分証が最上位の白金色に変わると考えていた。港での神官長らのうやうやしい挨拶を見れば、そう考えるのも当然かもしれない。


「でも、なぜお一人で船旅をされているのかしら」

「ヨニュマ、もしかするとイストアール様と同じじゃないかな。

 ほら神官長様が以前にお話しされていたのを憶えてない?」

「えっ? ……あぁ!

 昔、イストアール様がお忍びで周辺三か国を回られた話ね。

 そうかぁー。そういう例も過去にあったわね」

「その時のお供は確かお弟子様一人だけだったと思うわ」


 ゴードウィク大聖殿の大壮行ぶり、そして自分たちが従者としての任を与えられたことから、目的地はおそらく大聖堂。インバル大聖殿の本棟。

 とりあえず二人は勝手にそう結論を下した。


 ただ、エンリカとヨニュマの二人には一つだけ理解不能な点があった。

 それは、エイスが左腰に佩刀はいとうしていること。

 ──高次守人術師であるにもかかわらず。

 それが腑に落ちなかった。


 二人はもちろん帯剣などしていない。

 エンリカは剣も得意だが、平時に帯剣するようなことはない。

 ヨニュマは剣術を基礎教育時に習っただけだ。

 高位術師は補術具として杖を持つ者も少なくない。

 だが、剣は武闘派の装備。守人術師で帯剣する者は非常に少ない。

 しかも、エイスの左腰の武具は小太刀。

 この世界での太刀の使い手は主に一部の獣人族。

 また、竜系人ヴァラオの主力武具として知られる。

 二人は守人の佩刀者をほとんど見たことがなかった。



        **


 昼食会場での食事を終え、船に戻る際に桟橋で想定外の事態が起こった。

 突然エイスに横から近づき、話しかけてくる者がいたのだ。

 しかも、その人物はエイスよりも高身長の男性。


 その男性は、あのイケメンの獅子人ハーフの守人。

 エイスの傍に立つと、その大きさがよく分かる。

 スリムな体形だが、身長は約2.2m。

 2m級のエイスが少し小さく見える。


「お名前は存じませんが、これも旅のご縁かと思います。

 守人様、私はヨルグ・ベンナーと申します。

 よろしければ佩刀されている理由をお教えいただけませんか?」


 エンリカとヨニュマと同様にこの男もエイスの佩刀に興味を待ったようだ。

 ヨルグも同様に佩刀している。

 それはサイズ的に中太刀と思われる。


 しかし、エイスの斜め後方からエンリカとヨニュマがさっと前に出てきて、エイスとヨルグとの間に割って入った。

 エンリカはさらに一歩前に出た。

 彼女は180cm近い身長だが、それでもヨルグの前に立つと、大人と子供ほどの違いがある。

 そうは言っても彼女も聖殿職務者。

 巨躯の獣人への応対も慣れたもの。一歩も引かない。


「申し訳ございませんが、一言の挨拶だけでいきなりご質問とは……

 少々無礼が過ぎるのではないでしょうか」


 エンリカはかなり険しい表情でヨルグにそう応えた。


「これは申し訳ありませんでした。

 お付きの方へのご挨拶を失念しておりました」


 そう。ヨルグの行動はルール違反。

 従者が側にいる際には、先に用件をお付きの者に伝えるのが礼儀。


「守人様、私はヨルグ・ベンナーと申します。

 今は経営者でございますが、昔は剣とともに旅をしておりました。

 少々気になることがございましたので、いきなり質問をしてしまいました。

 ご無礼のほどをお許しください」


 ヨルグは微笑みながらそう挨拶をして、非礼を詫びた。

 エンリカは半身になり、視線だけをエイスの方に送り、指示を待つ。

 エイスが小さく頷くと、エンリカとヨニュマはエイスの少し前方の両側に並ぶように移動し、彼の正面を空けた。


『アルス、こういうものなのか?』

『あぁ、こういうものだ。

  ちょっと基本に忠実過ぎる気もするけどな』

『あまり気分のいいものではないなぁ』

『そうか?

  それは単におまえが慣れていないのと、自衛力が高いからだ。

  普通はお付きの者が先に接して危険度を探るんだよ。

  どうやらエンリカは多少腕に自信があるようだな』


 どうやらエンリカとヨニュマの二人は護衛も兼ねてくれているようだ。 

 エイスに護衛は不要なのだが、二人は彼のことをまだよく知らない。

 佩刀しているエイスのやや前方に無手の女性二人が立つという奇妙な構図になってしまった。


(どう見ても二人よりもこの獅子人ハーフの方が強いんだけどな)


 エイスは心中でもそう思いながらも、ヨルグへ視線を向けた。


「エンリカ、ヨニュマ、二人とも、おれに護衛役は必要ない。

 前に立たなくてもいい」


 エイスにそう声をかけられると、二人はササッと彼の左右に移動した。


「堅苦しい挨拶は不要だ。

 エイスでいい。

 佩刀がそんなに珍しいか?」


「ヨルグとお呼びください。

 エイス様、旅の守人様で佩刀されている方に、私は初めてお会いしました。

 守人様は平時には剣を持たないと思っておりました。

 ましてや小太刀を使われるなど、聞いたことがございません」


「そういうものなのか……。

 分かった。質問に答えよう。

 わずかだが、術には発動時間も必要だし、場所の制約も受ける。

 近接戦では剣の方が有効だ。

 佩刀しているのは単純にそういう理由からだ」


 この返答にヨルグは驚かされた。

 守人から近接戦の語が聞けるとは思ってもいなかったからだ。

 だが、ヨルグは次のエイスからの質問でさらに驚かされる。


「ヨルグ、おまえの方こそ珍しいな。

 攻撃術も使える両利きの太刀使いに出会ったのは初めてだ。

 実戦だと双刀なのか?」


 この問いかけにヨルグは仰天させられた。

 剣にも触れていない段階で彼の剣術を言い当てられてしまったのだ。

 しかも、今は左腰に中太刀が一振りあるのみ。

 二刀の使い手とは分かりにくいはず。


「──なぜそう思われましたか?」

「なぜもなにも……

 その中太刀の長さが身長に対してやや長めだからな。

 二刀なのは自明の理だろう。

 それに、筋肉の付き方とそのベルトを見れば分かるさ」


「攻撃術が使えることも分かるのでございますか?」

「それくらいは分かるさ。

 電撃の方が得意そうだな。

 それに……どうやら探索術ビュラも使えるようだな」


 ヨルグの背筋に寒気が走り、身震いしそうになる。

 最初、エイスが佩刀しているにもかかわらず、あまりに隙だらけなことに驚いた。

 まるで闘気が感じられなかったのだ。

 それがあまりに奇妙で、何気に声をかけてしまった。


 だが、ヨルグはエイスに勝てる気が全くしなくなっていた。

 仮に戦ったとしても、初撃を必ず見切られる。

 剣を交えなくとも、そう確信できた。


 この短い立ち話をきっかけにして、エイスとヨルグは話すようになる。

 一見すると、人族女性を引き連れた遊び人風の美青年。

 だが、その実は双刀の使い手で、攻撃術と術剣技を組み合わせる高次の武人。

 今は家族とともに家業を営む商人だが、以前は生粋の武人だった。

 ──それが獅子人ハーフの守人、ヨルグ・ベンナー。



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