05 事件模様


 ここは上級客船の発着場だけに船と宿泊施設の周辺にはかなりの数の護衛がいる。

 その護衛たちが一斉に動きだした。

 建物の外では多数の護衛の守人や獣人たちが警備レベルを引き上げて、敷地内を走り回っている。

 結果的に、エイスの灼熱火炎ロアルが全ての船の護衛たちを動かすことになっていた。


「宿泊客二人が薬を盛られて賊に誘拐されそうになった。

 旧棟の食堂で出された菓子に薬剤が混入されていたようだ。

 食堂の従業員たちの中にもおそらく仲間がいる。

 急いでそいつらを探し出して拘束しろ!」


 現場から戻ってきた護衛の一人がその場にいた護衛たちにそう指示した。


「周辺の道も一旦封鎖するらしいからな。

 おまえたちもそこに手伝いにいけ。

 それから、挙動不審なやつは外に出すな。

 これから関係者と思われる者全員から事情を聴く」


 建物から出てきた護衛責任者らしき守人からはそんな声が聞こえた。

 その他にもあちこちから大声が聞こえる。


 護衛たちはこういった緊急事態の対処にも慣れているようだ。

 多数の護衛たちがいつの間にか班列を組み、施設周辺を迅速に移動していく。



        **


 エイスらが宿泊施設に戻ると、建物の周辺は大騒ぎになっていた。

 エイスの灼熱火炎ロアルの威力があまりに大きく、その余波によって多数の宿泊客が叩き起こされたのだ。

 特に守人たちはその強烈な電磁波に本能的に反応し、ほぼ全員が目を覚ました。


 事情の分からない宿泊客たちがその真相を知ろうと外に出てきている。

 宿泊施設の周辺は、メイラとロサンの拉致・誘拐事件というよりも、エイスの灼熱火炎ロアルによって目を覚ました守人たちが騒ぎをより一層大きくしていた。


 建物の出入口付近には多数の守人たちがたむろして話している。

 外にまで出てきている獣人の宿泊客はそれほど多くない。

 その大多数は守人のようだ。

 船の護衛たちが集まっている場所を指差し、各々が勝手な推測で話している。


 現場から戻ってきたエイスにも数人の守人が走り寄り、事情を尋ねた。

 ただ、当のエイスは自らが騒ぎの原因になっているとは思ってもいない。

 アルスもあえてその点について触れなかった。


 メイラを抱えたまま、エイスは簡単に事情を説明し、既に賊を捕縛したと伝えた。


 事件の概要を聞いた守人たちは一様に驚いていた。

 それはそうだろう。

 賊が宿泊客室に侵入し、物取りではなく、拉致・誘拐をしようとしたのだ。

 その狙いがエイスが腕に抱きかかえる人族の15歳の女性と傍に立つ12歳の男子。

 あまり聞いたことのない拉致・誘拐の未遂事件だ。


 それでも、守人たちからすれば、叩き起こされはしたものの、実害があったわけではない。事件が起こっていたと聞けば、好奇心の方がより強くなる。

 目が覚めた理由よりも、事件について詳しく知りたいようだ。


 エイスとアルスもようやくそれに気づいた。


『なんだ、こいつら……

  単なる野次馬じゃないか。

  エイス、時間の無駄だ』

『どうやらそのようだ。

  別に犯人一味の捕縛に協力してくれるわけでもなさそうだ。

  これはメイラの治療を優先した方がいいな』


 彼は事件の説明を適当にまとめて、切り上げることにした。

 賊を捕縛したのは船を護衛たちだと伝えて、自らについては一切触れなかった。

 メイラとロサンはその説明を聞きながら、首を傾げる。

 エイスは全て船の護衛たちの手柄のように話したからだ。


「悪いが、彼女を治療したいんだ。

 事の次第は賊を捕まえた船の護衛たちにでも聞いてくれ」


 エイスがそう話すと、守人たちはサッと引いて、道を開けてくれた。



        *


 フロントはまだ無人のまま。

 エイスらは宿泊棟に入り、ロビーのソファーにメイラを寝かせた。


 幸いに脇腹の骨折はすぐに治せそうだった。

 鎮痛術の効果もあって、メイラは痛がっていない。

 それでも、彼女の左腕はひどい状態だ。

 ロサンもあちこちを殴打され、負傷している。


 すると、そこにいた守人の一人が治療の補助を申し出てくれた。

 どうやら医術師のようだ。


「それはありがたい。

 できればこの男の子の治療をしてもらえないか」

「分かりました。

 そちらの女性は上腕の中央を骨折されているようですが……

 これから、お一人でその治療を?」

「あぁ、問題ない。

 一人で大丈夫だ」


 エイスはその守人にロサンの怪我の治療をお願いした。

 彼に骨折箇所がないことは既に確認している。


 そして、メイラをソファーで仰向け寝かせたままで、エイスは彼女の骨折と打撲の治療準備を始めた。

 三種の透視術スキャンを同時発動し、骨や損傷の詳細を瞬く間に分析し終えた。

 そして、数多の選択肢の中から最適な治療法を導出すると、即座に治療にとりかかった。


 エイスは小術を組み合わせて、損傷した組織を丁寧に修復していく。

 同時に、切開することなく、折れた骨を術で少しずつ移動させながら、その周囲に散らばった微細骨片まで元の場所へと戻していく。

 百数十の修復作業が同時並行で進められていった。


 上腕中央部の骨折箇所の修復は難しい処置なのだが、彼はいとも簡単にそれを済ませた。

 脇腹の骨折やその他の怪我の治療も瞬く間に終えた。

 治療を始めて四分後には、骨折の腫れまでほぼ治まっていた。

 腫れあがっていた上腕部がみるみる元の状態に戻っていく。

 隣でロサンの治療をしていた守人も途中で手を止めてエイスの治療に見入ったほどだ。


 エイスの手から輝きが消えた。

 そして、メイラにかけていた鎮痛術を解いた。


「これでおそらくもう大丈夫だろう。

 ゆっくりならもう動かせるとはずだ」


 それを聞いて、メイラは体を起こし、ゆっくりと左腕を動かしてみる。

 わずかに残る腫れによる張りはあるものの、問題なく動かせる。

 痛みも特に感じない。

 彼女はゆっくりと腕を肩で回してみる。


「全然痛くありません!

 脇腹も大丈夫です」

「それなら、大丈夫だ。

 回復を早めるために少しだけ腫れを残している。

 ただ、それも数日で消えるだろう。

 しばらくは無理しないように」


 それを聞いたメイラは頭を下げてお礼を口にした。

 何度も何度も、それを繰り返す。


「何度も礼を言わなくてもいい。

 俺は部屋に戻らせてもらう。

 それから、事情を尋ねられても、おれの名前は極力出さないでくれ。

 この件は船の護衛たちの手柄にしてやってくれないか。

 ──メイラ、ロサン、頼むよ」


 そう二人に伝えてから、エイスは守人医術師の方を向いた。


 「ロサンの方は任せるから、処置を頼む。

  おれは他にもまだやることが残っている。

  それを終えたら部屋に戻るよ」


 エイスはロサンの治療をその守人に任せて、その場から離れた。


 エイスは近くにいた他の守人たちに簡単に事情を説明し、以降の対応を頼んだ。

 睡眠導入剤入りのスィーツを食べた者たちがまだ多数いることを伝えたのだ。

 彼はそこでしばし守人たちと話し、熟睡しているであろう他の宿泊客たちへの対応もお願いした。

 それを終えると、彼は一人気配を消すようにしてその場から消えた。


        *


 ロサンの治療を任された守人は、ゴードウィクの聖守術専門科学校の医専を修了した医術師。ロサンの怪我を丁寧に治療してくれた。

 その後に、彼はメイラの治療箇所を診させてもらい、驚きの声を上げる。


「驚いた……。

 骨まで完璧に癒合しているじゃないか!

 まだ二十分しか経っていないのに、骨折箇所がもう分からない状態だ。

 ここまで完全には治せないはずなんだが……。

 ────彼は一体何者だ」


 それを聞いて、メイラは折れていた左上腕部を右掌で静かに撫でた。 

 さっきまで激痛を感じていたはずのその場所を彼女は愛おしそうに何度も撫でる。



 宿泊施設の外では、捕縛された男たちが大勢の獣人や守人に連行されていった。

 これから厳しい取り調べが行われるはずだ。



        ***


 翌朝、エイスはメイラとロサンと一緒に朝食をとり、支度を整えてから乗船した。

 エイスは二人の持つ鞄の中身を知らないが、とりあえず近くにいることにした。


 船内では、姉弟の部屋がエイスの隣に移されていた。

 護衛の獣人たちが気を利かしたのだろう。


『護衛はあいつらの仕事だろうに』


 アルスはそうぼやき、少し不満気だ。


 その日の昼食の際に、メイラとロサンが鞄の中身について話してくれた。

 鞄の中には、なんと……金貨80枚が入っていた。

 日本円で500万円近い。

 生活物価的な価値で言えば、900~1000万円ほどを持ち歩いていることになる。

 二人の祖母の見舞いに行くのだが、実はそのお金を祖母に渡す役も担っていた。

 病気の祖母にそのお金を渡すのだそうだ。


 元々は母親も一緒の予定だったが、家業の都合で出かけられなくなったらしい。

 それで、二人がそのお金を持ち運んでいるわけだ。

 まさかこの姉弟がそんな大金を現金で運んでいるとは誰も思わないはず。

 まぁ、それはそうだろう。そんな大金を二人が持ち運んでいるとは普通思わない。

 だからと言って、それで本当に二人にお金を運ばせる家族にも驚かされる。


(この国では銀行のようなビジネスはできないからな。

 そう言えば、アミロカルバン帝国内には銀行があるんだったか)


 船室に戻ると、部屋に護衛の黒豹人がやってきた。

 二人はしばし昨晩の話をネタに雑談しながら爆笑した。

 その後に、黒豹人が犯人たちの動機や計画について話してくれた。


 昨晩に捕縛した四人の賊の中の主犯格は、姉弟の実家の農場で働いていた元農夫。

 不真面目な仕事振りが目立ったため、農場をクビになったらしい。

 そこで次の仕事を見つけるために、この近くの町に引っ越してきた。


 一週間前に、その農場でまだ働いている男と町で会い、二人旅の話を聞いた。

 そして、その男からお金の強奪話を持ちかけられて、それに乗ったようだ。

 宿泊施設の食堂とフロントの従業員たちもグルだった。

 大勢にサービススィーツを出したのも、一人でも多くの宿泊客を熟睡させ、計画を円滑に運ばせるためだった。

 主犯格の男は姉弟の家族を恨んでいて、リギルバート王国の奴隷商にメイラを売り飛ばす段取りまでしていた。

 ──正に、絵に描いたような逆恨みだ。


 結局、賊の四人だけでなく、その他にも三人の共犯者がいたとのこと。

 全員が人族。

 既に六人が捕縛され、残る一人もこれから捕まるだろうと教えてくれた。


 そこで、黒豹人はハーッと大きく溜息をついた。


「人族はなぁ……。

 こういうやつらがいるんだよな。

 真面目で働き者も多いんだが……

 そうでないやつらもいるからなぁ。

 よくあることだが……

 これが難しいんだ」


 エイスはそれを聞いて返す言葉が見つからなかった。

 エイスは龍人

 ──なのだが、チクリと刺されるような痛みを覚えた。


 黒豹人は事情説明を終えると、仕事に戻っていった。

 その事情をエイスに話したのも、姉弟を心配してのことだろう。

 アルスが笑いながら話しかけてくる。


『なかなか良いやつだよな』

『あぁ。

  二人の部屋をここの隣に移したのもあいつだろう。

  心配してるんだろうな』

『まぁーそうだとしても、だ。

  ──護衛はあいつらの仕事だ!』


 アルスはこの点に関しては譲れないようだ。

 エイスはそれからアルスのその論説をしばし聞かされた。



        **


 しばらくすると、エイスの個室にメイラとロサンがやってきた。

 メイラは例の鞄を手に持っている。

 狭い個室だが、二人が座る程度の広さはある。

 二人はエイスの隣に腰を下ろすと同時にハァーっと大きな溜息をついた。


 二人の用件はどうというものではなかった。

 いろいろあって二人は結局一睡もしていない。

 おまけに、この船の乗員と複数の乗客にも事情を知られてしまった。

 二人は猛烈な睡魔に襲われながらも、鞄が心配で眠れないでいた。

 そこで、エイスのところで眠らせてもらいたかったのだ。


 エイスは笑顔で席を入れ替わり、通路側に移動して、二人を席の奥に座らせた。

 部屋は元々二人用。かなり横長の二人席だ。

 エイスは高身長だが、細身。二人を座らせても、まだ多少の余裕がある。

 エイスの隣にメイラが座り、奥でロサンが鞄を抱える。


 最初、メイラは申し訳そうな顔をしていた。

 だが、さすがに疲れているのだろう。

 安心したのか、すぐに薄目に変わり、うつらうつらとし始めた。

 ロサンは窓側にもたれかかるようにして既に眠っている。

 それでも鞄だけはしっかりと抱えている。


 昨晩の事件で、エイスもさすがに睡眠十分というわけではない。

 目を閉じて、脳内の1/8を残して、彼も休眠モードに入った。

 人間とは異なり、龍人はこういう睡眠の取り方ができる。

 エイスの脳が完全な睡眠状態になっている時間は非常に短い。

 ただし、その時にはアルスが起きている。


『ここはおれが起きておく。

  エイス、おまえはとにかくもう少し寝ろ』


 アルスにそう話しかけられると、エイスも急に睡魔に襲われた。

 間もなくして、エイスからも静かな寝息が聞こえてきた。


 窓のカーテンから漏れてくる薄日の中で三人が並ぶようにして眠っている。

 2m近いエイスも足を斜め横に伸ばすようにして、静かに眠っている。

 メイラはいつの間にかエイスの肩にもたれかかるようにして熟睡している。


 ────三人が並んで寝ている姿は、どこか微笑ましい。

 三人はそのままこの日の宿泊場所に着くまで眠った。



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