14 雷弾爆雨
エイスがここにやってきて、周辺から肉食鳥獣が姿を消し、草食獣が増えた。
これは彼が何度か使った
捕食者であり、強く賢い肉食獣ほど
エイスがここにいる間、大型肉食鳥獣はこの周辺には近づいてこないだろう。
***
ミギニアの焼却作業が終わってから二週間が経過した。
イストアール、シルバニア、三巫女も既にコンフィオルに戻った。
ここに残っているのはエイス一人。
大滝ミララシアの周辺の森は以前の静けさを取り戻した。
鍛錬と十分な食事により、彼の肉体の筋力と持久力は85%程度にまで回復した。
ただ、長く休眠していた内臓器官の回復にはまだ時間がかかりそうだ。
さすがに内臓器官を鍛える術はない。どうしても回復には時間がかかる。
彼の脳内シミュレーションでは回復度が90%を超えるまでに約一年を要する。
これには、転生直後の遺伝子操作により、肉体が再構成されたことも影響している。内臓器官を含む肉体の完全な再構築(回復)にはやはり時間がかかる。
幸運だったのは、脳内器だけは既に95%近くにまで回復し、全て正常に機能している。
地球人とは異なり、龍人の脳内には術発動時に必要なブドウ糖を大量に蓄積し、必要時に各脳機能部にそれを急送する器官がある。その状態も95%近い。
なお、この器官の容量と能力が最も高いのは、龍人。次いで守人族。
残念だが、人族はこの脳内器官を持たない。
ここに到着して以降、途中で毒大蛇の群れの襲撃事件に巻き込まれはしたものの、エイスは自身でも驚くほど体が軽快に動くようになった。
そして、これは彼の肉体と基本脳力のリハビリ段階を終えたことを意味する。
エイスのここでの目標は一応達成された。
***
この二週間、エイスは
有効射程距離は約260mにまで伸びた。
また、この術技を応用して、いくつかの術を遠距離でも発動できるようになった。
イストアールから教わった
被術者を失神、あるいは非常に深い眠りに落とすことができる。
ところが、この術には重大な欠点がある。
──その発動時間だ。
上級者でもこの発動に二十秒以上を要する。
気づかれずに接近し、それから二十秒以上をかけて術を発動しなければならない。
端的に言えば、実用性が低い。
──相手が敵なら倒した方が早い。
結局、捕縛した敵や負傷者の意識を一時的に奪うような用法になる。
ところが、エイスは離れた場所からこの術を目標地点で発動できるようになった。
しかも、この術の難易度は
おかげで1キロメートル以上の距離からでも発動できる。
この術の有用性が一気に跳ね上がったことは言うまでもない。
また、古の龍人術「
これはアルスの隠し玉的な龍人術である。
やや特殊な術であるため、このタイミングで実践してみることになった。
これを発動すると、術発動者は半径3mほどの半透明の虹光ドームに包まれる。
半球形の大きなシャボン玉の中にいるような状態になる。
だが、その半球体は強烈な雷光体。
内側は中空で安全だが、外側から触れると死に至る。
エイスはとりあえず実際に術を発動してみた。
実物はシミュレータ演習時のものよりもかなり危険度が高そうだ。
『これは雷光体の防御壁の中にいるようなものか』
『ああ、電撃と
ただ、おまえのこれは雷撃でも弾き返しそうだなぁ。
まぁ、それはいい。
こいつの用法はそこじゃないんだ!』
『分かってるさ。
あまり気乗りはしないが、やってみる』
直後に、そのドームは長さ約30cm、太さ約1cmの多数の雷針(雷杭)へと瞬間的に姿を変えた。そして、一斉に撃ち出された。
────撃ち出されたその雷針の数は約二千。
それが全方向に一斉発射されたのだ。
ヤマアラシやハリネズミの針が一斉に撃ち出されるようなイメージである。
だが、その針は雷撃系。危険度が桁違いに高い。
アルスによると、この術が使える龍人は十人にも満たないそうだ。
俺は使えた──そういう強調の意味もおそらくあるのだろう。
これがアルスから継承した最後の術。
実際に使ってみるとその印象も威力もシミュレータ演習時とはかなり違っていた。
特にエイスが使うと雷針の威力と数が倍化した。
鎧くらいなら簡単に貫通してしまいそうだった。
しかも、掠っただけでも、相手は感電死級のダメージを受ける。
アルスはこの術のおかげで助かったことが何度かあったらしい。
それでエイスにも助言して、一度試させたのだ。
ただ、もしこの術を町中で使ったらどうなるか。
────辺り一面は惨劇。
そう、この
そこが大きな問題だった。
敵に包囲された際には効果絶大。
だが、通常使用すべき術でないことは明らかだ。
エイスはレベル1未満のラーダムを使い、森の鳥獣たちを先に追い払ったほどだ。
普通の攻撃術のように使うと、惨劇を招くことは間違いない。
強力な攻防一体術だが、無差別攻撃なのが難点だ。
使いどころが非常に難しい。
もちろん、滝下の砂地から森の奥深くにまで到達するほどの射程はない。
約150mの距離から空中放電が強まり、威力が徐々に落ちていく。
現状では約250m圏が射程。
そうは言っても、このままでは最終局面での起死回生術としてしか使えない。
おまけに、この発動法がかなり特殊であるために、エイスでも手を加えにくい。
さすがに彼もこの
それでも、……エイスが何もしないわけがなかった。
**
翌日、エイスは
この術は、最初に術発動者の周囲にドーム状の光体が展開される。
直後に、その光体が多数の雷針へと変化しながら発射される。
彼はこの最初の発動過程を抜本的に変更することにした。
────こんなことができるのは彼だけだ。
エイスは最初の防御シールドを捨てることにした。
龍人武具なしでも、彼は
そして、発動時に
アルス方式とは逆に一度キューブ状の雷光体に凝縮するように術を発動した。
展開せずに、反対に超電磁エネルギーの凝縮された雷光体を作りだした。
彼の右掌の1m前の上方に一辺30cmの雷光体キューブが現れ、宙に浮いている。
それは、怪しげな光るキューブが宙に浮かぶ不思議な光景。
キューブの周囲にはパチパチと音を立てながら無数のスパークが迸る。
それに触れると間違いなく大惨事だ。
『お、おい……、この雷光体でなにをするつもりだ?』
『先ずはこれを五段五列に分けて撃ってみる』
『はぁ?』
エイスはそう話すと、雷光体のキューブを6cm厚で五面に分割した。
そして、その一面をさらに五段五列に分割していく。
キューブは格子状に分割され、5×5×5個の6cm辺のミニキューブの集合体になった。それだけを見ると、まるで光るルービックキューブである。
合計125個の小雷光体の塊として浮いている。
そして、それらを10cmの隙間の間隔にして、平面状に並べ直した。
エイスの前には、125個の雷光体ミニキューブが等間隔で面上に整列した。
エイスはその一個一個を右上から順番に撃ち出していく。
6cm角のミニキューブが雷光弾化して次々に大岩に命中する。
その雷撃で岩がどんどんと壊されていく。
凝縮された雷弾だけにかなり威力だ。
岩の壊され方も通常の雷撃とは異なる。
着弾点周辺が破裂したかのように、砂塵を撒き散らしながら破壊されていく。
まるで
約半数を撃ったところで、エイスが攻撃を止めた。
残る半数のミニキューブがプカプカと浮いている。
『そういうことか‼
凝縮雷光体で攻撃するとこうなるわけか……。
しかも、一個ずつでも、連射でも、複数同時でも撃てるわけか!』
『正解』
そして、エイスは宙に残る約60個のミニキューブを一斉に発射した。
それらが大岩に一斉に命中した。
10m級の大岩の1/3ほどがその威力で粉砕されるように崩落した。
『これって横一列に並べたり、縦に二列にしたり……
とかもできるのか?』
『ああ、配列を変えて、狙った範囲を攻撃することができる』
『十字形とか、一か所に百連発とか……もできるよな?』
『そうだな……。特に問題ない』
アルスはそこであることに気づいた。
『……ん!?
ちょ、ちょっと待て……
おい、これってもしかして……もっと小さく分割できるのか?』
『当然だろう。
まだ、練習段階だ。
今でも十分割くらいならできると思うが……
それ以上はこれから練習が必要かな』
『えっ!? おいっ……
十分割って、雷光体千個、いや……千弾で一斉攻撃もできるのか?』
『ああ、先ずはそれくらいだ。
ただ、今のままだと、小さくするほど威力は落ちていく』
術発動時の雷光体キューブをより大きくするか、高密度にすれば、単発弾の威力を上げられる。
だが、この術は威力重視ではない。
そして、
『数重視なのは
ただ、
目視で避けるのは難しいが、勘の鋭い獣人なら攻撃をよけるかもしれないぞ』
『そうだな……。弾速は
弾速をもう少し上げられないこともないが……。
ただ、そういう面倒なやつには普通の電撃を使うさ。
それに、これくらいの速度に抑えないと制御ができない』
『んっ⁉ 制御?
お……おい、まさか全弾を正確に制御する気なのか』
『あははっ、まさかな……。
この形状のままで正確に狙うのは無理さ。
制御するのは大雑把な軌道だ』
『軌道?』
『ああ、数と軌道の両方が胆だ。
わざわざ立方体化したのはそのためなんだ。
そうだな……。
ただ、アルスの言う通り、もう少し正確に狙える方がいいかもな。
シミュレータでの実験が必要だが、先に一度やってみようか』
エイスは再び雷光体キューブを作りだし、六面分割した。
そこから、さらに六段六列に分ける。
216個を前方一面に並べると、三秒ほどの時間を使い、何らか別の効果を加えた。
各キューブの角が心持ち丸くなったように見える。
『アルス、上手く狙えたかどうかは分からないが、こんな感じだ』
直後に、全弾が一斉に撃ち出された。
だが、全て的外れな方向へと向かっていく。
それこそがエイスの弾道設定
────途中から各弾の軌道が変化する。
雷光弾は大きく曲がりながら、標的の大岩に向かっていく。
ばらばらの方向から多数の雷光弾が弧を描くようにして大岩に着弾する。
バリバリ、バチバチ──爆音が響き、7m級の大岩が粉砕された。
『ま、曲がった……』
そう、それは常識を覆す攻撃。
雷撃と火炎攻撃は、いずれも直線的な攻撃術だ。
そもそもブロック形状(キューブ)に凝縮された雷光体自体が非常識的なもの。
おまけに、単一ではなく、多数。
それらが弧を描くように曲がりながら猛速でターゲットに向かっていったのだ。
それでもエイスは何やら不満そうだ。
『
さすがに命中精度には問題があるようだな。
結果的に一割くらいは岩に当たらなかった。
電磁体は空気抵抗にあまり左右されないはずなんだが……
うーん、これは雷光弾を球体化した方がよさそうだな。
後でシミュレータで練習してみるよ』
エイスは既に実射データを得た。
それを基に解析を行い、それをシミュレータに反映させていく。
これで、脳内で様々な実験が行える。
『こ、これって……反則だろう。
回り込むようにして攻撃できる……ということか?』
『そうだな。もう既に解析を始めた。
もっと形状を調整して練習すれば、そうできるようになるはずだ。
弾速を落とせば、より鋭角に曲げられると思う』
『これは途中からでもまた曲げられるのか?』
『いや、それはさすがに無理だ。
撃つ前に軌道を設定しておく必要がある。
だから、想定外の動きをされると、目標に当たらないだろうな。
実戦的な用法もシミュレータで見つけていく』
頭の中にアルスの笑い声が響く。
『はははっ……。
ははっ、これはもう笑うしかないな。
お前、……本当に術の天才だな。
元は
エイスはそれから二時間ほどの練習で一辺40cmのキューブを扱い始めた。
それを10×10×10個に分割し、合計千個での攻撃を使えるようになった。
千個の雷弾が一斉に大岩に着弾すると、10m級の大岩が瓦礫と化した。
恐るべき攻撃力と攻撃範囲を誇る雷撃応用術が開発された。
ただし、元は
射程を伸ばすためには、術発動時のプロセスを少し見直さなければならない。
*
この後に、エイスはシミュレータ演習と実践練習を重ね、この術レベルをさらに引き上げていった。
この自主トレで45cm角のキューブをつくり、15分割まで扱えるようになった。
これで、彼は約3400個の雷弾(細小雷光体)を攻撃に使える。
そして、各雷光弾の形状も球状に近くすることで大幅に射程を伸ばした。
その射程は1.8kmを超えて、2kmに近づこうとしていた。
アルスはこの電撃術を「
エイスはその呼び名を聞いて笑いながら、アルスにこう話した。
『一辺50cmで20分割くらいまで使えるようにシミュレータで練習するさ』
『最大射程は?』
『そうだな……。
目標は4kmくらいだな。
5kmを超えるといいな』
『なっ⁉ 5km?
それでちゃんと当たるのか?』
『いや、当然ダメだろう』
アルスはそれを聞いて爆笑した。
だが、そこはエイスだ。そう言った以上はなにかを掴んだのだろう。
アルスにはエイスならそれくらいできそうな気がしてきた。
────それが実現すれば、雷光弾の数は八千。
さすがにそこまで細分化した攻撃では、威力はそう高くないはずだ。
また、ターゲットが建造物の陰や電撃用大楯を翳せば、おそらく防御可能だろう。
そうは言っても、エイスの攻撃は強烈。
最小サイズの雷弾でも、掠っただけでかなりのダメージを受ける。
シミュレータで訓練を続ければ、さらに高次元の攻撃術になるだろう。
***
この後、エイスは兎人の管理人と話し、二日後にコンフィオルに戻ると伝えた。
管理人はすぐに伝鳥を飛ばしてくれた。
明後日の午後には帰りの馬車が迎えに来てくれる。
エイスのリハビリ生活も、事実上明日までとなった。
コンフィオルに戻る時がきた
────彼はそう判断したのだ。
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