13 天才術師
この日、ミギニヤの焼却作業も最終日を迎えた。
予定通り、早朝から三巫女が最後のミギニヤの山の焼却を開始した。
お昼過ぎには全工程が終了する予定である。
エイスにとって喧噪を極めた日々だったが、それもようやく終わりを迎える。
**
午前中に、エイスはイストアールにいくつかの珍しい守人術を見せてもらった。
彼は惜しげもなく二十二もの術をエイスに実演しながら、教えてくれた。
当然のことだが、エイスはそれらの術を瞬く間に解析し、習得していった。
かのイストアールから直々に発動のコツまで教えてもらえたのだ。
エイスであれば、その再現程度なら造作もなかった。
なのだが、傍でそれを見ていたシルバニアは顎が外れそうなくらいに驚いていた。
シルバニアが驚愕したのも当然のことだった。
そんなことができるのはエイスだけ。
それらの多くは上位神官クラスでも、一つの術の習得に最低一年近くを要する。
難易度の高い術になると、会得に五年以上の期間を要するものも含まれていた。
ところが、エイスは高難易度の守人術をいとも簡単にマスターしてしまう。
午前中だけで二十二もの守人術を習得したのだ。
エイスがあまりにも簡単に中上位術を習得してしまうため、イストアールも途中から高難易度の上位術の説明と実演をしていった。
ところが、エイスはそれら全てを再現してしまった。
これには、当のイストアールでさえ額から冷や汗が流れた。
それら二十二の術の習得には天才レベルの上位守人でも四十年近くを要する。
(何ということだ。
このお方は龍人様の肉体以上に、驚異的な天才術師ではないか……。
しかも、術力が異次元に高い。
──いや……高すぎる!)
今さらながら、イストアールはエイスの怪物ぶりに驚嘆した。
だが、エイスは術力をそれでもかなり抑え気味にしている。
──もちろんイストアールはそれを知らないのだが。
(まぁー当然の反応だな。
驚かない方がおかしい。
ただ、それでもあいつはまだ随分手加減してるんだぜ)
アルスはそのイストアールの心中を察して、笑っている。
エイスは、アルスのように感覚だけで術を使うようなタイプではない。
アルスは天才肌の龍人。そして、エイスは異才の持ち主。
エイスは驚異的な鑑識と解析の眼を持ち、多数の脳内作業を多重並列処理できる。
彼は受肉直後から、俯瞰視、肉体探索、染色体解析、シミュレータ等々を高次元に操ってきた。
全てを解析して、術の発動過程を完全に掌握したうえに、脳内シミュレータで演習も行う。その後に、各術を実際に発動してみる。
一般的な龍人の限界領域を超えて、最高レベルの脳力を引き出す。
それは、元当人だったアルスでさえ呆れるほどだ。
エイスの肉体はまだ回復の途上。
イストアールはそれでもエイスが既に彼と同水準の守人術を使えると推考した。
そこに龍人術を加えると、エイスは既にイストアールをも凌駕する術幅を有することになる。しかも、エイスの習得術数は今後さらに増加するはずだ。
実際に、エイスは優に三百を超える中上位の聖守術を使えるようになっていた。
龍人術はもちろんのこと、下位術、生活術、医系術等はその数に含まれていない。
カウントの仕方次第では、その総数は既に700を超える。
エイスがアルスの記憶から継承した術は五十ほどにすぎない。
それでも、彼が使える術数は既にその十数倍に達していた。
もちろん、新たに開発した術等はその数に含まれていない。
実は、イストアールが冷や汗を流して驚いた理由は別にもう一つある。
龍人族の固有術は非常に強力。
特に攻撃術は桁違いの威力だ。
だが、その術数はけして多くない。
また、龍人族と守人族が共通的に使える古の聖守術もあるが、この類の術には守人族の方が優れる。
一般論では、驚異的な威力の攻撃術と防御術を持つのが龍人族。
対して、平均的に発動できる汎用術数で勝るのが守人族。
つまり、術力の龍人族に対して、術幅の守人族。
イストアールはこれまでに多くの龍人と出会った。
それでも、その通説を覆すような龍人はほとんどいなかった。
そして、その全員が(半)
龍人術に加えて、上位守人並みに守人術も使える。
(半)
だが、そのイストアールからしても、エイスはその通説から逸脱した存在。
彼は異常とも思える術力と応用力を持つ。
イストアールらはエイスが
彼は一人で複数の攻撃術を発動し、各々を個別に同時制御していた。
イストアールの知る限り、龍人の術は単発。
イストアールでさえ、
彼は
それは伝説の大聖守術師ミビルガンナ・オル・キドロンでもできなかったことだ。
*
イストアールはエイスの肉体的な回復が順調に進んでいることを確認できた。
二世紀にも渡る休眠状態の影響はまだしばらく残るだろう。
だが、彼は既に十分すぎるほどに強い。
今後の焦点は、記憶を失ったエイスがどこへ向かい、何をしようとするかだ。
エイスは龍人だが、ラフィル(半龍)。
龍人のように龍人族の
どこに行くのも彼の自由だ。
エイスは、アルスの消滅を偽装するために、覚醒時に肉体を守人似に調整した。
聖龍腕輪も腕の中に隠すこともできた。
これはエイスにとって幸運なことだった。
(ここまで高次元の術師になると……
エイス様の今後についても、お話を伺わないとなるまい)
イストアールは現状を踏まえて、エイスの今後についても思いを巡らす。
そして、これはエイスにとってもう一つの幸運でもあった。
イストアールは覚醒直後のエイスの後見人となった。
イストアールはアルスとその祖父に命を救われた恩義に報いたかったのだ。
そして、彼は既に一度引退した身。自らの柵や利に、エイスを巻き込むようなことはしなかったし、今後もしないだろう。
龍人は各国の軍事と政治の活動から距離を置くために、原則的に完全中立の立場。
各国ともに龍人の居住地を正確に把握し、そこに近づかない暗黙のルールがある。
このため、ほとんどの龍人たちは居住地周辺から出てこない。
これについて極めて例外的な存在だったのがアルス。
当然ながら、龍人族はアルスの言動を好ましく思っていなかった。
結果的に、アルスは計略に堕ち、龍人の手でクレム聖泉の底に封印された。
龍人族の中では、然もありなんとして語られた。
ところが、エイスは公には「(半)
龍人のように「殺せない存在」ではないことがその最大の理由である。
何かあれば、対処のしようがある。
それは国家組織にとって天地ほどの差なのである。
能力的に龍人とほぼ同様であっても、
おかげで、エイスはほぼ制約なしに、自由に職業に就くことができる。
そして、イストアールが懸念するのもその点だった。
漠然とだが、彼はエイスにはコンフィオルが相応しくない気がしていた。
ここではないどこかに旅立つべき。
彼はそうも考えた。
**
余談になるが、この世界には冒険者やギルドのような職や組織は存在しない。
魔法もなければ、魔物もいない。
獣人族は無意味な争いをしないこともあり、基本的に治安も非常に良い。
王家も貴族もいないこの国には、武芸的な職は衛兵か警備隊くらいしかない。
また、15歳で成人すると、普通に仕事に就き、収入を得なければならない。
ただし、第三次産業は厳しく規制されているため、地球的な職種は少ない。
当然ながら、サラリーマン的な仕事などない。
聖殿の神官や医術師はこの例外だが、この類の職種は少ない。
獣人族中心社会であるため、第一次産業と第二次産業の仕事がほとんどだ。
それは龍人であっても同じ。
龍人たちは居住地で猟をし、田畑を耕す。
**
焼却作業の最終日のお昼までに、大多数の虎人たちが作業を終えた。
焼却中の一山を残して、虎人たちは帰り支度を始めた。
ミリカら守人四人も同様である。
虎人たちよりも足の遅い四人は早めにここを発たなければならない。
エイスは虎人たちともかなり仲良くなっていた。
彼は帰り支度を始めた虎人たちのところへと向かい、謝意を表した。
それからしばし歓談し、マッチョ軍団に別れの挨拶をした。
エイスが三巫女のところに戻ると、そこにミリカ、リイラ、シーリャ、ローシャの四人がやってきた。
どうやら最後の挨拶にやってきたようだ。
しかも、山荘内にいるイストアールへの挨拶よりも先にだ。
四人はいきなりひれ伏し、ミリカとリイラの二人が謝罪と謝意を述べた。
代表として話すミリカの表情は真剣そのもの──ちょっと近寄りがたいほどに。
ミリカは焼却作業に参加し、この数日間で自らの非力さを痛感した。
龍人エイスの力は、彼女の価値観と常識を根底から打ち崩した。
そして何より、同年代の三巫女の力を目の当たりにして、真の神官級の実力を思い知らされた。
それがミリカにとってメガトン級の決定打になった。
ミリカは最後にこう話して、他の三人を驚かせた。
「国に戻りましたら、聖殿が本来あるべき姿に戻るように努力いたします。
そして、それが簡単には運ばないことも重々承知しております。
それでも、獣人族とともに国を支えていきたいと思います」
この話には三巫女も仰天した。
彼女たちはイストアールの側近だけに、リキスタバル共和国の内情をよく知る。
「そんなことをしたら、町から追放されるかもしれません。
茨の道に踏み込むことになりますよ」
「はい。
噂程度ですが、そうなった人たちがいることも知っております。
ですが、これまでその詳しい理由までは知りませんでした。
父もそれについては触れたがりませんから……。
ただ、ここにきたことでその理由も分かりました」
西の守人族は非常に閉鎖的かつ排他的な社会を形成した。
そして、その社会を脅かす者に対して激しい拒否反応を示す。
「これを契機に、私は一人の守人として生きてまいります。
幸いなことに、私は共和国以外の国籍を得ることもできます。
戻ってから、家族と話し合います」
西の守人族の中にも現状に異を唱えた者たちはいた。
少数だが、自ら町を去った者、そして町から追放された者たちも過去にいた。
共和国内で反主流派として迫害されると、町に住み続けることは難しくなる。
そうなれば、町から遠く離れた本道の聖殿か聖堂に職を求めるか、国外に移住するしかなくなる。
「そうですか。
あなたはその道を選択されますか」
「はい。
家族には申し訳ありませんが……
知ってしまった以上、それをなかったことにはできません」
エイスはその会話を黙って聞いていた。
ミリカの気性を考えると、帰国した後に一波乱起こすだろう。
ただ、いずれにしろ、ミリカの選択だ。エイスがとやかく言う筋合いのものでもなかった。
『最悪、他国に移住すればいいさ。
普通の守人として生きようとするなら、何とでもなるはずだ』
『共和国から移住できるのか?』
『西の守人族の考え方のままだと、難しいだろうな。
だから、普通の守人として生きようとすることが大前提になる。
まぁーあくまであいつが本気なら……の話だがな。
──その時は獣人族が必ず門戸を開いてくれる』
獣人たちは寛大だ。
イストアールは、その獣人族を支えることこそが守人の役目と説いていた。
アルスはミリカについて「少しだけ見直したぞ」と話し、いつものように笑った。
**
その後に、シーリャとローシャが二人だけでエイスのところにやってきた。
もちろんもう一度挨拶にきたのだが、二人の目には熱烈なハートマークが浮かんでいる。非常に分かりやすい二人である。
エイスは面倒事にならないように注意しながら、二人に応対することになった。
お昼過ぎに、守人四人と虎人女性たちが帰路に就いた。
もちろん、エイスは三次元俯瞰視で周囲の安全確認を済ませていた。
賑やかな集団が去ると、大滝周辺には久しぶりに静寂が戻ってきた。
滝下から落水音が響いてくるのだが、それが少しも気にならない。
エイスにはそれが小鳥たちのさえずりと同じに聞こえた。
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