12 点爆炎


 焼却作業が始まってから三日が経過し、明日には焼却作業も最終日を迎える。

 二日目からエイスは焼却作業には加わらず、残骸処理だけを行うようになった。

 それまでの時間、彼は滝上の湖畔で鍛錬を続けた。

 元々それが目的だ。


 肉体的な鍛錬を午前中。そして午後からは術の訓練に取り組む。

 この基本メニューに変わりはない。

 なのだが、昨日の午後の途中から、エイスは湖畔に鎮座する5m級の大岩の上に座り込んでいた。

 彼はそこに座って、岩の上から水中を見つめ、何かを試行錯誤している。

 もちろん遊んでいるわけではない。


『なぁーエイス……。

  これはさすがに無理というか、無謀すぎないか。

  それに、おれにはこういう術が必要になるとは思えないんだ』

『アルスはそう思うのか……。

  ただ、これができるようになると、新たな可能性が生まれると思うんだ』

『いやぁ……おれにはそう思えない。

  そもそも該当術がないってことは、今まで必要とされてこなかった。

  そう考えることもできるんじゃないか。

  おれにはあまり実用性の高い術には思えないんだが』


 今エイスが取り組んでいる術について、アルスはどうやら否定的な立場のようだ。

 アルスの見解にも一理ある。

 ────必要ないから、存在しない。


 エイスが今取り組んでいるのは、新術の開発──に近いもの……?

 実は、別に新しい術でなくとも構わない。

 彼の目的を満たす術があれば、それを使う。

 だが、アルスに聞いても、イストアールに聞いても、その術は存在しなかった。

 アルスは脇に置いても、イストアールが知らないとなると簡単には探せそうになかった。それで仕方なく、彼は解析中の遺伝子情報の中から、応用できそうな術を探っていた。

 つまり、まだ開発以前の段階──絶賛、暗中模索中。


 彼は脳内と遺伝子を解析し、これまでにも様々な情報を引き出してきた。

 それはこの星で彼だけが有する特技。──いや、能力。

 彼が受肉した際に体組織や外形を最適化できたのもこのおかげだ。

 ただ、これらの遺伝子情報は非常に断片的。不完全な情報が大多数だ。

 それらをそのままの状態で参考にできるわけではない。

 そのため、彼の脳内では常にこの解析とシミュレーションが行われている。

 彼は今回の目的に合致しそうな術情報を探りながら、試行錯誤を重ねていた。


 今、彼が開発を目論む術

 ──水深5m以上を泳ぐ魚を直接攻撃する。


 実は、特記すべきほどの術ではない。

 「えっ、そんな単純なこと?」と問い質されそうなものである。

 それで、アルスもそう騒いでいるのだ。


 ところが、これが意外なほどに難易度が高い。

 実は、既存の雷撃系術と火炎術ではこれができない。

 また、拡散攻撃である電撃はそもそもこの対象にならない。


 地上から水中への攻撃は難易度が高い。

 水中への雷撃でも、標的が大きければ、命中させられる。

 だが、雷撃は水中で直進しない。不規則に変化する。

 5m以上の深さを泳ぐ魚を雷撃系術で狙い撃つのは至難の業。

 しかも、水中放電により雷撃の威力は大きく低下し、射程も伸びない。


 エイスは雷撃攻撃術の中でも、強力かつ命中精度の高い雷芯撃ザイドを使ってみた。

 雷芯撃ザイドは非常に直線的なプラズマ攻撃。

 攻撃対象を突き抜けながら、強烈なスパークを発する。

 雷撃系術の中でも最上位術の一つ。

 雷芯撃ザイドは地上なら遠距離であってもかなり正確に標的を撃ち抜ける。


 それでも、水中への攻撃では、20cmほどの魚を正確に狙い撃つのも難しい。

 また、高電圧の雷芯撃ザイドを撃つと、水面付近で小爆発が起こる。

 出力を抑え気味にすると、途中で微妙に曲がってしまう。

 エイスの脳力を以てしてもこの誤差は修正しきれない。

 水中への雷撃は不確定要素が多過ぎて、扱いが難しかった。


 ここでの焦点は精度。魚を仕留められればいいわけではない。

 単純に魚を痺れさせるだけなら、難しいことではない。

 ここでの焦点は、正確に水中の標的を狙い撃つこと。


 火炎が論外なのは、誰にでも分かること。

 バロムで水蒸気爆発させて、その衝撃で水中の魚を木端微塵にするのなら、話は簡単だ。

 ただ、それは目標とはかけ離れたやり方だ。


 エイスがこの目的において、ここまで最も正確にそれを達成できたのは……。

 あろうことか、一本引きもりだった。

 つまり、槍。


 エイスの脳力と身体能力なら、5mの深さを泳ぐ魚でも正確にヒットできた。

 彼の力なら水深15mくらいまでかなり正確に捉えられる。

 ここまで試した中で、最も目標に近い成果が出せたのは、物理攻撃だった。


 龍人術、聖守術、守人術を総動員しても、銛での魚突きに敵わなかった。

 雷撃を使えば、一度に数十匹の魚を簡単に感電死させられる。

 だが、たった一匹をピンポイントで撃ち抜くのは本当に難しかった。


 エイスはそれをどうにももどかしく感じた。

 それだけのこと。


『銛でも同じだろう。

  おれには水中攻撃が必要な場面を想像できない。

  これはさすがに時間の無駄だろう』


 アルスの意見は御尤もだ。

 なのだが、彼はそのためだけに新術の開発に挑戦していた。

 究極的には別の目的があるのだが、水中標的への正確な攻撃術の開発。

 初志貫徹。それに挑戦していた。



        **


 同日の夜、エイスは夕食後も一人湖畔へと出かけ、また大岩の上で瞑想していた。

 虎人たちの見張りも滝上の湖畔にまでは目を光らせていない。


 彼は瞑想しながら、脳力を総動員して解析とシミュレーションを繰り返していた。

 ここまで、彼の目的に合致するような術も、手がかりも、まだ見つけられてはいなかった。

 該当術はないかもしれない。

 少なくとも、脳内からその答やヒントは探し出せなかった。


 だが、温泉に入っていた時に閃きが走った。

 着眼点を変えて、既存の術の発動法そのものを変えられないものかと。

 彼はやや原点回帰的にそう考えた。


 それから、彼は岩上で二時間近く瞑想を続けた。

 その間に彼の脳内では多数の術の解析とシミュレーションが繰り返された。


 ここで彼が焦点を当てたのは、「術発動」の過程。

 誰もが感覚的に行っている術の発動プロセスを詳細に再解析していた。

 エイスは元々術の発動方法を誰よりも精査し、最適化していた。

 それが彼の術力の高さの理由の一つでもある。

 しかし、この解析作業は脳内にとどまらず、末梢神経や細胞の活動レベルにまで及んだ。


『術発動の過程をさらに詳細に解析……。

  なにを訳の分からないことを言ってるんだ!?

  これまでにもいい加減やってきただろうに』


 アルスからは、また「時間の無駄」と一笑に付された。


 それでも、一時間後に彼はある結論に達した。

 彼の目的に合致するのは、電撃でも雷撃でもない。彼はそう確信した。

 ────それを可能にするのは、火炎術。


『お、おい……、水中に火炎術はダメだろう。

  魚を茹で殺すのか?

  水蒸気爆発で吹き飛ばす気か?』


『いや、そのどちらでもない』

『どちらでもないって……、どうする気だ?』

『火炎ではなく、炎玉えんぎょくをつくる』

炎玉えんぎょくって……。

  そのままの意味なのか?

  なぜ……玉なんだ!?』


 エイスの狙う新術とは、アルスとの会話に登場した通りだ

 ──炎玉えんぎょく

 火炎を標的に放出するのではなく、小さな炎の玉をつくるだけの術。


 エイスは岩上に座ったままの状態でその術を発動しようとする。

 誰かに合図を出す必要もないため、手を掲げたりもしない。


 その術の脳内シミュレーションは既に完了していた。

 想定通りであれば、炎玉が現れるはずだ。


 ────15m先の空中に、眩い光が現れた。


 8cmほどの大きさの光り輝く玉。

 その球体が明るく周辺を照らす。

 それは、まるで小さな太陽。

 ──単に非常に明るい電球と呼べなくもないのだが。


「よし!」


 エイスにしては珍しく、そう声を発した。

 反対に、少し期待しながら見ていたアルスは、失望したようだ。


『お、おーい……。

  なんだ、それは!

  光灯術とほとんど変わらないじゃないか。

  それのどこが「よし」なんだ?』

『いや、これでいいんだ!

  ここからが本題だ』


 彼はそう話してから、その炎玉を30m先に移動させ、破裂させた。

 その周囲5mくらいに猛熱の白炎が飛び散った。

 その熱で水面から凄まじい量の水蒸気が発生し、軽度の小爆発も起こった。


『おい……、今のは炎を凝縮した玉だったのか?』

『ああ、そうだ。

  あれに迂闊に触れると大変な目に遭うぞ。

  ただ、もう少し距離を伸ばすには、もう少し凝縮しないといけないようだ』

『まだ凝縮するのか?』

『ああ、ある程度小さくしないと、上手く扱えないんだ』


 そう話してから、エイスは再度その術を発動する。

 今度は約30m先の湖上に炎玉が現れた。

 大きさが5cm大に小形化している。

 それを確認してから、彼はまたその玉を破裂させた。

 ストロボが光ったかのように辺り一面が輝き、炎に包まれた。

 ババ、バシューッ──大きな音ともに、水面から大量の水蒸気が再び舞い昇る。

 水面の数か所で非常に軽度の小爆発も起こった。


『玉の大きさは小さくなったが、同じ熱量ということか……。

  それで、あれをどう使う気だ?』

『実験はほぼ成功だ。

  もう少し小さくできれば、60m以上離れたところにも出せるだろう』


 アルスは解説ではなく、その応用方法が知りたかった。

 エイスはようやくその用法を明かす。


 エイスは俯瞰視から水深20m辺りを泳ぐ1m級のナマズを見つけた。

 そこに焦点を合わせる。


 次の瞬間、湖底付近でストロボが光ったような閃光が煌めいた。

 その直後、ブシャーン……という轟音とともに、少し遅れて水面に巨大な水泡群が現れ、大きく弾け飛んだ。

 湖底で小規模の爆発が起こったのだ。

 ナマズのいた湖底付近は惨劇だ。


 アルスはそれを見て、エイスのこの術の用法を理解した。


『お、おまえは湖底であの炎玉を発動したのか……』

『そうだ。水中で術を発動したんだ』


 エイスの新術は、単に炎を凝縮した炎玉をつくるだけ。

 なのだが、それは術の発動法を根底から覆した。

 彼はターゲットの体内で術を発動させたのだ。


 実際に、その炎玉の発動点はナマズの体内だった。

 そこにいきなり2cmサイズの炎玉が現れたのだ。

 その炎玉の炎温は4000℃超に達する超高熱。

 その猛熱により、ナマズの体内の一部が瞬間熔解し、水素、酸素、可燃性ガス等が発生した。

 そして、それらが小規模な爆発を起こしたのだ。


 エイスは雷撃系術を得意とする。

 雷撃系術は発動時間も短く、足も速い。しかも、ピンポイントに狙い撃てる。

 だが、エイスでも雷撃系術の発動地点が遠くなると、緻密な制御は難しくなる。

 裏を返せば、雷撃系術も発動点が近ければ、彼は自在に制御できるということ。

 雷撃系術の長所は、同時に短所でもあるのだ。

 火炎術はほぼその逆の特性を持つ。エイスはそれを逆手に取って、発動法や発動点を操ることができる。

 灼熱火炎ロアル竜炎バロムの発動地点や形状を自在に操れるのも、それが理由だ。


『こんなデタラメな話は聞いたことがないぞ!』


 アルスはそのあまりに非常識な術法にそうコメントするしかなかった。


『雷撃でもなく、火炎でもなく、炎玉を発動するのはそういう狙いか……。

  よくそんなアイデアを思いついたものだな。

  感心したぞ!

  なら、術の発動地点を自由に操れる……ということか?』


『いや、完全に自由にというわけじゃない。

  炎玉を小さくするほど、発動点の距離を伸ばせる。

  もう少し練習と経験を積まないことには距離を伸ばせないかな』

『今、どのくらいの距離までなら使えそうなんだ?』

『もう少し慣れてくれば、おそらく100m圏内までなら何とかいけそうだ』


  つまり、現状の有効射程は100m。


『ところで、これって地中にいる標的でも狙えるのか?』

『基本的にはできるはずだ。

  俯瞰視を使って、狙った位置で直接発動できるからな。

  ただ、特に何もない地中だと水蒸気爆発や水素爆発は起こらないだろう。

  その場所の水分や含有物によって結果が変化するはずだ』


『──うん!?

  ちょ……ちょっと待て。

  これって壁とかの裏へも直接攻撃できるわけか?』

『そうだ。

  それも応用方法の一つだ』


 その通りだ。

 それもエイスの新術開発の狙いの一つだった。


 この攻撃術は、基本的に防御できない。

 止める方法がないのだ。防御不能!

 照準点にいきなり炎玉が出現する。

 壁の陰に隠れても無駄だ。


 ただし、炎玉を破裂させてもその攻撃範囲はせいぜいその5m圏内。

 威力は高いが、攻撃範囲は狭い。

 だが、場所や障害物等を無視して攻撃可能だ。

 とは言っても、それだけの攻撃術ではない。

 炎玉の周囲に熱や強烈な電磁波に反応する物質があれば、二次爆発が起こる。

 そこもポイントだ。


『はははっ……。なんだ、それ‼

  無敵技じゃないか。

  えっ!? ま、待て……。

  他にも応用法があるってことか?』

『ああ、その通りだ。

  この応用方法は多岐にわたる。

  でも、とりあえずこの術を使いこなさないことには話にならないけどな。

  先ずは、距離100mと発動時間0.5秒以内を目指す。

  最終目標は距離300m。発動時間も0.1秒くらいだ』


 そうこうしていると、周囲に八人の虎人たちが周囲に現れた。

 湖で爆発音と水煙が上がっているのに気づき、彼らは様子を窺いにきたのだ。


 湖面には大量の魚や大型ナマズが浮いている。

 湖底付近での爆発でショック死や失神した魚たちが浮き上がってきたのだ。

 エイスは夜漁だと説明して、虎人とともにその魚を一緒に集めた。

 エイスと虎人たちはそれを分け合い、持ち帰ることにした。


 虎人たちはどこか腑に落ちない様子だ。

 だが、山盛りの魚をもらえた。

 魚を袋に入れると、それを担いで、嬉しそうに帰っていった。


 ちょうど頃合いだ。

 エイスはそう考えて、この夜の訓練をそこで終えた。

 彼も大量の魚の入った袋に抱え、山荘へと戻っていった。


 後日、アルスによりその新術は「点爆炎メルーラ」と命名された。

 ────その後に、進化バージョンの点熔爆炎メルロアも開発される。


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