11 空中の火炎渦
滝下の砂地の三か所でミギニヤ焼却の下準備が整った。
全十か所での焼却予定だが、その準備が整ったのはまだ三か所だけ。
焼却用櫓の最下層には森から運んできた丸太や木々を敷き詰めてある。
そこに20~25体ほどのミギニヤの屍を積み置き、また木々を敷き詰める。
その上の中層と上層に各10~15体ほどの屍を積み置く。
これが毒煙の発生を最小限に抑えるための櫓積みによる焼却方法である。
イストアールによると、ミギニヤの焼却はその初期段階に大量の毒煙が発生する。
それを抑制するために、今回は四人を東西南北的に四方に配置する。
東西からエリルとリーロが中上層の木々とミギニヤを
同様に、下層部を南北からミリカとリイラが
合計四人の火炎術で囲い込むようにして焼却する。
上方の火炎術を三巫女が担うのは、下から発生する毒煙を強い炎で燃やすためだ。
下層の一次燃焼から生じる有毒煙を、上層のより強い炎で二次燃焼させる。
毒煙の発生が終わる頃には、肉から滴り落ちた油で勝手に燃えるようになる。
その段階になれば、火炎術を解き、以降は丸太を追加しながら燃やしていく。
ただし、これだけの段取りをしても、毒煙は多少なり漏れて出てしまう。
そこで、アミルが守人術で風を操り、川下の安全な方向へ煙を逃がす。
この段取りを聞いて、ミリカとリイラの二人の額から大粒の汗が流れた。
二人はこの具体的な段取りも知らないまま、自分たちだけで焼却作業を進めようとしていたのだ。
おまけに、風術が使えるのはリイラ一人だけだ。
二人は自らの無知無策を今さらのように自覚し、滝のような汗を流していた。
*
各担当者が所定の位置につき、焼却作業の準備が整った。
作業中だった虎人たちも一時的に手を止めて、その作業を見つめる。
焼却作業の開始直後から、三巫女の守人術能力の高さが示された。
両掌の8mほど前から高熱の
エリルとリーロが両方向から巨大な
ただし、二人の
下層を担当するのはリイラとミリカ。
ただ、二人の
二人は懸命に術力を上げて、エリルとリーロのように屍の山を挟み込もうとする。
だが、それでもやはり熱量が不足している。
下層部の全てを高温の炎で包み込むことができない。
その影響により屍の山の下層部から蒼黒い煙が発生する。
その煙をエリルとリーロの
それでもわずかに上空へ漏れ出る毒煙を、アミルが風術で拡散させながら、安全な方向へ流していく。
彼女は滝周辺の風向きを読みながら、毒煙を巧みに処理していく。
緊張感をともなうこの初期段階の焼却作業は十五分ほど続いた。
そこを過ぎると、屍から水分が抜けて、毒煙の発生量が収まっていった。
しばらくすると、屍の山が自焼し始めた。
ミギニヤの肉から大量の油が滴り落ち、炎の勢いがどんどんと増していく。
櫓が静かに崩れ、上中下の三層が一つ山になった。
「ふーっ。
これで大丈夫でしょう」
そこで、エリルとリーロがようやく火炎術を解いた。
それを見て、ミリカとリイラの二人も術を解いた。
この状態から時々薪代わりの乾燥木を足しながら焼いていく。
イストアールが細かい指示を周囲の虎人たちに出している。
屍が完全に燃えきるまでには、これから5時間近くもかかる。
さすがに、エリルとリーロにも疲れが見える。
十五分も
エイスたちのところに戻ると、椅子に座り、すぐに甘めのお茶を口にした。
糖分補給だ。
ミリカとリイラはそれ以上に消耗したようだ。
少し離れた場所からの
それは二人にとって初めての経験。強い倦怠感と片頭痛が襲ってくる。
それを見てイストアールが笑っている。
「これは一時間くらい休憩させないといけないようだのぉ……」
三巫女は三十分の休憩で作業を再開できそうだが、ミリカとリイラは無理そうだ。
イストアールの言った「一時間」でも厳しそうだ。
ミリカとリイラがその状態では、中位下級のシーリャとローシャに出番はなさそうだ。
仕方なく、イストアールは次の焼却では下層部をミリカ、リイラ、シーリャ、ローシャを四方に配置する案も検討した。
ただし、そうなると合計六人での焼却処理になる。
そうすると、火力の総量は上がるものの、多方向からの炎と炎温の差から生じる乱流渦を予想し難くなる。
結果的に、上方の
それでは上中層焼却担当の二人に過剰な負担を強いることになる。
さすがにイストアールもそこまでしてシーリャとローシャに練習機会を与えようとは考えなかった。
そして、彼がそう判断を下そうとした時だった。
「イストアール、シーリャとローシャはおれが面倒をみよう。
この休憩時間の間に二人の練習を済ませる」
イストアールの様子を見て、エイスがいきなりそう提案した。
エイスがシーリャとローシャの方を向き、二人に話しかける。
「シーリャ、ローシャ。
せっかくだから、おまえたちにも作業をやってもらおう。
おれが一山だけ処理を手伝う」
エイスにいきなりそう声をかけられた二人の背筋がピンと伸びる。
術力不足のうえに経験不足の二人ができるような仕事はなさそうだった。そのせいか、彼女たち二人はすっかり油断していた。
イストアールや三巫女らも驚いている。
「私たち二人では力不足でお手伝いもできないかと思います。
私たちはまだ
「
「は、はい……。
ただ、
「まぁ、そうかもしれないが、それならそれで方法はある」
三巫女がそのやり取りを聞いて、自分たちが代わると進言しようとした。
その時に、イストアールがスーッと手を横に伸ばして、三人のその動きを制した。
彼は何やら非常に愉快そうな顔をしている。
「ここはエイス様にお任せしよう」
イストアールも、エイスが何を考えているのか、それを見てみたいのだ。
三巫女も制止されて、その意図を察した。
エイスはシーリャとローシャの二人を連れて、次の焼却場所へ移動する。
その後ろをイストアール、シルバニア、三巫女が付いて歩く。
ミリカとリイラも重い足取りでその後を追う。
*
エイス、シーリャ、ローシャの三人は次の作業場所に到着した。
そこにもミギニヤの櫓積みの山が既にできていた。
エイスはともかくとして、シーリャとローシャはかなり不安そうな顔をしている。
(この二人の術力だと10mくらいの距離が限界だろうな。
そうなると……)
エイスは二人に別々の立ち位置を指示した。
「ちょっとそこで待っていろ。
これから上空を燃やすが、それに怯えるな。
それを合図にして術の準備をしろ」
その指示を聞いて、周囲の観客たちはその「上空を燃やす」に驚かされた。
そして、その真意について思いを巡らす。
エイスは二人にそう指示してから、一人で屍の山からさらに距離をとる。
山まで20mほどの距離で足を止めた。
(記憶がかなり曖昧だな。
確か、サイクロン吸引……だったかな)
こういった断片的な記憶しか持たない自らを自嘲した。
そして、いきなり右手を掲げて、屍の山のさらに上方へと向けた。
それは周囲への合図のようなものだ。
いきなり
だが、それは通常の
25m級の火炎渦なのだが、炎はその外周だけを竜巻のように回り、中空状態になっている。
しかも、最下層(地上側)が広く、そこから上層に向かって徐々に渦幅が狭くなっていく。最上部の渦幅は5mもないだろう。
炎は上向きに回転しながら、逆竜巻のような形状になって宙に浮かんでいる。
──火炎渦の起点は屍の櫓積みから50m近くも離れている。
屍の櫓積みの上空に巨大な
傍で見ていた守人たちが唖然としながら上空を見つめる。
それは攻撃術ではない
上空にただ浮かぶだけの火炎渦など誰も見たことがなかった。
「いいぞ、シーリャ、ローシャ。
屍を焼いていけ」
エイスからそう指示されて、シーリャとローシャの二人は
左右からの10m級の
その炎では櫓全体を炎で覆うことはできない。
だが、二人にはそれで精一杯だった。
二人から放たれた
だが、火力不足のうえに、その炎温も十分ではない。
最初は分厚いミギニヤの外皮に阻まれ、屍が焼ける音すらもしない。
だが、表層の一部が焦げ落ち、内部の肉に炎が直接触れるようになった。
──途端に猛烈な毒黒煙が発生する。
屍の数が多いせいか、一気に大量の毒煙が吹き出てきた。
「気にするな!
いいから続けろ!」
エイスは二人にそう檄を飛ばした。
二人はその檄に応じ、さらに術力を上げる。
実戦を想定すると、彼女たちはミギニヤを焼き倒すつもりで臨むしかなかった。
目の前の屍の状態から見ても、二人は最大火力で挑むしかない。
そして、その火力の上昇に応じるかのように毒煙が猛烈に噴き出してきた!
大量の毒煙が上へと昇っていく。
ところが、その大量の毒煙は渦を巻きながら、約50m上空に浮かぶ火炎渦の方へ吸い上げられていく。
吸い上げられた毒煙はその火炎渦の中で猛熱に晒される。
どす黒い煙が猛熱の火炎の中で再燃焼し、無色化していく。
まるで換気扇に吸い込まれるように大量の毒煙が昇り、炎渦の中に消えていく。
イストアールを含む、そこにいる守人たちは茫然とそれを見つめる。
(なんということだ。
あれほど遠くに火炎術を発動できるとは……。
しかも、
シルバニアはそれを冷静に観察しようとするものの、自身が多少興奮しているのも分かった。
(これは……信じられないわ。
自在に炎の発動点と終点を操作できるということなのかしら。
こんなこと……お父様にはできなかった。
これをできた術師って……。
文献上でも過去に一人だけしか思い当たらないわ。
ただ、それも文献中の話であって実際にできたのかどうかまでは……。
それに、これは逆形状の竜巻になるように炎渦を操っておられる。
その状況はそれから二十分近くに渡り続いた。
突然、シーリャとローシャの二人の
二人はこれまでこれほど長く火炎術を発動し続けたことがなかった。
まだ術制御に未熟な二人に術消耗の疲れが一気に襲ってきたのだ。
「エイス様、シーリャとローシャの限界が近くなってまいりました。
二人には休息が必要です」
傍で見ていたシルバニアがエイスにそう声をかけた。
「そうか。
それではこの辺りにしておこう。
シーリャ、ローシャ、もういいぞ!
後はおれが処理する。
下がって、休憩するといい」
エイスのその指示を聞いて、二人は安堵の表情を浮かべ、
二人は後方に移動し、そこでしゃがみ込んだ。
直後に、まだ毒煙の発生する屍の山に、上空の
その火炎渦はゆっくりと地上に接し、焼却櫓を包むように周囲を覆った。
その猛熱により、燻っていた屍の山全体が一気に焦がされていく。
見る間に水分が蒸発し、屍の山の内部から炎が噴き出してきた。
「みんな、もっと後退してくれ!
一気に焼却する」
その指示を聴いて、守人たちが慌てて後ろに移動した。
水分蒸発を確認したエイスは、その状態のままで発動術を切り替える。
それと同時に、屍の山の斜め上方の左右両側から別の火炎渦が噴き出してきた。
その炎は
輝くような強烈な光を発している。
エイスはいきなり二つの
それはわずか数秒間の出来事。そのわずかな間に火炎術が切り替わった。
逆竜巻形状の
二つ
それはイストアールでさえ初めて見るものだった。
(攻撃術を複数同時発動するなどこれまでに見たことがない。
過去にお一人だけそれができたことにはなってはいるが……
それでも
しかも、数秒間だけだが……三つの術が発動されておった。
龍人様であっても、
それからわずか一分強ほどで、エイスは焼却を終えた。
そこにあった全ては白灰と化し、その猛熱によりその周囲も熱され、真っ赤になっている。
そして、両親ともに龍人であるシルバニアだけがある事実に気づいた。
(エイス様の
まるで雷撃のような炎……
いいえ、光線に近い炎
──だから、あんなに簡単に全てが灰になった?)
それは彼女にしか認識できない違いだった。
イストアールでさえその識別眼は持っていなかった。
戻ってきたエイスの様子を見て、三巫女はさらに驚かされた。
エイスに疲れや術消耗の様子がないのだ。
彼は疲れでしゃがみ込んでいるシーリャとローシャの二人の側に立った。
「どうだった?
少しは練習になったか」
「は、はい。
自分たちに今できること、そして限界を確認できました。
貴重な経験でございました。
ご配慮をいただきまして、ありがとうございます」
シーリャとローシャはそうお礼を述べて、深々と頭を下げた。
よほど消耗したのだろう。汗びっしょりで顔色も良くない。
ただ、ここに着いてから仕事らしい仕事をしていなかった二人は、それでもどこか嬉しそうだ。
*
結局、エイスが一山分の焼却作業を行ってくれた。
これでミリカとリイラは十分な休憩をとることができた。
三巫女とともにもう一山分の焼却を終えられた。
夕暮れ前に、エイスがその残骸を
三巫女は生まれて初めて
普通、ミギニヤの櫓積みを焼却処理するのには5時間近くかかる。
それが、わずか一分強ほどの
しかも、近くにあった大岩の側面が少し熔け出していた。
それを見て、三人はただただ感動した。
この日、三巫女(と補助二人)で二山を焼却した。
エイスが焼却してくれた山も合わせると、三山を処分できた。
残る屍の櫓積みは七つ山分。
一日に三山か二山を処理し、残り三日で作業を終えられるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます