09 最強種族の威光


 三巫女のエリル、リーロ、アミルは非常に優秀だ。

 事件現場を見分し、別の観点からここへの再襲撃の可能性を既に推測していた。

 蛇人アーギミロアは既に共和国へ移送されたが、敵がここを襲撃してくる可能性はゼロではない。

 敵は少なくとも作戦の成否を確認にくるはずだ。

 そして、戦力的にまだ余力があるなら、襲撃失敗の挽回を狙うかもしれない。

 ここにイストアールがいることを知れば、襲ってこないともかぎらない。

 彼女たちはそう考え、今ここでの最善手を導き出そうと熟慮していた。


 幸運なことに、体力回復の途上とはいえ、ここにはエイスがいる。

 彼だからこそダミロディアスとミギニヤの群れを殲滅できたのだ。

 そして、その彼がここで落ち着いているからには、差し迫った脅威を怖れる必要はないだろう。

 それはイストアールのほろ酔い具合も裏付けている。

 三巫女はそう結論づけた。

 そうであれば、すべきことは明白だ。


「イストアール様。

 念のため、明日早朝にでもコンフィオルへ伝鳥を送り、特別衛兵隊をこちらに呼びましょうか?」


 リーロは、今晩だけならエイスと自分たちだけでも対処可能と考えた。

 600体以上の毒大蛇を失い、それでもまだ敵に十分な余力があるとは考え難い。

 外には五十人ほどの虎人たちもいる。

 虎人たちも夜襲に警戒して、交代で警備をしてくれている。


 その質問に答えたのは、イストアールではなくエイスだった。


「いや、その必要はない。

 敵がここを襲ってくることはもうない」

「それはどういうことでしょうか?」

「今日の午後、山の中腹辺りに敵の諜報員たちが来ていたからな。

 面倒だから、脅して追い返しておいた」


「ええっ!? やはり敵の諜報員たちがきていたのでございますか?」

「ああ、望遠鏡でこちらの様子を窺っていた。

 だから、竜炎バロムで盛大にダミロディアスを焼いて、脅しておいた。

 それを見て、慌てて逃げていった」


 それを聞いて、イストアールが大爆笑する。

 三巫女とシルバニアも笑いだした。


 ミリカらはその時のエイスとのやり取りを振り返り、ようやく彼の行動とその狙いを理解できた。

 彼女たちは顔から火が出るほど恥ずかしくなった

 ──穴があったら入りたかった。


 ただ、リイラにはそれについて少し難解な点もあった。


「皆様、無知な私にご教授をいただきたく、お願いいたします。

 なぜ敵の諜報員たちはエイス様の竜炎バロムを見て逃げだしたのでございますか?」


 イストアールはそのリイラの質問を聞き、リキスタバル共和国の守人族指導者たちへの不信感をさらに募らせた。

 このリイラの質問から西の守人族の社会環境的な問題の根深さが垣間見えた。


 共和国内は獣人族が人口のほとんどを占める。

 旧リキスタバル獣王国領内に龍人は一人も住んでいない。

 共和国領内には三家族いるが、その居住地はミクリアム神聖国の国境近く。

 その龍人たちは居住地が共和国領になったことさえおそらく知らないだろう。

 これに加えて、西の守人族社会は非常に強い龍人コンプレックスを抱える。

 このため、龍人族について語りたがらないのだ。

 その影響もあって、若い守人たちの龍人族に関する知識が乏しい。

 ミリカとリイラらもそうだ


 エリルが代表してそれに答えることにした。


「それは簡単なことです。

 エイス様は龍人術の使い手がここにいることをあえて知らされたのです。

 龍人に対して攻撃してくるのか

 ──そう諜報員たちに警告されたのです」


 リイラ、シーリャ、ローシャの三人はその説明でもまだピンとこない。


「まぁ……なんてことでしょう」


 その反応を見て、エリルから思わずそう声が漏れた。


「これは驚きました……。

 どうやら龍人様に関する基本常識に欠けるようですねぇ。

 あなた方は聖殿の師職に就いているのですよね?」

「あっ、はい。

 そうでございます」

「そうであるなら、龍人様についての勉強不足などあってはならないことです」


「はいっ?

 それはなぜでしょうか」


 リイラにはそのエリルの話の主意を理解できなかった。

 これに三巫女が仰天する。


……ですか⁉

 これは驚きました。

 ──聖殿と聖堂は竜様と龍人様を崇める者たちの拠点なのですよ」


「「「ええっ⁉」」」

 ミリカを除く三人はそれを聞いて驚いている。


「な、なにを驚いているのですか……。

 あなた方は聖殿をどういう場所と考えているのですか?」

「聖殿は、われわれ……守人族の拠点であり、

 守人族を崇める者たちが集うための場所のはずですが……。

 ええっ……、ミリカ、そうじゃないの?」


 リイラはミリカに助け舟を求めるかのように、そう尋ねた。


「リイラ、これはエリル様が仰ったことが正しいの……。

 聖殿は本来そういう場所なのよ。

 でも、共和国内には竜様も龍人様もおいでにならない。

 だから、リイラの思っているような現状になってしまっているの」

「えっ……、でも、私は学校で説明を受けたわよ。

 だったら、聖殿に寄金してくれている獣人たちに嘘をついていることになるわ」

「ああーっと……

 それはねぇ。実は、逆なのよ……。

 リイラの方が間違っているのよ。

 そのぉ……、獣人たちは竜様や龍人様に寄金しているの」


 リイラ、シーリャ、ローシャは同じ基礎学校師を修了した。

 三人はミリカの話に唖然とする。

 ミリカだけはその実情を知っていた。

 共和国内の聖殿や聖堂の実情は、リイラの話した通りの状況。

 だが、獣人族に向けては他国の聖殿と同じ体裁を装っているのだ。


 これには三巫女もかなり驚かされたようだ。

 エリルは信じられないといった顔をしている。


「イストアール様、これは──。

 まさか聖殿の運営資金を得るためにそうしているのでしょうか?」

「そういうことだ。

 表向き、そうしておかないことには寄金が集まらんからのぉ。

 共和国の中にも竜様や龍人様の崇拝者は多いのだ。

 だから、そこの四人も一応竜様や龍人様にお仕えする者として給金をもらっておるのだ。

 まぁ建前だけじゃがのぉ。

 ただ、それは今に始まったことではない。

 以前からずっとそうしてきたのだ」


 これにはさすがの三巫女も憮然とし、大きなため息をついた。

 イストアールとシルバニアの二人はそれをよく知っているのだろう。特に表情を変えるようなこともなかった。


「エリル、その話はもうよい。

 西の守人族のその類の話はキリがないからのぉ。

 四人が龍人様のことを何も知らんと思って、少し簡単な話をしてやってくれ」


 イストアールからそう指示を受けて、エリルはしばらく考えてから口を開いた。


「エイス様、申し訳ございません。

 少し取り乱してしまいました。

 事件に関しまして、いくつかお伺いしてもよろしいでしょうか」

「別に気にしなくていい。

 それでなんだ?」

「ミギニヤにお使いになられた術は他の鳥獣や獣人族にも効果はございますか?」

「ダミロディアスにはあまり効果はなかったが、虎人には一定の効果があった」

「その虎人はどうなったのでございますか?」

「翌日まで気絶していた」


「その術は一度にどの程度の人数にまで効果があるのでしょうか?」

「まだそこまで試したことはないから断言はできないが……。

 基本的に術効果の対象は範囲であって、数ではない。

 狙った範囲にいる者たちは全てだ」


 エイスは脅鳴波ラーダムが範囲攻撃であると伝えた。


「ええっ!?

 それではミギニヤたちは……」

「ああ、あいつらは一度で全て倒した」


 イストアールも含め、これには全員が驚かされた。


「……そうなりますと、もしあそこに二千がいたとしましても?」

「それは同じ結果だ。

 それが万の数であろうと、その領域内にいれば全て倒れる」


 イストアールがまたまた大爆笑する。

 シルバニアも大笑いしている。

 二人は久しぶりに痛快感を味わった。

 圧倒的な数の暴力を一撃で弾き返す。

 それこそが、龍人が龍人たる所以だからだ。


 ここでイストアールがエリルの話を引き継いだ。


「エイス様、それはまたとんでもない術でございますな。

 リイラよ。

 『間違っても龍人様の肩をたたいてはならない』、

 このことわざを知っておるか?」

「……は、はい。

 聞いたことはございます」

「それは

 ──龍人様がお怒りになると、国が消えてなくなる。

 そういう意味だ。

 そして、それは歴史的にも事実だ」

「はっ!?

 え……ええーっ‼」


 それから、イストアールとシルバニアの二人が龍人の実伝をいくつか語った。

 イストアールは六世紀前に自らが目撃した小王国の滅亡についても話した。

 龍人居住地を攻撃され、それに激怒した三家族七人の龍人からの反撃により、わずか二十二日でその国(王家)は滅んだ。

 実は、それにはアルスの叔父にあたる龍人も含まれていた。

 アルスは「概ね事実だ」とだけエイスに伝え、その後も話を聞きながらずっと笑っていた。


 リキスタバル共和国の守人族の若者は、龍人族に関する知識に乏しい。

 何しろ旧獣王国領内に龍人はゼロ。

 そして、西の守人族の多くが強い龍人コンプレックスを抱えるために、龍人族について語りたがらない。

 西の守人族はレミロレゾン龍神国から追放されたことを今も忘れていない。

 その不名誉な過去をなんとかして消し去りたいのだ。

 ゆえに、暗黙のルールのように、レミロレゾン龍神国と龍人族について触れない。


 その結果、ミリカら四人のような共和国世代にとって、龍人は守人よりも少し格上の同種族程度の認識になってしまっている。

 最上位の守人は龍人に近い力を持つ。

 勝手にそう考えるようになっていた。

 ──無知ほど怖いものはない。


 ミリカはようやく自覚した。

 自らの龍人族に関する理解と事実の間に大きなズレがあることに。

 そして、大陸東部において龍人族の存在が戦争の抑止力として働いていることも理解した。

 彼女の額から冷や汗が吹き出し、軽い眩暈までしてきた。

 それはその他の三人も同様だった。


 そのミリカら四人を余所に、イストアールとエリルの二人が楽し気に話す。


「リギルバート王国の諜報員たちは今頃野営しているだろうが──

 ──今晩は眠れんだろうな」

「はい、わたくしもそう思います。

 国に戻っても、誤って龍人様を襲撃してしまったとは、口が裂けても報告できないはずです。

 今頃はその言い訳作りに思い悩んでいることでしょう。

 共和国を挟んでおりますので、自国への報復がないことを祈っているはずです」


 エリルはリギルバート王国諜報員たちの心理を読み切っていた。

 イストアールは愉快痛快といった顔だ。


「エイス様のおかげでこの周辺50km圏にはリギルバート王国の工作員や諜報員は絶対に近づいてこないはずだ。

 しばらくは……、いや、三十年くらいは安心だろう。

 いやはや、これはまた結構な話だのぉ」


 そのイストアールの話の直後、ミリカら四人がさっとエイスの前に歩み寄った。

 四人はひれ伏して、これまでの無礼を謝罪した。


 尤も、エイスはそもそも気にもしていなかった。

 アルスは、イストアール同様に独り言を呟きながらけらけらと薄ら笑っている。

 ただ、それはイストアールのような楽し気な笑いではなかった。

 ──それは、龍人族の宿命に対する自嘲。


 エイスは謝罪不要とだけ伝えて、すぐに四人を立たせた。

 そして、彼はここが頃合いと判断して、四人を客人棟へ帰らせた。

 さすがのエイスも西の守人族の話にはもう満腹のようだ。

 長かった彼の一日も、これでようやく終わった。



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