07 西の守人族


 エイスが薪割りと入浴を終えてダイニングに戻ると、夕食の準備がちょうど終わったところだった。

 イストアールからの指示で、共和国の四人の守人たちも夕食に同席する。

 その四人が落ち着かいない様子で、テーブルの周囲をウロウロしている。


 ダイニングテーブルの上に豪華な料理が並べられていく。

 もちろん、メインディッシュはダミロディアスの最上級肉。

 しかも、各人の皿にはフィレステーキ的に極厚な大判肉が数枚重ねられている。

 守人たちも滅多に食べられない超豪華メニュー。

 シーリャとローシャはその料理を前に落ち着かない様子だ。

 そわそわしながら、テーブルの上の料理を見ている。


 イストアールだけは既に肉をつまみにしてワインを飲んでいる。

 温泉とお酒のおかげなのか、ご機嫌はかなり良くなっていた。

 エイスはイストアールの前に座り、彼に話しかけながらワインを口にした。

 それを合図にして、山荘内で夕食が始まった。



        *


 夕食が終わりを迎える頃になると、エイスの予想通りの展開になった。

 イストアールはエイスとシルバニア、そして三巫女とともにリビングのソファーに移動した。

 そして、共和国の守人四人をその対面に座らせた。


 エイスはイストアール所蔵のワインを飲みながら、三巫女とともに謹聴するつもりでいる。

 彼はこの社会に関する一般常識と知識に欠ける。

 それもあって、守人族社会の話に口を挟むつもりなど毛頭なかった。

 ここで聞ける守人族社会の話は、エイスにとって濃厚味な酒の肴になるはずだ。

 これはアルスも同様だ。

 二世紀の間にその地域でなにが起こったのか、彼もそれを知りたかった。


 少し顔の赤いイストアールがグラスのワインを飲み干し、今度は持参した果実酒をそこに注いだ。

 その三口目を味わったところで、グラスをテーブルに置いた。

 そして、静かに口を開いた。


「共和国の守人族が『西の守人族』と呼ばれているのは知っておるな?」

「「「「はい」」」」


 四人は同時にそう返事をして小さく頷いた。

 大陸東部では、リキスタバル共和国の守人族だけを「西の守人族」と呼ぶ。

 周辺国の守人族はわざわざそう呼び分けているのだ。


「それでは、その西の守人族がケイロンとの戦いから逃れて、リキスタバル獣王国に移住したことも知っておるな」

「「「「はい」」」」

「そうか。それならよい。

 それは学校で習ったのか?」

「はい、学校でもそう習いました。

 聖殿の史書にもそのように記されております」


 ミリカの顏がなぜか少し強張っていて、口をキュッと閉じている。

 代わりにリイラが代表してそう答えた。

 ミリカを除く三人の中ではそういう序列になっているのだろう。


「そうか。

 ただ、それはあくまでリキスタバル共和国史の記述じゃからのぉ。

 では、もう一つ尋ねようか。

 亡国となったラクロバルア評議国より以前、西の守人族がどこから来たか

 ──それを知っておるかの?」


 ラクロバルア評議国とは、現リギルバート王国領内にあった国。

 五千人規模の西の守人族が過去に住んでいた国。

 その質問を聞き、リイラの表情が急に曇る。


「はぁ……そ、その……ラクロバルア評議国以前でございますか。

 それは学校で教わった内容でしょうか」

「学校ではどう習った?」

「学校ではその周辺地域が起源だと習いました……」

「ほぉ……。学校ではそう教えておるのじゃな」


 イストアールは顎髭を撫でながら微笑んでいる。


「その答え方だと、おまえさんはそれが正しくないことを知っておるようだ。

 ふむっ……おまえさん、名は?」


 名前を尋ねられ、リイラが背筋を伸ばして姿勢を正す。


「リイラ・ロサ・メルロイでございます」

「メルロイ……とな。

 リイラよ。そのオーラと姓だと、おまえさんは二国籍者か?

 エクレムスト連邦人ではなさそうだが……」

「は、はい。

 父と母ともにエステバ王国人でございます」


 リイラの両親はともにエステバ王国人。

 エステバ王国からリキスタバル共和国に派遣された守人族。

 このため、リイラもエステバ王国人である。


「それで歴史の改竄かいざんなのを知っているわけか」

「は……はい。ただ、それは国内では触れられない話です」

「ふんっ……。史実まで改竄し、挙句にそれを押し通そうとしておるのか。

 まぁーよい。いかにもやりそうなことよ」


 ミリカら四人はそれを聞いて返す言葉を見つけられなかった。

 学校で習った共和国の歴史を改竄と指摘されたにもかかわらずだ。


「そこで暗い顔をして黙っておるおまえさんも二国籍者じゃな。

 おまえさんがこの中では年長者だろうに。

 黙っているところをみると、我が国の関係者かな。

 ──名は?」


 さすがはイストアールである。

 自己紹介も済ませていなかった四人の素性を言い当てていく。


「自己紹介が遅れまして、申し訳ございません。

 ミリカ・ユノ・ラトルワと申します。

 ご賢察の通り、父が神聖国人にございます」

「名は?」

「カティス・ロノ・ラトルワでございます」

「ふむ……年齢は?」

「今年422歳です」


 ミリカは父親が400歳になる前にできた子ということになる。

 守人族では特別に珍しいわけではない。


「母親はどの国の者だ?」

「母は元エステバ王国人でございます」

「そうか……悪いが、お主の父の名は記憶にない。

 どこの聖殿から派遣されたのだ?」

「ファミルでございます」

「ふぅーむ……ファミルか。

 それは何年前のことだ?」

「四十年ほど前のことです」

「四十年前か……。

 それはちぃと長いのぉ」


 西の守人族の抱える特別な事情から、その周辺国が相互に協力し、守人族の医官、武官、技官等を共和国に多数派遣してきた。

 その中でもミクリアム神聖国が最多数の医官を派遣してきた。

 四十年前であれば、イストアールは全ての派遣医官を記憶している。

 だが、ミリカは医系術の能力を持たない。

 となると、ミリカの父は技官か武官のいずれか。

 もしそうなら、父カティスはおそらく中位上級の能力者。上位級能力者が他国へ派遣されることはほとんどないからだ。

 ミリカの母親がエステバ王国人であれば、同様の理由から中位級の能力者でほぼ間違いない。

 ミリカが中位中級の能力者であることとも辻褄が合う。

 イストアールはミリカとのその短いやり取りだけで、父親の派遣経過をほぼ掴んでいた。


「この国よりも共和国の方が居心地が良いのかもしれんのぉ」

「い、いえ……そのようなことはないと思いますが……」


 ミリカの声にキレがない。どうやら図星のようだ。

 ただ、これはエイスにとってはまだ難解な話題だった。


『アルス、おれには今の会話が理解できない。

 少し解説してくれないか』

『あぁ……そうだったな。

 おれでも全てを察するのは無理なんだが、背景は一応説明しておこう。

 ──西の守人族とは、リキスタバル共和国の守人族の呼称だ』


 大陸にはミクリス龍王国とレミロレゾン龍神国という二つの龍人の国がある。

 レミロレゾン龍神国は、ミクリス龍王国から離脱した龍人たちが興した国。

 その龍人たちは興国の地にたどり着くまでに様々な地域を渡り歩いた。

 その間に集った守人や獣人たちとともに、レミロレゾン龍神国は興された。

 

 後にレミロレゾン龍神国は隆盛し、現在の国領に拡大した。

 その過程で、国内では龍人族を除く全国民の選別が行われた。

 中でも守人族の選別は特に厳格に執り行われた。

 そして、守人族も獣人族も、基準能力以下の者たちは国籍を剥奪され、国外追放にされた。


 ただ、これはレミロレゾン龍神国に限ったことではなかった。

 その周辺国でも国民の選別は行われていた。


 ただし、これは地球で言うところの選民思想とは無関係のものだ。

 地球人は単一思考の脳力、かつ術能力も持っていない。

 つまり、「選民」は意識と思想にすぎない。


 これとは逆に、龍人族、守人、獣人族の能力は血脈でほぼ決まる。

 特に聖守系族の能力は、100%血脈により決まる。

 なぜなら、聖守系族は完全同時並列思考の脳力者。

 あらゆる能力は脳力と相関関係にある。

 脳力が高くなるほど、術能力等も比例的に高まる。

 このため、多数の国で守人族の平均能力を引き上げるために選別が行われていたのだ。


 この脳力差は脳構造の違いから生じるもの。

 この点は地球人と決定的に異なる。

 ──聖守系族は人により脳構造が異なる。

 二並列思考の脳力者同士のペアから、三並列思考の脳構造を持つ子供が生まれることはないのだ。

 なお、この詳細については先の章でさらに解説していく。


 一昔前に行われていたこの選別により国を追われた者たちは、安住の地を求めて各地に散っていった。

 幸いに、この当時にはまだ多数の小国が存在していた。

 追放された者たちは、また別の国を移住することができた。

 獣人族は超感覚と強靭な肉体を持つ。好条件を求めなければ、次の仕事はいくらでも見つけられた。

 守人も、獣人族とともに大自然の中で生きる道を選ぶ者たちには、新たな居場所も簡単に見つけられた。

 守人族は山、海、水、土の守り人。

 その天分に忠実であれば、次の居場所はすぐに見つけられた。


 だが、一部の守人たちはなかなか新天地を見つけられなかった。

 それは、守人らしからぬ強い街人願望を持つ者たち。

 守人族は獣人族や人族とともに大自然の中で生きる

 ──それを望まない者たちだ。


 地球的には、ホワイトワーク専願者とでも呼べるかもしれない。

 ホワイトワーク一択。理想的な仕事は、医術師か官職。

 レミロレゾン龍神国から追放された者たちの多くは、元々から街中での職と生活を夢見て、出生地を捨ててきた。

 選別により排除されてもなお、その願望を捨てられない者たちが大勢いたのだ。


 非常に低いパーセンテージながら、大自然から離れたがる守人たちもいるのだ。

 これは守人族の多様性と言えるものかもしれない。


『追放された下位級能力者の一部は小国を渡り歩き、最後には海を渡ったんだ。

 そして、ラクロバルアの地にたどり着いた』

『ラクロバルアってどこなんだ?』

『今はリギルバート王国領内だ。

 ラクロバルアは獣人族の弱小国だった。

 木訥ぼくとつな草食獣人種が多かったらしい。

 その国が西から流れてきた素性も知れぬ守人たちを寛大に受け入れた。

 そして、そこに守人族がいなかったことに乗じて、そいつらは新たな守人族社会を築こうとした』


 アルスの話の流れからすると、その守人族はおそらく下位級能力者の集団。


『しばらくして、そこはラクロバルア評議国の国名に変わった。

 おそらくお人好しの獣人たちばかりだったんだろうな。

 見事な手腕でその守人たちは居場所を見つけたわけさ』

『おぉ! それ結構すごい話だな。

 自分たちに都合の良い居場所を得たわけか』

『おまえもそう思うだろう。

 ──それから、周辺国はその守人族を『西の守人族』と呼ぶようになった』

『つまり、それって……事実上の呼び分けか』

『そういうことだ。

 あまり良い話じゃないけどな。

 周辺国の守人族は一緒にされたくなかったんだろう。

 そして、ある経緯があってその呼称が定着した』


 アルスはそう含みのある言い回しをした。


『経緯?』

『これはあまり楽しい話じゃないんだが、話しておこう』

『楽しくないって……』


 その当時、アルスはまだ生まれていなかった。

 それでもアルスの声は悔し気だった。


『──後にラクロバルア評議国はリギルバート王国の侵攻を受けた。

 獣人族は必死に抗戦したらしいが、生存者は二割にも満たなかったという話だ』

『んっ……!? えっ?

 お、おい、まさか……』

『ふっ……まぁそういう話だ。

 本来なら……移住してきた西の守人族は最前線で戦うべきだろう。

 せっかく受け入れてもらって、国名まで変えてもらったんだ。

 それが道理だ』

『──いやいや、冗談だろう……』

『ああ……信じられない話だろう?

 西の守人族は誰一人戦場に向かうことなく、全員で逃げた。

 ──真っ先にな』

『一体どこへ?』

『逃亡先は、その当時のリキスタバル獣王国だ』

『それは驚きだな。

 獣王国はそれを受け入れたわけか……』

『それでも、追い払ったりはしなかったらしい。

 獣人たちは優しいからな』


 ミクリアム神聖国は獣王国の当時からその地域と非常に友好的かつ親密な関係を維持してきた。それもあって、共和国の獣人族から支援要請があれば、ミクリアム神聖国は助力を惜しまない。

 ゆえに、旧獣王国とその周辺域の獣人族の中にはミクリアム神聖国の守人族を崇める者が多い。

 だが、この問題児「西の守人族」をどう扱い、どう付き合うかが常に問題になる。

 他国の守人族とは信条と常識があまりに異なるからだ。


 ミリカら四人の父母は、リキスタバル共和国支援ために派遣されたその周辺国の守人たち。

 地球で言えば、四人は二国籍者に相当する。

 イストアールはその後もしばらく四人の現状についての確認作業を行った。



        *


 リキスタバル共和国となった今もその国民のほとんどは獣人族。

 事実として、共和国は獣人族の国。

 そして、リキスタバル共和国の国家代表も獣人。守人ではない。

 同様に、共和国国家の要職も獣人族が占める。


 西の守人族は、他国を真似て聖殿や聖堂を組織し、その要職に就いている。

 だが、共和国内の聖殿に国を動かす力はない。

 だからと言って、権力と権限を全く持たないわけでもない。

 たとえ下位級能力者の守人族ばかりであっても、守人にしかできない仕事と役割は多いからだ。


 ミクリアム神聖国の守人族は、「西の守人族」に対してジレンマを抱える。

 何か事件や問題が起こる度に、共和国の守人族はミクリアム神聖国に助力を求めてきた。そして、今もそうだ。

 厄介なことに、それがいかに厚顔無恥な要請であっても、共和国の獣人族に関係する場合には放置も無視もできないのだ。


 例えば、医術師の派遣がこの典型例だ。

 共和国内の医術師のほぼ全員がミクリアム神聖国から派遣されている。

 血脈的に西の守人族の生え抜きから医術師が育つことはないからだ。

 ただ、その派遣医術師たちが務める医療施設の管理や運用の権限は聖殿の神官たちが握っている。

 そして、神官たちは派遣医術師たちの仕事にまで事細かに口出ししてくる。


 守人族は長命種。

 西の守人族の約七割は評議国から逃げてきた者たち。

 その中には、レミロレゾン龍神国生まれの者も少なからずいる。

 そして、その守人族の一部が共和国内の聖殿の要職に就いている。


 ミクリアム神聖国はリキスタバル共和国の獣人族を支援するために、その守人たちとも付き合わなければならないのだ。

 ミクリアム神聖国の守人族は、その度に後足で砂をかけられてきた。

 だからこそ、シルバニアと三巫女も心中穏やかではいられないのだ。





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