06 元最高位神官と共和国
エイスの斜め前方に見慣れた馬車が到着した。
犬人の御者がエイスにさっと挨拶し、扉の下に昇降用ステップを取り付ける。
無駄のない迅速な作業で、すぐにドアが開かれた。
馬車から降りてきたのは、先ず三巫女のエリル、リーロ、アミル。
さすがは神官級の三人。共和国の守人四人とは纏うオーラの次元が違う。
三人はミリカとほぼ同年齢なのだが、既に上位守人術師の職位に就いている。
能力的にも、アーギミロアを護送したガルカナよりも最低4ランクは格上である。
だが、上位級能力者の三巫女に対してガルカナは下位上級。その実力差はそれ以上に大きい。
しばしの間をおいてから、イストアール、そしてシルバニアという女性がゆっくりと降りてきた。エイスにとっては見知らぬ女性だ。
エイスが出迎えると、そのすぐ斜め後方には三人の兎人も片膝をついて出迎える。
いつの間に──というくらいにエイスの横に素早く静かに現れた。
この兎人たちはなかなかの切れ者。いつもそつがない。
そして、オシャレさん。ムキムキの虎人たちとは対照的な獣人。
イストアールがこの山荘の管理を任せているのも頷ける。
そのずっと後方には、ミリカら四人と虎人全員が犇めくように並び、片膝をついて頭を下げている。もちろん、エイスがそう指示したわけではない。
それはなかなかに印象的な絵面だ。
イストアールの大物ぶりがそこに表れている
──紛うことなき、VIP。
五人がここにわざわざここにやってきたのは、山荘の状況を確認するため。
正確には、山荘とエイスの両方の現状視察である。
*
どうやらイストアールは多少なりここの現状を掴んでいるようだった。
無論、それは真面目で忠実な管理人が連絡していたからだ。
今朝の伝鳥文には毒大蛇の群れの事件が簡潔に記されていた。
その知らせがイストアールと三巫女を動かしたのだ。
エイスとイストアールたちは少し立ち話をしてから、シルバニアが紹介された。
クレム聖泉でのアルスの最後についての調査のために、彼女は首都インバルの大聖堂から派遣されてきた。
聖守術の研究者らしく、既に聖泉の水質調査等を終えていた。
それを聞いて、エイスは思わず苦笑してしまう。
アルスはどこか訝しんでいる。
(聖泉の調査だと?
しかも、こいつ──
研究の目的はなんなんだ……。
封印術に関する調査ならいいんだが、エイスのことを深掘りされるのはなぁ。
少し用心した方がいいかもしれない)
アルスの指摘通り、このシルバニアという女性は
しかも、龍人の直系子であるため、守人とはいえ、龍人についてかなりの知識を持つ。
術力だけなら、
エイスはあまり気にしていないが、アルスにはその点が気になった。
*
イストアールらは後方に控える面倒そうな集団の存在をあえて無視した。
そのまま、その足で山荘の空き地の前方へ六人で進んだ。
そこからは滝下の砂地が窺える。
夕日の薄明かりの下、滝下の砂地に夥しい数のミギニヤの屍が散乱し、一部は既に櫓積みにされている。
それは初めて見る者にとって衝撃的な光景である。
これはイストアールも例外ではない。
「馬鹿げた数ではないか。
なぜこんな数のミギニヤがここへ……。
──エイス様、いったいここでなにが起こったのでしょうか?」
至極当然の反応と質問。
この数の毒大蛇が集団行動しただけでも信じ難いこと。
しかも、驚くべきことに全て外傷なしの屍。
「簡単に言えば、あいつらがここを襲ってきた。
簡単には帰ってくれそうになかったからな。
不本意だが殲滅した」
エイスは苦笑しながらそう話した。
「この数を殲滅でございますか……。
それで襲ってきたのはどういう理由からでしょうか?」
「主犯を生け捕って、その理由を一応吐かせた。
そいつが言うには、リギルバート王国軍に雇われた獣人族狩りらしい。
ここを訪ねてきた白虎人族の族長を追ってきたようだ」
「白虎人族族長がここにですか……。
となると、デュルオスがここに来たのでございますか?」
エイスの短い説明からでも、リギルバート王国の名称が出てきたことで、イストアールにはこの状況に至る経過を推察できた。
国境線周辺には何人かの白虎人族長がいるのだが、その話からそれがデュルオスだと推定し、それを確認しているのだ。
「ああ、そいつだ。
リキスタバル共和国内では獣人族の集落が次々に襲撃されていて、かなりの数の犠牲者が出ているそうだ。
次の標的がどうやら虎人系族の村だったようだ。
デュルオスがここを訪ねてきた際に追ってきたようだ」
エイスは淡々とその経過説明をしているが、これは一大事件である。
「これはその主犯から話を聞かないといけませんな」
「まぁ、それはそうだろうな。
ただ、あそこの連中がやってきて、主犯はもうリキスタバル共和国に移送していったぞ」
「はぁ!? その犯人をリキスタバルへ?
それはいったい……」
このエイスの話にイストアールは仰天した。
そこでようやくイストアールたちがリキスタバル共和国の集団へと目を向けた。
イストアールとシルバニアの眼光が鋭い。三巫女の目も険しい。
五人に睨みつけられ、ミリカがひれ伏した。
同時に、その他も一斉にそれに倣った。
ミリカはひれ伏したままでとりあえず挨拶の言葉を並べていったが、自己紹介等をするような余裕はなかった。
そのままの姿勢で、イストアールに経過説明を始めた。
イストアールら五人はその勝手な言い分を黙って聞いていた。
そして、途中で話の顛末が読めたのか、呆れ顔へと変わった。
──それも当然だろう。
ミリカの話を黙って聞き終えると、イストアールは虎人たちを立たせた。
そして、ミギニヤの焼却作業への協力に感謝の意を伝え、虎人たちを解放した。
47人ものムキムキたちがずっと跪いているのは、彼も鬱陶しかったのだろう。
ギロン山脈中に住む虎人系族は、リキスタバル共和国の国民扱いになっているものの、そもそも両国の国境線上が活動域。二国を制限なしに勝手に行き来できる。
後始末を手伝ってくれている虎人たちを責める理由はなかった。
問題は、リキスタバル共和国の守人族。
しかも、あろうことか、事件の主犯を勝手に共和国に移送していた。
当事国のミクリアム神聖国の了承なしに、だ。
イストアールの判断次第では、外交問題に発展してもおかしくない。
共和国の守人四人は、イストアールの山荘周辺で事件が起こってしまったことに関して、大変恐縮している。
特に、ミリカはそうだ。
ただ、それ以外のことはあまり気にしていなかった。
──公務だから、と。
ミクリアム神聖国への不当入国についても、時間的な猶予からやむを得なかったと本気で思っている。
もちろん、イストアールたちはリキスタバル共和国側の事情も察した。
仮にここに蛇人アーギミロアがまだ拘束されていれば、イストアールは首都インバルかゴードウィクへ移送し、徹底的に取り調べる。
そうなれば、リキスタバル共和国はミクリアム神聖国からの情報を待つしかなくなる。
それだけは避けたかったのだろう、と。
そして、虎人系族の陰に隠れ、事件を内々に処理しようとした。
イストアールはリキスタバル共和国側の動きをそう類推した。
「ふはぁ…………
またしてもか……。あいつらは懲りんのか」
イストアールからそう呟く声と大きなため息が聞こえた。
どうやら一度や二度の前歴ではなさそうだ。
しかも、彼は「あいつら」と遠称した。
「その指示を出したのはクロニオルか?」
そのイストアールからの質問にミリカの体がびくりと反応した。
他の三人の守人も驚きの表情を浮かべる。
「い、いえ、クロニオル様はご不在でしたので……
ジャ、ジャミュース様でございます」
「なっ⁉
──ジャミュースだと……。
あやつは神官に復職したのか?」
「ふ、ふ……復職でございますか!?
以前からそうだったと聞いておりましたが……
そ、そう言われてみますと、一年ほど前にこちら戻られました」
その返答を聞いて、イストアールは愕然とする。
どうやらその人物は何かしらの問題を起こしていたようだ。
実は、リキスタバル共和国の
リギルバート王国、そしてカミロアルバン帝国に対抗するために、その獣王国に周辺の小国を加え、現在のリキスタバル共和国が建国された。
その建国をミクリアム神聖国から支援したのは、誰あろう、イストアールだった。
https://img1.mitemin.net/a0/mc/irf3lpw7k5rhd1rjiurfg65918ec_1016_16y_vc_53xh.jpg
<<大陸東部マップ>>
<近況ノートにもマップを掲載中>
この類の周辺国事情にエイスは疎い。
『アルス、リキスタバル共和国って、元々は獣王国だったのか?』
『そうだ。
今のリキスタバル共和国の2/3は獣王国だった。
おれの記憶では、獣王国の当時に守人族はいなかったはずだ』
『なっ? はぁー!?
それなら共和国の守人族はどこから現れたんだ?』
『リギルバート王国に領土を奪われた小国から逃れた守人族だ』
『うぇ⁉ それってつまり、守人族がケイロン族に負けた……ってことか。
そんなことがありえるのか?』
『まぁー普通はありえないんだが、守人族にもいろいろいるんだ。
その小国の守人族はあまり強くなかったんだ。
それに、その当時のケイロン族は帝国の武器も使っていた』
『強くない守人族……。
それは平均的に術能力が低いってことなのか?』
『あぁ、そのままの意味だ。
弱いというより、聖守族の血が薄い。
つまり、術幅も狭く、術力も低い。
龍人居住地から遠く離れるほど、守人族の能力は下がっていく。
リキスタバル獣王国には龍人が住んでいなかったからな』
『龍人居住地から離れるほどって────
──ああっ、そういうことか!
龍人の血脈はそういう意味でも重要なのか』
『そいうことだ。
龍人家族から生まれる最上位級の守人が守人族の能力を引き上げるんだ。
イストアールは
三巫女はおそらく龍人の
(龍人の多い)ミクリアム神聖国の守人族の能力は他国よりもかなり高い』
『なるほどな』
『そして、共和国の守人族はその反対だ。
あのガルカナってやつも下位級能力者だったしな。
共和国の守人族のほとんどが下位級能力者だ』
『そうなると、そこにいるミリカたちは例外的なのか?』
『──そう言えば、こいつら四人……中位級能力者だな』
『中位中級か中位下級だ』
『──となると……、あいつの親のどちらかが中位上級以上かもしれんな。
それはかなり例外的……
というか、普通はありえないな。
考えられるのは……他国の守人の子だろう』
それはエイスにとって目から鱗だった。
同時に、リキスタバル共和国の抱える深い闇の真相が朧げに見えてきた。
ミクリアム神聖国の基準であれば、既にここを去ったガルカナらは下位級。本来は事務方適正の守人。ところが、共和国ではそのガルカナが神官代理を務める。
共和国の守人たちは明らかに分不相応な職務を課されている。
エイスは、ミリカが少し可哀想に思えてきた。
(そうか、そういう話なのかぁ。
それにしても、中位級能力者がほとんどいないとはな。
そのせいか、ミリカたちは少し自意識過剰気味なのかもしれない。
プライドが過剰に高いと、受けるストレスも高くなるからな)
アルスの話では、リキスタバル共和国内は慢性的な人材不足の状況。
無論、それは有能な守人。
なにしろ共和国内の生え抜きの守人たちは、神聖国の一般人レベル。
もしそうなら、ミリカら四人はスーパーエリートということになる。
エイスとアルスはイストアールの困惑の理由をなんとなく察することができた。
なにしろ共和国の大聖殿を運営しているのは、下位級能力者の神官たち。
共和国内は気位だけ高い問題児だらけ
──神聖国の守人族からはおそらくそう見えているはずだ。
*
その場の雰囲気が重く、そしてどんよりと暗くなった。
張り詰めた冷たい空気が流れる。
「まぁ……暗くなってきたことだし、とりあえず夕食の準備をしないか?」
その場の殺伐とした雰囲気を打破すべく、エイスが食事の支度を提案した。
それが奏功し、とりあえず食後に話すことにして、夕食の準備に取り掛かった。
その後、イストアールは山荘内の自室へと一旦入ったが、すぐに三巫女に「共和国の守人四人も食事に同席させなさい」と伝えた。
────四人に話がある、と。
その指示を聞いて、エイスとアルスは思わず笑ってしまった。
『これは間違いなく……あれだな』
『アルスもそう思うのか。
でも、まぁイストアールだし……、そこまで厳しいことは言わないだろう』
そう話した二人は、イストアールから守人族社会について勉強させてもらうことにした。
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