05 支援と協力


 リキスタバル共和国からの守人族の一方的な来訪により、この日のエイスの予定は一変した。

 慌ただしい日中を送ったエイスは、とりあえず山荘に戻ってきた。

 山荘前のテーブルに座り、明日からの予定について再考する。

 滝下の砂地はしばらく使用できないだろう。

 鍛錬や自主トレ云々という状況ではなくなってしまった。


 そこにミリカが訪ねてきた。

 エイスの火炎術を見たこともあってか、多少なり高飛車な態度は和らいでいる。

 とは言っても、このミリカという女性は、やることがどこか天然とでもいうか、世間ズレとでもいうか、……とにかく常識に欠ける。

 そのせいか、エイスは少し嫌な予感がした。


「エイス様、申し訳ございませんが、ご支援とご協力のお願いにまいりました」


 「ご支援とご協力のお願い」──勝手にここにやってきた守人はいきなりそう切り出した。

 なかなかの勇者だ。


「──支援と協力?

 それは具体的にはなんだ」

「ここにいる間、女性が宿泊可能な施設を提供していただけませんか」

「それは誰のことを刺しているんだ?」

「リイラ、シーリャ、ローシャ、そして私の合計四人でございます。

 さすがに虎人たちのテントを借りるわけにもまいりませんので」


 そこに、さらにリイラが護衛の虎人一人を連れてやってきた。

 結局、エイスはまたミリカとリイラの二人と話すことになった。


「おまえたちはこちらの了承なしに勝手にここにきたのだが……。

 宿泊場所を提供しろと?」

「私たちは公務でまいりました。

 決して勝手にここにきたわけではございません」


 それを聞いて、エイスは心中で大爆笑する。

 無許可で入国し、勝手にここにやってきて、「公務」ときたのだ!

 

「リキスタバル共和国の公務でここにきたと?」

「はい。

 ですので、宿泊、それに食事の手配もお願いできませんでしょうか」


 これを聞いて、爆笑していたアルスの声が突然途切れた。

 エイスにはアルスの血管がプチプチっと小切れたような感じがした。


「えっ……食事もなのか⁉

 ということは、なにも準備してきていないのか?」

「はい」

「おいおい……。

 上官からもそう指示が出ていたのか?」

「いいえ。

 ガルカナ様からは特になにも指示されておりません。

 必要経費等も持たせていただいておりません」


 エイスに女性が宿泊可能な場所と食事の提供を求めてきた。

 しかも、全て無料で──。


 ──そうきたか。

 これにエイスは脳内で再び爆笑してしまう。

 アルスからの高レベルの怒りの波動が伝わってくる。


『エイス、こいつらに別に用はないんだ。

 今すぐ! さっさと帰ってもらえ‼』

『さすがに今からは無理だろう。

 途中で夜になる』

『おまえもなにを言ってるんだ!

 こいつら絶対に頭がおかしいぞ。

 公務とか言ってやがるし……

 絶対に普通じゃない。脳のどこかがイってるぜ』

『ああ、それにはおれも笑った。

 ふざけてないから、余計に笑える』


 脳内でプチ切れるアルスをなだめながら、エイスは四人にとりあえず来客棟を使うように指示した。

 ただ、守人四人のみの支援を要請してきたことの方が彼には気になった。


(虎人女性たちのことは気にしていない……のか?

 リキスタバル共和国の守人族はいつもこういう態度なんだろうか)


 エイスは虎人女性の五人にも来客棟に宿泊するように指示した。

 虎人五人の方は男たちからテントを借りる段取りだったようだ。

 虎人女性は大変恐縮した様子で、何度も頭を下げて、お礼を述べた。


 そう、そこだ。それが重要だ。

 ──アルスが脳内で何度もそう騒ぐ。


 もちろん、エイスの虎人族に対する評価もグッと上昇した。

 ただ、エイスはミリカのその天然ぶりをどうにも憎めなかった。

 彼女はどうやらエイスの爆笑のツボを刺激するようだ。

 だが、彼の中でリキスタバル共和国はかなり怪しい謎の国になった。



        **


 夕暮れが訪れる頃、エイスはよく知るコーチ型の馬車が坂道を上ってきていることに気づいた。

 補給用の荷馬車ではない。補給予定日もまだ先だ。

 間違いなく、それは彼がコンフィオルからここまで乗ってきた馬車。

 そして、裏山からは山荘の管理人(兎人)もこちらに走ってきている。

 その兎人の動きからエイスは搭乗者にもピンときた。


 エイスは搭乗者を確認するために、三次元俯瞰視の範囲をさらに拡大した。

 ──搭乗者は六人。客席には五人。


(男一人に、残る四人は女性か)


 そこでちょうど馬車が坂道を上り切った。

 馬車が平地に入ったことで、エイスの俯瞰視の精度が一気に跳ね上がった。

 一人を除き、搭乗者が判明した。


(ふっ……、まぁ予想通りの顔ぶれだな)


 エイスは山荘の外に出た。

 馬車の到着まで十分ちょっと。

 ボーッと待つのも無駄なので、夕食用に薪割りを始めた。


 ただ、薪割りとは言っても、そこはエイスだ。

 普通の薪割りのわけがなかった。


 エイスは50本ほどの薪の束を片手でヒョイと持ち上げ、両手斧とともに薪割り台のところへ向かった。

 薪割り台の横に薪の束を置くと、台まで1mほどの位置で腰を下ろして、片膝をついた。束をくくる針金を外し、左手に斧を持った。

 斧とはいっても1mほどの両手斧だ。重さは約2kg。

 その姿勢で、彼は左手に斧を持ち、右手で薪を掴んだ。


 彼がヒョイと薪を投げると、薪割り台のほぼ真ん中で直立するように薪が落ちてくる。

 薪が台に触れる瞬間、斧の刃がそのど真ん中を捉えた。

 薪はきれいに中央から二つに割れ、台の両脇へと落ちていった。

 彼は右手でひょいひょいと薪を投げながら、左手で両手斧を操り、どんどんと薪を割っていく。割るというよりも、切っていく。

 その投入間隔は約三秒。

 薪割り台の両側にどんどんと薪が積み上げられていく。


 実は、これもエイスのトレーニングの一つ。

 手に持った薪の形状と重さ等を瞬間的に捉える。

 直後に、薪割り台の中央に立てるように放るために必要な動作と軌道を導き出す。

 そして、左手の両手斧で薪が着台する瞬間にピンポイントで切る。

 正しくは、薪割りではなく、薪切り。

 彼は正確にこれを繰り返していく。


 その様子を夕食の準備のために外に出てきたシーリャとローシャ、そして虎人五人が唖然としながら見ている。

 彼女たちも初めて見る「薪切り」だった。


 突然、薪を割る音が止まり、静かな声が響いた。


「お客様の馬車がそろそろ到着するから、その辺りは空けておいてくれないか」


 エイスからそう言われて、七人は後ろの様子を見ながら慌てて移動する。

 間もなく、遠くに馬車が現れて、こちらに向かってくるのが見える。

 シーリャはその馬車を見て、ふと疑問が湧いた。


「エイス様、いつから馬車に気づいておられたのでございますか?」

「いつから……。

 ああ、十分ほど前からだ」


 シーリャとローシャはそれを聞いて、思わずその時間と馬車の速度から、その時のここからの距離を算出した。

 馬車の時速を10kmとして計算。二人の目が大きく見開いた。


 守人族も周辺の気配を察知する能力を持つ。

 そうは言っても、普段はせいぜい10m圏内。

 気配を掴むべく集中して、ようやく30m圏内だろう。

 一部の獣人族もほぼ同様の力を持つ。


 守人族には、別に守人術の探索術ビュラを使える者もいる。

 探索術ビュラを使えば、上位術者なら最長800~1000m圏内を捕捉できる。

 反面、探索術ビュラは電磁波応用術であるため、その圏内にいる守人には術発動と位置を捕捉されてしまう。

 つまり、探索術ビュラを使えば、発動地点を逆探知されてしまうのだ。


 非常に効果的な術だが、そこに守人がいるとデメリットの方が大きい。

 また、電磁波に鋭敏な感覚を持つ獣人種も同様に逆探知してくる。

 このため、戦闘時に用いるのには両刃の剣でもある。


 エイスはざっとその倍の距離にいた馬車を捉えていた。

 しかも、シーリャとローシャは探索術ビュラの発動を感知できなかった。

 それで二人は困惑してしまったのだ。


「シーリャとローシャ。イストアールに会ったことはあるのか?」


 二人はその質問に動揺した。

 すぐに答えようとするが返事に詰まる。


 イストアールは大陸東部守人族にとっての伝説級の偉人。

 インバル大聖殿の元最高位神官。

 しかも、可燃性物質広範囲起爆術エクルアミストの開発で中心的な役割を果たした。

 そして、リキスタバル共和国の守人族の族長や高位神官たちの恩師。

 二人も曾孫弟子的な立場だ。

 彼女たちからすると雲の上の人物であり、ほとんど天上人。


「そ、そんな……滅相もないです。

 ありえないことです」

「そうなのか……。

 では、いい機会かもしれないな。

 あの馬車に乗ってるぞ」


 大袈裟な身振り手振りで全否定していたた二人の動きがピタリと止まった。


 そして、何かわけのわからない声を発しながら、客人棟の方へと爆走していった。

 どうやらミリカとリイラのところへ向かったようだ。


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