04 竜炎の真意


 ダミロディアスの焼却作業に取り掛かったエイスの動きは迅速だった。

 歩きながら白虎人の一人と話し、作業の段取りを伝えた。


 エイスはダミロディアスの肉塊から25mほどの距離をとった。

 これから焼却処理を行うにしては、その立ち位置はやや遠い。


 白虎人が虎人たちに焼却対象から距離をとるように指示する。

 虎人たちは急いで15mほど離れたが、そこからさらに離れるように注意を受けた。

 これに虎人たちが「えっ⁉ まだ離れるのですか?」的な表情を浮かべた。

 だが、その指示にも律儀に従い、エイスの少し後方まで後退してきた。


 エイスはミリカとリイラの二人がまるで視界に映っていないかのように淡々と準備を進めていく。

 それにもかかわらず、ミリカはエイスにまた話しかけようとする。

 その時、リイラが優しくミリカの肩に手を置き、それを制した。


「エイス様にお任せしてみましょう」


 その言葉を聞いてミリカは思い止まり、口を閉じた。

 だが、そのリイラの口跡にも守人の驕りが滲む。

 二人は、自らが当事者ではないことにも気づけない。



        **


 エイスの広範囲俯瞰視は、三十分ほど前から山の中腹付近に人影を捉えていた。

 その数は11人。

 そこにある大岩の陰に八人の獣人と三人の人族が潜む。

 人族とはいっても、多少のオーラを纏う

 ──おそらく三人はケイロン。

 岩陰から片眼望遠鏡のような物を使い、時々こちらの様子を窺っている。


 エイスはその動きも踏まえて、砂地に下りてきたのだ。

 ただ、デュルオスらの一団は既に遥か遠い。既に山一つ向こうだ。

 それを踏まえて、アルスが薄ら笑う。


『デュルオスたちはなかなか良い読みだったな』

『ああ、実質的な距離でも、既に山一つ分以上は離れているからな。

 上にいるお客様たちは気づきもしないだろう。

 まぁ、今あそこにいる時点でもうどうにもできないけどな』


 デュルオスらは山一つを挟み、既にその視界の外にまで達している。

 ルートも異なるため、発見されることはまずないだろう。


『──11人か。

 ケイロンの人数も少ない……。

 暗殺隊にしては到着が早いしな』

『あれは偵察隊とかでもないだろう。

 森での機動力と戦闘力の低いケイロンが三人もいるからな。

 アーギミロアに指示を出していたか、その関係者たちだろう』


 その一団の動きを観察したうえで、エイスはそう判断した。


『はっ! なら、現場確認にきたな』

『まぁ、そんなところだろう』

『へっ、今さらだな……。

 ここの様子を見て、さぞや驚いているだろう。

 おい、エイス。面倒事にならないようにド派手にやっとこうぜ!』

『ふっ……

 ああ、分かってる。

 それが今のおれの仕事だからな』


 エイスはそう話してから微笑みを浮かべた。


        *


 エイスは眉一つ動かすことなく、スーッと無造作に手を伸ばす。

 それでもいつものエイスよりも少し仰々しい所作。

 彼なら手を上げる必要もないのだが、あえてそうしている。

 お山の上からよく見えるようにだ。

 それは観客に向けての「ド派手」な演出の一つ。


 ──彼の掌の15m先、右斜め上方辺りから火炎の渦が噴き出した。


 幅20m級の業火の渦がダミロディアスの残骸全体を覆い包む。

 奇妙なことにエイスの正面に火炎渦が現れず、右斜め上方から斜め下へ巻き込むように炎が噴き出している。


 その炎色は黄白色からすぐに薄緑色に変わった。

 炎温が一気に上昇する。

 音も、ジュジュ、ジュジュから、ジィビューという鋭い音に変わった。


 ──業火により肉塊の表層が剥がされるように燃え落ちていく。


「……あっ、あれは……灼熱火炎ロアル

「こ、この炎温……す、すごいわ。

 こんなの今まで見たことがないわ」


 ミリカとリイラからそう声が漏れた。


 それでも不測の事態を想定して、エイスは炎温をかなり抑え気味にしている。

 設定し直したシミュレータでの演習とのズレを同時に確認していく。

 どうやらその補正はかなりうまくいったようだ。


 その猛熱を避けるために、虎人たちがどんどん後退していく。

 30m近く離れても、まだ熱い。虎人たちはさらに後退する。

 他の作業をしていた虎人たちも作業の手を止めて、その現場に注目する。


「お、お姉さま、あれが灼熱火炎ロアルなのですか……」


 ミリカとリイラの傍で見ていたシーリャとローシャが恐る恐るそう尋ねた。


「そうよ……。あれは灼熱火炎ロアル

 でも炎温が私のものとは桁違いに高いわ」


 シーリャとローシャは強火炎ミロムを攻撃術としてようやく普通に扱えるようになったばかり。

 二人はその凄まじい炎温にただただ驚いている。


 ミリカも灼熱火炎ロアルを使える。

 だが、エイスのそれは炎量だけでも軽く十倍以上。

 しかも、発動地点が15mも先で、かつ炎温が極めて高い。

 ミリカとリイラも初めて経験する次元の熱量だった。


 その時だ。

 周辺でそれを見ている守人たちと虎人たちの目に信じ難い光景が飛び込んできた。


「うそでしょう……」「そ、そんなこと……」「ええっ⁉」「うえぇ⁉」

「「「「「「「「えええーっ!」」」」」」」」


 左上方から二つ目の灼熱火炎ロアルが噴き出してきた。

 ────左右両方向からの灼熱火炎ロアル


 エイスは二つの火炎術を発動し、標的を挟み込むように焦がす。

 灼熱火炎ロアルの炎渦が左右から重なり合い、上方へ巨大な炎渦が巻き昇る。

 ダミロディアスの肉塊全体を猛炎が渦巻くようにすっぽりと包み込んだ。

 二つの灼熱火炎ロアルが肉塊の周囲を逆サイクロンのように回りながら包み込み、全てをその中心下に集積していく。

 その効果により炎渦内の温度が急上昇する。


 瞬く間に肉塊から水分と油分が焼き飛ばされ、炭化した部分が下に崩れ落ちる。

 それからわずか一分強の火炎術で、肉塊は炭塊化した。骨まで焦がされていった。

 全体を包むように超高熱で焼かれるために、焼煙もほとんど発生しない。


 ミリカとリイラの二人にはそれが現実のものとは思えなかった。

 共和国の守人族に複数の攻撃術を同時発動できる者などいない。

 しかも、それは灼熱火炎ロアルである。

 だが、エイスは制御の難しい灼熱火炎ロアルを離れた場所に二つ発動し、それらを自在に操っている。


(そ、そんな……ありえないわ。

 最上位術を……あ、あんなに簡単に。

 しかも、二つ同時に)


 ミリカとリイラの二人の顔からは血の気が失せ、膝がガタガタと震えだした。

 膝に力が入らず、しゃがみ込んでしまいそうになる。


 そして、ここでエイスはさらにもう一段ギアを上げる。

 その場にいる者たちは驚愕の光景を目にすることになる。


 標的の炭化が進み、水分と油分等が無くなり、爆発する危険性がほぼゼロになった。それを見計らって、エイスはさらに術力を上げ、術種を切り替える。

 ──これにはもう一つ別の狙いがある。


 巨大な炎渦が蒼白系の光炎に変わっていく。

 さらに炎温が上昇し、炎色が少し紫白色っぽくなった。

 日中にもかかわらず、眩い光が周囲を明るく照らし出す。

 それは火炎ではなく、電炎とでも呼んだ方が適切だろう。

 それはもはや燃焼ではない──放電炎。

 そして、それこそが金属さえもドロドロに熔かす爆熱炎

 ────竜炎バロム


 竜炎バロムの二つ同時発動。

 それを見て、アルスが豪快に高笑いする。


(あーっはっははー!

 こりゃー愉快だ‼

 こんなのは、おれにもできなかった。

 いや……他の龍人にも絶対にできない)


 その爆熱炎が使われたのはわずか30秒ほど。

 トータルでも二分強の火炎術だった。

 エイスはそのわずかな時間でそこにあった全てを燃やし尽くした。


 眩しいほどの猛炎が消え去り、ようやくその場を直視できるようになった。

 ダミロディアスの残骸は既に白灰と化していた。

 わずか二分の火炎術により、そこにはもう骨さえ残っていなかった。

 そのあまりの猛熱に、地面も部分的に熔解され、赤くなっている。


 一つの墨片も残さず、全てが白粉はくふんと化し、灰塊になっている。

 今強い風が吹けば、その全てが飛散してしまうだろう。


 作業を終えたエイスは、特に何も話さずに、一人山荘に戻っていった。



        *


 ミリカとリイラは立っていられず、結局その場にしゃがみ込こんでいた。

 二人の中で、守人としての自尊心と常識の一部が崩壊した。

 それほどまでに強大な力だった。

 それは、抗うことさえ許さない暴威。

 そこに千人の自分がいたとしても、瞬殺される気がした。


 その二人の側にシーリャとローシャが走り寄る。

 二人の手を借りてミリカとリイラはようやく立ち上がることができた。


「お姉様……最後のあの炎は?」


 ミリカとリイラはそのローシャの声を聞いて、ようやく我に返った。

 見習いの二人も自分たちと同様にかなり動揺している。

 それでも自分たちを気遣ってくれている。


 その火炎術は噂に、そして師から聞いたことのあるものだ。

 それでも、それをどこかおとぎ話的に考えていた。

 だが、それを目の当たりにして、心が大きく揺らいでいた。

 二人はあまりの能力格差に愕然とした。


「あ、あれはおそらく竜炎バロムだと思います」

「あ、あれが……竜炎バロムなのですか?」

「ええ、我々には使えない次元の火炎術です」


 そう。それは守人族では使えない領域の火炎術──龍人の火炎術。

 爆発の危険性が低ければ、おそらくエイスは最初から竜炎バロムを使っていたはず。

 アルスの言葉通りに、彼はわざわざド派手な演出を選択したのだから。

 最初からそうしていれば、一分もかからずダミロディアスの残骸を全て白灰に変えていただろう。


「あれは龍人様の火炎術です。

 私は初めて竜炎りゅうえんを見ることができました」


 ここでリイラはあえてバロムと呼ばずに、あえて竜炎りゅうえんと呼んだ。

 竜炎とはその名の通りに、最強級の炎竜が吐くとされる火炎を意味する。

 その火炎は、直撃したものだけでなく、通過したその周辺までも炎熱で焼き払う。

 火炎というよりも、金属さえも熔解する灼熱の光炎。


「あのぉ、お姉さま……

 火炎術は二つ同時に発動できる……ものなのですか?」

「いえ……私は聞いたことがありません。

 冠守人ロラン様や半冠守人ハーフロラン様であれば……

 小術を同時発動できる者がいる。そう聞いたことがあります。

 でも、攻撃術は発動と制御が複雑だから──」


 リイラの話はそこで途切れた。

 シーシャとローシャはその先を察して、それ以上の質問は控えた。


 ミリカとリイラの周りに虎人たちが集まってきた。

 その光景に衝撃を受けた虎人たちも、守人からの説明を聞きたいのだ。

 そして、リイラからそれが龍人の炎術と聞き、虎人たちは猛烈に感動したようだ。

 自分たちの周りに転がる600体にも及ぶミギニヤの屍の山の謎も解けた気がした。

 それこそが、龍人の力。


 守人四人も落ち着いてきて、ようやく気づいた。

 ここには、守人四人、白虎人二人、そして四十五人の虎人がいる。

 だが、それでもリギルバート王国からの刺客(暗殺隊)は潜在的な脅威だ。

 襲撃はやはり怖い。

 多数の獣人たち、そしてもしケイロンから襲われたら──。

 そう本気で考えるだけで、足が震えてくる。


 ──だが、ここには龍人がいる。

 そう考えると、刺客の恐怖が拭い去られた。

 それは、今そこにいる者たちに絶対的な安心感を与えた。

 虎人たちは山荘へ戻っていくエイスの方を向き、片膝をついて頭を下げた。


 龍人の住処の周囲には、守人族と獣人族が集まり、いずれ町になる。

 ──ミリカとリイラの二人はその意味を改めて実感した。



        **


 山の中腹の岩陰から様子を窺っていた集団は、既にそこから姿を消していた。

 エイスが竜炎バロムを二つ同時に発動したのを見ていたのだ。


 その集団は半ばパニック状態で山中をひた走る。

 ギロン山脈を南西方向に必死に駆けていく。


 その一団はリギルバート王国からの暗殺者ではない。

 ──諜報員たち。

 蛇人アーギミロアと毒大蛇が戻らなかったため、襲撃結果の確認にきていたのだ。


 この一団は、大滝下の砂地周辺に蛇たちが大量死しているのを見て、作戦が失敗したことを確信した。

 そして、それは想定外の事態だった。

 アーギミロアはこれまで依頼に失敗したことがなかったからだ。

 諜報員たちも大蛇たちが全滅する事態はさすがに想定していなかった。


 40m級のダミロディアスと600体のミギニヤは山脈沿いでは無敵だった。

 ほぼ無音で標的を取り囲み、一気に襲いかかる。

 数百の数のミギニヤの群れに対処できる獣人はいなかった。

 たった一体のミギニヤであっても、巨体のうえに猛毒牙を持ち、毒唾液を吹く。

 単体でも相当に手強い。

 加えて、多少の強敵や守人がいても、ダミロディアスとその猛毒霧で倒してきた。

 これまで、痕跡をほとんど残すことなく、全ての襲撃を完璧に遂行してきた。


 この作戦では、毒大蛇たちが先に白虎族族長たちを始末し、その後に虎人系族の村々を夜襲する予定だった。

 さらに、山荘にイストアールが滞在していた場合には、彼も殺害する計画だった。


 ミクリアム神聖国の元最高位神官を殺害できれば、叙勲相当の功績。

 白虎族と虎人族の約1400人、さらにイストアール殺害も加えた一大計画だった。

 その段取りのうえで、蛇人アーギミロアとダミロディアス、さらにミギニヤ600体を送り込んだのだ。


 ところが、そこには想定外の人物がいた

 ──龍人。


 諜報員たちは各国の龍人居住地を熟知している。

 岩陰から覗いていた諜報員たちは、二つの竜炎バロムに焼かれるダミロディアスを見て、心臓が止まりそうになった。

 そこで、諜報員たちは作戦が失敗に終わった理由を即座に理解した。

 そこに龍人がいたのだ。

 しかも、見たこともないデタラメな強さの!


 それからすぐにその場から離れ、本国へとひた走った。

 イストアールの山荘に龍人か(半)龍人ラフィルが滞在していることを報告するためだ。

 その周辺に友軍兵や工作員が近づかないように徹底しなければならない。


 龍人が一方的に攻撃をしかけてくることはない。

 だが、居住地域が攻撃された場合には、応戦してくる。

 龍人は、動き出したら必ず敵を殲滅する。

 龍人はそれだけの力を持つ。

 だからこそ、中立の姿勢を崩さないのだ。


 龍人が二人、あるいは三人で攻撃に出てくると、もう打つ手はない。

 過去に、三家族の龍人が一国を滅ぼした記録が残っているほどだ。


 龍人に纏わる故事成語がある。

 ───「間違っても龍人様の肩をたたいてはならない」


 リギルバート王国の諜報員たちは、コンフィオルに(半)龍人ラフィルがいることを既に掴んでいた。

 そして、その(半)龍人ラフィルがそこにいたことを必死に祈った。

 (半)龍人ラフィルなら、龍人ほど徹底した報復行動には出てこないからだ。

 そして、蛇人アーギミロアが既に死んでいることも同時に願った。

 こうなると、もう暗殺部隊を送ることさえできないからだ。


 無論、エイスは俯瞰視から諜報員たちの存在に気づいていた。

 アルスとの「ド派手にやっとこうぜ」の会話は、諜報員たちの心理を読み切ったうえでの言葉だったのだ。

 二人は焼却作業を手伝ってくれる虎人たちを無事に村に帰さなければならない。

 そのための派手な警告パフォーマンスだったのだ。


 ────ここには龍人がいる! 近寄るな!!



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