03 守護者の意識
族長デュルオスのいなくなった砂地の現場では、残った二人の白虎人たちが指示役を担い、虎人たちを動かしている。
二人からミギニヤの屍を50~60体ごとに一山にするように指示が出された。
虎人たちは、先に木材を敷き詰め、その上に簡易的な櫓を組み、そこにミギニヤを積んでいく。
十か所ほどにその櫓積みの山を作り、そこで焼却処分する予定のようだ。
虎人たちは四人一組になり、ミギニヤを一体ずつ運んでいく。
なかなか手間な作業なのだが、虎人たちは黙々とそれに勤しむ。
ただ、ミギニヤはかなり重い。大きいものは1トンを超える。
なのだが、虎人たちは四人だけでその屍をわりと平気で運んでいる。
さすがは肉体派の獣人。その筋肉は伊達ではなかった。
**
移送担当の一団を見送った後、エイスが大滝下の砂地へ下りてきた。
ミリカ、リイラ、シーリャ、ローシャの四人が途中でそれに気づいて、懸命に彼を追いかける。さらに四人の護衛役の虎人女性たちもその後をついていく。
『エイス、あいつら……なんでおれたちの後ろをついてきてるんだ?』
『それをおれに聞かれても分かるわけないじゃないか。
虎人たちと違って、あの連中は勝手にここにいるからなぁ。
しかも、四人も……。
連中に手伝ってもらうことは特にないんだが』
そんな会話をアルスとしながら、エイスはダミロディアスの屍の方へ歩いていく。
その後ろを守人と虎人の一行がぞろぞろと並んで歩く。
エイスは屍の前に到着すると、その状態確認を始めた。
昨日、ダミロディアスの下半身の1/5くらいは、既に切り出していた。
今日到着した虎人たちは、デュルオスの指示に従い、食肉にできる下半身の残分を既に解体していた。
エイスが切った個所から包丁を入れて、上手く捌いたようだ。
下半身部は既に骨だけになっていた。
新たに切り出された肉は、虎人たちが今晩と明日の食事にするそうだ。
また、これから上半身の鱗も剝がすとのこと。
ダミロディアスの鱗は希少金属の含有量が極めて高い。
希少金属そのものと言っていいほどだ。
そのままでも防具に使えるが、一度熔解して金属塊にすると、高値で売却できる。
下半身分は虎人族、上半身分は守人族が村に持ち帰り、各々で換金するそうだ。
どちらも抜け目がない。
実は、これに関してデュルオスとヴァリュオは大きな過ちを犯していた。
なんと、二人はエイスからのその許可をもらうのを忘れて帰ってしまっていた。
その所有権者はエイスなのだが……。
それでも、そこはエイス。特に気にもしていなかった。
欲しければ、「はい、どうぞ」的な様子だ。
それよりも、エイスにはその鱗剥がしの残作業の方が気になった。
虎人たちは今にもその場でその作業を始めそうだ。
「なぁ、鱗剥がしの作業をこの場でやるのか?」
「あっ、は、はい。
なにか問題がございますか?」
「先にこいつを焼却場所に運んだ方がよくないか?
鱗剥がしの後で運ぶと、おまえたち……体液でドロドロになるぞ」
彼は嫌な予感がして、それを伝えにわざわざ砂地に降りてきたのだ。
エイスは虎人たちが上半身の鱗剥がしを始める前に、焼却場所へ移動するように話した。
鱗を全て剥がしてしまえば、それはもう単なる肉塊。
却って運びにくくなってしまう。
そのうえに、大量の体液が運び手に付着することになる。
先に焼却予定場所に移動させて、そこで鱗を剥がす方が手間が省けて合理的だ。
守人たちはその作業を虎人たちに丸投げしていた。
そして、その虎人たちは見事なまでにその段取りを考えていなかった。
──虎人系族は綺麗好きなのにだ。
これにはエイスもさすがにちょっと呆れ気味しまった。
当然ながら、エイスの提案通りの段取りに決まっていった。
*
既に上半身部だけになっていても、ダミロディアスは重かった。
何しろ40m級の巨体。頭部が大きく重いため、重量的には中型竜と大差ない。
頭部も含め、残った上半身部の下に五本の細丸太を通して、その木を二人一組で持ち上げようとする。
だが、ムキムキの虎人たちでも十人ではダミロディアスを持ち上げられなかった。
──まぁ、それはそうだろう。
「これはダメだ。
さすがに重すぎる。
十人では頭が重すぎて持ち上げられん」
虎人たちはすぐに諦め、2本の細丸太をさらに追加して、そこに虎人女性五人も加わった。
それでも、巨大な頭部が重く、持ち上げられない。
頭部だけで虎人8人くらいは必要そうだ。
ただ、そこにその人員を割り振ると、今度は胴体部を持ち上げられない。
その様子を守人四人はその近くでじっと見守る──だけ。
一緒に運ぶ気もなければ、手伝う気もないようだ。
回収した鱗の半分は守人たちが持ち帰るらしいのだが。
『おいおい……
あいつら何様のつもりなんだ』
ここでアルスが少しぶつぶつと嫌味を言いだした。
作業が先に進まないため、エイスがそこに加わろうとする。
これに虎人たちが驚き、丁寧に断りを入れた。
「まぁーあまりに気にするな。
そいつは、誰がどう見てもおまえたちだけでは運べない」
そう伝えて、エイスはダミロディアスの頭の方へ歩いていった。
そして、頭部の下に通された8m近い長さの丸太の片側を脇に抱えるようにして持ち上げる。
な、なんと、彼は右側から一人でその頭部を宙に浮かせた。
ダミロディアスの頭部丸ごとを右からたった一人で、だ!
とは言っても、それは龍人のエイスにとっては造作もないこと。
龍人の怪力はよく知られているのだが、初めて見る者にとって、それは信じ難い光景だろう。
エイスは虎人たちに指示を出し、頭部下の丸太の両側を四人ずつで支えさせた。
そして、頭部をなんとか浮かせた状態にして、彼はその真下へと入っていった。
「もういいぞ!
おれ一人で持ち上げられるから手を放してくれ」
そう指示されて、虎人たちが恐る恐る手を放す。
彼はダミロディアスの頭部を真下から丸太一本で頭上に持ち上げている。
たった一人で……だ。
これには、さすがにマッチョな虎人たちも仰天する。
優に数トン級の頭部を彼は丸太に載せて一人で持ち上げている。
そこから後ろを十人の虎人の男たちと五人の女たちで運ぶ態勢になった。
ダミロディアスの上半身を16人で滝下に近い場所へと無事に移動させた。
そこでエイスは現場の手伝いを終えて、山荘に戻っていった。
どうやら本当にそれだけのために、彼はわざわざ砂地まで下りてきたようだ。
その後に、虎人二人と虎人女性五人が鱗剥がしの作業を始めた。
硬い外皮の裏から包丁を入れて、裏面から切り剥がし、その後で皮を剥ぎ取る。
男たちよりも女性の方が作業が丁寧で速い。
包丁の扱いは女性たちの方がやはり上手かった。
**
日が傾き、日の入りまで三時間くらいになった。
ここでエイスが再び現場に現れた。
彼はダミロディアスの成れの果てを見ながら、アルスと短い会話をした。
皮を全て剝がされたダミロディアスは、もはやただの肉塊。
下半身の肉は見事なピンク色だったが、上半身部は血色の赤身である。
肉質がサーモンからトロに変わったような感じだ。
ただ、この赤身は微毒を含み、食べるのには向かない。
この毒に当たると、死にはしないが、中度の下痢が数日続くとのこと。
作業を終えたミリカとリイラの顔が「今日のお仕事は終わり」と語っている。
ただ、二人は見ていただけで、特に何もしていない。
「ミリカ、今日の作業はこれで終わりなのか?」
「あっ、はい。今日はここまでです。
残りの作業は明日にいたします。
──あの、何かございましたか?」
「この肉の状態で、今晩このままにしておくのもどうかな。
この匂いが、夜に爬虫類や虫を集めないといいんだが」
「そう言われますと、……そうではございます。
ただ、この肉は微毒性ですので、爬虫類や虫も好まないように思います」
そこまでのやり取りを聞いて、今度はリイラが別の疑問を投げかける。
「ミリカ、そうなんだけど、肉食獣たちがここに近寄ってくるのは避けたいわ。
今から、焼却処分を始めた方がよくないかしら」
「ええ!? ま、まぁーそうね……。
でも、今度は最初の焼却臭に寄ってくる獣も出てくるわ。
最初、肉からかなりの油が出るから、その匂いが獣たちを強烈に引き寄せるの」
それは、庭先に七輪を置いて、そこで秋刀魚を焼くようなもの。
その油の焼ける匂いに猫たちが集まってくる。
存外、生よりも焼き始めの匂いに獣たちが反応する。
これに近いことがこの現場でも起こり得る。
ミリカはそれを危惧したようだ。
だが、
本来、守人族は、山、海、水、土の守り人──のはず。
それにもかかわらず、彼女たちは森の気配さえも感じ取れないのだ。
エイスが「爬虫類や虫」と言った意味にも、当然気づけない。
「そうか……そういうことか。
それなら、一気に焼き払ってしまおう」
「えっ!?
エイス様、そうは申されましても、これを焼却するのには一昼夜を要します」
二人の会話が微妙にかみ合わない。
どうやら「一気に」の意味を理解できていないようだ。
「一昼夜⁉
んっ? そうなのか……。
それで、この死骸の作業はもう全て終わったのか?
焼却してもいいんだな?」
「あっ、はい。
もう残骸だけでございます」
「そうか……。
では、これはおれがやろう。
その方が時間も話も早い」
このエイスの提案に、ミリカとリイラは仰天した。
先にミリカが触れたように、火炎術でダミロディアスのぶ厚い肉を焼却するのには一昼夜を要する。
彼女たちが
ただ、その焼却方法は術消耗的な理由から、彼女たちには難しい。
半日の間ずっと火炎術を使い続けるほどの術力を二人は有していない。
十人くらいで交代しながらであれば、それも可能かもしれないが、今この場にその人数はいない。
一般的には、最初に木材の上に屍を載せて、そこに火炎術を使う。
ミギニヤの焼却に櫓積みを用いているのも同様の理由からだ。
肉塊から油が滴り、木材と一緒に燃えるようになったら、火炎術を止める。
ミギニヤとは違い、ダミロディアスの焼却時に毒煙は発生しない。
一度燃えだせば、後は木材を足しながら、燃やし続けるだけだ。
ミリカの言うところの「一昼夜を要する」とはそういう話だ。
ミリカとリイラはこの後にミギニヤたちの焼却作業も残っている。
そちらは毒煙への対処が必要なこともあり、二人はダミロディアスでの術消耗をできるだけ抑えておきたかった。
「あっ……あのぉー
ただ、本日はこの焼却用の木材集めを予定しておりません。
明日の方がよろしいかと思いますが……」
ミリカとリイラは作業の段取りを既に勝手に決めていた。
だが、それはエイスの考えと話の焦点からズレている。
「木材とは?
ああ……そういう話か。
ふっ……。特に必要ない。
──それでは、早速作業を始めよう」
エイスは二人の天然振りにちょっと笑ってしまった。
特にミリカの天動説的な思考と言動は、彼にはギャグとしか思えなかった。
彼女たちは、龍人についても、上位術師についても、多少の知識は持っているようなのだが、その本質についてなにも理解していなかった。
ただ、なぜか彼にはそれが懐かしく思えた。
どこかで大勢の似たような若者たちを相手に話していた
──そんな気がした。
『あいつら勝手にやってきた部外者だろうに……。
ミリカってやつは頭のネジがいくつか足りないんじゃないか!
独善とか、自己中とかの次元じゃないな
──なにかの病気か?』
アルスはミリカに対して少々キレ気味になってきた。
『いや……アルス、あれは天然だ。
ある種の病気と言えなくもないんだが……。
そこに無知が加わると、ああなるんだ』
アルスはその解説を聞いて笑っている。腑に落ちたようだ。
実害があるわけでもないので、二人を無視して、エイスは自分の仕事を続ける。
「そこから離れてくれ!
こいつを燃やすぞ」
エイスのその指示を聞いて、虎人たちが慌てて肉塊の近くから離れる。
ミリカとリイラは、彼がそう指示を出したことに困惑する。
事情の分からない見習いのシーリャとローシャがエイスたちの方へ走ってくる。
実は、これは大陸で守人族が犯す失敗の典型例。
そして、リキスタバル共和国の守人族が特に犯しやすい失敗例だった。
守人族は「大自然の守護者」。守人たちにもその自負がある。
そのためか、現場を取り仕切るのは守人族の役目。
そう勝手に思い込んでいる。
二人の胸中も今正にそうなのだ。
だが、ミリカとリイラはここで何の権限も持っていない。
ガルカナからこの作業を任せられたが、それはガルカナの勝手な指示にすぎない。
ここでは決定権を持つのはエイスだけ。
しかも、エイスは龍人。守人族とは別次元の能力者である。
普通に考えれば、すぐに分かることなのだが、二人はそれにさえ気づけない。
実は、これにはリキスタバル共和国の守人族事情が関係しているのだが──。
エイスからすると、この守人たちは勝手にここにやってきただけの存在にすぎない。
デュルオスとヴァリュオが虎人族の手伝いを連れてくることには同意したが、彼はこのタイミングでここに他国の守人族が入ってくる相談は受けていなかった。
守人たちはリキスタバル共和国側の勝手な思惑のうえにここにやってきた。
エイスからすると、他国の守人たちに用はない。
彼は最初から虎人たちとともに自ら焼却処理をするつもりでいた。
この場所はエイスがイストアールから借り受けている。
何かあれば、責任を負うのはエイスだ。
彼の最優先は、周辺環境に配慮しながら毒大蛇を全て焼却すること。
そして、ここにいる虎人たちを無事に村に帰すこと。
相談も受けていない守人たちの段取りは二の次だった。
そして、エイスにはそのために今ここで果たさなければならない役割がある。
それは、龍人である彼にしかできないこと。
邪魔するだけの守人たちの存在を一時的に視界から消し去り、彼は火炎術での焼却処理に取り掛かった。
──エイスの上位火炎術の封印は既に解かれた。
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