02 六人の守人


 六人の守人と虎人女性らの集団は、ヴァリュオたちから40分以上も遅れてようやく森を抜け出た。

 ペースが遅いのは守人たち。中でもミリカの息が上がりやすく、彼女のペースに合わせたのが遅れの原因だった。

 また、途中でヴァリュオらから大きく遅れたため、虎人女性たちは警戒レベルを引き上げざるをえなかった。そのために進行ペースがさらに遅くなった。


 同行している虎人女性五人は守人女性たちの護衛役。

 彼女たちは裾野にようやく出られて、ホッとした表情を浮かべた。

 一行は急いで事件現場へと向かった。


        **


 ガルカナ、ベルロン、ミリカ、リイラの四人は、現場の状況を目にして、虎人たちと同様に足が止まった。シーリャとローシャの二人はその場で固まってしまった。

 守人たちにとってもその光景はやはり衝撃的だった。


「なんということだ。

 この大きさと数のミギニヤは──

 ──災厄ではないか」


「ガルカナ様……

 どうやったら、この数を倒せるのでしょうか?」

「分からんが、普通でないことだけは確かだな。

 それについては、ミリカとリイラの調査だ。

 任せるぞ」

「は、はい。承知いたしました」


 ガルカナとベルロンの男性二人は、この後で白虎人たちとともに蛇人アーギミロアをリキスタバル共和国へ護送する重責を担う。残るミリカとリイラがこれから現場検証を行い、その後に毒大蛇たちの焼却作業を担う。

 どうやらそういう段取りと役割分担のようだ。

 とは言っても、どちらもエイスの了承を得ているわけではない。

 それらは守人たちの勝手な段取りと予定でしかなかった。


 派遣されてきた守人たちにとっては、どちらの作業も重要かつ重責。

 特にアーギミロアの移送が急がれる。

 時間が経過するほど、リギルバート王国からの刺客に襲撃される可能性が高まるからだ。このケースでは、軍部隊ではなく、少数精鋭の獣人暗殺分隊が想定される。その目的は、もちろんアーギミロアの口封じである。蛇たちを失ったアーギミロアにもう用はない。

 昨日の今日なら、帰路で刺客と遭遇する確率はまだ低い。

 だが、明日になると、襲撃確率が一気に跳ね上がる。


 ガルカナとベルロンの二人、それにデュルオス、ヴァリュオ、ニルバ、その他に三人の白虎人。守人二人と白虎人六人の合計8人でアーギミロアを護送する。

 残る守人四人、その護衛の虎人女性五人。そして、別に白虎人二人と虎人四十人。

 計51人がここでの作業を継続する。

 51人もの人数をここに残すのは、毒大蛇の焼却作業が主な目的。

 だが、同時に万が一刺客がここを襲撃してきた時の戦力も兼ねる。


 そう。陰では既に別の戦いが進行していた。



        **


 守人六人と護衛の虎人女性の五人は、現場検証を始める前にエイスのところへ挨拶に向かった。


 山荘の敷地内に入ると、ガルカナとベルロンの二人は建造物の前に立つ長身の男性を見つけた。

 身長は2m近いと思われる。

 驚くほど小顔で、超足長の十一頭身体形。

 しかも、守人族でも見惚れてしまうほどの美男子。

 肩下までのミディアムブロンドがまるで輝いているかのように美しい。

 まだ成長期の少年のような輝きを放ちながらも、静寂のオーラを纏う。


 もしやと思い、ガルカナとベルロンが後ろを振り向く。

 ミリカ、リイラ、シーリャ、ローシャの四人。

 さらに、虎人の女性五人が敷地に入ったところで立ち止まっている。

 九人は瞳を輝かせてその男性を見つめている。

 ──瞳に小さなハートが映っている。

 虎人たちの尻尾が少し巻き気味に上を向いている。


 ガルカナとベルロンは苦笑いしながら、その男性のところへと向かう。

 二人はその男の目とオーラを見て、その人物がエイスだと確信できた。

 澄んだ青い瞳と体から醸し出される白色のオーラは守人族とは一線を画する。

 若き神官代理ガルカナは彼を一目見て、武才と術才の両方を感じ取った。

 しかも、信じ難いほど上位の龍人。

 彼がこれまで出会ってきた者たちとは格違いだ。


 無論、エイスはガルカナらが山頂を越えた時から既にこの一行を認識していた。

 彼は微笑みながら、ガルカナらを出迎えた。


 実は、これは多少裏のある微笑みだった。

 彼はまさかこの日に守人たちまで出てくるとは思っていなかったのだ。

 呼んでもいないのに、勝手にしゃしゃり出てきた。本音はそんなところだ。

 彼は何だか面倒なことになりそうな気がしていた。

 ──そういう微笑みだ。


 エイスの5mほど手前までゆっくりと進むと、ガルカナとベルロンはさっと片膝をついて頭を下げた。

 すると、そこへ残る九人が慌てて走り寄り、その後方で同様に片膝をついて頭を下げる。


 エイスは儀礼的な挨拶を終えると、全員をすぐに立たせた。

 彼は庭のテーブルへ案内し、全員にお茶をふるまい、ここまでの小旅を労った。


 エイスは多弁ではないが、必要なことは必ず前もって話す。

 口調はいつも通りだが、挨拶は丁寧。


 彼は原則として敬語を使わない。

 公平に全員に対して使わない。

 彼に対する相手の話し方についても決めごとはない。

 敬語を使うも、使わないも、各人の自由だ。


        *


 ガルカナの師は自称「イストアールの門下生」の一人。

 そのためか、真っ先に気にしたのは、山荘の被害だった。

 山荘の状態を外から見て、彼は一安心した。

 リキスタバル共和国の管轄区に住む白虎人族に対する襲撃事件の際に、イストアールの山荘に被害が出たとなると、別事件にも発展しかねないからだ。

 ──イストアール襲撃未遂。

 ここでの判断と対応を誤れば、師匠を激怒させてしまいかねい。


「建造物に被害は出ていない。

 その点は安心していい。

 被害が出ないように、下の砂地に引き寄せて倒した」


 エイスはそう事も無げに話した。


「ここに来る途中でヴァリュオからもその話を聞いたのですが……

 あのミギニヤの群れを瞬殺されたとのこと。

 どのような術なのでございますか?」


 まぁ、それが気になるのは当然だろう。

 ただ、エイスも古の龍人術と答えるわけにはいかない。


「おれは長い間泉の底にいたから、昔の記憶を失ってしまった。

 おそらく記憶が戻ることももうないだろう。

 その術の名称や具体的な術系統とかはまるで憶えていない。

 だが、感覚的に憶えている術がいくつかあるから、それを使っただけなんだ。

 ──悪いな。役に立てなくて」


 エイスにそう言われてしまうと、ガルカナたちはそれ以上尋ねようもなかった。

 ただ、二世紀近くも泉底で生き続けていたことがそもそも奇跡的。

 記憶の喪失くらいは不思議にも思わなかった。

 むしろ、回復途上でありながら、その大術を発動できたことの方が驚きだった。


 だが、ガルカナのその想定は、全くもって的外れなものだった。

 エイスにとって、脅鳴波ラーダムは大術でも何でもない。

 単なる威嚇術の一種。レベル9の脅鳴波ラーダムでも術消耗はないに等しい。

 一般的な鳥獣や爬虫類への効果が想定外に高かっただけだ。

 ただそれだけのこと。


 ダミロディアスにしても、その気なら上位の雷撃や炎術で瞬殺できた。

 ただ、様々な制約と制限からそうしなかっただけのこと。

 蛇人アーギミロアの捕縛を優先したこともその制約の一つだった。


        *


 十五分ほど話してから、エイスたちは捕縛したアーギミロアのところへ向かった。

 アーギミロアはまだ爆睡中。

 昨日から一度も目を覚ましていない。

 そこに、デュルオス、ヴァリュオ、ニルバが戻ってきた。


「こいつ、まだ寝ているのか」

「いつ目覚めるんだ?」

「このままだと担いでいくことになるんだが……」


 これはこれでなかなか面倒な状態のようだ。

 その会話を聞き、エイスは苦笑いするしかなかった。


「悪いな。まだ術の加減の感覚が怪しいんだ。

 強く術をかけ過ぎたのかもしれない」

「いえ、おかげで暴れなくてすんでおりますので」


 ヴァリュオはまだ眠っているアーギミロアを見ながら、なにか考え込んでいる。


「なぁ、親父殿……。

 おれが思うに、もう一度術をかけていただいて、このまま運ぶ方が楽な気がする。

 こいつ、毒を持っているからなぁ。

 暴れだしたら面倒だ」


 蛇人の体は嘘のように治癒している。

 もし暴れるようなことがあれば、確かに面倒だろう。


「むぅ……確かにそれはそうだな」


 それから、デュルオス、ヴァリュオ、ニルバ、ガルカナ、ベルロンの五人で話し合いを始めた。

 毒攻撃を持つ蛇人を移送するのはなかなか大変な作業らしい。


 結局、担架のような物を作り、それにアーギミロアを乗せて運ぶことになった。

 目覚めれば、移送時に暴れるかもしれない。

 それなら、眠っている今のうちにガルカナが痺術をかける方が手間も省ける。

 それで、丸二日くらいは動けなくなるとのこと。

 そのままの状態で担架に乗せて移送する。


 段取りが決まり、移送担当班はその準備作業に取り掛かった。


        **


 デュルオス、ヴァリュオ、ニルバ、ガルカナ、ベルロンの五人、そこに白虎人三人を加えた移送担当班の八人は少し早めの昼食をとった。

 リキスタバル共和国の守人族の町に夕方までに到着しなければならないからだ。


 デュルオスの治める村までなら、アーギミロアを運びながらでも四時間ほどで到着する。もちろん、運ぶのは白虎人たち。

 だが、族長のデュルオスがそれを嫌った。

 理由は簡単だ。

 アーギミロアの身柄を村に置けば、今晩以降に襲撃を受ける可能性があるからだ。


 白虎人族や虎人族は強い。

 山間部での戦闘でケイロン族に負けるようなことはない。

 それでも、刺客による夜襲はやはり怖い。

 ケイロンは人族の進化種で、ケイロン術と呼ばれる火炎攻撃を使う。

 そして、おそらく奴隷の獣人兵も使ってくる。

 刺客(暗殺隊)から夜襲を受けると、村に甚大な被害が出かねない。

 白虎人たちはそれを警戒したのだ。


 一方、聖殿には攻撃術を使える守人たちが多数いる。

 術技による戦闘になれば、さすがにケイロンに勝ち目はない。

 共和国の守人族は精強ではないが、術力も術幅もさすがにケイロンよりは格上。

 それに、ケイロンも正面から守人族の町や村を攻撃するほど愚かではない。

 リギルバート王国側もいきなり全面戦争に発展するのは避けたいはず。

 アーギミロアの身柄を拘置するのなら、やはり守人族の町か村が適切だろう。



        *


 昼食を終えると、移送担当班は足早に出立した。


 命を救われる結果となったデュルオスらはエイスに深々と頭を下げた。

 そして、ヴァリュオが壊れてしまった大太刀の代わりに、村の所蔵品の大太刀をエイスに手渡した。

 その刀は獣人戦士用。上級な刀ではない。

 ただ、それでも壊れたものよりはマシな大太刀。

 非常にレアな獣人刀鍛冶の作というオマケ付きだ。


 大太刀は1.7mの長さ。10cmほど短くなった。

 それでも、代わりに持ち出した大剣よりは遥かに扱いやすい。

 また、それまでの大太刀とは異なり、鍔と柄が半円状につながっている。

 エイスはその護拳構造が気に入った。

 旧日本軍軍刀のサーベル式軍刀とほぼ同じ。

 大太刀であることと、余裕で両手添えができる長柄なのが彼の好みだった。


 去り際にニルバがエイスのところに歩いてきた。

 お別れの挨拶のつもりか、彼女はエイスの肩に手をまわしてハグする。

 そして、「今度は眠らないわ」と囁き、頬に熱くキスをした。

 獣人族は口紅などつけない。もし彼女がルージュをつけていたら、エイスの頬には特大サイズの唇紅が残ったことだろう。


        *


 二人の守人と白虎人たちは手を振りながら去っていった。

 ニルバだけが何度も振り返り、その度にエイスに手を振っていた。



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