17 真夜中の侵入者


 山荘内にはエイス用の食材ストックだけなら十分に備えられている。

 だが、今晩はデュルオスとニルバもいる。

 エイスは二人の夕食についても考えなければならなくなった。


 そうなると、問題はデュルオス。

 何しろ普通の夕食を準備するとなると、夕食分だけでエイス用の食材ストックが全てなくなってしまう。

 次の補給までにまだ数日あるため、その食材がなくなるのも困る。


 デュルオスの好みと食事量を考えると、肉か魚を調達してくる必要がある。

 なのだが、毒大蛇たちの影響で周辺からは鳥獣たちが姿を消している。

 いつものように狩りで食材を調達してくるわけにもいかなかった。


 その夜の夕食は川の魚でも────エイスはそう考えた。

 それに、他に選択肢もなさそうだった。

 エイスは滝上の小湖に2m級の大鯰が数匹いるのを見たことがあった。

 それを何とか捕まえるつもりで、その算段をしていた。


 その予定だったが、夕食の献立についてデュルオスがまさかの提案をしてきた。


 ────「メインディッシュはダミロディアス」。

 しかも、それしかないだろう的な口ぶりだ。


 これにはエイスだけでなく、ニルバも仰天する。

 一方で、ミギニヤの肉には毒があるうえに、どう料理しても味が最悪らしい。


(──えーっ!?

 あれを食べてみたやつがいるのか……。

 それはまた素晴らしい勇者だな)


 これにはエイスもさすがに驚かされた。

 そして、ミギニヤは本当に煮ても焼いても食えぬ存在だった。


 それとは対照的に、ダミロディアスの肉の味は絶品とのこと。

 デュルオスが自信満々にそう断言した。

 とは言っても、美味なのは下半身だけらしいのだが。

 頭部に近づくにつれて味が落ち、肉に痺毒が混じりだすのだそうだ。


 当然ながら、エイスとニルバはその提案にあまり気乗りしなかった。

 そこにアルスが割り込んでくる。


『デュルオスの話は本当だ。

  ダミロディアスの肉は最高に美味い!

  捌くのは大変なんだが、こんな機会は滅多にない。

  絶対に食べるべきだ』


 アルスもその味と肉質を絶賛した。

 結局、エイスとニルバはとりあえず食べてみることにした。


 ただし、ダミロディアスは死んでいても、全身が鋼の鱗に覆われている。

 そのため、普通の剣や包丁等では捌けないそうだ。

 「剣を取るか、ダミロディアスを取るか」という喩えまであるらしい。


 専用の引き鋸があるらしいのだが、もちろんここにそんな物は備えられていない。

 エイスが雷撃でバラバラにしてみるか、とデュルオスに尋ねた。


「エイス様、それはいけません。

 せっかくの肉の味を台無しにしてしまいます」

「そうなのか?」

「はい。絶対にだめです!」


 デュルオスは大真面目にそう返したきた。

 そうなると、外皮から切り捌いていくしかないが、その鱗は合金級の硬度を持つ。

 エイスがダミロディアスの頭頂部に真上から一直線に大太刀を突き刺したにもかかわらず、刀身が折れてしまったほどだ。

 その刀がそれだけ安物だったとも言えなくはないのだが、エイスはその時の感触を明確に記憶している。


(あの感触だと、鱗は特殊合金級だろうな。

 大太刀の切先よりも硬度が高いようだった。

 ただ……、確かに硬度はかなりのものだったが、斜め方向の強度はそれほどでもなさそうだった)


 とは言っても、それはダミロディアスの頭頂部の話である。

 胴体部分の鱗はさすがに頭部ほどの強度と硬度はないらしい。

 胴体なら専用の引き鋸なら引き切りできるそうなので、エイスの剣技なら切れないことはないだろう。

 切り口さえ開けられれば、内部からは簡単に捌けるとのこと。


 ただ、彼の大太刀はもう既に逝ってしまった。

 中太刀(1m級)も持ち込んでいるが、刀身の出来が悪い。

 さすがに大太刀の出来以下の中太刀をダミロディアスに向けるのもどうだろうか。

 太刀は希少武具のため、衛兵所にはそもそもあまり置かれていなかった。

 二刀を失うのは、エイスとしても困る。

 それに、借りた武具はいずれ衛兵所に返却しなければならない。


 エイスは今回持ち込んだ武具の中に両手持ちの大剣があることを思い出した。

 あまりにも重く武骨な大剣だったため、選定の前段階で候補から外してしまった。

 他に選択肢もなかったため、とりあえずその大剣を使ってみることした。


 山荘から戻ってきたエイスが持ってきた大剣を見て、デュルオスとニルバが目を見張る。

 それは、2.2m級の両手持ちの両刃大剣。重さはなんと約24kg。

 正に絵にかいたような大剛剣。もちろん、巨躯の獣人兵用である。


 デュルオスはその大剣を持たせてもらい、何度か振ってみる。


「これは……、さすがに私でも重いですなぁ。

 私なら盾として使います」


 これは半分は本音で、半分はジョークだろう。

 エイスはそれを笑顔だけでスルーした。

 ニルバは父のそのジョークを聞いてちょっと恥ずかしそうだ。

 ──なぜか、その他の一人には結構ウケている。


 この類の大剣は、その構造上、刃の切れ味を期待して使うものではない。

 持ち味は、剣の大きさ、強度、そして重量。

 それらを活かした戦い方。打ち叩く。切れ味は二の次だ。


 デュルオスはエイスにその剣を返した際に、彼がその剛剣を片手で軽々と持っていることにようやく気づいた。

 デュルオスはエイスが龍人であることを再認識させられた。

 彼は自分よりも大きな剣を軽々と扱う。


        *


 三人は山荘から滝下の砂地に下り、ダミロディアスの屍のある場所へ向かった。

 途中に転がる毒大蛇たちの屍の目は開いたままだ。

 数百の目が見つめる中を三人で歩いていく。

 デュルオスとニルバはさすがに少し気分が悪くなってきた。


 40m級のダミロディアスの屍は巨大だ。

 エイスもさすがにそれを見ると食欲はわいてこない。

 一方で、そこに着いたデュルオスはかなり上機嫌だ。少し高揚気味だ。


 その笑顔を見ると、ダミロディアスは相当に美味なのかもしれない。

 そう思えてくるから不思議である。


 ニルバがダミロディアスの鱗に対して、試しにクローで斬りつけてみる。

 ガキーン──。

 いかにも硬そうな金属音が響いた。

 ニルバのクローは見事に弾き返された。おまけに、腕まで痺れた。

 彼女はその感触から、それを剣で切れるとは思えなかった。


「エイス様、……これを切るのでございますか?」


 エイスは大剣を肩に担ぐように持ち、ダミロディアスの鱗を見ている。

 確かに頭部の鱗より、強度も硬度も低い。


 彼は肩から剣を下すと、革鞘から剣を引き出した。


「この鱗なら切るのは、切れると思う。

 ただ、これをどう切るかだな……」

「これを切れると──」


 実は、ここでのエイスとニルバの会話は全く噛み合っていなかった。

 ニルバは、ダミロディアスの硬い外皮を切れる、あるいは切れないか。それが話の焦点だった。


 一方で、エイスは単にどう捌いて、どこの肉を切り出すか。

 そこが話の焦点だった。


 エイスはデュルオスに肉を切り出す場所を尋ねた。

 デュルオスは胴体中でも最上級肉質の部位を手で示した。

 エイスは簡易透視術スキャンを発動し、胴体内を観察する。


「そこなら、横開きでいくかな」


 そう話したと同時に、エイスは特に構えることもなく、いきなり腕を振った。

 腕だけを振ったようにも見えた──まるで大剣を持っていないかのように。

 そして、二歩横に移動して、また一振りした。


 ビッ、ビュ──微かな音が二度した。


 それは風切り音ではない。

 エイスの剣速は風切り音が鳴るほど遅くない。

 それは、剣を止める際に生じた空気音だった。


 デュルオスとニルバには大剣の動きがほとんど見えなかった。

 腕と大剣が横方向に瞬間移動したようには映ったが、それさえも残影。

 白虎人の動体視力をもってしてもその次元でしか捉えられなかった。

 エイスは剣を革鞘に収めて、下に置いた。


「ここからバラそう」


 彼はそう言うと、太さ2m近いダミロディアスの胴体の真ん中辺りに右腕ごと手を差しいれていく。そして、そのまま右手を上方向に押し上げた。


 パカッと3mくらいの切り口が開き、そこに反対の手も添えて、そのまま力を入れて身を押し上げながら捲り開いた。

 ダミロディアスは見事なまでに切り捌かれていた。

 デュルオスとニルバはそれにようやく気づき、目が点になっている。


 3m大の美しいピンク色の切断面が現れた。

 その身の美しさにはエイスも驚いている。

 デュルオスは、剣技よりも食欲とばかりに駆け寄り、身の一部を切り取って味見をする。


「うっ────まい‼」


 その声につられて、エイスも包丁で30cm角の肉を切り出し、石の上に置いた。

 指先を翳して小さく火炎を出して、その表面を焦がしていった。

 そして、その肉を包丁でサイコロ状に切り、口に入れた。


「おおっ‼」


 剣技に驚いていたニルバも、そのエイスの表情を見て急に食欲がわいてきた。

 エイスが表面を焦がした肉の一片をもらい、それを口にした。


「お、おいしい──!」


 デュルオスがなぜか非常に自慢げな顔をしている。

 だが、そのドヤ顔も頷けるほど美味だった。


 この後に、アルスから助言を得て、エイスはダミロディアスの頭部の一部を剣で骨ごと切り開いた。彼はその部分から頭部に少し解体して、蛇真鋼と呼ばれる特殊な金属骨節を取り出した。

 それはΩ形状で、大きさは50cm四方×30cm(厚)くらいの特殊合金骨。

 ダミロディアスはこの蛇真鋼から思念波を出して、従蛇たちに指示を出す。


 実は、このダミロディアスの蛇真鋼と鱗は希少金属。

 非常に高価で取引される。

 蛇真鋼は特に高値がつくそうだ。

 エイスはコンフィオルに戻ってから、それを換金することにした。


 それから、エイスは3m大(70cm厚)の半身を五枚ほど切り出した。

 それらを三人で抱えて、山荘へと戻った。

 食べきれなかった分は、明日の作業後に増援隊にふるまう予定だ。



        **


 三人は楽しく夕食をとり、その後に温泉につかった。


「ふんふん~ふ~んっ」


 デュルオスが鼻歌を口ずさみながら、石鹸で丁寧に体を洗っている。

 エイスは温泉につかりながら、その姿を見て少し笑ってしまった。

 その巨体に似合わず、体中を隈無く丁寧に洗い、ピカピカに磨き上げていく。

 ──石鹸を二個も使ってだ。

 虎人系族は綺麗好き。アルスのその話も頷けた。



        **


 深夜、既にベッドで寝息を立てているはずのニルバの部屋の扉が静かに開いた。

 物音一つ立てずに、部屋の扉からスーッとニルバが出てくる。


 さすがは白虎人。

 足の肉球が見事な消音効果を発揮している。


 彼女は別の部屋の前で足を止めると、音をたてないように慎重にドアノブを回す。

 ゆっくりとその部屋の扉を開け、静かに中へ入っていった。

 ほぼ無音。思わず拍手をしたくなるほどの素晴らしい侵入テクだった。


 部屋に入ったニルバはさらに用心しながら、部屋の中央奥に置かれたベッドへと向かった。

 そして、ブランケットの端を静かに捲り、その中に入っていく。

 眠っている人物の横に寄り添うようにして、同じブランケットの中に入った。

 彼女は腕を伸ばして、抱きつこうとして、ようやく気づいた。


(んっ⁉)


 その感触はあまりに柔らく、肉感に乏しかった。

 それは人ではなく、丸められたブランケットだった。


「やっだ⁉」


 驚いた彼女は飛び起きるようにして上半身を起こした。


 次の瞬間、彼女の視界が溶けるように急に狭まっていく。

 そして、意識が宙に抜けていくように急に薄れていった。


 そのまま、パタリとベッドの上に倒れた。


        *


 翌朝、ニルバは目覚めると、自分のベッドにいた。

 昨晩は熟睡してしまったようだ。


 その状況の飲み込めない彼女は少し呆然とした表情で、昨晩のことを思い出そうとする。

 夢だったの!?

 ──とも思ったが、そんなわけはない!

 途中までのことは鮮明に憶えている。

 彼女はベッドの上でしばらく考え込んでいた。


        *


 昨晩、ニルバが忍び込んだのはエイスの寝室。

 目的は……言うまでもないだろう。


 エイスがそれに気づかないわけはなかった。

 彼は部屋の隅に隠れ、完全に気配を消していた──白虎人でも気づかないほど。

 彼女がベッドに忍び込んだ時には既に誘眠術が発動されていた。

 さほど強力な術ではないのだが、獣人にはよく効く。


 彼は眠った彼女を抱えて、部屋へと連れていき、ベッドに寝かせた。

 二世紀振りに復活したばかりの彼に、その類の興味や欲求はない。

 面倒な話にならないように、彼は無難に対処したのだ。


 ────その是非とアルスの反応についてはここで触れないことにしよう。


        **


 翌朝、三人揃って朝食をとったが、二人の間には非常に微妙な空気が流れていた。

 まぁ……それは当然だろう。

 デュルオスは敏感にその緊張感を察知し、押し黙っている。

 彼にも娘が何かしでかしたであろうことは想像できた。

 白虎人の女性は身持ちが固い。だが、いくと決めたら、迷いなくいく。


 ここでデュルオスは賢明な父親に徹する。

 ──君子危うきに近寄らず、だった。


 エイスもそれに倣い、とにかくなにもなかったように平静を装うことに徹する。

 三人はなにも話さず、静かに朝食をすませた。


 そして、それを傍観しながら、楽しそうに笑っている者もいた。



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