16 戦いの後始末


 大滝ミララシアで起こった襲撃事件は無事に解決した。

 だが、それは単に事件が解決したにすぎなかった。

 それで全てが終わったわけではない。

 現実的には、この事件の後始末も同レベルの難題だった。


 山荘の階段側から滝下の砂地を見て、エイスが少し暗鬱な表情を浮かべる。

 彼もさすがに戦いの後始末までは計算に入れていなかった。

 彼の瞳にはこの後に対処しなければならない元凶の姿がはっきりと映っている。


 山荘周辺に転がっていたミギニヤの屍は、とりあえず下の砂地へ落としたが、何しろ砂地に転がる屍の数が多過ぎる。

 滝下の砂地の裾野側には黒色の絨毯が広がる。

 そして、そこにはさらに40m級の巨大なダミロディアスの屍も横たわる。

 これには、エイスだけでなく、アルスも諦め気味だ。


『十とか二十くらいならまだしも……

  これだけの数になると、手の打ちようがない。

  お手上げだな』

『こいつらを火炎で処分するにしても、何か所かに集めないといけないしなぁ。

  その作業だけでも四人では無理だ』


 ミギニヤは巨体。1トンを大きく超える個体もいる。

 六十体ほどはエイスの火炎術に焼き焦がされて、既に半分骸と化しているが、その他のほとんどが目を開いたままの薄気味悪い屍である。


『エイス、ダミロディアスを四人で運べると思うか?』

『おっ、おい……、なにを言ってるんだ。

  そんなの無理に決まってるだろう!

  40mもあるんだぞ』

『いや、おまえならあの頭くらいなら持ち上げられそうな気がするんだが……。

  やっぱり無理なのかぁ』

『頭だけ持ってどうするんだ……。

  あれを引きずって運ぶって!?

  ──ムリムリ!』


 アルスの提案はさすがに無茶ぶりすぎた。

 エイスにはさすがに冗談にしか聞こえなかった。

 四人とは言っても一人はニルバ。いかに彼女が2m近い身長とはいえ、力ではやはりデュルオスとヴァリュオに大きく劣る。

 どうやったところで、ダミロディアスを四人だけで運べるわけがなかった。


 実は、アルスもそれは分かったうえで、一応確認してみただけだった。

 何しろ、これまでにもアルスが不可能と思ったことを、エイスはいとも簡単に解決してきた。それで念のため確認してみたのだが、結果は見事な空振りだった。


『問題はダミロディアスよりもミギニヤの方だな』

『ああ……デュルオスの話だと、そのようだな。

  ミギニヤを処分するのは大変らしい』


 ミギニヤの体には非常に強い毒素が含まれているため、腐敗の進行は遅い。

 それでも、放置しておけば、一週間ほどで強烈な悪臭を放つようになる。

 それはそれはひどい悪臭らしい。

 もしそうなると、この辺りは正に地獄絵図。

 誰も近寄れなくなるそうだ。

 それを想像しただけでアルスはゾッとした。

 誰もそんな光景は見たくないはずだ。


 しかも、悪臭や腐敗臭だけでなく、強烈な毒素が地面に漏れ出す。

 その影響は川下の集落や周辺の生態系にまで及ぶことになる。


 焼却しないままで放置すれば、それこそ大惨事になる。

 なのだが、焼却処分する際にはまた別の問題が起こる。

 今度は、ミギニヤの体から強烈な毒煙が発生する。


 生きていても、死んでからも、本当に厄介な毒大蛇である。

 それが600体以上となると、この対処について考えるだけでも気が滅入る。

 どちらにしたところで、四人ではおよそ不可能な作業の内容と量だ。


『エイス、それでどうする?

  さすがに強火炎ミロムだけでは焼却に時間がかかり過ぎる。

  それに毒煙の対処もあるし……

  演習も兼ねて、灼熱火炎ロアルを使って焼却するか?』

『そうだな……、そうしないといけないだろう。

  高熱になるほど焼却時に出る煙中の有毒成分は少なくなる。

  強火炎渦ミロムアよりも灼熱火炎ロアルを使うべきだろうな』


 いかにエイスとはいえ、この数のミギニヤを一人で全て焼却するとなると、さすがに時間がかかる。

 現状、万が一を想定して、エイスは火炎術を火炎ロア強火炎ミロムのみの使用に制限している。しかし、強火炎ミロムだけで毒煙まで抑えながら焼却するのはさすがに難しそうだ。

 実際に、戦闘中にミギニヤを強火炎ミロムで攻撃した時にも、黒い毒煙が立ち昇っていた。この発生を抑えるにはさらに高温の火炎術が必要になる。


 エイスの灼熱火炎ロアルの炎温なら短時間でミギニヤの骨まで炭化できる。

 その炎温であれば毒煙の発生も最小限に抑えられるだろう。


『ただなぁ……

  それでもこの数だとさすがに全てを焼却処分するのに、それなりの時間がかかるかもしれない。特にダミロディアスがなぁ。

  そうなると──

  エイス、いっその事……あれを使うか?』

『それも一つの手だな……。

  まぁーさすがに屍が水蒸気爆発することはないだろう。

  必要なら使っていくかな

  ──竜炎バロムも』


 竜炎バロムは最上位級の火炎術。この術は守人には発動できない。

 それは、龍人最強の火炎術。

 岩どころか、その猛熱は金属でさえドロドロに熔解する。


 ただし、それは一般的な龍人のケースである。

 エイスの中上位火炎術は一般レベルとは別次元の炎温に達する。あまりに危険であるために封印してきた。


 ただ、その問題も解消されつつあった。

 シミュレータ設定も既にエイスのデータに更新されている。今ではシミュレーション誤差もかなり低く抑えられている。

 それもあって、上位火炎術を解禁しようかとアルスと話していたところだった。


 それから二人はしばらく話し合い、火炎術の封印を解くことに決めた。

 今回は戦闘ではなく、あくまで焼却処理に用いる。リスク管理にそれほど神経質になる必要もない。

 焼却処理の時間を大幅に短縮できることもあり、演習も兼ねて、中上位火炎術も焼却時に使ってみることにした。


        * 


 白虎人三人の目算では、後処理の作業には最低でも40人くらいの人手が必要になるとのこと。そして、この人員については、デュルオスが虎人族の村から派遣してくれることになった。

 まぁ、これは当然のことだろう。

 なにしろ蛇たちはデュルオスらを狙って襲ってきたのだ。


 それを聞いてアルスがケラケラと笑いだした。


『アルス、なにがおかしいんだ?』

『えっ、おい……だって想像してみろよ。

  あのムキムキマッチョの虎人だぞ!

  それが40人も来てみろ。

  歩いてる行列を想像しただけで──

  これはだめだ……。

  面白過ぎる!』


 アルスはそう話してから、今度は爆笑する。

 エイスの頭にもあの虎人の革半ズボンにサスペンダーの姿が浮かんだ。


『アルス、やっ……やめてくれ!

  おれにまで伝染するじゃないか』


 40人の虎人が並ぶその光景は、二人の爆笑のツボをついたようだ。

 二人の爆笑はしばらく続いた。


        *


 全長40m級のダミロディアスの屍を焼却場所に運ぶだけでもかなりの人数が必要になる。さらに、600体以上のミギニヤの屍も運搬し、焼却に適した櫓積やぐらづみにしなければならない。

 40人の増援でもおそらくぎりぎりの人手だろう。


 どちらにしても、急いで誰かが増援を呼びに行かなければならない。

 ミギニヤの屍が悪臭を放ちだす前に全ての焼却処分を終えなければならないのだ。

 そこで、ヴァリュオがとりあえず一度村に戻り、増援を呼んでくることになった。


 アーギミロアの話では、村への帰路や周辺に別の襲撃部隊はいない。

 襲撃計画では、デュルオスらを襲撃した後に、その夜に山間部の村々を襲う予定だったのだ。おそらくもう危険はないだろう。


 念のため、エイスは遠距離の三次元俯瞰視を使い、ヴァリュオの帰路の安全性の確認を行ったが、毒大蛇や軍兵等は発見できなかった。

 また、ミクリアム神聖国との国境線付近にまでケイロン族の部隊が出兵してくる可能性は低い。この周辺に敵軍が現れれば、リキスタバル共和国とミクリアム神聖国の二国に宣戦布告したのも同然だからだ。


 尤も、仮に多少のケイロン兵が帰路上に待ち伏せていたところで、山間部では白虎人たちの敵ではない。これは、白虎人が身体能力のみならず、五感のいずれにおいてもケイロンより優れるからだ。

 ヴァリュオに待ち伏せやトラップは通用しない。

 平地でない限り、ヴァリュオが必ず先に気づく。

 だからこそ、リギルバート王国軍はアーギミロアを使ってでも山間部の強豪獣人族種の村々を襲撃していたのだ。


 ヴァリュオは帰り支度を急いで整え、一人で村へと戻っていった。

 彼の足なら日が落ちる前に村に戻れるはずだ。



        **


 結局、この日デュルオスとニルバは山荘に泊まることになった。

 エイスとしても、二人を蛇たちの屍の山の近くで野宿させるわけにもいかなかった。


 なのだが、デュルオスは体が大き過ぎて山荘に入れない。

 3.5m級の体格にもなると、村でも住居に入るのは大変らしい。

 白虎族の男性の平均身長は2.4mくらいらしいので、デュルオスとヴァリュオがいかに大きいかを推し量れるはずだ。


『3m超級の獣人はどういう家に住んでいるだ?』

『さすがに3.5mもあると、普通の家には住めない。

  天井が4m以上の住居になると基本的には平屋だな。

  しかも、出入口の扉が巨大になるから、それを見るだけでだいたいの獣人族種が分かる』


 そう答えてから、アルスは一人で思い出し笑いをする。

 おそらく扉に関わる笑い話があるのだろう。

 だが、エイスはその話題をあえてスルーすることにした。

 ──アルスのこの類のジョークは笑えないことが多いのだ。


 結局、デュルオスには客人棟の軒下のテラスに寝てもらうことになった。

 彼は普段から板敷に寝ているらしく、大きめのブランケットだけあれば、それで十分らしい。


 ニルバには山荘の一室を使ってもらうことにした。

 これに、彼女は甚く感激していた。

 白虎人族はベッドに寝る習慣がなく、薄いマットの上でブランケットに包まり、そのまま眠るそうだ。


 部屋に案内すると、彼女はベッドを見て子供のように目を輝かせた。

 すぐに、ベッドにダイブして、ゴロゴロと転がる。

 エイスの目の前で、獣人美女がベッドの上を何度も転がる。


 一見には、ニルバがベッドの上で楽しそうに戯れているように見えるのだが、少しエイスの視線を意識した動きに見えなくもない。

 それでも、エイスは特に気にするでもなく、和やかに見守っている。


『あぁー獣人美女がベッドでごろごろするのを見るのは、やっぱり──

  ──いいな!

  エイス、そう思わないか?』


 唐突に、アルスがそう尋ねてきた。


 アルスは守人美女には厳しいが、細身でセクシーな獣人美女に絆されやすい。

 最近、エイスはなんとなくそれに気づいていた。

 単にセクシー獣人美女に弱いとも言えるのだが……。

 そのあまりにも分かりやすい反応に、エイスはその場で爆笑しそうになる。


 ただ、そこにはベッドでごろごろしているニルバがいる。

 エイスは唇をかみしめ、爆笑しそうになるのを必死に堪えながら、部屋の外へ飛び出していった。




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