15 襲撃の真相
目覚めたアーギミロアは横たわった状態のまま、目だけをきょろきょろと動かして辺りを見回す。ここはどこで、そして自分になにが起こったのか。視界からの情報を基に、彼はまだ少し重い頭で必死に考える。
頭が普通に回り始めると、状況認識が次第にできるようになってきた。
ただ、それに反してアーギミロアの困惑度が上昇していく。
ダミロディアスから落下し、白虎人たちに袋叩きにされたところまでは憶えている。ところが、その時の負ったはずの傷や痛みが感じられない。
その時の記憶と今の体の状態が一致しないのだ。
このアーギミロアの困惑は当然のことだろう。
彼の体内時計は正常。眠っていたのは数時間にすぎない。
そのわずかな時間で彼の負傷が癒えるわけがなかった。
──常識的には。
*
白虎人たちは拘束したままの状態でアーギミロアの半身を起こし、水を飲ませた。
そして、デュルオスが話を始めた。
デュルオスから毒大蛇たちが全て殲滅されたと聞かされ、アーギミロアは目を大きく見開いた。
彼は森から出たところでダミロディアスの後頭部の陰に隠れたため、戦いの中盤以降を見ていなかった。あの数の毒大蛇の群れが全滅したといきなり告げられても、さすがに信じられない様子だ。
白虎人たちはアーギミロアを拘束したままの状態で階段の側まで連行した。
そこからは滝下の砂地が見渡せる。
アーギミロアはそこから砂地周辺を見て、凍りついたように固まった。
白虎人たちの話が嘘でないことは一目瞭然だった。
そのまま放心状態に陥り、しばらく茫然としていたが、その後に頽れ落ちた。
子供の頃から手塩にかけて育ててきた蛇たちを全て失ったのだ。
その後、デュルオスらはアーギミロアをテーブルに引き戻して、椅子に座らせた。
「蛇たちは龍人様が全て始末された」
「なっ……、へっ?
ばっ、ばかな……。
そ、そんな……龍人様……!?」
デュルオスのその短い説明に、アーギミロアは驚きの声を上げた。
その表情からも極度に困惑していることが分かる。
「こ……こっ、この周辺に龍人様は住んでおられないはずだ」
「それはおまえがそう思っていただけだ。
ほれ、そこに立っておいでになる」
もちろんアーギミロアは森の中からエイスの姿を見ていた。
そして、彼がミギニヤたちを
何しろそれを見たから、ダミロディアスとともに攻撃に加わったのだから。
「そ、そんな馬鹿な……。
龍人様には見えなかった」
それを聞いて、普段はクールなエイスもくすりと笑った。
アルスが大爆笑する。
この時、アーギミロアはエイスを一瞥し、彼の耳が守人よりも短いことにようやく気づいた。
エイスの耳の長さは龍人と守人の中間くらい。遠目にはどちらにでも見える。
おまけにエイスは龍人らしからぬ体形、そして超絶美男子。
遠目から一瞥しただけでは、龍人ではなく、守人に映る。
アーギミロアはようやく状況を理解し、がっくりと肩を落とした。
そう、彼は大陸における暗黙の掟を破り、ここを襲撃したのだ。
そして、あろうことか龍人に対して矢を向けた。
その結果は、推して知るべし。
この蛇人はリキスタバル共和国南域の出身。
その周辺には龍人の居住域がいくつかある。
龍人の居住域を襲えばどうなるか、彼はよく知っていた。
だが、ミクリアム神聖国のこの周辺に龍人は住んでいない。
──そのはずだった。
だからこそ、この襲撃が計画され、実行に移されたのだ。
なぜ毒大蛇たちが簡単に殲滅されたのか、アーギミロアにもその謎が解けた。
ここでようやく彼は全てを失ったことを受け入れた。
肩を落として縮こまるその背中は、3m級の巨体とは思えないほど小さく見える。
*
デュルオスを中心にして、三人でのアーギミロアへの尋問が始まった。
尋問とは言っても、三人が矢継ぎ早に質問をぶつけていくだけなのだが──。
『あれは絶対に口を割らないだろうな』
『まぁ普通そうだろう。
殺そうとした相手にすぐにぺらぺら話すやつはいないだろう』
『そりゃーそうだ。
ただ、そうなるとおまえが折角治療した意味がないんだけどなぁ』
『よく言うよ。
治療しろって言ったのは
──アルス、おまえだろう!』
『はははっ、そんなことを言ったような気もする』
そして、二人の予想通り、アーギミロアはやはりなにも話さない。
事件について話さないのではなく、それこそなにも話さない。
貝のように口を閉ざし、無言を貫く。
地球的には「完全黙秘」なのだろうが、この世界にその類の法的な権利などそもそも存在しない。
大量殺人犯であるため、なにか話したところで、どのみち処刑されるだろう。
アーギミロアは既にそう達観しているのか、口を開こうとはしない。
*
何の進展もないまま、一時間が過ぎた。
白虎人たちに少し焦りの色が窺える。
三人はアーギミロアと毒大蛇の群れ以外に別動隊が動いていないかを心配していた。その点について一刻も早く確認したかった。
もし他に襲撃計画が動いているなら、それを何としても阻止したいのだ。
だが、アーギミロアはそう簡単には話さない。それは明らかだった。
白虎人三人が小声で相談を始めた。
『あいつら拷問でも何でもやる気だな。
この状況だし……
まぁー、それもやむなし……だろう』
アルスは、背に腹は代えられない的にそう語った。
ところが、エイスの考えは違っていた。
『治療を終えたばかりなんだ。
それは、できれば避けたい』
エイスはアルスにそう伝えてから、再び動きだした。
「デュルオス、おれが代わりに尋問しよう。
悪いがしばらく時間をもらうぞ」
デュルオスらはその指示に仰天する。
誰がどう考えても、それはエイスの仕事ではないからだ。
そうではあるものの、手こずっていたこともあり、その指示にあっさりと従ってくれた。
エイスは白虎人たちにアーギミロアに目隠しをさせると、その後にエイスの後方へ移動させた。そして、三人にそこから動かないように注意した。
彼は三人の立ち位置を確認してから、アーギミロアに近づいていく。
*
アーギミロアの側に立つと、エイスは目隠しの状態を確認する。
それから、ゆっくりと右手を上げた。
パチィーン‼
──エイスの鋭いフィンガースナップ音が響いた。
アーギミロアはその音に鋭く反応し、瞬間的に体を硬直させた。
エイスはその反応から目隠しの効果を確認し、少し乾いた声で話しだした。
「おまえはあまりに多くの人たちを殺した。
その贖罪の前に、おまえにはいくつか聞かなければならないことがある。
話す気がないなら、それもいいだろう。
だが、それならおれの術で精霊の尋問官を召喚する。
その尋問官たちはデュルオスほど優しくない。
おまえが会いたくない者たちもきっと大勢連れてくるだろう」
突然、エイスにそう告げられたが、アーギミロアにはその意味が分からなかった。
特に「精霊の尋問官」が誰を指しているのか、皆目見当がつかなかった。
とは言っても、その他の三人、プラス一人にもその意味は分からなかった。
エイスのこの言動は次への布石──暗示──だった。
パチィーン‼
──エイスの鋭いフィンガースナップ音が再び響いた。
同時に、アーギミロアに対して【
エイスがそこで発動したのは、レベル1の
知能の高い獣人に対する精神攻撃的な威力は低い。
なのだが、アーギミロアの全身が震えだした。
時間経過とともに、その体の震えが次第に激しくなっていく。
三分後、全身がまるで痙攣しているかのように激しく震える。
エイスは
特にレベル1と2では、二つのモードに分けて、効果を使い分けられるようにしていた。
モードAは、今まで通りに脳と神経節に対して抗えない本能的な恐怖を与える。先天的な本能に対する精神系攻撃の一種だ。
モードBでは、情動神経回路から後天的な恐怖を呼び覚ます精神系攻撃。主には幻覚と幻聴が現れる。その視聴覚的恐怖は被術者の潜在意識から湧き出てくる。目を閉じても、耳をふさいでも、それらを遮断することはできない。
モードBでの
エイスがこの場で発動したのは、モードBでの
彼の暗示はそのためのものだった。
モードBで引き出される後天的な恐怖は、潜在意識下から湧き出すものであるため、先に暗示をしかけ、狙った方向に意識を誘導する必要があるのだ。
大陸の獣人族の中には、竜族・龍人信仰ではなく、精霊信仰者も多い。
精霊とは思念体のこと。
特定の条件下では実際にそれらを視認できる。
特別な視覚を持つ獣人族種には特によく見える。
そして、見えるからこそ、その存在を否定できない。
エイスはアーギミロアの言動から、少なくとも彼が竜族・龍人信仰者でないと確信した。
ゆえに、先に暗示をしかけたうえで、モードBでの
アーギミロアの意識の中には、精霊の尋問官と彼が会いたくない者たちがおそらく現れている。
それらの姿や声はアーギミロアの潜在意識から湧き出してくるもの。そして、同時にそれらがアーギミロアの脳や神経に対して彼が最も恐れる精神攻撃を加えてくる。
それらが誰で、どんな姿をし、どんな責めをアーギミロアにしているのか、それはエイスにも分からない。
──パチィン‼
十五分後、エイスのフィンガースナップ音が聞こえ、術が解かれた。
もちろん、このフィンガースナップ音も暗示の一つ。
その後に、アーギミロアの激しい震えがゆっくりと収まっていった。
アーギミロアは、視聴覚的な責めと精神攻撃を同時に受けていたはず。
エイスはその状態を注視しながら、解除のタイミングを見計らっていた。
それ以上に続けていれば、アーギミロアの精神が崩壊していたかもしれない。
エイスの目配せを合図にして、アーギミロアの目隠しが外された。
アーギミロアは茫然自失の状態に陥っている。
*
アーギミロアが落ち着くのを待ってから、デュルオスらは尋問を再開した。
アーギミロアの態度と対応が一変した。
まだ何かに怯えている様子だが、質問に対して素直に答えるようになっていた。
そして、事件の真相について語りだした。
*
アーギミロアの標的は、予想通りにデュルオスだった。
そして、黒幕はリギルバート王国王国軍。
「指示と報酬を出したのはドラビヴァロンだ」
「中将のドラビヴァロンか?」
「そう……やつだ」
デュルオスはいきなり大物の名前が出てきたことに驚いた。
しかも、あまり良くない噂しか聞こえてこない将官である。
その名前を聞いたデュルオスが大きくため息をついた。
リギルバート王国はケイロン族の国。
獣人族と人族を序列の最下位に置く。
獣人族と守人族の治めるリキスタバル共和国とは正に犬猿の仲だ。
隣接国であるため、激しく対立してきた。
中将ドラビヴァロンの狙いは、リキスタバル共和国の山間部の強豪獣人種族。
その村々を秘密裏に殲滅すること。
それらの獣人族を始末すれば、山脈越えでの軍事侵攻が容易になるからだ。
虎人系族はリキスタバル共和国中でも最強獣人族種の一つとして知られている。
そのために襲撃リストの上位に載せられていたのだ。
ケイロン族は山間部での戦いに弱い。
弱い云々以前に、山間部で獣人族と守人族に勝てるわけがなかった。
また、得意の火炎術も山間部では両刃之剣。
そこで、蛇人アーギミロアを高額で雇い、秘密裏に動かしていたのだ。
幸いなことに、今回の作戦に別動隊は存在しなかった。
デュルオスらを殺害した後、アーギミロアと毒大蛇たちが虎人系族の村々を襲撃する計画になっていた。
今回、王国軍から派遣されてきた人員は一班の諜報員たちのみ。
その任務はアーギミロアらの襲撃計画の確認。標的決定と成果の確認が主である。
その成果による成功報酬制だったこともアーギミロアは話した。
*
尋問は滞りなく進み、終了した。
デュルオスら三人が話し合い、アーギミロアをリキスタバル共和国に引き渡したいとエイスに伝えてきた。とりあえずの危機は回避できたが、守人神官による本格的な尋問を行いたいとのことだ。
『エイス、どうする?
ここはミクリアム神聖国領内だぞ』
『そうだな……。
ミクリアム神聖国からリキスタバル共和国に連行するとなると、事が後々面倒になりそうだ。
ただ、この国に被害は出ているわけではないしなぁ』
『いや、そういう話じゃないんだ。
アーギミロアをこの国で取り調べることになると、インバル大聖殿の上位神官たちがおそらく出てくるぞ。
イストアールだけならまだしも、そいつらがしゃしゃり出てくると、おれたちもいろいろと話さないといけなくなる』
『大聖殿まで出てくるのかぁ。そうなると、少し面倒だ。
うーん……それは避けたいな。
──これはあれだな』
『ああ、全面的に同意する。
──これはあれしかない』
そして、エイスは「記憶を失ったため周辺事情が分からない」とだけ告げて、デュルオスに丸投げした。
二人は政治的な問題には原則係わらないことに決めている。
ここは、龍人の常套手段──面倒ごとは「守人族と獣人族にお任せ」。
そうは言っても、二人は基本的に同じ考えだった。
今回の一件だけはミクリアム神聖国内で起こったが、余罪は全てリキスタバル共和国内での事件。かなりの数の犠牲者が出ているだけに、デュルオスらの希望通り、リキスタバル共和国側が取り調べた方がいいだろう。二人はそう考えていた。
ただ、政治的な問題に関してはまた別の観点が求められる。
だから、デュルオスに丸投げしたのだ。
この後、アーギミロアを再度厳重に拘束し、エイスの術でもう一度眠らせた。
これで最低丸一日は目を覚まさないはずだ。
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