14 神技の領域
デュルオスは、今回の襲撃計画の全容、そしてその黒幕について、アーギミロアから聞き出したいと考えた。同時に、今後の獣人族の村々への襲撃計画の有無についても早急に確認しなければならなかった。
(アーギミロアを急いで尋問したいが……。
医術師の守人様にここまで来ていただくわけにもいかない。
いや……、こいつを治療可能な守人様となると、オペル湖近くから来ていただくしかないだろうな)
アーギミロアの容態、そしてその後の尋問の難易度を踏まえて、デュルオスは口を閉じて俯いた。
それらは彼自身で今どうにかできるようなものではないからだ。
しかも、尋問さえすれば、それらの情報が引き出せるわけではない。
おそらくそう簡単には口を割らないだろう。
(もしかしたらエイス様であれば、この治療も……可能かもしれない。
とんでもない御力を持っておいでだ。
だが、これは龍人様にお願いできるようなことではない)
大陸東部では龍人は神的な存在。
龍人に蛇人の治療を願い出るなど、デュルオスにとって常識的にあり得ないことだった。
ところが、そのデュルオスの深慮を余所に、ヴァリュオとニルバの二人がエイスの前へと歩み出る。
「エイス様、どうしてもこいつから今聞き出さなければならないことがあります。
ご助力をいただけませんか?」
「うーん……、おれにどうしろと?」
「龍人様の御力で、こいつを一時的に尋問可能な状態にしていただくことはできませんか?」
「──こいつを、一時的に?
それは無理な注文だ。
治療するのなら、普通に治療することになる。
一時的に話せるように治療する方がむしろ難しい」
ヴァリュオも無理を承知でそう願い出たものの、それ以上は無理押しできなくなった。何しろエイスからど正論が返ってきたのだ。
そこに、アルスが割り込んでくる。
『エイス、冗談抜きで治療は可能なのか?』
『こんな時に冗談を言うやつはいないだろう。
可能か不可能かの話なら、可能だ』
『本当か!?
こいつは希少種の蛇人で、しかもかなり複雑な肉体をしているんだろう。
それを初見でなんとかなる……、いや、なんとかできるのか?』
『個人的な希望だけで話すなら
──もちろん、やりたくない。
初見で治療するにはあまりにも複雑な体構造をしている。
加えて、治療に必要な予備知識と情報があまりにも少ない。
だが……どうしてもと言われれば
──やれないことはない』
アルスはエイスの性格を誰よりも知る。
そのエイスが可能と言ったのだ。
『この悪条件下で、
『いや、それは無理だ。
単純な
治療するためには、先に体内構造を詳細に掌握する必要がある。
施術中も全身の状態を常時監視し続けないといけないだろうな。
そうなると、複数の
ただ、その次元で
狭所に対してなら高精度の情報を得られる。反対に、距離や照射範囲を拡大すると、精細度が著しく低下する。
標準モードでは地球のCTスキャンのレベル。
狭所モードでは内視鏡レベル。
広域モードになると、X線写真程度にまでレベルダウンする。
こうイメージすると理解しやすいだろう。三つのモードで精細度が全く異なる。
ただし、電磁波術は便利なのだが、被曝防止のために近距離では多用できない。
それでも、初見でいきなり施術するとなると、かなり強い電磁波レベルの透視術を複数同時に用いることになる。
超電磁気術を操る龍人や守人の細胞は高レベルの電磁波耐性を持つが、それ以外の種族はそうではない。強い電磁波に晒され続ければ、重度に被曝してしまう。
加えて、アーギミロアのように主副二つの心臓を持つ獣人を施術するには、先にその体構造と内臓器官の関係を詳細に調べて、治療工程を綿密に練り上げておく必要がある。
被爆しない程度に
それはあまりにも無謀な挑戦だ。
だから、この蛇人を治療可能な専門医が今求められているのだ。
それはエイスであって同様である。
ただ、白虎人たちは医術的な知識など持たない。
ヴァリュオのエイスへの治療要請は無知が故になせたこと。
すると、アルスとのやり取りの直後に、今度はニルバがエイスに話しかけてきた。
「エイス様、無理を承知でお願いいたします。
もし他に襲撃計画が動いていれば、大勢の犠牲者が出るかもしれません」
「確かにそうかもしれないが……。
そう言われてもなぁ」
「ご無理を申し上げていることは重々承知しております。
それでも……、お願いいたします!」
ニルバは深々と頭を下げた。それに続いて、ヴァリュオも頭を下げた。
これが無謀な要請であることを理解しているのか、デュルオスは黙ったままだ。
ニルバに涙目でそう懇願され、エイスが珍しく困り顔になる。
『エイス、不可能でないなら、やってやれよ!
多少失敗したっていいじゃないか。
そもそもこいつが悪いんだ。
あまり細かいことは考えずに、死なない程度に弄り回してやれ』
そのアルスの言いように、エイスは思わず吹き出しそうになる。
白虎人たちにそれを悟られないように、笑いそうになるのを必死に我慢する。
『アルス、おまえなぁ……他人事だと思って。
──ニルバに絆されたな』
そう、亡国の英雄騎士アルスは人情派──「超」の付く。
そのアルスから返事がない。図星のようだ。
(はぁー、アルスはこれだからなぁ。
何の彼ので美人に弱いし……。
死なない程度に弄り回してやれ……って、なんだよ。
丸っきり他人事だな)
そうは言っても、その白虎人たちやアルスの気持ちを分からないではない。
(あまり難しく考えずに、試してみるのも考え方の一つではあるかぁ。
──さてと……どうしたものか)
アルスの言い方は少々乱暴だが、全否定すべきものでもなかった。
エイスもいずれは医系術を試さなければならない。
難易度は高レベルだが、これをその機会と考えることもできる。
アーギミロアを実験体と考えるのも、ありなのかもしれない。
それに、ここであれこれ悩むのも時間の無駄ではある。
「あまり気乗りはしないんだが、おれにどうしてもやれと?」
「「お願いいたします!」」
ヴァリュオとニルバの声がきれいに重なった。
そこで再びアルスの声が頭に響く。
『エイス、おれからも頼む!
おれの代わりにやってくれないか』
アルスの必殺の一撃──「おれの代わりに」──がエイスに炸裂した。
その頼み方は、なかなかに見事な急所攻撃だった。
(はぁ………………まぁ、そうだな。
アルスにそう言われると、断れないじゃないかぁ)
エイスは無意識に唇だけでそう呟いた。
そして、一人苦笑いする。
「──分かった。
やれるだけ、やってみよう。
ただ、初見での治療だ。
どこまでできるかは約束できない」
白虎人三人が互いに目を合わせながら、笑みを浮かべた。
いつの間にか、そこにはデュルオスも混じっている。
そして三人揃って深々と頭を下げた。
**
白虎人三人はエイスが治療を始めるのをテーブルの側で待っていた。
三人は医術のことなど、何も分からない。
この世界では医療行為は守人族の職域である。
ゆえに、守人と同様の治療行為が行われると単純に考えていた。
ところが、三人はいきなりエイスから想定外の注意を受ける。
「普通は患部周辺を透視しながら治療を行う。
だが、今回はそういうわけにもいかない。
こいつの肉体はかなり特殊な構造をしているから、全身を観察しながら治療しないといけないんだ。
内臓器官全体を詳察するために特別な術を使う。
三人にも体内が見えることになるから、驚かないでくれ」
「ふぇ!?」「は?」「んっ?」──『なに!?』
三人、プラス一人から奇妙な声が発せられた。
「え、ええっー!?
こいつの体内を見ることができるのですか?」
「そうだ。そういう術だ」
エイスは、そう話した後で両手を蛇人に翳す。
そして、そのままの状態で術を発動した。
それは古の聖守術中から発見した秘術──【
テーブルに横たわるアーギミロアの体が内から輝きだした。
「おおっ」、「ええっ」という驚きの声が何度も聞こえる。
アルスの声も頭に響いた。
体内の輝きが強まり、内臓器官や血管等がその輝きの中で浮き上がるようにして見えてきた。
その輝きが強まるに従い、皮膚組織や筋肉等が視界から消えていった。
骨、内臓器官、血管等だけが半分透き通った状態で見えるようになった。
それは、まるでMRグラスをかけて、目の前に解剖用の仮想人体が浮かんでいるような光景である。
アーギミロアの体内構造がリアルにそのまま見えるようになった。
二つある心臓が大きく脈打ち動く様子がそのまま見える。
心臓が脈打つ度に、血管が伸縮して血液が全身を循環する。
主副二つの心臓の同期等もリアルに確認できる。
デュルオスら三人もリアルな内臓器官と血管の様子を凝視する。
三人の目だけが動いていて、体はまるで固まっているかのように微動だにしない。
エイスは三分ほどの時間を使い、そのままの状態で全身と内臓器官を入念に調べていった。
それから、エイスは解析のためにさらに二分の時間を使った。
エイスはそのわずかな時間で目の前の蛇人の体内構造の詳細を掌握した。
そして、解析をさらに進めていく。
エイスは初見のハンデを
医師であった当時の記憶を失っていても、エイスは各患部に最適な治療とその工程を瞬く間に導出していく。それは彼にとって本能に近い作業、あるいは体に染みついた習慣のようなものなのだろう。
エイスの頭に治療に向けての詳細な工程表が組み上げられいく。
*
実際の治療行為の詳細な作業工程が決まれば、エイスはそれを実行するだけ。
脳内シミュレータで開発と演習を重ねてきた多数の小術を組み合わせての治療が始まった。
初見の蛇人に対して、最初は慎重だった治療作業も、時間経過とともにどんどんスピードアップしていった。
慣れるに従い、エイスは新たに統合術を開発し、治療速度をさらに上げていく。
完全並列同時思考を最大活用して、エイスはアーギミロアの治療に最適な処置術をいくつも開発していった。
白虎人たちの目の前で、損傷した組織や血管等が猛烈な速度で修復されていく。
同時並行で行われている骨折箇所の修復では、砕けた小骨片が吸い寄せられるように集まり、瞬く間に癒合していった。
損傷箇所や骨折箇所がまるで猛速で自然再生しているかのように元の状態に戻っていく。
エイスが実際に治療行為に入ってから二十分後には、まるで20倍速映像再生を見ているかのように損傷部の再生が進んでいく。
この頃から、無意識のうちにエイスは微笑んでいた。
それは当然のことだろう。
これが初めての医系術を用いた治療の実践。
それも、地球人だった当時には到底不可能だった超高精度かつ猛速の治療が行えているのだ。
エイスは医師であった当時の記憶を持たないにもかかわらず、それがどんどん楽しくなっていった。
そして、彼の集中力がさらに上がり、治療速度がより一層加速していく。
最終的には、まるで100倍速の早送り映像を見ているかのように、猛速で治療が進んでいく。
(おいおい……
この
──これは、すごいな!
それにしても、この異常な治療速度はなんなんだ!
おそらく1秒間に千単位の小術が同時に使われている。
どうやったらこんなことができるんだ……)
それはアルスの常識が崩壊するほど衝撃的な光景だった。
実は、エイスの完全並列同時思考は既に大幅に進化し、ミリ秒未満の単位での時分割多重処理が行えるようになっていた。
コンピュータに例えると、多数の超高性能プロセッサをさらにマルチスレッド化して、数千にも及ぶ小術をそれらのプロセッサ上で時分割しながら仮想的に並列処理しているのだ。
今のエイスなら、医系術程度の小術なら万に近い数で同時発動し、それらを制御可能だ。
**
蛇人の治療は、開始からわずか48分で終了した。
もう一度同じ治療を行う機会があれば、おそらく20分を切れるだろう。
アーギミロアの体から
終了しても、白虎人たちとアルスは声を発することもできず、茫然としている。
瞬きだけはしているが、思考回路のどこかがショートしているかのように、三人と一人は固まっている。
重傷だったはずの蛇人は、尋問可能な状態どころか、ほぼ完治している。
今にも動きだしそうだ。
──治療終了から三十分後。
エイスはアーギミロアの麻酔術を解除した。
それから数分後、アーギミロアが目を覚ました。
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