13 蛇人アーギミロア


 毒大蛇の群れを殲滅した後、エイスたちは山荘に戻ってきていた。

 山荘前のテーブルの周りに四人が集まり、時折テーブル上を指差しながらなにかを話し合っている。

 だが、四人の表情を見る限り、それが明るい話題でないことだけは確かだった。


        *


 テーブルの上には長身の獣人が仰向けの姿勢で眠っている。

 そう、それは捕縛された蛇人アーギミロア。

 ──かなりの深手を負っている。


 身長は3m弱。ヴァリュオと大差ない。

 その体が頑丈な大型木製テーブル上をほぼ占拠している。

 二足の獣人としては、やはりかなりの巨体だ。


 驚くべきことに、その後頭部から太くて長い尾が腰近くにまで伸びている。

 肩から下は二足の獣人。

 肩から上には、人間的な顔を持つ大きな蛇が別に乗っている。

 実際にはその上下が分離しているわけではないのだが、そう見えてしまう。

 非常に不思議な姿形をしている。


『アルス、こういう姿形の蛇人って多いのか?』

『いや、こういう蛇人はおれも初めて見る。

  それにしても……、また面白い体をしているなぁ』


 面白いのかい! ──エイスはそうツッコミを入れたくなった。

 だが、これにはエイスの獣人族に関する知識と常識の不足が表れていた。

 この星には、この類の異形種の獣人が多数存在する。

 一般的な二足歩行獣人の枠から外れる種族もいるのだ。

 エイスとは対照的に、アルスは率直に──面白い体──そう感想を述べた。


 アーギミロアの後頭部から伸びる長い尾はかなり厳重に縛られている。

 デュルオスによると、この蛇人は暴れ出すと対処が非常に面倒らしい。

 なんとその尾には猛毒針が潜んでいるとのこと。

 戦闘になると、この尾と毒針を攻撃にも使ってくる。

 それもあって、尾まで拘束し、エイスの術で眠らせている。


        *


 エイスにとってアーギミロアは初めて見る蛇人。

 彼は興味深そうにその体を観察しながら、その体構造をスキャンしていく。

 後で治療する可能性もあるからだ。


『──これはまた興味深い構造をしている。

  頭部付近にもいくつか独立的な臓器がある。

  アルス、こういう獣人種は多いのか?』

『いやぁ……、どうだろう。

  獣人は種族がめちゃくちゃ多いからな。

  ところで、こいつには心臓が二つあるのか?』

『いや、厳密には二つあるわけではないようだ。

  心臓が複数あると同期と制御が難しくなるからなぁ。

  これは補助心臓的な働きをするもののようだ』

『なんだ、それなら別に珍しくもないか。

  蜥蜴人族や蛇人族の中には心臓が四つあるやつもいるらしいからな』


 エイスはアーギミロアの内臓器構造に少し驚かされたが、どうやら特に珍しいものでもないようだ。

 デュルオスは、なんと六つの心臓を持つ獣人を知っていた。

 地球人が猿人からの進化種であるように、この星でも獣人は原種からの進化種か派生種なのである。内臓器官とその構造の進化も獣人種ごとに大きく異なる。


(それはそうなんだよな……。

 鳥人族は翼を使って飛行できるわけだしなぁ。

 おそらく骨格からして全く別ものなんだろう)


 これまでエイスが出会った獣人たちは、基本的に人族型の体構造をしていた。

 虎人や白虎人もそうだ。いずれも体構造のベースは同じである。

 だが、この星の最多人口は獣人族であり、多数の属類から構成される。

 目の前に横たわる蛇人から、エイスはその事実を改めて再認識させられた。



        **


 エイスの目の前で眠るアーギミロアは、白虎人の三人に袋叩きにされた。

 とは言っても、この蛇人が弱いわけではない。

 巨体のうえに高い身体能力。加えて、両手の鈎爪クローと両足、加えて長い尾。そして猛毒針。侮れない戦闘能力を持つ。

 ダミロディアスから落下した際に骨折と火傷を負っていなければ、かなり手強い相手だったはずだ。


 ただし、それはデュルオスが一人で相手をした場合の話。

 鈎爪クローを装備した白虎人三人がかりで手こずるほどの相手ではない。


 それでも、猛毒を持つだけに、手を抜いて戦えるような相手ではなかった。

 動けないようにするために、三人は文字通りアーギミロアをボコボコにした。

 ────明らかにやり過ぎではあるのだが。


 かなりの出血があったにもかかわらず、それでも頭部の状態は安定している。

 さすがは異形の蛇人。とんでもない生命力だ。

 エイスがざっとスキャンしながら診ただけでも、七か所の骨折、二十か所以上の穴と裂傷を負っている。

 ────なかなかに見事な重傷患者である。


(これはこれで、やはりすごいな……。

 人族なら既に絶命している)


 デュルオスによると、アーギミロアは大陸東南部固有の蛇人種族とのこと。数もかなり少ないらしい。

 ヴァリュオの知るこの蛇人種の知り合いの中には、切断された指が再生した者がいたらしいのだ。

 それを聞いたエイスとアルスは驚くよりも、呆れてしまった。

 尾くらいならまだしも、さすがに手指が再生するのは驚愕に値する。


 エイスの所見でも、アーギミロアはこのまま放置しておいても死にはしないようだ。ただ、まともに動けるようになるまでにはさすがに一か月以上かかると話した。


        **


 白虎人たちが少々面倒な話をし始めた。

 このタイミングで、急いでアーギミロアを尋問したいと言い出したのだ。

 それが難しいことも分かっていてだ。

 多数の死者が出ているだけに、デュルオスは事の真相を知りたがった。特にこの黒幕が誰なのかを。

 そして何より、他に襲撃者がいないかどうかを確認しなければならないと考えていた。


 ところが、現実にはこれがそう簡単にはいかない難題だった。

 それには先ずアーギミロアを尋問できる状態に治療しなければならない。

 ただ、このタイミングでの尋問はエイスが想定していたよりもかなり早い。彼はアーギミロアの傷が多少なり癒えて、尋問可能な状態になってからと考えていた。

 今日明日に尋問可能な状態に治療するとなると、治療行為と回復を同時に行わなければならない。そうなると、かなり上位級の守人医術師に頼むしかなくなる。

 なのだが、そもそもこの周辺にはその肝心の守人医術師がいないのだ。


 ────エイスがいるじゃないか。

 確かに、彼は医系術も使える。

 だが、そう考えるのは少々早計に過ぎる。


 ここはゲームの世界ではない。

 「ヒール」などという便利な治癒術や回復術はそもそも存在しない。

 単純な回復術でさえ、水分やブドウ糖の補給、神経や筋肉の疲労緩和等々、その症状に合わせて術を使い分ける必要がある。万能回復術など存在しない。

 医系術が使えさえすれば、医療行為を行えるわけではないのだ。


 アルスは医術師ではない。それでも十数種の医系術を使えた。


『龍人も止血や鎮痛の術くらいは習うし、使うぞ。

  でも、本格的な医術は真面目に勉強しないと習得できないからな……。

  それはさすがに守人医術師の仕事だ』


 医系術を使えるとは言っても、アルスは医系術があまり得意ではない。

 そのせいか、医術的な話題はあまり好まないし、避けようとする。相談されても困るからだ。

 ただ、これはアルスに限らない。医系術を使える大多数の守人たちも同様である。


 それは単純な理由からだ。

 ──その大雑把な理由は、先のアルスの話の通り。


 肉体は複雑かつ精巧な構造体。

 その治療方法もまた緻密かつ繊細な作業になる。

 多数の医系術を組み合わせて発動し、それらを同時制御しながら施術していくことになる。

 外科的治療であれば、多数の術を用いて骨、組織、筋繊維、血管等を一つ一つ地道に修復(治療)していくことになる。

 守人医術師は術技を使い、医療器具、機器、薬、切開手術なしで施術できる。

 だが、治療行為そのものは地球とそれほど大きく違わない。

 ゲームのような万能薬もなければ、万能術なども存在しない。


 結局のところ、医系術はツールにすぎない。

 それらをどこに、どう使い、どのように活用するかが肝要。

 医系術を治癒や回復に適切に用いるには、医学術的な知識と経験が不可欠なのだ。


 アルスがそうであるように、龍人も、守人も、医系術を発動できる者は少なくない。それでも、その大多数はそれらを応急処置程度に使えるだけだ。


 蛇人の治療について、エイスが自ら進んで挙手することはない。

 この星での経験不足もあるが、これにはまた別の難題があるからだ。

 だが、そうなるとどこかから医術師を連れてこなければならない。


「残念ですが、この近くに医術師はいません。

 リキスタバル共和国から派遣してもらうしかありません」


 デュルオスは今すぐにでも尋問を始めたかった。

 それでも、現実を踏まえ、白旗を上げた。


 医術師は、聖殿勤務者(医専神官)が大多数を占める。

 また、そこから定期的に派遣される医術師。あるいは、町の在住医術師。

 一般的にはそのいずれかである。

 エイスたちが今いる山荘近くに医術師がいるわけがなかった。

 しかも、患者は蛇人アーギミロア。

 非常にユニークな体構造と猛毒を持つ蛇人種。


 実は、この点が真の難題だった。

 そう、この蛇人を治療可能な医術師は稀有な存在。

 これに該当する医術師がこの周辺にはいるわけがなかった。

 そして、蛇人の治療経験を持たないエイスもこの点は同様なのである。



        ****


 エイスに自分が医師だった当時の記憶はない。

 正しくは、明確な記憶を持たない。

 全くないというわけではないのだが──。


 ただ、思念体から継承した記憶は断片的なものばかり。

 エイスはその不完全な記憶を現世の様々な情報、実験、シミュレーション等から少しずつ補完してきた。それでもまだかなりの情報が不完全なままだ。


 転生時に、エイスは遺伝子情報の解析から、医系術の情報も発見し、それらのシミュレーター演習も既に終えている。

 その習得速度と演習結果はアルスも仰天するほど高レベルだった。

 ありえないその速度と応用力から、エイスとアルスもさすがに前世との因果関係を考えたほどだ。


 この星の医術の基礎と基本は、五十数種類の医系術とその組み合わせから成る。

 それらを医術の「基本五十術」と呼び、アンダルフォス方式と呼ばれる組み合わせと応用法で用いる。このアンダルフォス方式とは、天才医術師シキ・ニイ・アンダルフォスが構築した医術体系と術式の呼称である。


 医術の基本五十術の一つ一つは単純なものばかり。

 一部の中位術と上位術を除けば、難しい術はほとんどない。

 例えば、地球でのクリップ法の止血術と同様に、一本の血管を一時的に止血する術。また、末梢神経に対して作用する痺術(鎮痛術の一つ)もそうだ。


 だが、その組み合わせや応用法は複雑多岐にわたる。

 加えて、そのバリエーションはほぼ無限。

 このため、アンダルフォス方式を基礎・基本として習い、そこに中位や上位の医系術を併用して治療を行うのだ。


 エイスは造作もなくこの基本五十術を習得した。

 それらの活用法と応用法についても、彼は誰にも教わることなく、シミュレーターを使いながら独学で独自に開発していった。


 結果的に、それはアンダルフォス方式とは異なるものになった。

 と言うより、彼はその基本五十術の用法をまるで最初から知っていたかのように複合的・統合的に扱えた。それも、守人医術師が学校で習うアンダルフォス方式よりも遥かに高次に。


 それが地球医学の医術体系と術式をベースにしていることは言うまでもない。

 その頃から、エイスにも何となく自身の前世の職業を推察できるようになった。



        ***


 アーギミロアの治療に関する問題は、エイスの医学術的な能力や術技力とは無関係のものだ。

 ここでの焦点は、アーギミロアのその標準的ではない体構造。


『エイス、こいつを治療するって言ってもなぁ。

  こいつの体内……、内臓が上下に分離しているし、ごちゃごちゃだぞ。

  おれたちとは根本的に違わないか?』


 アルスはエイスの簡易透視術スキャンの情報を見ながら、その複雑な体内構造についてそう感じたようだ。


『確かに……そうだな。

  こいつの肉体は相当に複雑な構造をしている。

  これを初見でいきなり治療するのは、難易度がかなり高いな』


 ここで今求められているのは、尋問可能な状態にまで治療、そして回復させること。

 それも、できれば今日明日中に──。


 地球人医師なら、まず間違いなくお手上げだ。

 これは、医療器具も機器もない状況下で、恐竜を初見で手術するようなもの。

 人族専門医である地球人医師には、初見での治療はあまりにハードルが高過ぎる。


 そして、それはこの星の医術師であっても同じだ。

 初見での治療行為など論外。アーギミロアの治療には、該当する蛇人種の体構造を熟知し、数多の治療経験を持つ医術師が必要になる。


 さらに、仮にいたとしても、今日明日に尋問可能な状態にできるか……だ。

 これが高いハードルになる。

 この要件を加えると、この治療がほぼ無理ゲー的な難題に変わってしまう。


 そして、それこそエイスがここでやや引き気味のスタンスをとっている理由だ。

 ──なのだが、アルスはエイスのちょっとした一言を聞き漏らさなかった。


『あのさぁー、エイス。

  ちょっと気になったんだが……

  おまえ、今「難易度がかなり高い」って言わなかったか?』


 そう、彼は確かにそう言った。

 「できない」とも、「不可能」とも言わなかった。

 それがなにを意味するのか

 ────エイスの性格を踏まえて、アルスはその真意を確認しようとした。


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