11 蛇人とダミロディアス
エイスと白虎人三人の
エイスは一人稽古に少々飽きていたこともあり、なかなか楽しい時間を過ごせた。
白虎人三人もわずかな時間だったが、肉宴会と稽古を通してエイスの人柄を知ることができた。
互いに有意義な時間が過ごせたことに満足気だ。
四人が山荘へ戻ろうと動きだした時だった。
────エイスの視線が山頂の方へ向かう。
ニルバがエイスの表情の変化に気づき、彼の視線の先を追う。
それを追うようにして、デュルオスとヴァリュオも山頂方向を見る。
「山頂周辺からこの麓まで……。鳥獣たちが姿を消した。
この周辺からも既に逃げだしている」
それを聞いた白虎人三人の耳があちこちに向きを変える。
三人も周辺の状況を探る。
エイスは三次元俯瞰視を最大距離まで拡げ、山頂の裏側辺りまで探索する。
アルスも俯瞰視情報を参照しながらその異変の原因を突き止めようとする。
『山頂付近からここまでの森林に鳥獣の姿が全く見えない。
一体なにが起こっているんだ……。
まさか、地揺れでも起こるのか』
『いや……アルス、よく見ろ!
──いる‼ なにかがいる。
地面ごと動いているように移動している』
『へっ⁉ 地面ごと動く……って
あぉっ……?
おおっ……本当だ!
あちこちの地面が微妙に揺れながら動いている』
『嫌な予感がする。
俯瞰視に熱情報も加えてみる』
何かが地面すれすれを移動している。だが、広範囲の三次元俯瞰視ではそれを捕捉しきれない。
エイスは電磁波を解析し、三次元俯瞰視に熱情報も加える。
二人はこの情報追加により、ようやく周辺の概況を掌握できるようになった。
『エイス、これで謎が解けたな。
どうりで守人たちの
『ああ、そういうことのようだな。
守人の使う
──数百もの大型動物が地面を這うようにして山中を移動している。
中位守人術の中には
これはレーダーに近い電波応用術である。捜索や索敵等に使われる。
だが、この術は地形に左右されるだけでなく、平地でも電波到達距離はせいぜい1kmほど。また、電波応用術であるため、物陰や地表近くは死角になる。
つまり、
「これはマズいな……。
三人はつけられていたかもしれない」
「つけられていた?」
「かなりの数の大型の蛇がこちらに向かってきている」
「ええっ⁉
それは、まさか……」
「ああ、大きさから判断すると、さっき話に聞いた蛇たちかもしれない。
三方向からこちらに向かってきている」
白虎人三人の顔色が一瞬で曇り、別人のように目付きが厳しくなる。
通常のエイスであれば、もう少し早くこの変化に気づいていたはずだ。
ところが、
──エイスの三次元俯瞰視の用法にも課題があるようだ。
ニルバが山中に何かを発見し、そこを指差した。
「あ……、あそこに蛇たちが!」
デュルオスとヴァリュオの二人もそこを注視する。
「見えた‼
あれは、確かにミギニヤだ」
「ここからではまだ見え難いが時々地面が蠢いている。
かなりの数だ」
エイスは三次元俯瞰視を多重発動し、既にかなりの情報を集めていた。
ただ、一つ確認したいことがあった。
「悪いが、デュルオスとヴァリュオはここから滝下に向かって走ってくれないか。
あの崖の途中まで登ってみてくれ。
確認したいことがある。
大至急だ!」
三人はその指示の意図までは分からなかったが、二人は何も訊かずに走り出した。
このタイミングでの指示。何か理由があるのは間違いないからだ。
全速の白虎人の足は猛烈に速い。
見る見るうちに滝下に到着し、崖を蹴上がっていく。
「エイス様、なぜ父たちをあそこに?」
「蛇たちの反応を確認するためだ」
指示通りに崖の途中まで登った二人がこちらを見ている。
エイスはすぐにこちらに戻ってくるように念話を送った。
二人はその念話に驚きながらも、崖を跳ね下りていく。
「狙いはおそらくデュルオスだな」
それを聞いてニルバの表情が強張る。
それは、先のエイスの推察が正しかったことを意味するからだ。
デュルオスとヴァリュオが戻ってきたところで、エイスが現状を簡単に説明する。
蛇たちの狙いは、おそらくデュルオス。ヴァリュオも含まれるかもしれないと。
そう判断したのは簡単な理由からだ。
デュルオスとヴァリュオの二人が崖方向へ逃げるような動きを見せた際に、蛇たちの群れが二人を囲い込むように山中を移動した。
エイスとニルバにまで包囲網を拡げようとはしなかった。
そして、二人がここに戻ると、包囲網を狭めながらこちらに向かってきている。
低知能なはずの毒大蛇の群れがデュルオスらを明確に標的に定めて、囲い込んできた。その一連の動きから、蛇たちはどうやら三人を追跡してきたものと思われる。
──その説明を聞いて、デュルオスとヴァリュオは激しく動揺する。
それでも、時間がないため、エイスは話を続ける。
ニルバは蛇たちの数を200匹程度と話していたが、その総数はそれよりも多い。
最多は6m級。最大は9m級。
状況から推察するに、どうやら山頂付近で三人を待ち伏せしていたようだ。
ところが、三人が戻ってくる気配がないため、動き出したと思われる。
それを知って、今度はニルバがかなり動揺する。
帰路で襲撃されていれば、間違いなくやられていたからだ。
「やつらは聞いていた数の約三倍。
──600を超える」
その数を聞いて、白虎人三人は気を失いそうになる。
「エイス様、すぐに逃げましょう。今なら、まだ逃げられると思います」
「そうです。今ならまだ間に合います」
デュルオスもニルバとヴァリュオの提案に頷いた。
「逃げる?
──どこに?」
「それはもちろんやつらの反対方向にです。あの山の上へ。
今ならまだ間に合います」
この状況下に、エイスは少しの怯えも見せずに微笑んだ。
「悪いが、それはできない」
「なぜですか?」
「あの山側には今鳥獣たちが避難している。
それに、あの山のすぐ裏には小村があって、兎人族が住んでいる。
それこそ大惨事になる。
川下にも集落がある」
ニルバはそれを聞いて貧血で倒れそうになった。
三人は途方に暮れる。
デュルオスも死にたくはないが、そのために他の獣人族を犠牲にするわけにもいかない。
その時だった。
エイスの口元に再度微笑みが浮かんだ。
「──なるほど。
どうやら予想通りの人物が出てきたな」
「予想通りの……ですか?」
「ああ、山頂から3mくらいの蛇人が下りてきている」
「蛇人がミギニヤを操る……。
聞いたことがありません」
デュルオスはそう話したが、エイスは別の何かに意識を集中している。
俯瞰視からさらなる情報を得たようだ。
五秒ほどして、彼は何かに納得したような表情を浮かべた。
「謎が解けたよ」
「謎が解けた……のですか?」
「最初は竜種かと思ったが、蛇人とは別に巨大な蛇がいる。
全長はおそらく40m近い。
信じられないくらい大きな蛇だ。
そいつがミギニヤたちを操っている。
そして、蛇人がその巨大蛇を操っている」
エイスは電磁波解析からその超巨大蛇の頭部からミギニヤの群れへ念波が発信されていることを掴んだ。超巨大蛇がミギニヤの群れに指示を出している。
蛇人→超巨大蛇→ミギニヤ────という図式である。
それを聞いてデュルオスの目が見開いた。
彼は何かに気づいた。
「その巨大蛇は頭周辺が大きく広がっていませんか?」
「ああ、その通りだ。
心当たりがあるのか?」
その40m級の超巨大蛇はまるでコブラのような外形をしている。
ただ、キングコブラのようにスリムではない。ミギニヤと同様に胴回りが太い。
頭部はコブラ似で、足がなく、尾の長いワニのような体形をしている。
移動速度は遅くないが、さすがにミギニヤほど俊敏ではないようだ。
「間違いありません。
そいつらは、蛇人アーギミロアとやつの育てたダミロディアスです‼」
それを聞いてヴァリュオもその構図を理解した。
「ダミロディアス⁉
そうか!
あいつは他の蛇たちを操れるのでした」
デュルオスとヴァリュオもその図式が腑に落ちたようだ。
ニルバはそのダミロディアスについて詳しく知らないようだ。
その話を完全には理解できないでいる。
このタイミングで、エイスが信じられないようなことを話しだした。
「まぁー絡繰りが分かれば、それに対処するだけのことだ。
あまり気乗りはしないが、大掃除するしかないだろう。
かなりの犠牲者が出ているようだし、仕方ない」
「はぁ?」「ええっ」「……!?」
白虎人三人は顎が落ちそうな顔で驚いている。
「アーギミロアはお前たち三人に任せる。
可能なら捕縛しろ。
この黒幕を吐かせた方がいいだろう。
ダミロディアスとミギニヤの方はおれが引き受ける」
そのあまりに唐突な提案に三人揃って固まってしまった。
言っていることが正気とは思えなかった。
たが、どうやらエイスは本気だ。
600超の毒大蛇と40m級のコブラ似の超巨大蛇ダミロディアスを引き受ける
────エイスは確かにそう言った。
「おーい! 時間がない。
三人で蛇人アーギミロアを捕縛できるか?」
固まっている三人にエイスは確認をとるようにそう尋ねた。
「あっ、いや……あの……
三人でアーギミロアだけなら楽勝ですが」
「じゃーそれでいこう。
──んっ⁉ アーギミロアがダミロディアスの頭の後ろに消えたぞ……」
「そうですか……。やはり、そいつはアーギミロアで間違いありません。
やつは戦闘時にダミロディアスの後頭部にある呼吸穴の脇に隠れるのです」
ダミロディアスは、この星最大級の蛇種。
コブラ似の外形で、全長が20m以上に達する個体もいる。
40m級ともなれば、その最大サイズ。竜種に匹敵する力を持つ。
猛毒を持ち、その猛毒を霧状にして噴き出す広範囲攻撃まで使う。
口とは別に、背に大きな呼吸口があり、そこから空気を取り込みながら毒を吹き出してくる。
さらに、ダミロディアスは鋼のように硬い鱗に覆われている。
その鱗は長槍や弓の攻撃も弾き返す。
全長40m級ともなると、中型竜を相手にするようなもの。
また、特殊な念波を使い、他の中小型の蛇種を操り、狩りを行う。
大陸でも最強級生物の一つ。それを倒すには精鋭の討伐隊が必要になる。
それほどの難敵にもかかわらず、ミギニヤの群れも含め、エイスは事もなげに「対処するだけのこと」と言ってのけたのだ。
エイスが龍人でなければ、白虎人たちは一笑に付しただろう。
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