10 毒大蛇の群れ
さすがは3.5m級と3m級の白虎人。
その食べっぷりはやはり豪快。
そもそも胃袋の大きさからして違うのだから、まぁ当然と言えば当然なのだが。
鉄板上で焼いた分厚い肉塊を二人でばくばく平らげていく。
気づくと、四人は昼食だけで大型の猪豚を丸々一頭食べきっていた。
エイスにとっても、なかなか楽しい昼食だった。
『白虎人は表裏がない。やっぱり話しやすいな』
獣人族は、総じて話に裏がなく、率直に話す。
アルスは三人の白虎人の話を聞くのが楽しいようだ。
デュルオスの白虎流ジョークは、エイスには今一つウケないのだが、アルスは爆笑している。
エイスはそのアルスの爆笑につられて笑ってしまっていた。
盛り上がる会話の最中に、突然何かを思い出したかのように、ニルバがデュルオスに耳打ちした。
それを聞いたデュルオスも思い出したのかのように小さく頷いた。
彼の目付きが少しだけ厳しくなった。
なにやら改まった感じの話が始まりそう雰囲気である。
「──実は、最近このギロン山脈周辺に危険な毒大蛇が群れで現れる事件が頻発しております。
まぁ、事件とは言いましてもリキスタバル共和国側に集中して起きています。
ですので、こちらの国は大丈夫だと思います。
念のため、お知らせいたします。ご注意ください」
毒大蛇の話を聞いて、エイスの頭にはなぜかキングコブラの白黒写真が浮かんだ。
この類のあまり役に立たない記憶だけは、なぜか突然浮かんできたりする。
ただ、ここは異世界。地球的な生物の記憶はあまり役に立たない。
「そうなのか……。毒蛇がか……。
ありがとう、教えてくれて。注意する。
それで、どんな毒蛇なんだ?」
「それがミギニヤという猛毒の大蛇なのですが、群れで現れるので逃げるしか手がありません」
「ただ、大蛇とは言ってもなぁ……
どのくらいの大きさなんだ?」
そこから、実際にその大蛇の群れを見たニルバが説明してくれた。
たまたま遭遇して、仲間とともに辛うじて逃げることができたそうだ。
「私も驚いたのですが、小さいミギニヤで5mほど。
大きなものは7m以上ありました」
「7m⁉ それはまた大きいな。
数は?」
「200以上はいたと思います」
体長5m以上となると、大型ワニ級。
キングコブラもそれに近いサイズのものがいる。
7m以上ともなると、最大級のニシキヘビのサイズ。
だが、ニルバの説明によると、ニシキヘビよりも軽く二回り以上も太いらしいのだ。どうやら丸太がそのまま動いているようなものらしい。
獰猛なうえに暴食。虎人でも丸呑みしてしまうとのこと。
それが猛毒となると、確かに手に負えない。
「そのミギニヤの毒はかなり強いのか?」
「大陸中東部においても、ミギニヤの毒は最強級です。
しかも、巨体ですので毒量も多いため、咬まれれば即死します。
それに、その猛毒を唾のようにしてとばしてきます。
それが目や傷に入ると、それだけでも死ぬことがあります」
アルスによると、ミギニヤは大陸東部ではよく知られた最凶の毒大蛇の一種。
その巨体ゆえに1リットル近い量の猛毒を牙の上の毒袋に蓄えている。
高次の毒耐性を持つ龍人であっても、咬まれた場所が悪いとしばらく動けなくなるらしい。
最悪なことに、ニシキヘビとは違い、移動速度がかなり速く、俊敏らしいのだ。
獣人族を丸呑みするほどの巨体でありながら、俊敏。そのうえに超猛毒。
それが200匹以上の群れになると、対処は困難だろう。
逃げるしかないというのも頷ける。
撃退するには、山ごと焼き払うなどの対処になるのだろう。
「守人様に討伐を依頼したのですが、守人様が向かわれると忽然と姿を消すのです。
突然現れて、すぐに姿を消す。
この繰り返しです。
山中や麓の獣人族にかなりの被害が出ております」
話を聞く限り、かなり厄介な毒大蛇の群れだ。
「その蛇は頭も良いのか?」
「それがそうではないものですから、こちらも釈然としないのです。
普通は毒大蛇が集まっただけの単なる群れです。
それなりの対処策もあるのですが……。
それが、この群れは数が多いうえに、神出鬼没。
手を焼いております」
知能の低い蛇の群れ。
──それが神出鬼没というのは妙な話だ。
「それで、犠牲者の数は?」
「森猿人族に犠牲者が多く、既に2500を超えています。
次が蜥蜴人族で1800。
それに、各獣人族の中規模以下の村落に被害が多くて。
それが3000近いと思います」
エイスとアルスはその犠牲者数を聞いて驚いた。
尋常ではない数だ。
「毒大蛇の群れとは言っても、それは被害者数が多過ぎるな……。
なぜそんな人数になるんだ?」
「あいつら、通過する場所や村落の住人に手当たり次第に噛みつくのです。
厄介なことに、強烈な毒唾を矢のように吹いてきますので……。
目撃者と生存者が非常に少ないのが特徴です。
私もそうでしたが、執拗に追いかけてきました。
それで足取りがつかみ難いのです」
そこまでの話を聞いて、エイスはしばらく何かを熟考していた。
毒大蛇の群れまでは分かるが、その犠牲者数と行動パターンに疑問を抱いた。
「神出鬼没の毒大蛇。
しかも、計算されたような集団行動も……。
それは確かに厄介だな。
────それで背後関係の可能性は?」
エイスにそう問われて、ニルバは答えに窮した。
質問の意味は分かるものの、毒大蛇の群れの背後関係など考えたこともなかった。
何らかの偶然が重なり凶暴な毒大蛇の群れを見逃してきた。あるいは、リーダー的な統率力を持つ特別な個体が生まれ、群れを統率している。
彼女はそのいずれかと考えていた。予想はその後者。
エイスの指摘を受けて、デュルオスとヴァリュオも考え込んでいる。
二人とも、毒大蛇の群れが計画的に動くと考えたことはなかった。
その理由は簡単だ。
毒大蛇ミギニヤは知能が低い。
その可能性は限りなくゼロに近い。
ただ、エイスの指摘は「背後関係」だ。
何らかの目的のために、その毒大蛇の群れを意図的に操る者がいるのではないか。
その点の指摘と質問だった。
「エイス様は、その陰に笛吹きがいると?」
エイスはその慣用句的な使い方をここで初めて聞いたが、意味は容易に分かる。
「その毒大蛇を操る力を持つ獣人はいないのか?」
エイスのこの質問を聞いて、三人が目を合わせた。
思い当たるところがあるようだ。
「蛇人族ならその力を持っている者もいますが……。
それでも操れる蛇は限られます。
それなりの知能を有している蛇種でなければ操ることはできないのです」
「もしそうなら、蛇人族は知育する術を持つということか……。
だが、そのミギニヤという毒大蛇はそれに向かないと?」
「はい。あいつらは非常に原始的な蛇です」
「そういうことか……。
そうなると、そいつらの行動とは辻褄が合わない。
そうは言っても、俺はその毒大蛇を見たことがないからなぁ。
邪推かもしれない」
「いいえ。その可能性がないとは言い切れません。
参考にさせていただきます。
村に帰ったら、みなで話してみます」
*
この毒大蛇に関する話はそこで終わった。
その後に、エイスと三人はひょんなことから剣術の訓練の話題になった。
三人は持っている大鈎爪(大型クロー)をエイスに見せてくれた。
さらに、剣や槍と
デュルオスのクローの鈎爪長は70cm近くもあり、なかなか強力な武器だ。
籠手の護拳部に槍や剣を折るための機構も取り付けられている。
一番小柄なニルバのクローでも、鈎爪部は40cm級。
その両手攻撃を一刀で受けるのは簡単そうではなかった。
デュルオスは剣折りの達人らしく、これまでに折った剣の数は百本を超えるそうだ。
**
虎人系族の戦闘術の話題になってから三十分後、四人は滝下の砂地にいた。
そこではエイスが両手にニルバのクローを装備して、ヴァリュオと軽く打ち合っている。
クローの扱いの基本を三人から教わっているのだ。
四人ともなかなか楽しそうだ。
アルスがその様子を窺いながら、呆れている。
(何も
まぁー楽しいなら、それはそれでいいんだが。
────それにして、エイスのやつ、
それから十分後、デュルオスら三人の顔が引き攣っていた。
クローの扱いの要領を得たのか、エイスは楽し気な顔でヴァリュオとクローで打ち合う。
ただ、その速度と威力が上昇し、ヴァリュオの顔が徐々に苦しそうになっていく。
尋常ではない速度でクローの扱いを学習し、無駄な動きが消えいく。
エイスのクローを使った攻防術がどんどん洗練されていく。
(エイス様の腕の動きを目だけでは追いきれない。
──稽古でなければ、とっくにやられている)
もちろん、三人はそれがエイスの全力からはほど遠いことも知っている。
エイスの体が消えるように先に動き、ヴァリュオの動きに合わせるようになってきたからだ。
しかも、エイスは時々ノックバック攻撃も繰り出すようになった。
完全に彼の間合いとペースになっている。
白虎族は獣人族の中でも戦闘力が最上位級の種族の一つ。
その白虎人が驚くほどエイスの基本戦闘力は高い。
龍人であるエイスが本気を出せば、一撃でヴァリュオの体が宙を舞うだろう。
だが、エイスはそんなことをしたりはしない。
彼は一人稽古にも飽きてきていた。
────その稽古が純粋に楽しいのだ。
三人の白虎人の頭に、ラフィルのエイスの名が「戦士」として刻み込まれた。
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