09 三人の白虎人(2)
さすがに獣人族は山中でも足が速い。
三人の白虎人たちは15分ほどで森を抜け、裾野に姿を現した。
エイスは三次元俯瞰視で既に掌握していたが、三人の白虎人はやはり大きかった。
中央の一番大きな白虎人は3.5m級。人族の二倍近い身長。
虎人ほどムキムキではないが、非常に引き締まった肉体。足も長い。
戦闘になると厄介そうな相手である。
『白虎人族は虎人族の上位種だ。体も一回り大きい。
それにしても……、おれもあの大きさの白虎人は初めて見た。
3.5mとはなぁ。
しかも、長身のくせに動きが軽い。
あれは相当に強いぞ』
『そうだな。先日の虎人とは骨格から違っている。
どうやら虎人よりも遥かに運動能力が高そうだ』
地球では、ホワイトタイガーは白変種。
ところが、この星では虎人族の完全上位種。虎人よりも進化した脳と肉体を持つ。
骨格、骨質、筋質に秀でるため、スリムな肉体でありながら、虎人よりも高い身体能力を持つ。
最も高身長の白虎人の左を歩くのは3m級の男性。やはり細マッチョな大男。
右を歩くのは2m級。3.5m級と3m級と並んでいるせいか、小さく見える。
それに他の二人に比べると、体の線が明らかに細い。
だが、胸には二つのバレーボール球が……。
間違いなく女性。しかも、エイスから見ても美女の獣人。
『おおーっ、これはまた凄い美女だな!』
アルスによると、白虎人族の女性は総じて美人らしい。
それでも、その女性はやはり相当な美女のようだ。
『なんだ、アルス……おまえの好みなのか?』
『い、いや、そういわけじゃないんだが……。
あれは獣人族の中でもかなりの美人だぞ』
『おれが見ても美人と思うくらいだから、まぁーそうなんだろうな』
『そ、そうだろう……。そういう話だ』
これは二人にしては非常に珍しい女性に関する会話だ。
とは言っても、特に深い意味があるわけではない。
エイスに至っては、単に感想を述べただけのこと。興味なし。
白虎人三人は小さく手を振りながら、山荘の敷地内に入ってきた。
三人は、初対面のエイスを遠目に見ながら、少し首を傾げて近づいてくる。
エイスが獣人語で挨拶すると、三人はそれに少し驚いた様子を見せる。
後で聞いた話では、獣人族と守人族が話す場合には、守人語を用いるのが一般的なのだそうだ。守人が獣人語で話しかけてくることなど、まずないらしい。
それで少し驚いたとのことだった。
エイスと三人は非常に友好的な雰囲気で挨拶と簡単な自己紹介を終えた。
四人は玄関近くのテーブルの方へ移動し、そこで話し始めた。
*
3.5m級の白虎人の名は、デュルオス。
ギロン山脈を越えたリキスタバル共和国側の白虎人族の族長。
国境付近の山岳域に住む獣人族は二国の境界人であるため、どちらの国籍であっても構わない。自己申告扱い。国籍を決めなくても構わない。
ギロン山脈周辺の虎人系族は、白虎人族の傘下に位置するらしい。
デュルオスはその白虎人族の族長。つまり、周辺の虎人系族のリーダーである。
デュルオスは背も高いが、それ以上に引き締まったその細マッチョな肉体が素晴らしい。アルスによると、肉食系獣人は細マッチョ系と太目のムキムキ系に大別できるとのこと。
戦闘時に厄介なのは、もちろん細マッチョの方。
ムキムキ系はほぼ間違いなく、力だけ。
速度と俊敏性に欠ける。敵ではないとのこと。
このデュルオスは顔もかなり野生人的な二枚目。ワイルド系のイケメン。
エイス並みに長い睫毛がなかなか素敵である。
四人がガーデンテーブルに座ろうとしたところで些細な問題が起こった。
デュルオスの体にはそのテーブルと長椅子でも小さ過ぎたのだ。高さも足りない。
──何しろ3.5m級だ。
仕方なく、近くに積んであった頑丈な木箱を縦横に四つずつ積み並べて、そこに座ってもらった。
『おい、アルス……これどうするんだ?
二人が大きすぎて、あの体に見合う茶器なんてここにはないんだが……』
『ああ、よくあることさ。
器はなんでもいいんだよ。適当な大きさの鍋とかでいいんだ』
『な、なべ⁉ ……それでいいのか?』
『ないものはないんだろう。それでいいんだよ!』
結局、大型木製テーブルの上にも木箱を一つ置いて、そこにティーカップ代わりの縦長土鍋を置いた。
大量のお茶が必要になったことは言うまでもない。
息子のヴァリュオもやはり大きい。彼は3m級。
それでも、長椅子にはなんとか座ることができた。
ヴァリュオもデュルオスに似て、睫毛が長く、やはり二枚目。
結構礼儀正しく、物腰も柔らかいせいか、父よりもワイルド感は薄い。
もう一人は、デュルオスの娘でヴァリュオの妹、ニルバ。
エイスとほぼ同じ背丈である。
超細身の筋肉質。引き締まった体に、二つの巨大な胸。足も長い。
三人の中で睫毛が最も長い。ワイルドクールな美女。
*
三人の白虎人族の目的は、やはりエイスに会うことだった。
理由は主に三つ。
一つは、先日エイスが捕縛した虎人がデュルオスにあの一件を報告したこと。
次に、その虎人を捕縛したのがラフィルだったこと。
最後に、攻撃術練習時の爆発と爆音がデュルオスに報告されたこと。国境線の山間部の獣人たちにも、その煙が見えたり、音が聞こえたりしていたそうだ。
それで、様子を窺いに三人でやってきた。
──そういう話だ。
理由は主にその三つだが、三人でわざわざここまでやってきたのは、報告に来た虎人が気絶したことだった。
虎人が失神するほどの恐怖を覚えたこと。そこに、先日の爆発と爆音の報告。
国境周辺の虎人を含む獣人族に何らかの影響がないか、それを族長が自ら確認にやってきたのだ。
ラフィルは龍人。
さすがに白虎人であってもラフィルを相手に戦う気などない。
相手が悪い。戦うにはあまりにも強すぎる。
だが、その龍人が脅威になるなら、その対応も検討しなければならない。
もし性悪なラフィルであるなら、最悪、その周辺に住む獣人族民を移住させることになるかもしれない。
そういう次元の話だった。
ところが、実際にその顔を見ると、脅威とはほど遠い笑顔で迎えられた。
三人はやや拍子抜けしてしまった。
ニルバに至っては、最悪、周辺族民のために側女になることも覚悟して、ここにきた。
そうなのだが……、話してみると、エイスは笑顔で話しやすい。
死を覚悟するほどの脅威も、殺気も、その類のオーラも漂わせてはいなかった。
ただ、その若い容姿と笑顔とは不釣り合いなほどの静寂の気配も併せて漂わせる。
────それは、真の強者だけがまとう静寂のオーラ。
エイスはエイスで、初めて話す白虎人族に興味津々。
三人からは周辺事情が聞けることもあり、会話が弾んだ。
途中からは、狩ってきた猪豚を解体して、肉宴会になった。
「報告では、死の恐怖に気絶したほどの人物と聞いてきたのですが?」
巨大な肉を口にしながら、デュルオスは率直にエイスにそう尋ねてみた。
当然だが、それを聞いてエイスは大爆笑する。
「あれは古の術の一つ、ラーダムだ。
あの夜、おれを監視していたやつが複数いたんで、追い払うつもりで術を使った。
ただ、ちょっと術の加減が強すぎた……ようなんだ。
おれを襲おうと狙っていたドラフはそれで死んでしまった」
それを聞いて、三人の目が見開いた。
ドラフは侮れない力を持つ肉食獣だからだ。
「ドラフが即死したのですか……」
エイスの笑顔が苦笑に変わった。
「殺す気はなかったんだが、こちらの隙を窺っていたからな」
デュルオスら三人はその諸事情を理解したが、同時にエイスの脅威にも気づいた。
殺す気はなかったと言ったが、裏を返せば、その気なら殺すこともできたわけだ。
電撃術、火炎術、武器攻撃のいずれでもない攻撃術を持つ。
あえて呼ぶなら、「精神攻撃術」。
しかし、同時に、エイスは好戦的な性格でもなければ、偉ぶることもない。
こちらから明らかな敵意を見せない限り、おそらく攻撃してくることはない。
三人にはそう思えた。
デュルオスは、エイスは普通の龍人族と同様なのだと考えた。
無論、ラフィルは龍人。当然と言えば当然のことなのだが。
敵意や害意さえ向けなければ、周辺の安全は保障される。
歓迎すべき存在なのだと。
そこで、息子のヴァリュオが気づいた。
「あのぉー、エイス様……。
コンフィオルのクレム聖泉に封印されていた龍人アルス様が消滅したと聞きました。そして、封印が解けて、同血のラフィル様がお一人救出されたとも聞きましたが……」
「ああ……、それはおれのことだ」
三人の目が再び大きく見開いた──目がこぼれ落ちそうなほどに。
伝説の龍人、英雄騎士アルス。その同血のラフィルがそこに座っている。
三人は仰天するほど驚いた。
そして、三人は事実認識を新たにした。
エイスが周囲を警戒していないわけがなかった。
いや、警戒していて当然である。
そんな噂の人物を安易に監視してしまった馬鹿者たちがいたのだ。
大馬鹿者の方がより的確だろう。
三人はひれ伏して謝罪しようとするが、それに先んじてエイスが釘を刺す。
「謝罪はいらない。
おれもやり過ぎたかもしれないしな。
お前たちが監視を指示したわけでもないんだろう?」
「滅相もございません」
「だったら、問題ない」
エイスは記憶を失ったこと。
体力強化のためにここにいること。
剣術も、守人術も、何もかもを再習得中であること。
三人に諸事情を話した。
昨日の爆発や爆音については、攻撃術の練習中に起こったと説明した。
三人はエイスが率直に話してくれたこともあり、エイスからの質問についても丁寧に答えてくれた。
その後も四人は大量の肉を食べながら歓談を続けた。
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