07 白の火炎術
電撃術の演習後から一度休憩を挟み、術演習が再開された。
エイスは気持ちを新たにして、今度は火炎術に取り組むことにした。
電撃での失敗を踏まえて、彼は大滝の斜め前に移動した。
火炎を滝の落水に向けることにしたからだ。
さすがに、水蒸気爆発を起こしたりはしないはず
──そういう前提のもと。
*
最初、エイスは2%ほどの術力の火炎術から始めた。
ゆっくりと渦巻く火柱が滝水を焦がし、いかにもな火炎術を見ることができた。
落水と火炎が重なり、かなりの量の水蒸気煙が立ち昇る。
火炎術の基本は、普通の
長所は、
そして、術制御が多少雑であっても、広範囲に放射熱のダメージを与えられること。
また、火炎攻撃は、電撃のように瞬間的な攻撃ではない。術を停止したからといって、一度上がった炎はすぐには消えない。消火されなければ、炎はその場所や周辺に至るまで全てを灰に変えていく。
『普通、守人は電撃を主力に使うが、複数の敵との戦いでは
術制御や狙いがいい加減でも、より多くに肉体的な損傷を与えられるからな』
尋ねてもいないのに、アルスがそう伝えてきた。
火炎術は複数の敵が潜んでいると思われる周辺を広く攻撃できる。
電撃は遮蔽物の裏側に隠れるなどしてかわされることもある。だが、火炎はたとえ直撃を回避できても、その放射熱や残炎から深刻なダメージを負うことになる。
短所は、想定外の被害が生じやすいこと。そして、接近戦で使えないこと。
5m以内の標的に向けて火炎術を発動すると、炎や熱の反射により自傷することにもなりかねない。
また、雷撃とは異なり、火炎術は足の遅い攻撃。
攻撃を先読みされたり、攻撃距離が遠くなったりすると、俊敏な相手にはかわされやすくなる。
そこで、上位術に
とは言っても、これはその名の通り広角攻撃。攻撃可能な距離はせいぜい50~70mほど。
守人術中の最上位火炎術は
これは炎温が2000度を超える猛熱の火炎術。
ただ、守人族の中でもかなり上位の脳力と術力を持つ者にしか発動できない。
*
演習開始時から、基本的な
ここまではよかった。想定内の結果である。
シミュレータでの仮想演習時よりも術力を1/10に抑えたことが奏功した。
そして、そこから出力を倍の4%に上げたところで、大滝の落水の一部が直接的に水蒸気化するほど火力と炎温が上昇した。
凄まじい水蒸気が発生する。
そして、
驚くほどの熱量である。シミュレータよりもかなり熱量が高い。
ここで、その
(あれっ!?
──これ、おれのミロムより熱量が随分と高くないか?)
エイスがそこからさらに1%ほど出力を上げたところで、火炎色が急に変化した。
それまで橙赤色だった炎から、赤が薄れて急に黄白色化していく。
周辺に立ちこめる水蒸気にも異常現象が起こりだした。
火炎術にもかかわらず、立ち昇る水蒸気中の数か所で細かなスパークが迸った。
(──あっ⁉)
本能的に危険を感じたエイスは術を止め、すぐに後方へ高速移動する。
エイスの体が溶けるように消えて、瞬間移動でもしたかのように30mほど後方に現れた。
次の瞬間──
──ズドドドン。
蒸気中で小爆発が起こった。
爆音とともに、滝からの落水が周辺に霧散する。
大量の水蒸気が周辺に漂い、滝をしばらく覆い隠した。
十数秒ほどで霧が晴れるようにして、大滝は元の姿を取り戻した。
ここで、エイスとアルスの緊急会議がまたまた始まったことは言うまでもない。
アルスはエイスほど真面目に龍人術と守人術の修練を積んでこなかったことを素直に認めた。彼は攻撃術の仮想演習をしたことなど一度もなく、電撃と火炎術を弱・中・強の大雑把な三段階分けで使ってきた。
特に修練を積むようなことをしなくとも、彼は普通に龍人術と守人術が使えたのだ。そして、彼はほとんどの戦場をそれで潜り抜けてきた。
────アルスは天才肌の龍人。
アルスからすれば、エイスの龍人術と守人術の発動方法は似て非なるもの。
大雑把な術の発動過程だけなら同じだが、エイスは神経節から細胞レベルに近い次元まで最適化して術を使いこなそうとする──アルスとは完全に異質な才の持ち主。
肉体の各所の細かな制御の違いが積み重なって、大きな出力差が生じている。
アルスはエイスにそう説明した。
『おれよりもおまえの方が脳と肉体の潜在能力を効率的に引きだせている』
『そうかなぁ……。
おれにはアルスの術の発動が適当すぎただけのように思うんだが』
『適当すぎるって、なんだよ!
おれが普通で、おまえの方がおかしいんだ』
アルスの指摘したように、エイスの方が脳と肉体の潜在能力を効率的に使っていることは間違いない。だが、彼にはそれ以上にエイスが受肉時に行った遺伝子操作の影響の方が大きいように思えた。
(──もうおれの元の肉体とは全く別人に変わってしまったのかもしれない)
そう考えて、アルスは一人苦笑した。
ただ、そうは言っても、火炎術の演習をここでやめるわけにもいかなかった。
術シミュレータの補正を行わなければならない。このままではそのためのデータが不足してしまう。もう少し高出力の火炎術のデータがほしいところだ。
『大滝を狙うのはやめて、また岩を狙うことにしようか?』
『そうだな。
さすがに火炎術で大岩が爆発することはないだろう』
結局、大滝からまた再度砂地に戻り、また大岩を標的に用いることにした。
仮に何らか不測の事態が起こったとしても、大岩が爆発するようなことはないと踏んだのだ。
*
結果から先に言えば、さすがに大岩が爆発するようなことにはならなかった。
無事に40%の出力までの火炎術を試すことができた。
ただし、想定外の事態が全く起こらなかったかと言えば
──やはり起こった。
火炎術の出力が10%に達したところで、炎色は様変わりし、緑白色になった。
さらに火炎量はそのままで、術力を上げていくと、35%を超えた辺りで蒼白系の光炎に急変した。
それは火炎ではなく、電炎とでも呼んだ方がいいものだ。
それは既に燃焼(酸化)ではない。放電炎である。
それは
ただ、龍人の使うバロムの炎温は通常3000度前後。高くとも4000度まで。
だが、その炎温は優に5500度を超えていた。
(おれの最大術力のバロムよりも炎温が遥かに高いじゃないか……。
この火力だと、たとえ炎を避けても、側を通過しただけで即死するぞ)
そして、術力が40%に上がった時、大岩はまるで液状化したかのように熔けていた。それは熔岩どころではない。輝くマグマ色をしたトロトロの絵具。
この時の炎温は、実に7500度を超えていた。
(おいおい……
エイスはまだ半分の力も出していないぞ)
────アルスはただただ笑っていた。
**
結局、この日の午後から始めた攻撃術の演習で、アルスの記憶を基にした攻撃術シミュレーションはほぼNGであることが分かった。これからしばらくの間は基礎的な演習を繰り返しながら、脳内の術シミュレータを再設定する必要がある。
そして、エイスはこれ以降の火炎術演習では、炎温を抑えながら火炎量を増大させていくことにした。
先ずは、
当面の間、危険性の高い蒼白炎(蒼白火炎)の火炎術は自粛することになった。
この時点で、何も知らない二人は、それが最強レベルの
実は、そのさらに上位の火炎術があることを二人はまだ知らない。
それは、
────白き聖竜の輝く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます