06 閃光の雷撃


 この日の昼食後、エイスは休憩をとらずに大滝下の砂地に向かった。

 その表情はどこか楽し気に見える。

 これはおそらく、この午後からエイスの訓練メニューが変わるからだろう。


 背に大太刀、左腰に小太刀。エイスの基本装備に変わりはない。

 だが、これからしばらくの間、武芸の鍛錬は午前中だけになる。

 ──午後は術技の時間。


 そう、今度は肉体ではなく、龍人術、守人術、聖守術の術技と術力の演習。

 エイスはそれらのいずれについても、脳内で仮想演習を積んできた。

 ここからいよいよその実践フェーズに入る。


 エイスもこの実践的な術演習を楽しみにしていた。

 ここに到着してから、アルスには「やりたければ、今やれば」のようにいつも言われてきたのだが、エイスは先に肉体的な鍛錬を優先した。

 アルス的には順序に拘る必要はないのだが、エイスはそこを譲らなかった。

 ──そこがいかにもエイスらしい。


 そして、ようやくその時がやってきたのだ。


        **


 エイスは砂地の中央付近にある大岩の一つの前に立った。

 岩の高さは5mほど。

 その岩の窪みの一つがちょうどよい標的になりそうだ。


『──あの岩がよさそうだな。

  あそこの窪みを狙おうと思うんだが、どうだろう?』

『狙いやすそうだし、いいんじゃないか』


 エイスは、試す術の順番等も既に決めていた。

 先ずは、電撃バリオから。


『攻撃術としては基本中の基本だが、接近戦では要の術だ。

  先ずは電撃バリオの感触をつかめ。

  慣れてきたら、相手を気絶させる程度の力加減も覚えた方がいいだろう』


 アルスはそうエイスに伝えた。

 どこか大雑把なアドバイス。それがいかにもアルスらしい。


 電撃バリオは、龍人族と守人族ともに最初に習得する攻撃術の一つ。

 火炎術とは違って、電撃バリオは接近戦でも使える。しかも、低出力なら発動時間も短い。このため、最も標準的に使われるのが電撃バリオ


 電撃バリオは放電攻撃術。拡散率が高いために、標的に当てやすい。

 ただし、その有効射程は短く、距離に対して指数関数的に与えるダメージが減衰する。

 このため、中距離以上の標的に対しては電撃バリオではなく、直進性の高い雷撃ザリオを用いる。


 そうは言っても、電撃バリオが「簡単な攻撃術」というわけではない。

 電撃バリオで相手の中枢神経を麻痺させて、しばらく動けないようすることも可能。

 反対に、威力の高いバリオは大型獣人でも一撃で死に至らしめる。

 ただ、電撃バリオの威力が同じであっても、距離、そして攻撃対象の大きさや電撃耐性等の違いにより与えるダメージが変化する。この推算が難しいのだ。

 標的に対する術制御を誤れば、想定外の結果が生じてしまう。

 ──電撃バリオの術制御は火炎術よりも細緻さが求められる。


 ここで大岩を標的にするのはアルスの指示。

 木では標的として、強度不足のうえに、炭化するか、燃えてしまう。

 また、バリオ(電撃)の練習に金属の的は論外である。

 そういう理由で、「岩が一番」という指示だった。


        *


 元のアルスのややいかつい顔とは違い、エイスは優雅な美男子。

 なのだが、今のエイスはクールな眼差しでありながら、どこか微笑んでいるように見える。

 生まれて初めての攻撃術の実践──それに心が躍る。

 地球人には決して叶わない、夢のような瞬間を迎えようとしていた。


「さて」


 特に意味もなくエイスはそう声にした。

 それは緊張感からではない。この時をよほど楽しみにしていたのだろう。


 エイスが右腕を脱力状態にしてから、その腕をスーッと肩の高さに上げた。

 彼はそうしなくとも術を発動できるのだが……、単に気分的にそうしたかっただけのこと。


(ぷっ……、なにやってるんだ⁉

 また、エイスらしくもない)


 その仰々しい作法を見て、アルスは密かに笑っていた。



 エイスはシミュレータで繰り返してきた練習通りに、手から約1m前方にエネルギーを集約させていく。

 10段階で2弱程度の電撃出力に加減する。

 初撃ということもあり、かなり慎重かつ丁寧に発動していく。


 発動点に小さな光点が現れたのとほぼ同時

 ──鋭く眩い白き閃光。


 ほんの一瞬だが微細なスパークとともに閃光が煌めき、標的を点で捉えた。

 それは本当に一瞬だった。瞬きにも満たない時間。

 コンマミリ秒遅れて、バ・パパシッという硬質な電磁音が響く。

 龍人の超感覚はその微かな時間差をも捉える。


 そこで──エイスの目に想定外の光景が飛び込んできた。


 巨大岩への着光点を中心にして岩全体が薄く発光した。

 そこから多数のひび割れが内部から外へと走る。

 ガガッ、ゴガガガ、ガラ──爆音を響かせながら、巨大岩が崩壊していく。

 5m級の巨大岩が「塊→粗砕→中砕→」の過程を経ながら崩壊していった。

 いかにも硬そうだった巨大岩がバラバラに砕け散った。


 エイスは自分のイメージとその結果とのズレの大きさに驚く。


 それは、アルスの記憶を基にしたシミュレータでの電撃演習の結果からあまりにかけ離れたものだった。

 距離は20mほど。普通なら標的部が微かに焦げる程度の威力のはず。

 それでも人族なら死に至る。

 ところが、電撃バリオは全く拡散することなく、鋭い閃光が走った。

 そう、それは電撃バリオではなく、雷撃系の閃光だった。しかも、普通の雷撃ザリオとは異なり、その閃光は大岩の中心部にまで到達していた。


『お、おい……アルス。

  お前の記憶の電撃バリオとも、雷撃ザリオとも違うじゃないか』


 そう問いかけてみたが、アルスからの返事が一向に聞こえてこない。


『お、おい! 聞いてるのか、アルス?』

『……おっ、おう。

  わ、わるいな。

  ……って言うか、今のはなんだ?

  あれは電撃バリオでも、雷撃ザリオでもないぞ。

  今まで見たことがない』


『見たことないって──

  おれはお前の記憶と同じ発動法を使ったんだぞ。

  なのに、仮想演習の時とは全く別物が出てきた』

『い、いや……、それをおれに言われてもなぁ。

  おれの電撃バリオ雷撃ザリオは、お前も練習してきた

  ──そう、あれだ』


 シミュレータでの仮想演習時に体験した電撃バリオ雷撃ザリオは、もう少し放電現象的な攻撃術だった。

 電撃バリオは烈しい拡散放電。雷撃ザリオはスパークに近い。

 電撃系攻撃は相手を、痺れさせ、意識を奪う。または、焦がし、さらに損壊させる。

 そういう段階的な結果になるはずだった。それが電撃バリオ


『でも……これ、岩がこなごなだぞ』

『あぁっ、これは……あれだな。

  ヤ、ヤバいやつだ』

『あぁ、しかもかなり強烈なやつだ。

  でも、これ、強烈過ぎて使えないぞ』


 ここでアルスはかなり以前の記憶から何かを思い出した。


『あっ⁉ これって……

  おれが使えなかった……、あ、あれだ!

  おれの爺さんのマル秘攻撃。

  そうだ‼

  ────雷芯撃ザイドだ』


 それを聞いたエイスは驚いてしまう。

 彼は遺伝子情報とアルスの記憶情報の中から、その電撃系術を既に見つけ、そのイメージも掴んでいた。

 だが、今試したのは単なる電撃バリオ雷撃ザリオではなかった。

 にもかかわらず、実際には強烈な雷撃術が発動された。

 しかも、それは10段階の2弱程度に出力を抑えたもの。「電撃バリオ Lv1」といったところだ。


 雷芯撃ザイドは最上位の「雷禍撃ザリオム」に次ぐ威力の雷撃系術。

 エイスは、シミュレータ演習から「雷芯撃ザイド」はもっと高次術だと想定していた。


        *


 エイスはこの誤算の謎を解明するために、術力を下げることにした。

 術発動の手順の一部も見直し、術力(出力)も最弱レベルに下げてみることにした。

 それは彼が制御可能な最低レベル。先ほどの1/20以下である。


 見直しと調整の結果、エイスは電撃バリオを最大出力の1%(未満)に引き下げられそうだった。

 ただ、彼にとってそれは水道の蛇口から水滴が落ちる程度の感覚。

 それ以下にするには、シミュレータでそのための特別な練習が必要になる。


 とりあえずエイスとアルスはそれで試してみることにした。


 そして、その実験結果は、逆の意味で驚くべきものだった。

 ────それでほぼシミュレータでの演習時の電撃バリオが出せたのだ。


 それでも、獣人族、人族、ケイロン、中型までの鳥獣くらいなら十分に倒せる次元の電撃バリオが放たれた。

 おまけに、倒せると言っても、痺れる段階ではなく、焦げる次元の威力である。

 巨躯の獣人ならもしかすると生き残れるかもしれないが、それでも深刻なダメージを負うことになるだろう。


 その場でエイスとアルスの緊急会議が始まったのは、言うまでもなかった。

 アルスが言うにも、エイスの最初の電撃バリオはやはり「雷芯撃ザイド」らしい。

 これは、稀に使える龍人がいるそうなのだが、アルスは使えなかった。


 アルスは幼い頃に祖父の雷芯撃ザイドを一度見たことがあった。

 あまりに昔のことで、それもすっかり忘れていたらしい。

 ただ、アルスが雷芯撃ザイドを見たのはその一度だけ。

 以降、雷芯撃ザイドの使える龍人には会ったことがないそうだ。


 その後、エイスはさらに術力を下げた電撃バリオの練習を始めた。

 だが、それはそれで簡単にはいかなかった。

 1%未満の力加減というは、逆に難しかった。


 小一時間ほどその練習を行ったが、それでも少しでも加減を誤ると、岩の一部が砕け落ちた。


『エイス……おまえ、しばらく電撃系術は電撃バリオだけにしておけ!

  シミュレータでしっかり練習してからでないと、ヤバいことになりそうだ』


 やはり、先にシミュレータでの演習が必要なようだ。

 しばらくは最弱レベルの電撃バリオ以外の使用を自粛することにした。



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