05 武具の選定
この日、エイスは早朝から滝下の砂地に降りていた。
この砂地はかなり広い。今後のトレーニングのために、彼はジョギングをしながら砂地の周辺を入念に見て回っていた。
滝下では大量の落水が流れ出し、川へと姿を変える。
その川は砂地の中央を抜けるのではなく、滝を正面方向から見て、かなり左側を抜けている。川幅は季節により変わるようだが、今は30mほど。そのため、その右側はかなり広い砂地のスペースができている。
砂利が多いこともあり、砂地は水はけも良く、泥濘等もほとんどない。
そこは今回の目的にピッタリの場所。
エイスが
彼はジョギングしながら、俯瞰視から情報を集め、それを基にラーダムの効果の分析と改良にも努める。
*
ジョギングを終えたエイスは、喉を潤してから、先に選定しておいた大太刀を背に装備してみる。
背に装備とは言っても、大太刀用のショルダーと
エイスはその状態のままで、歩き回り、時に走ってみたりしながら、その装備感を確認していく。
その大太刀は1.8m級で4kg近い重さなのだが、彼にとってその大きさと重量は問題にならないようだ。
それから、エイスはさらに小太刀を左腰に差し、その状態でまた動き回ってみる。
小太刀の余計な動きを抑えるようにして左手を腰横に添え、右手首はへその横辺りに置いている。
その姿勢が最も安定的かつ効率的に動けるようだ。
(小太刀の向きにさえ注意しておけば、かなり動けるな。
こんな感じなら、まぁ……いけるだろう)
現状、彼にはこの装備がしっくりきた。
体力的な回復はまだまだ途上であるが、この程度の装備重量なら余裕で動ける。
とは言っても、普段のエイスの装備は小太刀のみ。
大太刀はあくまで戦闘用の装備である。
彼は大太刀を引き抜くと、移動しながらそれを振ってみる。
昨日とは太刀の扱い方が微妙に異なる。
動きながらの太刀の扱いは、静止した状態からの剣技とはまた別。
アルスはエイスのその動きと剣技を観察しながら、自らの剣術と比較していた。
彼は脳内の仮想戦でもエイスに勝てなくなっていたが、実刀を持つエイスはまた異次元の強さである。
砂地を走り回るエイスに、アルスは全く勝てる気がしなかった。
(エイスはこの類の記憶を持たないはず
──なのに……これはどういうことなんだ?
ありえるとすると、あいつの思念体中に先人の何かが継承されていたとか……。
だが、そんなことがありえるのか?
いや……、ありえないはずだ。
たとえあったとして……、エイスのいた世界にそんな異次元の剣神が存在していたなんて──
それこそ、ありえないはずだ)
アルスは自らが発動した召魂の思念体術を基にしてそう推察した。
そして自らその可能性を否定したのだった。
人族が到達可能な武芸の限界領域はおのずと知れている
──それがアルスの常識から導き出された結論。
だが、エイスはそのアルスの常識を根底から覆す武才を持つ。
それは、アルスには決して解けない謎だろう。
鍵は、イニシャル"AS"の"S"──仙堂家──の家系と血脈にある。
その後、エイスはさらに龍人の身体能力を活かした訓練を始めた。
彼はまだ半分未満の力しか出していない。
それなのに、静止していたエイスが瞬間移動したかのように、点から点へ高速移動していく。
瞬間加速により体が霞み、消えていく。
瞬きの間に十数メートルの距離を移動していく。
*
エイスは昼食前に温泉に入り、大量の肉、野菜、炭水化物をとり、一時間ほど休憩した。
それから、彼の午後の訓練が始まった。
しばらくの間、彼は小太刀を用いた様々な実践演習を行っていった。
その後に、大小の太刀を交互に使いながら、同様の演習をこなしていく。
しかも、この間もずっと複合の三次元俯瞰視を使いながら、その開発作業も並行的に進めている。
休憩を挟みつつ、エイスはこの訓練を夕暮れまで続けた。
**
それから十日間、彼はそこでひたすら剣術の鍛錬に励んだ。
さらに、エイスは途中から70cm級の幅広型の半月刀を追加で持ち込み、それも訓練メニュー中に加えた。
彼は大太刀、小太刀、半月刀の合計三刀を体に馴染ませることに注力していった。
半月刀を持ち込んだのは、騎馬での戦闘を想定してのこと。
その半月刀の柄は
そこに金属棒をはめ込むことで重量級の大矛に変身する。
その矛刀身となる半月刀の扱いを知るために、彼は先ずは刀として使っている。
アルスはそのエイスの鍛錬に感心すると同時に、一つだけ助言したくなった。
『エイス、あまり言いたくはないんだが……』
『……んっ⁉ なんだ?』
『──先に馬に乗れるようなった方がいいんじゃないか』
そう、彼はこれから乗れるようになる──予定だ。
**
銃火器類や爆薬等は
今やこの星でそんなものを使う者はいない。持ち歩くだけでも自殺行為だからだ。
それもあって、戦闘では今も原始的な武具が使われる。
この星で自然環境を破壊するような兵器の開発・使用するのは人族だけ。
その他の種族はそのような自傷的な行動はとらない。
高次武具を求めることはあっても、殺戮兵器を開発したりはしない。
結果的に、一般的な武器は剣、槍、弓等の古典的な武具に回帰した。
術技は使えないが強靭な肉体を持つ獣人族は特にそうなった。
多くはないが攻撃術の使える守人たちの中にも帯剣している者はいる。
この星での基本的な戦いは、武具か術技のいずれかを用いる。あるいはその併用。
守人族の多くは術技のみ。電撃と火炎撃(火炎術)を用いる。
超人である龍人はどちらも使うが、基本的に併用者はほとんどいない。そのいずれかだけで十分だからだ。
もちろん、一般人の中には飛び道具や投擲武器を使う者もいる。
ただ、その割合は低い。弓は自衛や護身用には向かないためだ。
積極的に用いるのは人族、狩人、軍兵くらいだろう。
人族も槍、剣、弓等の武具を使うが、この星の人族に日本的な武人はまずいない。
これは単純な理由からだ。
『確かに……、人族の肉体は脆弱過ぎるな』
エイスでさえ、この点についてはそう一言で総評した。
この星の最多人口種族は獣人族。人族と獣人族では身体能力格差が大きすぎる。
獣人族の武具攻撃は強烈である。人族の力では剣どころか、盾でも防御しきれない。剣ごと腕を切られるか、骨ごとへし折られてしまう。接近戦で勝ち目はない。
そのため、距離をとって小型クロスボウ等の飛道具で攻撃するのが一般的である。
それでも、金属矢を小型化・軽量化して初速を高めないことには獣人には当たらない。
ちなみに、戦場では獣人族も防具を装備して、巨大剣や長槍を振り回してくる。
獣人族の多くは30kg程度の重さの鎧を装備していても、普通に動けて、走れる。
頭脳で勝とうにも、人族と同レベルのIQを持つ獣人種も多い。
そして、視覚、聴覚、嗅覚といった感覚器の能力差は桁違いである。
獣人族は人族がまともに戦って勝てる相手ではない。
武芸才を磨いたくらいでどうにかできるような格差ではないのだ。
ただ、その獣人族であっても、守人族には敵わない。
攻撃術を使う守人たちは論外に強い。まともに戦えば、まず勝てない。
重量級甲冑を装備した獣人族であっても、火炎術で甲冑ごと焼かれるか、電撃で感電死させられてしまう。
ただし、獣人族の中には、肉体の一部が武器になったり、毒を持っていたり、特殊なガスを放つものもいる。
守人族であっても、油断すれば、殺されてしまう。
**
エイスが滞在している間、山荘には五日に一度食料補給の馬車がやってくる。
肉と野菜の補給が主だが、日数分のパンも含まれる。
パンは日持ちのするブールやカンパーニュに似たものだけ。
これらのパンは味も良いのだが、表層が硬い。
ただ、煮込みやスープによく合い、食も進む。
この日のお昼前に、エイスは二度目の補給を受けた。
補給の荷物の中に、三巫女が煮込みと昼食を入れてくれていた。
その昼食をとり終えると、エイスはすぐに滝下の砂地へと向かった。
いつもなら休憩を挟むのだが、この日は違った。
十日間の鍛錬を経て、エイスは体力的にも回復が進んだ。
何しろ、ここでは新鮮な肉類と山菜に困らない。
牛肉だけは補給を受けるが、周囲に猪豚、兎、鳥等はいくらでもいる。
弓の練習がてら森に入れば、いくらでも狩りができる。
ただし、弓を使っているのは、弓に特に興味があったからではない。
『狩りだけは弓を使え!』
『んっ⁉ 電撃や雷撃だとマズいのか?』
『電撃系術はやめておけ。
肉の味が落ちる』
──そういう話らしい。
電撃か雷撃を使えば簡単に狩れるのだが、アルスは「味が落ちる」と断言した。
そう言われてしまうと、エイスはアルスの助言を受け入れるしかなかった。
ただし、弓とはいってもかなり小型の形状のもの。しかも、弓、ストリング、矢のいずれも特殊合金製。
そのワイヤーストリングのテンションは非常に高く(強く)、専用グローブが必要なほどだ。人族では引くこともできないほど強力な弓である。
龍人の脳力と身体能力、それに三次元俯瞰視を組み合わせれば、慣れてくると面白いように矢が当たる。
おかげで、エイスはかなりの量の肉と魚をとりながら、順調にトレーニングを進めることができた。
体力的な回復が進み、肉体の錆落としもできてきた。
ここでようやくエイスは次のフェーズに進むことを決めた。
────攻撃系の術技へ。
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