03 脅鳴波
夕食を終えてから、エイスは大滝上の小湖へと向かった。
滝近くの湖端に到着すると、彼は10m級の大岩に上っていった。
──より正確には、スリーステップで蹴り上った。
夜の帳は既に下りているが、驚異的な夜目と視力のおかげで彼は日中と同様に周辺を窺うことができる。
エイスは岩上の平らな場所に座ると、瞑想を始めた。
それとほぼ同時に俯瞰視術を多重発動した。
上方と各側面、自らを中心に合計五方向から五面を捉える。
『おいおい、おれは上方からの俯瞰視しか使えなかったぞ。
お前のは全方向の俯瞰視じゃないか……』
『死角がないようにしただけだ。
これに、広範囲と超広範囲、それに地中を加えることもできる』
エイスの脳は現時点でも24相当もの多重並列処理が行える。
それでも、同時発動できる最大術数はその約半分ほど。
そのため、俯瞰視術を多重発動すると、同時発動可能な術数が少なくなる。
『おまえなぁー、どれだけ脳力開発しているんだ……』
『用心に越したことはないだろう。
最近、ちょっと気になるやつがうろついているし』
『気になるやつ?』
『ほら、お客様がいるだろう』
アルスは俯瞰視を参照して周辺を観察する。
『ああっ……、あれか⁉
────確かにいるなぁ。
いつからだ?』
『最近、監視の鳥がついてきている。
他にあと二つ。こいつらはどちらも今日からだ。
一つは昼頃から。もう一つは夕方からだ』
エイスの自主トレの目的は主に二つ。
一つは、肉体的な状態の確認、基本装備の決定。それに強化と鍛錬。
もう一つは、龍人術と守人術の実践的な練習である。
この二つ目の中には俯瞰視術も含まれる。
俯瞰視は龍人術の一つ。基本的に単方向からの平面写真に近く、俯瞰視点の距離を遠くするほど精細度が低下する。
そこで、エイスは多方向の俯瞰視を三次元的に統合し、単一術にしたいと考えた。
これにより、同時発動術数を減らすことができる。
また、俯瞰視術の三次元化することで、精細度も向上できると考えている。
先ずは、地中を含まない遠距離モードの三次元俯瞰視の開発に取り組む。これは、Km単位の非常に広域を立体地図的に俯瞰するもの。
その次の中距離モードは、地中を含む広範囲の三次元俯瞰視。これは遠距離モードよりも範囲は狭くなるが、より詳細な周辺状況を捉えられる。
そして、最後に半径100m圏内に限定した超精細な三次元俯瞰視。これは360度の全方向視界に限りなく近い。戦闘モードとも呼べるものだ。
最終的には、これらの三つの俯瞰視を同時発動できるようになりたい。
理想的には二番目を標準モードにして、睡眠中にも監視用に使えるようにする。
大岩の上で瞑想しているのも、これらの開発を進めるためだ。
だが、その前に周辺の監視者に対処しておくべきだろう。
二人ともにそこは同意見だった。
『それで、どうする気だ?
特に鳥の監視はなかなか厄介だぞ』
『他のは、これは大型の犬……、おそらく狼的な獣だな。
もう一つは獣人だな。この周辺のやつかもしれない』
『狼系かぁ。早めに追い払った方が無難だろうな。
群れの標的にされると面倒だ』
『獣人の方はどうしようか?
イストアールは、ここに獣人族は近づかないと言っていたけどなぁ。
それに、こいつ2m近いし、……なかなかの体躯だな。
こいつに監視されているのも、あまり嬉しくはないな』
『狼と獣人はどうにでもできるが……。
鳥の方が問題だろう。
雷撃練習の的にでもするか?
他国の監視の可能性もあるから、面倒だしな。
先に対処した方がいいだろう』
そのアルスの助言を聞き、エイスはしばらく考えていた。
『そうだな……。
この機会にあれを使ってみようかな』
『あれって?』
『おそらく古の龍人術だと思われるものを見つけたんだ。
それを試してみようと思うんだが』
それを聞いてアルスは何だか楽し気な気配を漂わせる。
『おーっ、おれの知らないやつか!?
そりゃーいい。
よく分からんが、それをやってみようぜ!』
なんだか、のりのりだ。
『おれも初めてなんで、加減が問題なんだが……。
とりあえず「弱」くらいで試してみるかな』
二人の間で話がまとまり、いきなりその古術を試すことになった。
*
エイスは標的となる三体への術発動と出力効率を計算していく。
標的の鳥と狼の距離が近い。
その二体を一撃でカバーすることにした。
獣人には別にもう一撃を同時に発動する。
術自体の難易度は低レベル。準備はすぐに整った。
二秒後、エイスが古の龍人術──
無論、声に出して詠唱などしない。
なのだが、アルスには術発動のタイミングが分かるように、頭の中だけで【ラーダム】と唱えた。
二方向に非常に鋭い波動が走った。
炎も光もない。無音。
しかも、二撃が同時発動された。
その術に注目していたアルスがターゲットの様子を俯瞰視から窺う。
『おおっ……
なんだ⁉
鳥の方はフラフラになりながら飛んで逃げていくぞ』
状況はアルスの話した通りである。
木の上からエイスを観察していた鳥は、地面に落ちそうになったが、ぎりぎりで何とか持ち直した。
フラフラの状態で逃げていく。
『鳥の近くにいた狼の気配が消えたが……
そいつも逃げたのか?』
エイスはもちろん発動した術の結果を掌握している。
だが、あまり喜ばしい顔はしていない。少し複雑そうな表情を浮かべている。
『それなんだが……
狼の方は死んでしまったようだ。
うーん……まさか、死ぬとは思わなかった』
『なっ!?
あの狼は死んだのか。
獣人の方はどうなった?』
『そっちは生きてるけど、その場に倒れたようだ』
エイスが発動したのは、古の龍人術「
生物の脳内の感情中枢(扁桃体)に干渉し、本能的な恐怖を呼び覚ます。
これまでに経験したことのない次元の恐怖が突然脳内を駆け巡る。
簡単に言えば、本能的な死への恐怖が最大レベルで呼び覚まされる。
抗うことのできない死の恐怖が突然襲いかかる。
ただ、エイスが発動したラーダムは「弱」だった。
彼は追い払う程度の効果を想定して使ったのだが、その効果はエイスの想定を超えていた。
狼はショック死し、獣人は気絶した。
その術の説明を聞いて、アルスはなぜか爆笑している。
*
エイスはその現場を見るために、狼の居場所へ向かった。
現場では、体長2mほどある大型の狼が口から泡を吹いて死んでいた。
さらに、そこから20mほど離れた場所には体長1.4mほどの猪豚が狼と同様に泡を吹いて死んでいた。
獰猛そうな顔で、素晴らしく立派な牙を持つ。
距離的にみても、この猪豚は狼をあまり恐れていなかったと思われる。
ラーダムの余波がそこまで届いてしまったようだ。
『この狼はどうしたほうがいいのかな?』
『ドラフだ。死体はこのままここに置いておけ。
どうせお前を餌にできるかどうか、観察していたんだろう。
その死体を見たら、群れは襲ってこなくなるだろう。
それで、あの猪豚はどうする?』
『あれは食べられるのか?』
『あいつの肉はうまいぞ』
『それじゃー、持って帰って解体しよう』
そう話してから、エイスは猪豚の側で片膝をついた。
そして、猪豚に守人術の
その術で体に寄生していた害虫等を根刮ぎ駆除できた。
『これって便利な術だな』
『ああ、そいつは必須だ。
それが使えないと、狩りや山での野営の時に困る』
なかなか強力な術のうえに、有害物質が残留したりもしない。
これで彼はクラムの実験も行えた。
それから、エイスはその猪豚を片手で抱え、一度山荘に戻り、それをテーブルの上に置いた。
改めて見ると、地球の猪というよりも凶悪・狂暴そうな豚である。だが、その味についてはアルスが太鼓判を押した。
ただし、猪豚の解体は次の作業の後だ。まだやることが残っている。
エイスは獣人が倒れている場所へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます