02 記憶なき剣技
ガタガタと馬車特有の硬質な金属音と蹄の音が山道に響く。
馬車とは言っても、荷馬車や幌馬車ではない。
外観もお洒落なコーチ型の馬車。
しかも、四頭立てである。
これがエイスにとって初めての馬車の体験。
一見には非常に優雅な旅である。
なのだが、金属製の車軸が「──ガガガ」ではなく、「──ドガラガラ」的な連続音を響かせている。
車軸受にかなりの負荷がかかっているようだ。
馬車にサスペンションやダンパーなどは装備されていない。
当然、乗り心地は良い…………わけがなかった。
地球の技術を持ち込まないと誓ったエイスも、さすがに馬車を改良したくなるほど。
『……この揺れはたまらないなぁ』
普通であれば、この馬車の乗り心地はかなり良い方らしい。
だが、この日は重い荷物を載せている。
積載重量が増すと、その構造上から比例的に乗り心地が悪化する。
重い荷物の一つは武具。主には刀剣類。大楯も含まれる。
大小様々な刀剣類を積み込んでいる。2m超級の大剣も入っている。
エイスはこの中から基本装備の候補を見つけて、実践的に使ってみるつもりだ。
だが、その武具以上にイストアールから運ぶように頼まれた酒樽がこの重量増の元凶。軽い酒樽などない。それらがとにかく重い。
おまけに、樽には入念な振動対策が施されているため、よけいに重い。
それでも、今さら積み荷を降ろすわけにもいかない。
結局は、忍の一字……しかない。
きっとエイスも先にそれを言ってほしかっただろう。
表情が辛そうである。
何しろ、内臓器官は二世紀も休眠していたのだ。
状態は、試運転を終えたばかりの初心者マーク付き。
まだ休眠中の一部の細胞と末端神経の残るエイスにとって、あまり楽しい初乗りではなかった。
**
目的地は、ギロン山脈麓からさらに約5km奥、大滝ミララシアの傍の山小屋。
エイスの荷物を降ろし、山小屋の状態確認を終えたら、馬車はコンフィオルへ戻る。
エイスの滞在予定は約一か月間。
五日に一回は荷馬車が補給にやってくる。
この長期滞在に合わせて、イストアールがエイスに身分証を発行してくれた。
それがないと、トラブルに巻き込まれる可能性があるからだ。
山小屋に到着してから、エイスはようやくその身分証を確認した。
身分証はミクリアム神聖国のもの。しかも、銀色(高位職者)。
エイスはミクリアム神聖国国籍のコンフィオル聖殿神官の肩書になっていた。
写真の技術がないため、身分証のメタルプレートに守人術で精巧に顔が刻写されている。
その顔の刻写が少し立体的な形状になっているうえに、本人そっくり。
しかも、偽造も複製も不可能らしい。これはなかなか凄い術技である。
これには、エイスは感謝しながらも呆れてしまった──何しろ、本物の贋。
(真面目だねぇ、エイスは……。
いいんじゃないか。もらえるものはもらっておけば!)
アルスの声がそう遠くで聞こえた。
*
コンフィオルを出発してから二時間ほど。エイスの目が大滝ミララシアを捉えた。
その絶景に思わず引き込まれそうになる。
ミララシアの滝幅は約55m、落差は60m級。水量も多く、かなり大きな滝である。
滝下にはかなり広い砂地と川。砂地の広い場所は幅も150m近いと思われる。
砂地のあちこちには高さ10m以上の巨大な岩がいくつも見える。
30m四方ほどの広い岩棚もあり、滝下もなかなか雄大な景色を見せてくれている。
その滝の小湖畔、30mほど離れた場所に山小屋があった。
山小屋というよりは山荘的な建造物。
部屋は十室。なかなか豪華な室内だ。傍には来客用棟まである。
それでもイストアール曰く「山小屋」なのだそうだ。
『イストアールのやつ……
これのどこが山小屋なんだ?』
アルスが少し嘲笑気味な口調でそう話した。
『まぁ確かに……そうだな。
これで小屋はないだろう。
──山荘の方が正しいな』
イストアールは引退後、しばらくはここに一人で住んでいたらしいのだ。
さすがはインバル大聖殿の元最高位神官様である。
コンフィオルで復職したイストアールがここを訪れるのは、年に二回ほど。
普段、この山荘は裏山に住む兎人族が管理している。
兎人の管理人は真面目で綺麗好き。そのおかげで、山荘の周辺にも手入れが行き届いている。エイスとの鍵の受け渡しも、丁寧で非常に手際が良かった。
その兎人族の集落が山の裏手にあり、コンフィオルとは一日一回伝書鳥で連絡している。
何かあれば、コンフィオルに鳥を飛ばしてくれるとのことだ。
荷物を屋内に運び込むと、エイスはさっさと夜の食事の仕込みを始めた。
外には非常に低温の湧き水の井戸があり、台車を下して、肉類はその水面近くに置ける仕組みになっていた。天然の冷蔵庫である。
井戸水の水温は驚くほど低い。約6℃。
生肉でも数日なら井戸の水面上に保管しておける。
この山荘の横には温泉が湧いている。
イストアールはこの温泉に入るために、ここまで足を運ぶ。
食事の仕込みを終えたエイスは、早速この温泉に浸かった。
*
リーロが用意しておいてくれた昼食を食べ終え、エイスは先ず四本の刀剣を持ち、外に出た。
庭に置かれた大型の木製テーブルの上にそれらが並べられた。
1.6m級の両手剣、1.8m級の大太刀、1.2m級の両手剣、1m級の太刀。合計四本である。
これらは衛兵所から借りてきた標準仕様の武具。
雑に扱わない限り、簡単に折れてしまうようなことはなさそうだ。
『確かに折れないはしないだろうが……
それにしてもボロだな。
作りが雑すぎる!』
アルスが辛辣にそう言い放った。
『衛兵所に保管されていた武具だからなぁ。
折れにくいように造られたんじゃないか。
まぁー練習用だしな。これでいいよ』
両手剣は正にそういう仕様で造られたもの。コスパ重視である。練習用に借りてきたものであるため、あまり贅沢も言えなかった。
エイスはそれらを持ち替えながら、試し振りを何度も繰り返す。
その作業は二時間近くにも及んだ。
コンフィオルから離れ、彼はようやく一人になれた。
ここでは、人目を気にすることなく、本気で剣が振れる。
シミュレータの演習ではさんざん振ってきたが、実剣は全く別の感触だった。
エイスは楽し気に剣を振り続けた。
人族とは異なる肉体の超感覚を彼は貪るように堪能していた。
回復途上とは言え、最適化された龍人の肉体は想定を超える力を持っていた。
*
肉体の覚醒後、アルスの機嫌は良い。
いつも陽気だ。
ただ、アルスからいきなり話しかけてくようなことは少なくなった。
多重並列思考のエイスに突然話しかけても、それが特に障害になることはない。
だが、気を利かせて、配慮してくれているようだ。
脳力の多くを剣と肉体の分析に集中させていたところで、珍しくアルスの声が響いた。
『エイス、お前の剣の振り方はおれとはかなり違うな。
それにその剣……
お前の振りについていけてないように感じる』
エイスは手を止め、大きく深呼吸した。
一度呼吸を整える。
『ああ、この剣はダメだな。
剣身の作りが良くないせいか、微妙に遅れる』
『おれは今までに剣身が遅れたと感じたことは一度もなかった。
叩き合いで強度不足を感じたことはあったが、この感覚は初めてだ。
おそらくお前の剣の振り方がおれとはまるで違うからだろうな。
お前のは振りながら同時に引いているような感じがする』
『うーん……。そうだな、そんな感じかもしれない。
少し巻き気味に振ることもあるよ』
エイスはそう話してから、実演してみせた。
アルスはその感触と感覚にさらに戸惑う。
エイスの剣の振りは、刃が対象物を非常にピンポイントに切る。斬るのではない。
普通に空を斬るだけでも、一線だけを精確に切っている。
剣を振っているのに、剣身の感覚がない。
線のように細い刃先(刀尖)のその最先端部だけを操っているのだ。
『なんなんだ、それ……。
おれも剣士として知られた存在だったが、そんな剣の扱いはしたことがない。
お前、今の……剣身と刃向きをわずかに左から右に変えたよな?
切る瞬間に刃向きを左から右に……
変えるものなのか?
いや……それ以前に、変えられるものなのか……。
────あ、ああっ!? そうか!!
巻き気味って、そういうことか。
って? お前は何種類の切り分けをしているんだ?』
『基本は五種類だ。
ただ、そこに多少の使い分けもあるから、九種類かな』
アルスはエイスの剣の扱い方が自分と本質的に異なることに気づいた。
単に剣を振り、斬るわけではない。
刃先の扱い方で切り方まで微妙に変化させている。
アルスはこの星では、「剣豪」だった。
その彼だからこそ、そのわずかな違いに気づいた。いや、気づけたのだろう。
理屈の上では、エイスは剣を振らなくとも、ほんのわずかに刃先を揺らすだけで切ることができる。
それを九種使い分ける──エイスは確かにそう言った。
(と言うことは、剣の振りと刃先を別モノにして扱っているのか?
そんな馬鹿な……。
おれはもしかするととんでもない怪物を召喚したのかもしれない)
アルスはそう考えながらも、ゾクゾクするような興奮を覚えた。
エイスの前世は不明。記憶も持たない。
それにもかかわらず、彼の剣は別次元の何かを秘めている。
エイスも実際に剣を持ち、それを振ることで説明不能な感覚を得ていた。
『記憶はまるでないんだが、感覚的にそう扱うものだと分かった。
そのせいか、この両刃の剣よりも、あっちの片刃の太刀の方がしっくりくる。
刀身が遅れる感覚はやはりあるが、それでもそのまま切り抜けるように感じる。
おれの剣の扱いは間違っているのかな?』
アルスはそう尋ねられると答えに困った。
それは明らかに異次元の剣技についての問い。
『どうだろうか……。
おれはその点を気にしてこなかったからな。
お前ほど剣身と刃を繊細に扱おうとしたことがなかった。
お前の場合、剣というか、剣身の扱い方がデタラメに繊細だ。
おれはそういう次元で剣を扱ってこなかったから、正直、答えようがない』
『そうか。……ただ、感覚的にはこれでいいように思うんだが』
『──それなら、それでやってみろ。
問題や課題が出てきたら、そこでまた考えよう』
『確かにそうだな』
こうした会話を経ながら、エイスは試し振りを重ねた。
そして最終的には、1.8m級の大太刀を使うことに決めた。
大きく重いのだが、龍人の肉体なら片手でも余裕で扱える。
そして、それから二時間後には、さらに70cmの小太刀も選び出した。
二刀ではない。戦闘用には大太刀も持つが、普段は左腰の小太刀を使う。
エイスにはそれがしっくりきた。
先ずはそのスタイルでやってみることに決めた。
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