間話:ミクリアム神聖国
ミクリアム神聖国は大陸東部中央に位置する中規模国家。
首都インバルは人口約30万人。
インバルは大陸最古の都。非常に美しい古都として知られる。
また、神聖国内にはいくつかの湖があり、それらの湖川を内水航路として利用している。
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<<ミクリアム神聖国>>
<近況ノートにもマップを掲載中>
形式上は守人族の率いる国家であるが、人口の約半数を守人族に従う獣人族、約三割を人族が占める。
「形式上」としているのは、ここが神龍の国だからだ。
「神聖国」とは、古からの悠久の歴史においてオペル湖周辺地が「神聖なる竜と龍人」の在所であることを意味する。
そして、神龍は実在し、その意向が全てにおいて優先される。
ミクリアム神聖国は竜族と龍人族、そして古の聖守人族を崇める者たちの集う国。
大陸最古のミクリス龍王国に次ぐ歴史を持つ。
ただし、それは国としての歴史であり、オペル湖周辺地の神龍の歴史は古代期以前にまで遡ると言われる。
神聖国は、温暖な気候と自然豊かなこと、そして大陸で最も種族格差が小さいことで知られる。
「大自然の管理者」である守人族を中心にして、竜族と龍人族、そして自然との共生を国是として掲げる。
この国に住む人族は自然共生派──穏健派のみ。
ここは紛争を抱えていない希少な国。
『大陸東部の歴史と周辺国情勢を鑑みると、紛争がないというのは信じ難いなぁ。
それはいつ頃からなんだ?』
『古から神聖国は紛争とは無縁の国だったと聞いている。
オペル湖周辺は竜族の生息域だから、聖域なんだ。
まぁそれに、竜族を怒らせるわけにもいかないからな。
神聖国に手を出す国なんてなかったんだろう』
『過去には竜族が動いたこともあったのか?』
『ああ、何度かあったらしい。
おれが知っているのは、五十年戦争の時のことだけだ。
ゴードウィクという町にまで帝国軍が攻め込んできたが、竜たちが現れてその軍勢を殲滅したんだ。
紛争もなにもない。あっという間に帝国軍は消えた』
竜族は滅多なことでは動かない。
だが、その竜族が動いた時にはもう誰にも止められない。
アルスはさも当然のようにそう話した。
基本的に、ミクリアム神聖国は他国からの移民と難民を一切受け入れない。
アルスによると、これも古からの竜族令の一つらしい。
だが、竜族を崇める他地域民と遊牧民はミクリアム神聖国の周辺に集い、その地域から神聖国を支持した。
これにより、ミクリアム神聖国の周辺地域もまた康寧化した、とのことだ。
ミクリアム神聖国の国境は、竜族令に従って獣人族が入国者に目を光らせている。
密入国しようとしても、獣人族にすぐに発見されてしまう。
その監視を潜り抜けることは困難だ。
獣人族は視覚、聴覚、嗅覚に優れるだけでない。
レーダー波や熱センサー的な感知能力を持つ獣人種もいる。
国境域に住む獣人族の監視網をかいくぐり、秘密裏に入国するのは困難を極める。
大陸西域では、獣人族は種族間格差により虐げられることも多い。
だが、ミクリアム神聖国の守人族は獣人族の尊厳を守り、常に敬意を表してくれる。ゆえに、大陸東域の獣人族はミクリアム神聖国を敬愛し、常に支えてくれる。
*
ここで、ミクリアム神聖国の種族序列について触れておこう。
────龍人族・守人族>獣人族・人族>ケイロン
この序列はあくまで一般常識的なものだ。竜族の決めたものでもない。
龍人族と守人族を最高位に置くのは、古からこの周辺地域が大自然の守護者と管理者を中心にした社会圏だからだ。
階級分けされたのではなく、この国の獣人族と人族が二種族を崇めているゆえに、この種族序列になった。
ただし、序列最下位のケイロンの地位だけは竜族とインバル大聖殿が決定したものである。
ケイロン(幻人族)は、人族の亜種。
一般的な人族は、地球人と同様に固有の族術を持たない。
だが、ケイロンは人族と他種族の交配研究から生み出された人族の進化種。
術力は低いが、火炎術を含むいくつかの術を発動する能力を有する。
その一方で、複雑な交配過程の影響から、気性が荒く、非常に好戦的な種族。
五十年戦争中に帝国の人族から重火器供給を受けて、南西から神聖国内に攻め入ろうとした。
それは大陸東部域では禁忌とされる所業であった。
その周辺には多数の竜と龍人が住むからだ。
『帝国軍が動いたのに合わせて、八千のケイロンが南西から神聖国国境に迫ったんだ』
『それで……同じように竜族の怒りを買ったのか?』
『いや、国境線近くの獣人族に見つかって交戦状態になった。
そして、その戦場が拡大して、龍人の居住域の近くにまで及んだんだ』
『ああーっと、それはダメなやつだな』
『ああ、ダメなやつだ。
龍人三家族が獣人族と協調的に動いて海岸線近くまでケイロンの殲滅に動いた』
龍人族の三家族とは、その龍人たちだけで小国一つを滅ぼせるほどの戦力である。
八千程度の数では相手にもならない。
『海岸線近くまでって……
おいおい……、それってどれだけ追いかけたんだ』
『龍人が報復に動いた時にはそうなるんだよ。
連中もそれは知っていたはずなんだが、帝国から調達した武器の威力を過信したんだろうな』
アルスは少し笑いながらそう答えた。
しかし、それこそが龍人族の規矩準縄。不文律が破られれば、徹底的にその相手を叩く。
この後、神聖国は全てのケイロンを国外追放に処した。
その経緯があって、この序列になった。
要するに、ミクリアム神聖国内にケイロンは住めないし、入国も許さないという強い意思表示なのである。
*
神聖国内には百家族ほどの龍人が住む。
だが、ほとんどの龍人が住んでいるのは小村か小さな町。
都市、そして政治や経済の舞台に龍人族が出てくることはない。
『百家族かぁ……。
少ないようにも思えるが、龍人の総数からすると多い方なんだろうな』
『他国は羨むような目で見ているはずさ。
何しろミクリス龍王国とレミロレゾン龍神国の二国を除けば、大陸では最大数だからな』
『やはりそうなのかぁ。
それで、竜族と龍人族の関係は良いのか?』
『そこに関してはおれにもよく分からない。
ランゲル公国やその周辺ではほぼ対等な関係だったし、何かあれば共闘もしていたが……。
神聖国の竜族はまた特別らしいからな』
『特別とは?』
『オペル湖には三神龍という古竜がいて、そいつらはもうほとんど神のような存在なんだ。
ミクリス龍王国とレミロレゾン龍神国も三神龍には逆らえないらしいからなぁ。
首都インバルの最高位神官たちなんて、ほとんど言いなりらしいし。
周辺の龍人族でも三神龍の意向には従うようだからな』
『どういう理由から?』
『それは知らない。おれには分からない。
何しろおれは一度もオペル湖方面に行ったことがないんだ。
一度行きたいとは思っていたんだが……』
アルスは少し残念そうにそう話した。
(そう言えば、アルスは旅行とか……したことがないんだったか。
そうかぁ。うーん……)
龍人族は自らの居住域に問題が起こらない限り、理由なしに動くことはない。
その行動は常に注目されているのだ。
神聖国内に限らず、龍人族はあくまで中立を貫く。
迂闊に動けば、地域の安全保障にまで影響を与えてしまいかねないからだ。
この点において、アルスは例外中の例外だった。
彼は中立を破り、ランゲル公国とその周辺国のために動いた。
そして、……それゆえに彼はクレム聖泉に封印されたのだ。
エイスはそれを考えると、胸が絞めつけられるような思いがした。
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