06 相棒
洞窟奥のクレム聖泉の傍には礼拝壇が設けられている。
そこには、毎日交代で高位巫女が礼拝に現れ、祈りを捧げる。
この礼拝時に巫女たちは術で洞窟内の瘴気の浄化も行う。
それでも封印術のかけられた泉から湧き出てくる瘴気を完全に除去できるわけではない。
瘴気の濃度を一定水準以下に抑えることが目的である。
礼拝時間は30分ほど。
礼拝壇周辺の清掃等を合わせても、一時間ほどで戻っていく。
その他に、一か月に一度だが、神官と思しき老男と高位巫女三人が揃って祈祷に現れる。
老男の神官イストアールは、守人族最高位級の神官。年齢は723歳。
普段、聖堂から外に出ることは少なく、クレム聖泉に姿を見せるのも月一度だけ。
この日、イストアール以外にも、エリル、リーロ、アミルの三人の高位巫女が同行した。
三人の巫女たちも守人族。
礼拝後に泉の縁でガラス瓶に泉水を採取した。
山、海、水、土の守り人。守人術を使う。
守人は古の
守人術は聖守術から遺伝的に受け継がれた超電磁気術。
エリルがガラス瓶に向け、守人術を発動した。
四人は瓶内の水質の変化を注視する。
瓶内の術反応を見ながらアミルが呟くように声を発した。
「先週よりも、聖分濃度がさらに上昇しています」
「うむ……。
いよいよその時が近づいてきたか。
残念だが、我らの務めも終わりを迎えるようだ」
「この忌まわしき封印術を解くことは最後まで叶いませんでした。
イストアール様、本当に残念でございます……」
巫女たちは頭を垂れ、イストアールの目線も下を向いた。
四人は無念そうな表情を浮かべながら、そこでさらに20分ほど話し、戻っていった。
*
その四人のやり取りに聞き耳を立てて、注意深く観察する者がいた。
────エイスだ。
彼は脱出の準備作業を進めながら、同時に洞窟周辺の状況を常に監視していた。
彼はこの礼拝壇に現れる参拝者の様子を特に注視してきた。
『なぁ、アルス……。
質問があるんだが』
『なんだ?』
『先週から外の様子を窺っているんだが……。
時々、お前から聞いていた話と辻褄が合わないことがあるんだ』
『はぁ⁉
例えば、どんなことだ?』
外界を知らないエイスからのその問いかけに、アルスは心外そうに返事をした。
『お前の話だと、この辺りは人族のカミロアルバン帝国の支配地だと言ったよな?』
『ああ、ここは帝国領だ。
それがどうした?』
『いや、それがどうも違うようなんだ。
ここはミクリアム神聖国領じゃないかと思うんだ』
『はぁーっ⁉
──そんなことはあり得ないだろう。
なぜそう思うんだ?』
コンフィオル周辺地がミクリアム神聖国領だったことは過去になかった。
また、ミクリアム神聖国は大陸最古国の一つだが、他国を侵略したことはない。
『洞窟の正面方向に聖堂みたいのと他にもいくつか建造物があるんだ。
そこに書かれている単語や文が守人語だし、ここで使われているのも守人語だ』
この星で常用される言語は地域語ではなく、各人種語が基本である。
龍人族は龍人語(龍語)と守人語を用いる。
獣人族は獣人語。ただ、必要上から守人語を話せる獣人たちも多い。
人族のみ、三地域言語。さらに大陸東部では守人語を話せる者が大多数。
ただし、ケイロンはケイロン語を用いる。
大陸東部での事実上の公用語は守人語。
エイスは三か国語(龍人語、守人語、獣人語)を習得した。
今、二か国語なら人語も多少話せる。
これに関してはアルスではなく、彼の脳(記憶)から学んだもの。
アルスの言語力からではなく、脳から学習したのだ。
アルスはしばらく考えていた。
単一思考になったアルスは、今や人間と変わりない。
『帝国領地なら、ここで守人語が使われることはないはずだ。
これは何かあったな。
ミクリアム神聖国領は隣国だが、あそこは中立国だ。
うーん……、他国領へ侵攻するとは思えないが……。
何か、他に情報はないか?』
『さすがに、ここからの念視には限界がある。
だが、ここに毎日礼参に来る巫女や老人も守人語で話している』
いつも洞窟に礼拝に現れる巫女と神官のことだ。
『毎日ここに守人族が来ている?』
『ああ、先週からイストアールって名の神官らしきのも来ているぞ』
『イストアール……!?
お、おい……、そのイストアールの顔のイメージとかを見せられないか?』
『念視はまだ上手くないから、かなりボケるぞ』
エイスはそう伝えてから、念視から得たイストアールのイメージを送った。
それを見たアルスの思念が急に陽気になった。
『これは……予想外の展開だ。
おい、エイス!
おれはこいつを知っているぞ!』
『知り合いなのか?』
『ああ、昔助けたことがある。
ミクリアム神聖国の高位神官だ』
『ということは、ここはやはりミクリアム神聖国で間違いない?』
『そうだな。まず間違いないだろう……。
それなら、ここから出て、いきなり襲われる可能性はほぼなくなった』
それから、アルスは『なんだ』と『そうか』を一人で連発していた。
しばらくしてから、彼は『名案が浮かんだ』と話し、エイスとその案について話し始めた。
その話し合いを終えたアルスがしばらく沈黙した。
突然、彼はエイスに思いがけない提案をする。
『これでおれの仕事は終わりだ。
エイス、おれはこの辺りで消えることにしよう。
お前はおれの一生の中で最良の友人だった。
最後の最後で、おれは楽しく過ごせた。
感謝する‼
──後は上手くやって、楽しく生きてくれ!
それがおれの今の望みだ』
そのアルスの話を聞いて、エイスはしばし言葉が出てこなかった。
『アルス……』
『何も言わなくていい。
今のお前ならおれを楽に消せるだろう。
もうおれの力は5%も残っていないが、それも使ってくれ!』
アルスはエイスとの最後の作業により、力が弱まり、既に95%超がエイスの脳に移譲されていた。
力が弱まるほど、封印術が強く作用し、アルスの精神体を浸蝕していく。
そして、その残分のアルスが消えると、封印は完全に解ける。
『──さぁー送ってくれ!』
アルスのその声がエイスの中で響いた。
なのだが──。
『なぁーアルス』
『なんだよ、……無粋なやつだな!
覚悟を決めたんだから、さっさと送ってくれ』
覚悟を決めたアルスは水を差されたような気がした。
『もう脳内の5%未満しか、お前の精神体も残っていないんだが……
その状態であとどのくらい思考力を維持できるんだ?』
『なにを今さら訊いてるんだ……。
ここにいれば、もう一年間か、そこらだ』
『外に出たら、どうだ?』
『はぁ!?
またまた……なにを言ってるんだ?
おれが消えないことには封印も解けない。
それに、外に出られたって、二十年かそこらで自然消滅するだろう』
そこで、エイスの話が途切れ、数分の間返事もなかった。
『お、おい……、エイス!?』
『悪い……な。
ちょっといろいろと考えていたんだ』
多重思考のエイスがしばらく考え込んでいたのだ。
『さっさと送ってくれ!』
『いや、アルス、意識がまだ残るなら、おれとその間は一緒にいないか?』
『さっきから何度も……
何を言ってるんだ‼
それじゃー、外に出られない。
おれが自然消滅するのを待つ分だけ時間を無駄にする』
『えぇーっとだな。
ちなみに、おれはこの封印を自力で解けそうなんだが……』
それを聞いて、アルスの気配が一瞬薄らいだ。
五秒ほどの間が空き、ようやくアルスの声が聞こえる。
『はぁー⁉
自力でこの封印を解けるって?』
『ああ、封印術の正体を解析したから、解き方も分かった』
『解析って……、
お、おまえなぁ……
絶対に解けない最高位の封印術なんだぞ、これって。
それを解ける……のか?』
『そう言っただろう。問題ない。
──だから、自然消滅するまではこのまま一緒にいかないか?』
『えっ!?
いいのか……
だって、邪魔だろう?』
『いや、別に、普通に……
うん……全然、いいよ。
また外の景色とか、見たいだろう?』
そう尋ねられたアルスは外に出られた時のことを急に考えだした。
その可能性を全く想定していなかったこともあり、「外が見れる」と言われて、彼はただただ戸惑っている。
『ただ、おれにはお前を手助けするような力はもうないぞ』
『でも、まだおれよりは外のことを知っているじゃないか。
おれの中からで悪いけど、二世紀振りに外の世界を見るのもいいんじゃないか』
彼は二世紀もの長きに渡りここに封印されてきたのだ。
アルスが外の世界を見たくないわけがなかった。
そこで、エイスとアルスのこの話し合いは終わった。
アルスはその提案に乗り、二人はともに外に出ることに決めた。
そして、二人はその作業に取り掛かった。
いよいよ、エイスがこの泉底から出る時がきたのだ。
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