034 船上の戦い(後編)

「唸れ雷霆ィ!」


「えいやーっ!」


 マイペースに敵を処理していく。

 一方、アヤは……。


(おいおい、大丈夫なのか?)


 不安になる戦いを繰り広げていた。

 敵の攻撃を間一髪で避けているのだ。

 あえてそうしているのだろう。

 そうは思えど、見ていてヒヤヒヤした。

 そんな時だ。


「フィッシャアァァァァァ!」


 フィッシュライダーが死角からアヤを襲う。

 両手の鉤爪で彼女を切り裂こうとしたのだ。


「アヤ、後ろだ!」


「分かっているわ!」


 アヤの反応は早かった。

 ライダーの右腕を掴むなり豪快な背負い投げをかましたのだ。

 そのまま流れるような動きでそいつの顔面を踏みつける。

 さらに間髪を入れずにダガーで胸部を貫いて殺す。


「すっげぇ」


 またしても感心する俺。

 もちろん敵の掃除も忘れない。


「ユウトもやるわね」


「アヤには劣るけどな」


「私もギリギリよ。さっきのコーヒーのおかげでどうにかやれてる感じ」


 無尽蔵の如き勢いで現れる敵を捌きながら会話する。

 しかし、そうやって話せる余裕も次第になくなった。

 敵の勢いがいっこうに弱まらないのだ。


「魔石の回収は諦めて撤退したほうがいいかもな」


「ですね」


 俺とカスミは撤退を検討する段階に入った。

 絶対に無茶をしないのが俺たちの流儀だ。

 魔石に目がくらんで無理するようなことはない。

 これが今まで問題なく生きてこられた秘訣だ。


「大丈夫、まだいけるよ私!」


 アヤは撤退に難色を示している。

 俺たちに良いところをアピールしたいのだろうか。


「もうちょっと戦ってから――」


「ケケケケーッ!」


 アヤが話している最中のことだった。

 リザードマンが頭上から降ってきたのだ。

 槍の穂先を対象に向けて一直線。

 狙いは――アヤだ。


「アヤ、上だ! 上!」


 俺たちはアヤが「分かってる」と言うと思った。

 だが、彼女の口から発せられたのは「しまった」だった。

 上から敵が降ってくることなど想定していなかったのだ。

 故に反応が遅れてしまった。


「唸れ雷て――」


 俺がカバーに入ろうとする。

 しかし、それよりも先にアヤが反応した。

 遅れてもなお俺より反応速度が速い。


 パァン!


 強烈な音が響く。

 ――銃声だ。


 アヤが懐から取り出した銃で敵を撃った。

 どうやら魔物用の武器ではなく、普通の銃だったようだ。

 銃弾は命中するも、敵の皮膚に傷をつけることはできなかった。

 それでも、リザードマンを弾き飛ばすことには成功した。

 バランスを崩したリザードマンを仕留めて、アヤは安堵の息を吐く。


「護身用に調達しておいて正解ね」


「銃なんて持っていたのか」


「ロシアからの密輸品だけどね。念を入れておいたの」


「ヒヤっとしたぜ」


「流石ですアヤさん!」


 その数分後、敵の勢いはピタりと止んだ。

 ようやく魔物の殲滅が終わったのだ。

 ――と、思いきや。


「シャアアアアアアアア!」


 フィッシュライダーが1体だけ残っていた。

 死角からカスミに奇襲を仕掛ける。


「ぎょえぇぇぇぇぇ! なんですとぉー!?」


 驚きのあまり後ろに転倒するカスミ。

 それによって敵の攻撃を回避することに成功した。

 が、完全には避けきれず、敵の鉤爪が服にあたる。


「ひゃぅ!」


 ユニグロのブラウスが盛大に引き裂かれた。

 超速乾でお馴染みのインナーシャツもビリビリだ。


 それによってブラジャーが露わになる。

 驚くことにブラジャーまでユニグロ製だった。


「大丈夫? カスミちゃん!」


 心配するアヤ。


「これは撮れ高マーックス!」


 俺はサクッと敵を倒してカスミに近づく。

 アクションカメラのレンズを胸の谷間に向ける。


「やめてくださいよー! ユウト君の変態!」


「やめるものか! ボーナスショットだ! スペチャの時間だぁ! 者共ォ、スペチャをせい!」


「やだー!」


 カスミが逃げて、アヤの後ろに回り込む。


「女の敵め!」


 アヤがダガーを構えながらこちらを睨む。

 冗談だとは思うが、本気で斬りかかってきそうだ。

 怖いのでこれ以上はやめておこう。

 俺はアクションカメラを胸元に装着した。


「それにしてもブラまでユニグロ製とは驚いたな」


「だってせっかくスポンサー契約を結んだんですよ! それにユニグロの下着って、すごくいいんですよ。なんというか肩が凝りにくいんです」


「やっぱり巨乳だと肩が凝るわけか」


「凝りますよー! 巨乳だからかは分かりませんけど」


 アヤが「羨ましい……」とカスミの胸を見つめている。


「なんにせよこれで終了だ。魔石を回収したら戻ろう。今日はアホみたいに狩ったから魔石の売り上げだけでかなりの額になるぞ」


「わーい!」


 俺たちは手当たり次第に魔石を拾っていく。


「初めてのダンジョンはどうだった?」


 拾った魔石をバックパックに詰めながらアヤに尋ねる。


「思ったより厳しかった。ソロでこれは辛いかも」


「慣れるまで俺たちの固定PTに入るか? もちろん報酬は均等分配で」


「いいの?」


「アヤなら歓迎さ。その代わり、ゲートワードの販売権は俺がもらうよ。売り上げは山分けだけどね」


「問題ないわ。ありがとう」


 嬉しそうに笑うアヤ。

 滅多に見せない笑顔だ。


 こうして、須藤アヤが固定メンバーになった。


「さて、戻るか」


 魔石の回収が終わったら撤収だ。

 ゲートをくぐってギルドに帰還した。

 ギルドに戻ったら魔石の換金をして配信を終了する――はずだった。


「須藤アヤだな?」


 そこには大勢の警察官が待っていた。


「そうですけど」


「銃刀法違反及び密輸の罪で逮捕する」


 衆目の中、配信中に、アヤが逮捕されてしまった。


「銃刀法違反に密輸? なんのこと――! そうか!」


 分かった。

 アヤが戦闘中にぶっ放した銃のことだ。

 堂々と「ロシアから密輸した」と言っていた。

 俺の配信によってそれが警察に知られたのだ。


「アヤさん……」


 カスミが口に手を当てて見ている。

 一方、手錠を掛けられたアヤ本人は。


「やっちゃったー!」


 額をペチッと叩いて舌を出している。

 演技なのかは分からないが、それほどショックではなさそうだ。


「ユウト、今ってまだ配信中?」


「そうだけど……」


「こりゃ恥ずかしい姿を晒しちゃったなぁ」


 アヤは後頭部を掻くと、申し訳なさそうに言った。


「やっぱり固定メンバーの件はナシってことで」


「あ、ああ……分かった」


 警察官に連行されていくアヤ。

 こうして、須藤アヤは固定メンバーではなくなった。


「ちょっとアレなんで今日の配信はこれで!」


 俺は配信を終了させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る