033 船上の戦い(前編)
アヤは俺たちがどうやってゲートワードを決めるのか知りたがっていた。
その気持ちはよく分かる。
彼女だけでなく、数多の冒険者が同じことを言っているのだ。
『変態』『潤滑油野郎』『1ヶ月記念日』など、俺たちは短期間で当たりワードを何度も引き当てている。
だから何かしらのコツがあるのではないか、と思われているのだ。
当たりを見つける為の法則のようなものがあるのではないか、と。
もちろん、そんなものは存在しない。
過去の配信でも、そのことは何度も言ってきた。
だが、人というのは自分にとって都合のいい情報を信じるものだ。
きっとあるはずと思っている人間には、どれだけ言っても意味がない。
アヤもその一人だった。
適当に決めているといっても信用しなかったのだ。
だから実演して見せることにした。
「アヤって恋人とかいる?」
「ちょ、いきなりなに!?」
アヤが恥ずかしそうに頬を赤らめている。
「それがゲートワードに関係あるわけ?」
「まぁね」
「なら……いないよ」
「募集はしてる?」
「一応はね」
恥ずかしそうにコクリと頷くアヤ。
カスミが「可愛いぃ!」と興奮している。
「ワードは50字以内ならなんでもいいから、俺たちはこうやって日常の他愛もないことをワードにしているんだ。例えばさっきの質問の答えをワードにぶち込むとこんな感じだ」
俺はゲート生成器にワードを入力して分析を開始した。
ほどなくして分析結果が表示される。
==================
【名 前】アヤは現在恋人募集中
【ランク】B
【タイプ】荒野
【ボ ス】有
==================
「ちょっと! なんなのよこのワード!」
不快感をあらわにするアヤ。
「本当に酷いですよねー」
それに同意するカスミ。
「おいおい、お前も酷いワードを入れることがあるだろ」
「なんのことだかわかりませーん」
カスミが口笛を吹きながら顔を逸らす。
俺は「やれやれ」とため息をついてからアヤを見た。
「このワードはランクがBなのでダメだ。俺たちはF級だから、挑めるダンジョンは一つ上のE級に限られている。こういう時は微調整を行ってみる」
「微調整?」
「こんな感じさ」
ワードに文字を付け足して分析。
==================
【名 前】須藤アヤは現在恋人募集中
【ランク】E
【タイプ】海
【ボ ス】無
==================
「よし、E級のダンジョンがヒットした」
「いや、『よし』じゃないでしょ」
「そうは言われても条件に合うダンジョンが出たし、今日はこのダンジョンに挑むよ。アヤは今日が初陣だけど、まぁ問題ないだろう。ボスのいないE級だし」
「仕方ないわね……でも、海って大丈夫なの? 私、陸自なんで水中戦はそれほど得意じゃないよ」
「大丈夫、海といっても海中で戦うわけじゃないから」
「そうなんだ?」
「海タイプは船が戦場だよ。船上だけにね」
アヤが「はん」と鼻で笑う。
カスミは冷ややかな目で見てきた。
「ちなみに空タイプの時は飛空艇だ」
「あー、『潤滑油野郎』だっけ?」
俺は「そうそう」と頷いた。
「ちなみに、海と空は人気がない。どちらもハズレをひくと狭い場所で戦うことになるからだ。それに敵が空や海中から襲ってくることが多くて戦いづらい。他のPTとバッティングした場合なんかは魔石の取り合いになるし最悪だ」
「でもユウトたちは気にしないんだ?」
「ボスがいるなら避けるけど、そうじゃないなら問題ないかな。E級だし」
「腕に自信があるんだね」
「というか雷霆武器があるからな。こいつは俺みたいな奴でも無双させてくれる有能なOPなのさ」
俺は[雷霆]オーシャンズブレードをトントンと叩いた。
「なるほど、そういうのも含めて楽しみ」
「なら戦場に向かうか。言う必要はないと思うけど油断するなよ」
「もちろん」
問題がないことを確認してからゲートをくぐった。
◇
転移した瞬間に悟った。
このダンジョンはハズレだ。
船がまるで広くない。
ゲームや漫画で海賊が乗っていそうな帆船である。
安定感を考えるなら巨大な豪華客船が望ましかった。
悪くないのは船上に魔物がいないことくらいか。
「こりゃすぐに魔物がきそうだな」
俺はサクッと配信を開始した。
とりあえず手短にアヤがいることを説明する。
――と、その直後、待っていましたとばかりに魔物が現れた。
二足歩行の大型トカゲことリザードマンと半魚人のフィッシュライダーだ。
どちらもトビウオのごとく海中から船に飛び込んできた。
「ユウト、ここからどうするの?」
「決まっている――皆殺しだ!」
戦闘が始まった。
「ケケケケケーッ!」
リザードマンが持っている槍で突いてくる。
俺はスッと回避したが、体が思うように動かない。
大事なことを忘れていた。
「カスミ、バリスタを使え!」
「はいぃぃぃ!」
慌ててタキシードおじさんを召喚するカスミ。
「コーヒー、どうぞ」
おじさんは今日も絶好調だ。
PTが3人だからコーヒーカップも3つあった。
「アヤ、こいつのコーヒーを飲め! バフだ!」
「バフってなに!?」
「飲めば分かる!」
「了解!」
雷霆で攻撃しつつコーヒーを飲む。
一気に脳が覚醒し、戦闘力が大幅に上がった。
「なにこのコーヒー、凄すぎ!」
「それがバフだ」
敵の勢いが止まらない。
次から次へと魔物が船に飛び込んでくる。
倒すペースを維持しないとまずい。
「まさに大漁だな」
「ちょっと厳しいですね」
「しばしば船が揺れるせいで思うように動けんのが辛いな」
劣勢ではないが苦しい展開だ。
アヤがいなかったら撤退していたと思う。
「この程度で怯むの?」
アヤは余裕そうだ。
大量の敵を一手に引き受けていた。
軽やかに攻撃をいなし、逆手に持ったダガーで反撃する。
彼女の攻撃は的確に敵の急所を貫き、命を刈り取っていく。
「すげぇ!」
「アヤさんカッコイイー!」
俺たちはアヤの戦いぶりに感動する。
まるで動きが違っていた。
あれが鍛え抜かれた軍人の動きなのだ。
雷霆頼みのヒヨッコとはワケが違う。
「ユウト、二手に分かれて戦お! こいつらは私だけで十分だから、貴方たちは貴方たちのペースでお願い!」
早くもリーダーに昇格するアヤ。
俺たちは「偉そうにすんじゃねぇぞ」と憤慨。
――なんてわけもなく、「分かった!」と素直に従った。
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