030 ブームのお誘い

 ギルドにやってきた。

 インフォメーションの受付嬢に話しかけ、預金残高を確認する。


「こちらが金好様と吉見様の入出金明細になります」


 受付嬢からタブレット端末を渡される俺とカスミ。

 そこには口座の情報が細かく記載されていた。


「カスミ、どうだ?」


「振り込まれていましたー!」


「俺もだ」


 俺たちの口座にはしっかり1億円が振り込まれていた。

 ありがとう日本政府、ありがとう国民の税金。


「あとは換金だけだな」


 受付嬢に端末を返して換金所へ向かう。


「この魔石を換金してほしい」


 持っていたドラゴンの魔石を差し出す。

 受付嬢はそれをいつもの機械に放り込んで査定開始。

 数が少ないということもあってすぐに結果が出た。


【査定結果】

 1.ドラゴンの魔石:500万円

 2.ドラゴンの魔石:500万円

 3.ドラゴンの魔石:500万円


 結果を見た俺たちは「おお」と興奮する。


「ユウト君、1500万円ですよ!」


「恐ろしく跳ねたな」


 元は1000個のゴブリンの魔石だった。

 その状態で換金した場合、100万前後に落ち着いていた。

 買い取り額が上がっている時でも150万が関の山だろう。

 それがドラゴンの魔石に加工したことで1500万になった。

 ゴブリンの魔石約1万5000個に相当する金額だ。


「換金されますか?」


「もちろん! 俺たちの口座に半分ずつ入れてくれ!」


 換金所のお姉さんに冒険者カードを渡す俺たち。

 お姉さんは「かしこまりました」と受け取り事務手続きへ。


「完了しました」


 こうして俺とカスミは互いに750万円を獲得した。

 政府から1億円をもらったばかりだからしょぼく感じる。

 それでも750万は立派な大金なので嬉しい。


「今回もたんまり稼いだなぁ!」


「ボディガードを雇うべきかもしれませんね!?」


「さすがにそこまでじゃないだろう。貯金は2億すらないわけだし」


「あはは、それもそうですね」


 俺たちはホクホク顔で帰路に就く。

 スマホがブルッと震えていたが、面倒なので確認するのはまた明日だ。


 ◇


 数日後――。


「キタ! キタキタ! ついに俺の時代が……キタァアアアアアア!」


 俺は興奮して家の中を走り回っていた。


「今日は朝からえらく上機嫌ですね、何かあったんですか?」


「ふふふ、実は先日、BOOMブームから声を掛けられたんだよ!」


「ブーム? なんか聞き覚えがあるようなないような……」


「冒険者系で業界最大手のYOTUBER事務所だよ!」


「なんですってぇぇぇぇぇ!」


 それはドラゴンの魔石を換金した日のこと。

 ヨウツベ運営を仲介して、ブームからお誘いが来ていた。

 ウチの事務所に所属しませんか、というものだ。


「ブームは数より質を重視する事務所で有名だ。メタキング&ボブキング兄弟を始め、名だたる冒険者系のYOTUBERが揃っている。冒険者系YOTUBERなら誰もが憧れる事務所だぞ。そんなところから声がかかるなんてやばいぜ!」


「それは上機嫌にもなりますねー!」


「だろー! で、今からブームの事務所へ話を聞きに行くぞ!」


「えー、今日は私、オンライン講義があるから無理ですよ!」


「だったら俺だけで行くか」


「はい! ユウト君のチャンネルですし、所属するかどうかは私に遠慮することなく決めちゃってください!」


「もちろんそのつもりだ! 貴様の許可など求めておらん!」


「そんなーーーーっ」


 ということで、俺は朝食を済ませるなりブームの事務所に向かった。


 ◇


 事務所は東京の一等地こと丸の内にあった。

 ご立派なビルは内外問わずに華やかで、多くの社員が出入りしている。

 そういえば、ブームはYOTUBER事務所で初めての東証一部上場企業だったな。


「お待ちしておりました、金好様」


 俺は応接間に通された。

 担当者はご立派な胸をお持ちのお姉さんだ。

 ストライプのスーツは、胸元が開いていた。


 驚くことに、お姉さんは俺の隣に座った。

 向かいのソファは無人である。

 距離を詰めて俺の思考を鈍らせる作戦だろう。

 男を釣る術を心得ている企業だ。


「まずはブームの方針及び所属することのメリットについてお話させていただきます」


 お姉さんがフェロモンをムンムンさせながら説明してくれる。

 俺の視線は目の前の資料ではなく、お姉さんの胸を凝視していた。

 とはいえ、説明もしっかり聞いている。


 ブームが声を掛ける相手には条件がある。

 チャンネル登録者数が50万人以上で、且つ悪評の少ないもの。

 東証一部上場企業なので清らかな人間をご所望というわけだ。


 事務所に所属することのメリットは三つ。

 まずは皆大好き企業案件の斡旋をしてくれること。

 次に同事務所に所属しているYOTUBERとのコラボ配信。

 俺の場合、メタキング兄弟とのコラボ配信が確約されていた。

 そして最後に、動画編集を代わりに引き受けてくれること。

 必要なら配信用の機材も提供してくれるそうだ。


「こちらが弊所に所属しているYOTUBERの所属前後をまとめたデータです。ご覧のとおり、どの方も所属後にチャンネル登録者数及び視聴回数が大幅に上昇しています」


 その説明は間違っていない。

 例外なく伸び率が高まっているのだ。

 それまでとは伸びる勢いが異なっていた。


「また、弊所の大株主でもあり、事務所を代表するYOTUBERでもあるメタキング兄弟による勉強会も定期的に開催されます。こちらの参加は強制ではございませんし、参加しないからといって罰則などはございませんが、日本を代表するYOTUBERのテクニックを学べるということで魅力の一つになっております」


「おー、たしかにそれは凄まじい」


 メタキング兄弟は冒険者系YOTUBERとしては不動の日本一位だ。

 YOTUBER全体で見ても国内で五本の指に入る人気配信者である。

 チャンネル登録者数もさることながら視聴回数が凄まじい。

 その名は海外にも轟いており、稀に海外のYOTUBERとコラボしている。

 そんな人間から技術を学べるのは非常に大きいことだ。


「ここからはデメリットになりますが……」


 いよいよデメリットの説明だ。


「配信で得た収入の一部を弊社に分配していただきます」


 定番だ。

 これはどこの事務所でも同じこと。

 広告収入の一部をピンハネすることで成り立っている。


「比率は?」


「40%になります」


「40%!? 広告収入の約半分もとるのか」


「いえ、広告収入ではなく、総収入になっております」


「総収入? どう違うんだ?」


「広告収入のみならず、配信中に見つけたワードの販売で得た収入、スポンサーがついた場合にはスポンサー収入なども対象となります。具体的にどういったものが対象になるかはこちらの資料をご確認ください」


 お姉さんが新たな資料をテーブルに置く。

 そこには様々な収入が記載されていた。

 オークションや魔石の売り上げも対象だ。


「契約期間につきましては基本的に設けず、金好様から解約の申し出があるか、もしくは金好様が1年以上配信を行わなかった場合に自動で解約するものとしております。ただし、契約後半年は解約できないものとします」


 お姉さんの体がこちらに倒れてくる。

 今までよりもさらに密着してきた。

 ボインボインの胸が俺の左腕にしがみついている。


「総収入の40%というのは大きいように思いますが、弊所に所属しているYOTUBERの大半が所属後に収入を倍増させており、結果的には所属前よりも稼いでいるのが現状です」


 ここで「デメリットは大したことねぇぜ」と言いたげな新しい資料。


「今すぐに返事をというわけではございませんので、是非とも検討してはいただけないでしょうか」


 お姉さんはテーブルに契約書を置く。

 それから、俺の太ももに手を乗せてきた。

 もはや大人の店のような対応だ。


 それに対して、俺はこう答えた。


「検討は済んだ。俺の心は決まったよ」


「契約してくださりますか!?」


「いいや、飲めないな」


「嘘……!」


 口に手を当てて驚くお姉さん。

 陰キャ野郎が相手だし色仕掛けで楽勝だと思ったのだろう。

 だが甘い。


「何が気に食わなかったのでしょうか……?」


 涙目の上目遣いで俺を見てくる。

 ハリウッド顔負けの演技派だ。


「そりゃもちろんピンハネだ。広告収入の40%なら百歩譲って検討の余地があるけど、総収入の40%なんて話は論外だ」


 俺はもたれてくるお姉さんの姿勢を正して立ち上がった。


「俺は他人に寄生するのは好きだが、寄生されるのは嫌いなんだ」


「寄生だなんてとんでもない。ウチは他所と違い、契約後も最大限にバックアップし、最高の環境を整え、より多くの方に――」


「たしかにそうかもしれないが、俺にとっては寄生に感じたんだ、すまんな」


 襟元を正し、その場から去ろうとする俺。

 するとお姉さんは俺を呼び止め、名刺を渡してきた。


「もし考えが変わったらご連絡ください、いつでもお待ちしています」


「分かったよ」


 俺は誘ってくれたことに礼を言うと、その場をあとにした。

 外に出たら時間を確認しようとスマホを取り出す。


『メッセージが 1件 届いています』


 画面のど真ん中にアプリから通知が出ていた。

 アプリはYOTUBEだ。

 運営経由でメッセージが届いていた。


「最近はクソみたいなメッセージが多いんだよなぁ」


 と言いつつもその場で確認。

 だが、メッセージのタイトルを見た瞬間に顔付きが変わった。


 タイトルは――スポンサー契約のご提案


 ついに企業案件が飛び込んできたのだ!

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