031 スポンサー契約
企業案件には大きく分けて二つの種類がある。
提供された製品を動画内で宣伝するタイプとスポンサー契約だ。
前者は一過性の契約になる。
例えば有名なゲーム実況者に発売前のゲームをプレイしてもらうなど。
ゲームの他にも化粧品から食品まで幅が広い。
後者のスポンサー契約は持続的なものだ。
YOTUBEよりも一般社会――特にアスリートやモデルに多い。
スポンサー契約を交わした会社の商品を身に着け続けるのだ。
本人が広告塔になる。
配信者からみて格上なのはスポンサー契約だ。
これは大物YOTUBERでも経験したことのない人が多い。
その為、スポンサー契約をしたとなれば箔が付く。
それが有名な企業であれば尚更だ。
「本当にここからスポンサー契約の依頼がきたんですか?」
「冗談だと思うだろ? それが本当なんだぜ」
俺たちはユニグロの東京本社に来ていた。
スポンサー契約の提案を受けた数日後のことである。
ユニグロは日本を代表するアパレルメーカーだ。
いや、世界を代表すると言っても過言ではない。
質実剛健で、しかも安い。
同価格帯でユニグロに勝る質の服はないと言われているほどだ。
さらにデザインがシンプルで、ファッションに疎い者でも合わせやすい。
全身ユニグロコーデでも浮かないから俺のような陰キャも御用達だ。
そんな企業が俺たちにスポンサー契約を提案してきた。
いったいどうなるのか楽しみだ。
「恐れ入りますがこちらでお掛けになってお待ちくださいませ」
受付で名を伝えると、会議室に案内された。
数十人規模で使えそうな広い席に、俺とカスミがポツンと座る。
待っているとお姉さんが入ってきて、冷たいお茶を出してくれた。
そのお茶をゴクゴク飲んでいると、いよいよ担当者の登場だ。
「お待たせして申し訳ございませんでした」
入ってきたのは二人の女性で、その内の一人が頭を下げる。
20代後半と思しきお姉さんで、顔採用を疑うレベルのルックスだ。
カスミが小さな声で「綺麗」と呟いた。
もう一人は俺と同年代と思しき女性。
新人のようで見るからに緊張している。
まずはお姉さんが自己紹介と同時に名刺をくれた。
名刺によると名前は遠野メイ。
もう一人の女性はアシスタントの
下の名前は分からない。
楠木が名刺入れを紛失するという失態をしでかしたからだ。
メイが代わりに平謝りしてきたが、どうでもいいので優しく許した。
「それではご提案についてご説明させていただきます」
メイと楠木は向かいに座って話を始めた。
先日のブームとは違い、こちらは色仕掛けをしてこないようだ。
もっとも、メイはただ話すだけでも色仕掛けになっているのだが。
「――以上が説明となります」
メイの説明は簡潔で分かりやすかった。
ユニグロ側が俺たちに求めるのは一定回数以上の配信くらいだ。
一定回数というのは年120回以上、つまり月に10回以上ということ。
俺たちは今でも月に20回近く配信しているので、この点は問題ない。
また、配信中は必ずユニグロの衣類を着用することが条件だ。
これはシャツやズボンだけでなく、鎧やローブまでユニグロとなる。
自由にしていいのはパンツやブラジャーなどの下着だけだ。
ユニグロは冒険者用の服に進出しようと考えている。
今はその為の準備段階とのこと。
「こちらが金好様の配信を参考に弊社で作った衣類となります」
メイは防具を取り出した。
見た目は俺の愛用している革の鎧に似ている。
あとカスミの愛用している魔術師セット・レディース・黒のような物も。
どちらもユニグロのブランドロゴが刻まれていた。
だが、決してダサくない。
ロゴは邪魔にならないように調整されていたのだ。
むしろクールなようにも感じられた。
「試しに着用してみてください。特区内のアパレル店に売っている物に比べて軽くて着やすく、肌に当たる感触もいいと自負しています。もちろん弊社の製品ですから、機能性も他の追随を許しません」
ユニグロの真骨頂は機能性だ。
ペラペラの癖に暖かいインナーシャツなど、手品のような性能を誇る。
「たしかに」
「わー、すごくいい感じ!」
俺とカスミは直ちに試着すると、共に大絶賛。
スポンサー契約に関係なく欲しくなったほどだ。
「契約金は2000万だっけか?」
前向きに検討したいので契約金を確認する。
「金好様は2000万円、吉見様は5000万円になります」
「へっへっへ、ユウト君、どんなもんですかな?」
「悔しいがカスミの方が人気だから仕方あるまい」
契約料には露骨な差があった。
ユニグロの本命は俺でなくカスミなのだ。
無理もないだろう。
俺はしがないF級冒険者だからだ。
戦闘技術に秀でているわけではない。
広告塔としての魅力は低いのだ。
2000万円という額も8割が温情だろう。
だがカスミは違う。
彼女は俺の配信で抜群の人気を誇るのだ。
その上、とても貴重な若くて可愛い女の冒険者である。
能力は低いが、ビジュアル面では日本でも屈指のハイレベルだ。
「条件は『配信及び動画の投稿を年に120回以上行うこと』と『配信時や動画の投稿時は必ずユニグロ製の衣類を着用すること』で、契約金は『俺が年に2000万』、『カスミが5000万』ってことでいいのかな?」
契約内容を要約して確認する。
メイは「はい」と頷いた。
「補足させていただきますと、スポンサー契約を結んでいる期間中は、全ての弊社製品を無料でご提供させていただきます。これは配信動画で使わないような日常生活用の物でも問題ございません。弊社はトータルコーディネートを是としており、ソックスやシューズまで手掛けていますので、そういった物も必要に応じてご提供することが可能となっております」
「実に素晴らしい!」
俺は興奮のあまりテーブルを叩いてしまった。
普段から、いや、なんなら現在進行形で全身ユニグロコーデの俺にとって、これほどの好条件は存在しない。
俺からすれば普段どおりにしているだけで2000万がもらえるようなものだ。
「カスミ、俺はこの契約に前向きだぜ」
「私もです! ……が、本当に私なんかでいいのでしょうか?」
「と言いますと?」
メイが首を傾げる。
「私はどこにでもいる大学生です。ユニグロの広告に載っているようなモデルさんと違って、スタイルもそれほどよくありません。顔だって普通ですし、ちょっとその、気後れしちゃっています」
「なに言ってんだよ、もらえる物はもらっとけっていつも言ってるだろ。わざわざ相手が契約してくれって言ってるんだから気後れする必要なんざねーんだよ」
「ですが……」
「金好様の仰るとおりです」
メイが強い口調で言う。
「たしかに弊社が契約しているトップモデルの方々と比較した場合、吉見様のスタイルは優れているとは言えません。ですが、何の問題もございません。いえ、だからいいんです」
「そ、そうなんですか?」
「モデルのように服を見せることに特化した方々に服を着てもらうことは、それはもちろん大きな宣伝になります。しかし、吉見様のように一般の方に服を着ていただくこともまた宣伝になるのです。モデルから一般人まで、誰でも幅広く愛用できることの証明になるわけですから」
カスミの顔が輝いていく。
流石は世界的企業の人間だ、口が上手い。
「それに、吉見様のスタイルは決して悪くありません。とても素敵だと思います。ですから、金好様の仰るとおり、どうか気後れなどしないでください」
「わ、分かりました! 私、精一杯頑張らせていただきます!」
「はい!」
カスミも契約を承諾した。
「スポンサー契約の期間は契約日から1年。契約の延長は双方が希望した場合のみ可能とします。また、契約後に思っていたものと違うなどということがあれば遠慮無く仰ってください。その際は契約の見直し等、柔軟に対応させていただきますので」
「「はい!」」
俺たちは満面の笑みで契約書に調印する。
こうして、初めてのスポンサー契約がユニグロで決定した。
その夜、俺たちは配信でスポンサー契約について公表した。
もちろんユニグロには許可を取ってある。
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1201 アルテ:冒険者になって2ヶ月もしない内にスポンサー契約ですか
1377 名無し太郎:ユニグロとスポンサー契約はやばすぎて草
1482 ぴゅりす:出世速度やばすぎー(*´ω`*)
1592 名無し君:マジで今最も勢いのある冒険者やな
1839 Bob Bobson:Excellent.
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リスナーの反応はおおむね暖かくて嬉しかった。
トントン拍子で駆け上がりすぎて、落とし穴がないか不安になるぜ。
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