028 夢の1兆円

 一瞬で300億を突破した入札価格だが、1時間後には1000億を超えていた。

 この時点でもまだ、先進国と呼ばれる国々はテンポよく入札している。


「こ、このオークションで落札されたお金って、もちろん、俺、俺たちの、ものなんだよね?」


 震えた声で確認する。

 須藤の返事は「そうよ」と短い。


(最低でも1000億が手に入るのか……)


 吹っ掛けたつもりだったが、100億は安すぎた。

 まさかこれほどの価値があるとはな。


「ユウト君、このオークションが終わったら、私たち、大金持ちですよ!」


「ああ、正真正銘、本物の大富豪だ。もはや冒険者や配信者として活動する必要がなくなるぞ。孫の代まで豪遊しても使い切れないだけの金が手に入るんだ!」


「凄い! 凄い凄い! 凄い!」


 俺たちは立ち上がり、何度も何度もハイタッチする。


「本当にそうなるかしらね」


 須藤が小さく笑う。


「何が言いたいんだ?」


「いえ、別に」


 この時はまだ、須藤の言わんとすることが分からなかった。


「須藤さんだっけ? あんたも陸自なんてやめちまえよ。俺がボディガードに雇ってやるぜ」


「ふふっ、ありがとう、検討しておくわ」


 さらりと流される。

 金でなびく女ではない、とでも言いたげだ。


「よーし、カスミ、祝いがてらメシでも頼むか」


「いいですねー! 乾杯しましょう、乾杯!」


 盛り上がる俺たち。


「それはできないわ」


 須藤が水を差す。


「できないってどういうことだ?」


「今回のゲートワードに関する一連の作業が終わるまで、貴方たちには外部との接触を断ってもらう。飲食もこちらが用意するものだけに限定するわ」


「なんつーガッチガチの警備だよ……」


「不便をかけて申し訳ないけど、貴方たちの安全を確保するのが我々の任務なので」


 なんとも面倒な話だ。

 とはいえ、これが終われば莫大な金が手に入る。

 そう考えたらそれほど嫌な気にはならなかった。


「退屈だなぁ」


「ですねー……」


 俺たちはテレビを観てまったりと過ごす。

 しばしばオークションを確認するが、落ち着く気配がない。

 あっという間に2000億を突破してしまう。


「これで山分けしても一人1000億かぁ」


「税金を差し引いても500億は残りそうですね」


「まさにジャパニーズドリームここに極まれりだなぁ」


 その後も入札額は膨らみ続けていった。

 しかし、流石に5000億を過ぎたあたりから動きが鈍ってくる。


「いよいよ3カ国の争いか」


 残った国はアメリカと中国、そして日本だ。


「日本が思ったよりも頑張ってますね」


「それだけアメリカのゲート利権に食い込みたいのだろう。今はアメリカがゲートの全てを支配しているからな」


「そのとおりよ」と須藤。


「詳しいですねー、ユウト君」


「ま、他のヨーチューバーやまとめブログの受け売りだけどな」


「いいじゃないですか! 情報通です!」


「へへっ、まぁな」


 そうこうしている間にオークションは佳境へ。

 8000億を超えたところで中国が脱落して、日米の一騎打ちになった。


「凄い額ですよ、ユウト君。もう実感が湧きません」


「俺もさ」


「どっちが勝ちますかね? やっぱりアメリカですかね?」


「さぁなぁ。須藤さんはどっちが競り勝つと思う?」


 この問いに対して、須藤は迷うことなく即答した。


「アメリカよ」


「やっぱりアメリカだよなぁ」


「でも、オークションに勝つのは日本よ」


「えっ? どういうこと?」


「その答えはもうすぐ出るわ」


 いよいよ新たな桁に突入した。

 日本の入札額が1兆円に到達したのだ。

 ここまで順調だったアメリカがピタリと止まる。


「アメリカが入札しなくなりましたね」


「あとはここから1時間か」


 俺たちは固唾を飲んで見守る。

 時間が刻一刻と過ぎていく中、新たな入札はない。

 そのまま静かに1時間が経過し、日本が落札者になった。


「1兆円だああああああああああああああああ!」


「やったぁあああああああああああああああ!」


 俺とカスミは何度もバンザイを繰り返して大興奮。

 一方、須藤は冷ややかだ。


「手続きには数日を要するから、それまでは今と同じくここで過ごしてもらうわ。念の為、私も同じ部屋にいさせてもらうけど許してね」


「いいよいいよ! 好きにしちゃって!」


 上機嫌なので何でもオッケーだ。

 もはや俺たちの脳内は金を貰ったあとのことでいっぱいだった。


 ◇


 それからの数日は退屈のあまり死にそうだった。

 ネットは禁じられ、娯楽といえばテレビやDVDくらいなもの。

 そんな拷問のような日々もようやく終わりを迎えた。


「お待たせしたわね。ここにゲートワードを入力してもらえるかしら」


 応接用のテーブルにノートPCを置く須藤。

 そこにはスペンバーグとの取り引きで見た画面が表示されていた。


「その前にお金をもらわないと! 1兆円、はい、1兆円!」


「1兆円ー♪」


 ノリノリの俺たち。

 それに対して、須藤は冷たい口調で言った。


「その話はなくなったわ」


「はい?」


 固まる俺たち。


「あの後、米国政府と日本政府の間に取り引きがあって、ゲートワードの落札権は米国政府に移譲されたの」


「つまり、どういうことだ?」


「奪われたのよ、あのワードを」


 須藤が悔しそうに表情を歪ませる。


「奪われた?」


「米国政府はゲートの使用権剥奪を盾に、我が国からゲートワードの落札権を奪い取ったの。もちろん、ただ奪い取るだけでなく、相応の対価が支払われることになったけどね」


「ええええええ! そんなことってあるんですか!?」


 カスミが絶叫する。


「ゲート利権の支配者だからな、アメリカは。そういう力押しも可能だろうよ」


 俺はそれほど驚かなかった。

 そういうこともあるだろう、と想定していたからだ。


「だが、そんなものは俺たちにとって関係ないはずだ。落札者が誰だろうと、金は俺たちに振り込まれる。そうだろ?」


「いいえ、さっきは落札権が移譲されたと言ったけれど、正確にはオークション自体が白紙になったの。だから1兆円が振り込まれることはないわ」


「はぁ? だったら俺たちの金はどうなるんだ? 軟禁された挙げ句に無償でワードを提供しろっていうのか?」


「いいえ、無償じゃないわ。二人にはそれぞれ1億円ずつ、非公式ではあるけど日本政府から支払われることが決定した」


「1億だぁ? 冗談じゃねぇぞ。1兆円だったんだぞ、落札額はよぉ!」


 荒ぶる俺。


「それを1億だなんて話があるかよ! せめて100億だろ、100億!」


「いいえ、1億よ」


 須藤は折れなかった。


「嫌なら断ってくれてかまわないわ。でも、そんなことをしたら、貴方たちは1日たりとも安全に生きられないわよ」


「脅すのかよ」


「脅しじゃなくてそれが事実なのよ。私だってこんなのふざけているとは思うけど、1億で妥協するのが賢いわ。突発性の心不全で死にたくなければね」


 須藤の言葉には真剣味があり、ただの脅迫とは思えなかった。

 おそらく本当に言葉どおりの危険があるのだろう。


「ユウト君……」


「仕方ねぇけど1億で手打ちにしてやるか」


 折れることにした。

 命あっての物種というものだ。

 俺たちに太刀打ちできるだけの力はない。


「悔しいぜ、俺たち弱者はいつも搾取される側だ!」


 渋々と承諾して、ノートPCにゲートワードを打ち込んだ。

 それから数分で『1ヶ月記念日(笑)』は米国政府のものとなった。


「ゲートのロックが完了したので、ゲートワードは口外してくれて問題ないわ。でも、日本政府から1億円を貰ったことは誰にも言っちゃだめよ。あと、今回の件に関して日本政府や米国政府から発表があると思うけど、しっかり口裏を合わせてちょうだいね。それが貴方たちの為だから」


「分かってるよ」


「それじゃ、家まで送らせてもらうわ。今まで部屋に閉じ込めてごめんね」


 こうして俺たちは解放された。

 当初は1000万で売る予定だったゲートワード。

 それが最終的には一人1億円――つまり2億円で売れた。

 それなのに、俺たちのテンションは低かった。

 間に1兆円などという幻の数字を挟んだのがよくなかったな。

 色々な意味で肝っ玉が冷えまくりだ!

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