027 世界が求めるゲートワード
俺たちを待っていたのは陸自の自衛官だった。
数は女1人と男5人からなる6人で、リーダーは女だ。
女は須藤というらしく、俺たちに同行を求めてきた。
口調は任意だったが、実際のところは強制だ。
道行くお巡りさんに呼び止められた時と同じである。
拒否権なんてものは存在しない。
そんなわけで、俺たちは外の見えないバンに乗せられた。
現在は自衛官に囲まれて移動の真っ最中だ。
とてもではないが、落ち着くことはできなかった。
「それで、俺たちに何の用なんだよ」
苛立ち気味に尋ねる。
須藤は鋭い目つきで俺を見てきた。
見た目は20代後半のお姉さんなのに、醸し出すオーラが凄い。
俺は興奮するよりも先に金玉が縮み上がってしまった。
「安全に話せる場所です」
須藤の返事はそれだけだった。
「安全ってなんだよ。俺たちが危険だっていうのか?」
「そうですよ」
須藤がぶっきらぼうに答える。
俺とカスミは「えっ」と固まった。
俺たちの置かれている状況は想像以上にまずいようだ。
◇
須藤や仲間たちが本当に陸自なのか分からなかった。
本人はそう言っているが、そんなものは何のあてにもならない。
詐欺師は「私は詐欺師ですよ」などと言わないものなのだ。
だが、少なくとも、彼女らはそれなりにまともな人物だと分かった。
バンの目的地が都内にある有名な超高級ホテルだったからだ。
「こちらへ」
須藤に案内されて裏口からホテルに入る。
職員用の小汚いエレベーターで上から二番目の階へ。
そこから階段で最上階に移動した。
「どうぞ」
俺たちはスイートルームに通された。
かつての寝床である『潤滑油野郎』を彷彿とさせる広さだ。
「こちらのソファへお掛けください」
応接用のソファに座らされる。
須藤は向かいに座り、他の5人は散らばって警戒態勢に。
それを見ていると緊張感がますます高まってきた。
「そろそろ用件を聞かせてもらえるのかな? まぁ、例のS級ダンジョンのことだとは思うけどさ」
こちらから切り出した。
須藤は「はい」と頷き、目の前のテーブルに1枚の紙を置く。
紙のタイトルは『誓約書』になっていた。
「金好様の配信で映っていた異世界人のいるS級ダンジョンについて、こちらの用紙にゲートワードをご記入ください。また、そのワードについて、今後は絶対に口外しないよう、誓約していただきます」
ゲートワードを自分たちにだけ教えろ。
それが須藤――いや、陸自、もっと言えば日本政府の要求だった。
案の定である。
「どうぞ」
須藤がペンを渡してくる。
それから、カスミの前にも同じ紙を置いた。
「ユウト君、どうすれば……」
カスミが縋るように俺を見る。
一方、俺は用件が分かったことで安堵していた。
体の強張りが解けて、ソファにふんぞり返る。
「もちろんお断りだ」
「「なっ……!」」
カスミと須藤が同時に驚く。
「断るですって?」
ここまで一貫してクールだった須藤が唖然として言った。
「だってそうだろ? どうして無償で提供しないといけないんだ」
「いえ、無償というわけではありません。ギルドの規約に則り1000万円が支払われます」
「おいおい、ふざけたことを言わないでくれよ」
俺は鼻で笑った。
カスミは「まずいですよ」を連呼してあたふたしている。
それでも俺は止まらない。
「あんたらがここまでして欲しがるワードだ。それをそこらのS級と同じ扱いなんてありえないだろ。税金でメシを食ってるとその程度のことも分からなくなるのか?」
相手が美人なお姉さんでも動じない。
俺を動じさせたいなら色仕掛けの一つでもしてもらわないとな。
「だ、だったら、どのくらいの額を希望されるのですか?」
「100億」
即答だった。
「はいぃ!?」
変な声を出す須藤。
他の自衛官も目が飛び出そうになっている。
「あのダンジョンを独占したいなら100億は必要だ。こうして国が動く程の代物なんだから、100億でも安いもんだろ」
「そんな馬鹿な話が……」
「別に嫌ならいいんだぜ」
「なんですって?」
「他の国も欲しがっているだろうからな。なにせ俺の配信は強制的にヨウツベの運営からシャットアウトされ、アカウントは一時的にロックされている。ヨウツベはアメリカの企業だから、アカウントのロックを指示したのは米国政府だろう。日本政府には権限がない。となれば、少なくともアメリカとは交渉の余地があるはずだ。そして、アメリカがその気という事は、中国やロシアも興味を示すだろうよ」
「なんという鋭さ……!」
「金勘定だけは得意なんでね」
今回の稼ぎ次第では冒険者稼業を引退できる。
そこまで考えているからこそ、俺は強気だった。
端金で引き下がりたくはない。
「で、どうする? 100億で買うかい?」
俺がニヤリとして尋ねた瞬間、須藤のスマホに着信があった。
彼女は席を立ち、少し離れたところで応答する。
どうやら俺に関する話をしているようで、「100億」や「ダメでした」といった言葉が聞こえてきた。
「金好君、君の思いどおりになることが決まったわ」
電話が終わると、須藤は戻ってきた。
俺に対する口調が変わっているのは、俺が吹っ掛けたせいだろう。
彼女は部下から受け取ったノートPCをテーブルに置き、画面をこちらに向ける。
そこにはオークションの画面が映っていた。
「これから貴方たちが見つけたダンジョンのワードをオークションにかける」
「おいおい、俺たちはそんなことを承諾した覚えは」
「だまらっしゃい!」
須藤の怒声が響く。
威圧的な目で睨まれ俺たちは「ひぃ」と震え上がった。
「これはお願いではなく強制よ。貴方たちのゲートワードはこれからオークションにかける。そして、落札者にはゲートワードを教えていただく。いいわね?」
有無を言わせない迫力があった。
俺は「はい」と素直に承諾し、それから尋ねる。
「オークションにかけるのは分かったし、それはまぁいいとして、入札は誰がするの? 個人レベルの話じゃないと思うけど」
須藤は「ふっ」と笑った。
「国よ」
「国だって?」
「そう。日本、アメリカ、中国、ロシア……世界中の国が貴方たちの見つけたワードを巡って競り合う。外交問題を避ける為には、それが最適な方法という結論に至ったの」
「国レベルのオークション……!」
「貴方たちの見つけたゲートワード、正確には異世界人とコンタクトのとれるワードには、それだけの価値があるということよ」
規模が大きすぎて理解が追いつかない。
カスミに至っては目が点になり、頭から湯気が上っていた。
「オークションの時間は無制限、最後の入札から1時間が経過したら落札となる」
須藤は鋭い眼差しを俺に向けて言った。
「オークション、開始よ」
その瞬間、各国が一斉に入札を開始する。
1億から始まったオークションは、僅か数秒で300億を突破した。
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